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こんばんは!
このシリーズも久々の更新となります。
今回は今から4年前、高校3年の頃に乗車した広島の103系瀬戸内色車の話です。
岡山県での農業研修に参加し、その帰りに18きっぷで広島を通るので海田市〜広島だけでも103系に乗れたらなと思い、海田市駅で下車しました。
しかし、いきなり海田市で呉方面へ向かっていったのが103系。3本しかない編成なのでなかなか次の広島行きが103系という保証がないのでかなり運任せでした。
しかし、運は味方してくれました。 後続の快速『安芸路ライナー』広島行は念願通り103形でやってきました!
さらに、車内に入って驚きました。
なんと3本のうち唯一の0番台車を含む編成だったのです!
これは本当にうれしかったですね((´∀`))
もはや快速なので途中駅はすべて通過。
あっという間に終点広島です。
初めて乗った国鉄通勤型電車でしたが、早くもお別れです。
老朽化の話も聞いていたので、もう広島では乗れないかと思ってましたが、2年後再び103系に乗車する機会がやってきました!
マッキイロ(真っ黄色?末期色?)になってました。
今回は広島から広までフルで乗り通しましたが、なぜか写真をこれしか撮ってませんでした( ノД`)
このわずか半年後に広島の103系は227系置き換えで引退。もう少し写真を残しとけばよかったと思いつつも、惜別乗車ができたので悔いてはいません。
ちなみにですがこの時呉線に乗ったのは時間があったからのついでで、メインは第2章で書いてます。
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あの日の乗車レポート
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そして列車は人吉温泉駅に到着しました。 ちなみに特別3両運転は終わりましたが、KT100形は今日一杯は走ります。 個人的にはピンクと水色のカラーの列車は、くま川鉄道の象徴として好きな列車でしたので、無くなるのはとても寂しいです。ただ、今も活躍を続ける同型車の活躍を応援したいですね! 人吉駅3番線には湯前線の出発信号も残されていました。 |

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くま川鉄道では、朝のラッシュ時には現在も当たり前のように3両運行が行われていますが、発足当時は第三セクター私鉄としては異例の5〜6両編成が当たり前のように運行されていました。 当時7両あった車両ではまかないきれず、毎日急行くまがわ車が応援として乗り入れた上でJRけらキハ31などを借り受けることもしばしばありました。 2004年にはキハ31をJRから購入したものの、それでも朝の予備車不足は毎日のように発生したそうです。 まさか、それほどの通学路線がわずか10年で、置き換え車を5両しか用意しないほどとなってしまうとは。 過疎化の厳しい現実を突きつけられます。 ここで一旦さよなら列車を降ります。 ここからは、後続の列車に乗ります。 すなわち・・・ 本日本便が初運行の田園シンフォニー2次車です! 普通列車では初運行となる列車に乗り込みます! 本当に普通列車とは思えない豪華さです! 特別3両運転もラスト1往復です。 その③へ続く |
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えー、まず最初に
タイトルが長すぎてすみませんww では本題です。 昨年12月28日、くま川鉄道発足時から活躍していたKT100形が引退しました。(KUMA改造車を除く)また、同日には後継のKT500形2次車が運行開始しました。 ただ1日、この両車が同時に運用についたこの日に私もくま川鉄道へ向かいました! さて、早速当日の記録です。 当日大学寮にいたので、光の森から乗り換え続けて人吉まできました。 KT500(1次車)に乗車し、肥後西村にてこの日引退するKT100を待ちます。 私としてはこのピンクと水色のシンプルなカラーが気に入っていた車両です! そのまま人吉温泉へ向かいました また、となりには本日デビューのKT500(2次車)がデビュー列車となる観光列車田園シンフォニーの準備に入っています。 入線と同時に出発セレモニーの準備がはじまります どちらも気になるところですが、私は先発のKT100さよなら列車に乗車します。 その2へ続く |
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私が最も好きな路線である肥薩線ですが、最初からその魅力にハマっていたわけではありません。肥薩線(特に山線)の景色・雰囲気に魅了されたのは山線に4回目の乗車をしたときです。
そもそも、私が初めて肥薩線に乗車したのは小学1年生の頃です。 最初に乗車した駅はもちろん地元の八代駅から・・・・・ではないんです! 最高地点の秘境駅、矢岳駅〜人吉駅まで乗車したのが最初でした。ちなみに車両はキハ31だったことをはっきり覚えています。 矢岳駅に保存されているD51を見に車で連れて行ってもらい、帰りは父が人吉駅まで車を回して自分は母や妹と列車に乗り込みました。 その後、小学4年の時にキハ31+キハ140(当時)のしんぺいに乗車したのが2回目、この時は大雨で1時間も列車が遅れてはやとの風の嘉例川駅見学もしんぺいの各駅見学も無しになり残念な乗車だったことを覚えています。 次は小学6年 再び2回目と同じルートを辿りました。この時はしんぺいも2両とも専用車になっており、前回果たせなかった各駅の見学もできて満喫しました! で、4回目です。 前回から6年も空いた高校2年、一人でいさぶろうに乗車しました。 今日の乗車レポートはその時のものです 人吉を出ると街中を抜け、鉄橋を渡れば景色が山の中へと潜り込んでいきました。 いままでこの区間はただ乗って駅をめぐることだけか楽しいと考えて今したが、初めて景色に目を向けた瞬間でした。 さらに進みます 一気に山をかけ降りていきます。 こうしてこれまで気がつかなかった魅力を発見して以来、自分はこの山線を何度も通うようになりました。 ちなみにこの日はこのあと吉都線で都城へ、そして国分まで移動して今はなき717系や415系、そして肥薩おれんじ鉄道を乗り継いで八代へ帰りました。 |





