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河村は北京語も広東語も話すがどちらも片言の域を出ない。いつも、もっと練習しておけばよかった、もう少し習っておけばよかった、と思うのだが、その時はその時でなかなか忙しく、日常必要とする言葉をその都度口にするだけでそれ以上特に辞書や学習用具を使って習うということをして来なかった。こうして定年後まで中国とかかわりつづけるならば、絶対にもっと言葉を練習しておくべきだった、というのはもう後の祭りでしかないのだが、未だにあきらめきれないでそんな風に考えたりもする。きっと、一生これで後悔するのではないかと思ったりもすることがある。
河村は上海に戻ってきてからその事件について騒ぎが持ち上がっているのを知った。河村が目撃した事件の現場で倒れた人々の中で二人が死に八人が重傷を負ったということだった。この程度の死傷者の数の事件が全国的な話題になるのは中国では珍しいことだった。
新聞によると件の女性運転手には、事故とはいえ、ことの重要性に鑑み執行猶予つきの刑が課せられたと言うのだ。つまり実際には無罪に等しいと言うことだ。“事故”だって? 河村が目撃したのは事故なんかではなかった。ひき逃げもひき逃げ、ほとんど故意の殺人だった。それがどうして事故扱いになるんだ。河村の頭にはあの時の恐ろしい光景がよみがえった。
中国の裁判というのは先進国での裁判と違って党の意向でどうにでもなるし、また政治にさえ関係なければ、お金でどうにでもなるものだ。社会主義の国だから前者は建国当初から事情は変わっていないのだろうけれど、後者は違う。それは社会主義国家の建国理念とは相容れないものだ。それが現実にこうなってきてしまったのは社会主義というものが本来持っている根源的要素によって、社会の正義や秩序の理念が腐敗してきた結果としてのものだろうと河村は思う。
今の中国での賄賂の習慣や、贈収賄の汚職のはびこりようは目を覆いたくなるほどだ。そういう中で生活している中国人にとってでも賄賂の支出は馬鹿にならないし、また日常生活で大変不便をしていると知人が言っていたことがある。さもありなんとも思う。
今の中国農村部でBMWに乗っているというのはかなりのお金持ちのはずだ。裁判官を買収することくらい造作もないことだろう。刑が軽くなるためであれば車一台に払うお金くらいは払えるだろう。 いや、そんなに払う必要もないのだ。車一台の十分の一の金額で十分だ。中国人民共和国人民の給料はそれほどに低い。
その後のニュースによると、この事件は元々、件の女性の運転する高級車が農業用トラクターにぶつけたことが発端だったらしい。それに対して、この金持ち女性は自分の非を認めないばかりか、その農民を罵倒したことから騒ぎが大きくなったようだった。貧乏な農民側にはこんな高級車を乗り回しているような金持ち階級に対しては、いつでも不満、反感がくすぶっている。河村が駆けつけたのは、ちょうどそんな時だったのだ。
その後の報道では、件の女性は地方政府高官の親戚にあたるということが判明したということだった。要するに共産党幹部といっても、黒龍江省という一地方の共産党幹部の権力乱用ということだ。相手の被害者たちは名もない、地位もない、金もない農民たちだ。河村はここでも中国という国での人命の軽さを思い知らされたような気がした。
しかしこの場合は被害者たちが黙っていなかった。
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それ↑同感です。ご立派!
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2008/5/6(火) 午後 0:19 [ ジュリア♪ ]
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2008/5/19(月) 午後 11:30 [ ヤス公 ]
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2008/5/21(水) 午前 11:13 [ ゆめおい ]