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実際、この事実について被害者たちに黙っていろと言うほうが無理というものだと思った。相当額の保障はされたとも書いてはあるが、それは支払う側にとっての相当額なのではないだろうか。一家の働き手を失った農家のその後の困窮は誰の目にも見える。一家の大黒柱が生きていてすら貧しい生活を強いられているのが現今の中国の農村だ。そして農業立国中国ではそういう農家が今でも人口の大半を占めているのだ。
農民たちは賄賂を受け取るなどという機会には恵まれていない。賄賂を払わなければならない機会はいくらでもある。政府の役人といったって受け取る給料などはたかが知れている。蓄財などというのはもっての他で、生活を維持するのに賄賂が必要なのだ。。賄賂収入がなければ役人と言えどもまともな生活ができない。前世紀末に開放路線が始まってからはこの賄賂路線も一層発展した。金次第の風潮が蔓延したのだ。それまで賄賂などなくてもなされた手続きが賄賂なしでは出来ないようになった。誰もが賄賂を取るから、我も我もとなっていったのだった。
それまで賄賂などと言うのは極く重要な案件に限り、政府の極く高官だけが受け取るものだったのだ。庶民が取っていいようなものではなかったのだ。それが今では下っ端役人までが賄賂を要求するようになったのだ。誰が悪いと言うのではなしに漢人という民族のDNAであり、今の世の中の風潮なのだろう。悪いといえばその風潮の一番根源にあるものがその原因を作り出しているとしか思えない。それはやはり文化だろう、その国固有の、その国民のみが持つ文化だ。
河村の属する民主主義自由経済のもとでの、特に先進国ではそういうことはほとんどない。人間の社会だから全くなくすことは出来ないのかもしれないが、現実にあるのは、中国のような国と比べたら恐らくその百分の一、いや千分の一にも満たないだろう。
開放路線後はこれに加えて企業家というのが発展した。農村には例外的だが万元戸、億元戸も出現した。彼らはいくらでも賄賂を払えるから、今の世の中の仕組みに不満はない。それどころか、今の仕組みの中で儲けている連中だ。今の仕組みが変わってしまったら困るのかも知れない。
そんな連中と、毎日朝から晩まで汗水たらして働いている農民とは格段の貧富の差が生まれてしまった。もうこれでは共産主義ではない。社会主義でもない。だから修正社会主義というのだそうだが、修正と言われてもこの現状では「社会主義」そのものの名が泣くというものだ。
社会が貧と富との二極化してしまったのだ。労働組合が認められる前の資本主義社会でもこれほどの現象にはならなかった。この事件は、超貧乏人を数人轢き殺したのが超金持ちの女性だからたいした罪にはならないということなのだろう。
この事件では、被害者に同情した人たちでインターネットにアクセスのある人がその抗議を掲示板に投稿した。超貧乏な農民にはインターネットへのアクセスすらない。同情した別な人は自分のウェブサイトをそのために提供した。そうしてインターネット上で中国全土で抗議の嵐を起こしたのだ。
これには中央政府も注目せざるを得なくなった。インターネットのこんな問題を取り締まれるようにと、あるいは規制できるようにと政府は「ゴールデンシールドプロジェクト」と名づけたプロジェクトに着手していたがまだ間に合わない。「ゴールデンシールドプロジェクト」というのは公安部と国家安全部によるインターネットに対する封鎖・検閲プロジェクトなのだ。そういう手段が実用化されていない今はこれらのインターネットによる政府批判や党への抗議を封鎖も検閲も、そして実質的には処罰も出来ないのだ。全国どこにいるか分からないようなインターネットの発信者を一人一人調べて、見つけて捕まえるのはほとんど不可能だ。
河村は過日の飲み会での中国政府高官の言葉を思い出した。
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2008/5/7(水) 午後 3:50 [ ムーミンパパ ]
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