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			<title>中国小説 ｢北京の月明かりの下で｣</title>
			<description>　海外駐在の繰り返しの後、定年を迎える河村英治は人生の最後にもう一度花を咲かせようと、先年熟知した中国市場を舞台に商売を始める。　帰国を控えた河村は幼なじみの日中ハーフ郭秀麗に連絡をとり、最後の日本出張の折りにデートに成功する。　上海を基地に、昔馴染みで今は高官に出世した曾らから相い身互い身の協力を得て、商売は軌道に乗る。　一方河村は中国各地での極貧状態の民生の実情の諸相を見聞、体験し心を痛めるが、同国の故国日本へ対する外交政策には反発を覚える。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>中国小説 ｢北京の月明かりの下で｣</title>
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			<description>　海外駐在の繰り返しの後、定年を迎える河村英治は人生の最後にもう一度花を咲かせようと、先年熟知した中国市場を舞台に商売を始める。　帰国を控えた河村は幼なじみの日中ハーフ郭秀麗に連絡をとり、最後の日本出張の折りにデートに成功する。　上海を基地に、昔馴染みで今は高官に出世した曾らから相い身互い身の協力を得て、商売は軌道に乗る。　一方河村は中国各地での極貧状態の民生の実情の諸相を見聞、体験し心を痛めるが、同国の故国日本へ対する外交政策には反発を覚える。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi</link>
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		<item>
			<title>十一章　街頭監視カメラ「特権階級への不満」－４</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-bd-c7/tenkuhiroshi/folder/562925/47/8060247/img_0?1210197310&quot; width=&quot;263&quot;&gt;&lt;br /&gt;
それらはもう秘密でもなんでもなく、知る人には知られてしまっていることだとも付け加えていた。彼は恐らくその話を誰かにしたかったのではないだろうか。そしてもう実際にはたいした秘密でもなくなっていることなのかも知れないが、一応政府内部では口外禁止となっている事項なのだろう。だからそんな言い訳を付け加えてからその話を聞かせてくれたのだ、と河島は思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　政府は「ゴールデンシールドプロジェクト」の他にも全国民の電話会話を声紋によって識別し、コンピューターによって自動的に盗聴・追跡できるシステムを開発している。これが完成すれば国家の安全はかなり増進できる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それに加えて政府は街頭監視カメラシステムについても開発中である。監視カメラを各街角に設置するくらいは技術的に何の問題もないのだが、そうやって集めた膨大な映像情報をどのように処理するかの問題が残っている。それが解決出来次第、全国の主だった街角にはこの監視カメラを取り付ける予定にしている。それにかかる膨大な費用は現在日本に払わせているODA名目の今年の分を使えばよい。　足りない分は日本の国策銀行からの超低利金融を増額させることで賄えるはずだ。それらは融資と言ったってどうせ返す必要のないものだ。少なくても返すつもりはさらさらない。それよりもっともっと大きな貸しが日本にはあるのだから。靖国カードや慰安婦カードもまだ使えるはずだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これらの監視用カメラの技術も既にわが国で取り入れてあるからそれを全てわが国で生産すれば大幅にコスト削減ができる。中央政府としてはそんな風に考えている。これらの全てが完成すればわが国の体制はとりあえず磐石なものとなるだろう。少なくてもあと二・三十年は長持ちするはずだ。そうでない限り現政府の命脈は風前の灯だ。二・三年は大丈夫だろうが、それ以降は何が起こるか分からない。人民の蜂起が問題なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　最後の一節は当然その高官の個人的意見、ないしは政府内に流布している考えなのだろうけれど、それは河村にもわかるような気がした。人民の蜂起によって作られた政権がまた人民の蜂起によって倒され、新しい政権が誕生する。いや、その場合は新しい政治体制でなければなるまい。まあ、人類の歴史の輪廻転生といったところか。それにしてもその渦中に生を受けた人間は全く不運だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そういう運命に遭遇する民族と、そうでない運命を享受する民族。それも神の思し召しというべきか。神様だの宗教だのを信じていない河村はそれをなんと解釈したものかと思う。どちらにしても自分は、せいぜいそういう渦中で不運の種に巻き込まれないようにしたいというのが彼の望みだった。河村の望みではあるが、禍福はあざなえる縄の如しとも言う。今幸せだからこそ、災いもすぐそこに迫ってきているのかも知れなかった。それを知るということは人知の及ばないところなのだろう。そういうことは考えてみても始まらないことだというくらいの悟りは河村も持っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　もう60年近くも生きてきて、つらいことも沢山あったが、それなりに人生を楽しんでも来た。現に今も妻の早苗には言えない楽しみが進行中であるようにも感じていた。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi/8060247.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 May 2008 06:55:10 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>十一章　ゴールデンシールドプロジェクト「特権階級への不満」－３</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-bd-c7/tenkuhiroshi/folder/562925/44/7992244/img_0?1210113979&quot; width=&quot;532&quot;&gt;&lt;br /&gt;
実際、この事実について被害者たちに黙っていろと言うほうが無理というものだと思った。相当額の保障はされたとも書いてはあるが、それは支払う側にとっての相当額なのではないだろうか。一家の働き手を失った農家のその後の困窮は誰の目にも見える。一家の大黒柱が生きていてすら貧しい生活を強いられているのが現今の中国の農村だ。そして農業立国中国ではそういう農家が今でも人口の大半を占めているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　農民たちは賄賂を受け取るなどという機会には恵まれていない。賄賂を払わなければならない機会はいくらでもある。政府の役人といったって受け取る給料などはたかが知れている。蓄財などというのはもっての他で、生活を維持するのに賄賂が必要なのだ。。賄賂収入がなければ役人と言えどもまともな生活ができない。前世紀末に開放路線が始まってからはこの賄賂路線も一層発展した。金次第の風潮が蔓延したのだ。それまで賄賂などなくてもなされた手続きが賄賂なしでは出来ないようになった。誰もが賄賂を取るから、我も我もとなっていったのだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それまで賄賂などと言うのは極く重要な案件に限り、政府の極く高官だけが受け取るものだったのだ。庶民が取っていいようなものではなかったのだ。それが今では下っ端役人までが賄賂を要求するようになったのだ。誰が悪いと言うのではなしに漢人という民族のDNAであり、今の世の中の風潮なのだろう。悪いといえばその風潮の一番根源にあるものがその原因を作り出しているとしか思えない。それはやはり文化だろう、その国固有の、その国民のみが持つ文化だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村の属する民主主義自由経済のもとでの、特に先進国ではそういうことはほとんどない。人間の社会だから全くなくすことは出来ないのかもしれないが、現実にあるのは、中国のような国と比べたら恐らくその百分の一、いや千分の一にも満たないだろう。&lt;br /&gt;
　開放路線後はこれに加えて企業家というのが発展した。農村には例外的だが万元戸、億元戸も出現した。彼らはいくらでも賄賂を払えるから、今の世の中の仕組みに不満はない。それどころか、今の仕組みの中で儲けている連中だ。今の仕組みが変わってしまったら困るのかも知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そんな連中と、毎日朝から晩まで汗水たらして働いている農民とは格段の貧富の差が生まれてしまった。もうこれでは共産主義ではない。社会主義でもない。だから修正社会主義というのだそうだが、修正と言われてもこの現状では｢社会主義｣そのものの名が泣くというものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　社会が貧と富との二極化してしまったのだ。労働組合が認められる前の資本主義社会でもこれほどの現象にはならなかった。この事件は、超貧乏人を数人轢き殺したのが超金持ちの女性だからたいした罪にはならないということなのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この事件では、被害者に同情した人たちでインターネットにアクセスのある人がその抗議を掲示板に投稿した。超貧乏な農民にはインターネットへのアクセスすらない。同情した別な人は自分のウェブサイトをそのために提供した。そうしてインターネット上で中国全土で抗議の嵐を起こしたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これには中央政府も注目せざるを得なくなった。インターネットのこんな問題を取り締まれるようにと、あるいは規制できるようにと政府は「ゴールデンシールドプロジェクト」と名づけたプロジェクトに着手していたがまだ間に合わない。「ゴールデンシールドプロジェクト」というのは公安部と国家安全部によるインターネットに対する封鎖・検閲プロジェクトなのだ。そういう手段が実用化されていない今はこれらのインターネットによる政府批判や党への抗議を封鎖も検閲も、そして実質的には処罰も出来ないのだ。全国どこにいるか分からないようなインターネットの発信者を一人一人調べて、見つけて捕まえるのはほとんど不可能だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村は過日の飲み会での中国政府高官の言葉を思い出した。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi/7992244.html</link>
			<pubDate>Wed, 07 May 2008 07:46:19 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>十一章　ひき逃げ　「くすぶる特権階級への不満」－２</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-bd-c7/tenkuhiroshi/folder/562925/68/7907868/img_0?1210019223&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　河村は北京語も広東語も話すがどちらも片言の域を出ない。いつも、もっと練習しておけばよかった、もう少し習っておけばよかった、と思うのだが、その時はその時でなかなか忙しく、日常必要とする言葉をその都度口にするだけでそれ以上特に辞書や学習用具を使って習うということをして来なかった。こうして定年後まで中国とかかわりつづけるならば、絶対にもっと言葉を練習しておくべきだった、というのはもう後の祭りでしかないのだが、未だにあきらめきれないでそんな風に考えたりもする。きっと、一生これで後悔するのではないかと思ったりもすることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村は上海に戻ってきてからその事件について騒ぎが持ち上がっているのを知った。河村が目撃した事件の現場で倒れた人々の中で二人が死に八人が重傷を負ったということだった。この程度の死傷者の数の事件が全国的な話題になるのは中国では珍しいことだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　新聞によると件の女性運転手には、事故とはいえ、ことの重要性に鑑み執行猶予つきの刑が課せられたと言うのだ。つまり実際には無罪に等しいと言うことだ。“事故”だって？　河村が目撃したのは事故なんかではなかった。ひき逃げもひき逃げ、ほとんど故意の殺人だった。それがどうして事故扱いになるんだ。河村の頭にはあの時の恐ろしい光景がよみがえった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　中国の裁判というのは先進国での裁判と違って党の意向でどうにでもなるし、また政治にさえ関係なければ、お金でどうにでもなるものだ。社会主義の国だから前者は建国当初から事情は変わっていないのだろうけれど、後者は違う。それは社会主義国家の建国理念とは相容れないものだ。それが現実にこうなってきてしまったのは社会主義というものが本来持っている根源的要素によって、社会の正義や秩序の理念が腐敗してきた結果としてのものだろうと河村は思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今の中国での賄賂の習慣や、贈収賄の汚職のはびこりようは目を覆いたくなるほどだ。そういう中で生活している中国人にとってでも賄賂の支出は馬鹿にならないし、また日常生活で大変不便をしていると知人が言っていたことがある。さもありなんとも思う。&lt;br /&gt;
　今の中国農村部でBMWに乗っているというのはかなりのお金持ちのはずだ。裁判官を買収することくらい造作もないことだろう。刑が軽くなるためであれば車一台に払うお金くらいは払えるだろう。　いや、そんなに払う必要もないのだ。車一台の十分の一の金額で十分だ。中国人民共和国人民の給料はそれほどに低い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その後のニュースによると、この事件は元々、件の女性の運転する高級車が農業用トラクターにぶつけたことが発端だったらしい。それに対して、この金持ち女性は自分の非を認めないばかりか、その農民を罵倒したことから騒ぎが大きくなったようだった。貧乏な農民側にはこんな高級車を乗り回しているような金持ち階級に対しては、いつでも不満、反感がくすぶっている。河村が駆けつけたのは、ちょうどそんな時だったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その後の報道では、件の女性は地方政府高官の親戚にあたるということが判明したということだった。要するに共産党幹部といっても、黒龍江省という一地方の共産党幹部の権力乱用ということだ。相手の被害者たちは名もない、地位もない、金もない農民たちだ。河村はここでも中国という国での人命の軽さを思い知らされたような気がした。&lt;br /&gt;
しかしこの場合は被害者たちが黙っていなかった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi/7907868.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 May 2008 05:27:03 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>第十章　黒龍江省ハルビン　「中国式商売」－３</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-bd-c7/tenkuhiroshi/folder/562925/87/7758887/img_0?1209859405&quot; width=&quot;500&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　黒龍江省ハルビンには以前、重慶に駐在していた時にも上海に駐在していた時にも行ったことはある。昔の日本の影響が強く残っているのを河村は知っているので、親近感を覚えたりするが、現地の今の人々はそういうことを認めたがらない。ましてや若い人々はこの国の新しい政策である反日教育を受けている。日本が占領して、良好な関係を持っていたのも、もう今は昔の物語になってしまっていた。&lt;br /&gt;
　　&lt;br /&gt;
　思ったとおり、その国営企業ハルビン鉱物建材公司との交渉には改めて曾官年に仲介の労をとってもらわないとそれ以上は話が進まないようだった。不足しているわけでもなく、豊富に産出する中国大理石やスレートなどの資材を外貨を持って買ってやろうと言うのに、買ってもらいたいという気はないのだから商売がやり難い。これが共産主義社会であり、社会主義経済というものなのだろう。これでは国が発展しないわけだ。自分は直接的には知識はないがソ連も同じような事をやっていたために崩壊してしまったのだろう。人の振り見て我が振り直せ、なんていうのは昔の中国の格言ではなかったのか。例えそうだとしても、そういった近代社会にも通じるような教えはみんなこの国では壊されてしまったのだ。毛語録みたいなものばかりが残っている。そんなことを思いながら河村は木造二階建て建物の二階にあるその国営企業の事務所を出て、一階の道路へ下りた。外へ出ると、まだまだ河村にとっては肌寒い風に吹きあてられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
十一章　阿鼻叫喚の図「特権階級への不満」－１&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　道路に下りた河村は異常に気がついた。そこでは周りの人たちが事件だ事件だと言って騒いでいた。何人もが走ってゆくので、その歳になっても足に自信のある河村は自分もその方角へ一緒になって走って行った。&lt;br /&gt;
　ちょうど河村が現場と思しきところへ着いてすぐの時だった。女性運転手がハンドルを握るその大型のBMWは群集の中に突っ込んで行った。始めは河村は自分が何か勘違いしているのかと思った。しかし次の瞬間、群集の反応を見てそれが映画の撮影でもなんでもなく現実に起こっていることだと理解した。&lt;br /&gt;
　河村がそこへ着いた時はまだその高級車は怒れる群集に囲まれていた。車の前には口々に何かを叫びながら腕を上げたりしている人々が多勢いた。周りにも少なからぬ人々が車を取り囲んでいた。と、突然その車は発進した。徐行ではない。車輪と路面との急激な摩擦で起きるキキーッという不快な音をさせて、砂埃を立て上げて、ほとんど全速力で発進したのだ。大型BMWの馬力は強い。間を空けてばらばらに立っている人間なら何十人でも跳ね飛ばすだけの十分な力がある。そこは阿鼻叫喚の図が出現した。群集の後ろにようやくたどり着いたばかりの河村は安全地帯にいたが、もう少し早くそこ行っていたら、あの轢かれた人数のうちに入っていたかも知れなかった。そう思うとぞっとしたが、それはしばらく後に生じた感覚だった。車はそのまま走り去った。&lt;br /&gt;
　路上に倒れている数人は明らかに重態だった。河村は、それも生きていればの話だと思った。その他にも生きているのは分かったが怪我をして路上に倒れているものも数人いた。何にでも興味を示し、物見高い河村も次には自分の安全に思いを巡らせた。これ以上そこにいるのは危険な可能性があると判断した彼はそっと身を引いて、もと来た道を引き返した。自然に足は速くなり、次には駆け出していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村は政府の高官にでも会うとき以外はわざとラフな服装というか、くだけた装いを心がけていた。だからこのときも地元の農民たちとは明らかに区別されてはしまうが、地元のビジネスマンという程度の服装ではあった。それでも、一朝何かあったときには、地元の人間ではないと言うことくらい簡単に見破られてしまう。言葉でも流暢に話せれば別かも知れないが、河村の上海語はここらではそういう時には役に立たない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi/7758887.html</link>
			<pubDate>Sun, 04 May 2008 09:03:25 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>第十章　事業計画　「中国式商売」－２</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-bd-c7/tenkuhiroshi/folder/562925/69/7687969/img_0?1209769621&quot; width=&quot;365&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　中国人ビジネスマンに悪意がないこと、これは明々白々の事実だと河村は理解している。中国という国、あるいは中国人が全く異質な文化をもっているのみならず、文明としてでも異質なものであることは明白なのだが、それと同じくらいに彼等の心の中に商取引における悪意というものが存在しないことも明らかなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　彼等は、商取引を完遂させ利益を得ようと誠心誠意努力しているのだ。そこにはあるのは別の種類の誠心であり誠意であり、悪意などは微塵も存在していないと言うことを外国人は理解しないといけないのだ。そうでなければ中国人とは永遠に付き合えないことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　重慶駐在時代には何かと苦労をした事務所の必要備品購入、資材購入も今のここ上海では何でも手に入る。日本と同じだ。むしろもっと安い値段で手に入る。&lt;br /&gt;
　いずれは受け付け嬢も秘書も雇いたいが、収入の目途がつくまでは支出を控えたかった。現代は何でも自動化、省力化の時代だ。本格的なロボットがいなくても、いろいろ組み合わせればほとんどロボットに等しい機能が取り揃えられる。事務所の備品や器具にいくらお金を使っても、人間を一人雇うことに比べたらいくらでもない。事務所には留守電付き電話機、ファックス・プリンター・スキャナー兼用機、オフィス・コンピューターはもちろんのこと、ありとあらゆるIT機器を揃えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村の基本的な事業計画はこうである。天然資源である建設資材、つまり鉱産物で建築に使われる材料を、コネと賄賂を使って極力安く購入して、それを先進諸国へ輸出する。ある意味特別な値段で購入するから、販売のときにも競争に勝てる公算が大きい。工業製品は品質の問題がある。自分で工場を持ってすら難しいのに、中国で設備投資をすることを厭っている河村には出来ない相談だ。食料品は世界的基準でみると衛生観念のレベルが低い中国では、それそのものの衛生上・安全性の問題も大きいが、輸送がうまく行かないということも十分に考えられることである。そうなれば食品は腐ってしまって大損をこうむる。そんなときには中国では実質的な保障の制度がないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そうなるとやはり一番手堅いのは、生産するのに人手を加えずに、単に産出されて比較的簡単な加工だけがなされた天然資源ということになる。そういった製品の買い手の方はほぼ見当とコネがついている。貿易ビジネス三十年余の経歴がいよいよ物を言うときだ。値段さえ十分に安ければ河村の会社から買うと言ってくれている会社が数社ある。後はいかに商品仕入れのルートをうまく作り、それを注意深く中国から搬出する方法を考えることだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　中国では輸入に関しては、加工して再輸出する為の原料以外は、貴重な外貨が国外へ出ることなので慎重に検討される。あるいは全く許可にならない。しかし、輸出となると外貨を稼ぐことになるので、むしろ奨励されている。半世紀前の日本だって同じ状態だった。そうは言っても、中国で産出されたものを輸出するのなら何でも良いかと言うとそうもいかない。今度は大切な中国の産物を外国へ持って行ってしまうと言うことで、それなりの中央政府、地方政府の許可が必要になる。それは国営企業が輸出する場合でも同じことである。これでは奨励されているのかどうか判らなくなってくる。それが官吏の付け目だ。何事にも役所の同意や許可が必要となるようにしてある。そういう点では日本の官僚と同じことだ。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　曾官年に紹介してもらっていたハルビンの石材を扱う国営企業へ行ってみる必要があった。河村は上海にいてもそこは自分にとっての外国だから、日常緊張感がある。しかしそこからさらに出張する時など一層の緊張感を身に帯びる。当然のことかも知れないが、河村は常に安全に気を配ることにしている。大昔の旅行者達ほどではないかも知れないが、それはむしろ外国人としての礼儀でさえあると思っている。ひとの家を訪れて、気を抜いてあくびをしたり、おならをしたりはやはり失礼だ。緊張していればそういうことは避けられる、と思っていた。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi/7687969.html</link>
			<pubDate>Sat, 03 May 2008 08:07:01 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>第十章　異文化交流　「中国式商売」－１</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-bd-c7/tenkuhiroshi/folder/562925/08/7620108/img_0?1209673108&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　河村は旧知、旧友への挨拶を済ませると先ず事務所開設を図った。上海では事務所開設に特別に難しい手続きが要る訳ではない。こんなことのために今はそれぞれ高官となった友人のコネを使うわけには行かない。正面から役所に乗り込み、だんだんと思い出してきた上海語を駆使して、担当者にはそれぞれ正規の料金の他に賄賂を払い、必要手続きを済ませた。追って通知があるまで、というのはそれまで待てばいいことだった。事務所そのものについては何も特に急ぐ必要は無かった。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　曾官年や黄邦正に建設資材を扱っている信用できる業者を紹介してもらった。日本では信用できる業者という言い方をするが、河村は今では中国の業者はだいたいみんな信用出来ると考えることにしている。信用できるかどうかの基準を何に取るか、どこに取るかで、相手が信用できるかどうかは決まる。何も中国で商売をする時に、中国人を判断するのに、日本の価値判断の基準を持って来たってうまく行くわけが無い。郷に入っては郷に従えだ。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　中国とのビジネスに誠意とか、誠実、約束履行、―――というものは存在しない。そもそも、そういう概念と、商取引という概念とは共存しないものなのだ。　&lt;br /&gt;
　中国人が商取引をする際は、当然に何とかして相手を騙してうまく儲けてやろうと考えている。相手が中国人あるいは支那人である限りこれには例外はない。例外と見える場合があれば、そう見えたその人はもうその時点で半分は騙されているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そうして騙して儲けてやろうと考えている当の中国人に悪意はない。悪いことをしようなどという気は全くないし、悪事を働いているなどという意識はさらさらない。商取引というものはそういうものなのだから、とただそれだけのことなのだ。それを後から自分は中国人に騙されただの、中国の役所に搾取されただのというのは全く正しくない言いがかりなのだ。自分の国際化が充分でなかっただけの話だ。自分の無知と文化の違いを正しく理解できていなかったと言うだけの話だ。それが分かっていれば、日本人なら恥ずかしくて人様に言えるようことではない。言い換えるとそれは商取引に負けたというだけのことなのだ。中国の商取引には勝ち負けがあるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そういう中国人とのビジネスに誠意だとか、誠実だとか、あるいは約束の履行などということを期待するほうが間違いなのだ。だからといって、商取引の実際に入る前に、そういう近代的というか西欧的な商取引以前の基本的な概念についての約束をしても、そうして始まった商取引も、その約束自体が総体としての商取引の一部である以上、その時点で既に相手のペースにはまってしまっていると考えなければならないことなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ましてや親切、親身、好意、―――などというものは、ビジネスをする以上はじめから全く存在すらしていないのだから、中国人とのビジネスというのは異文化間の交流というよりも、日本人としては異星人との交流と考えてやらないといけないのだ。河村のように実体験をしない限り、国際化ということの出来ない日本人というものは、そういう風にでも頭の中で理解してことを進めないと、損ばかりすることになる。実際中国へ進出した日本人で損をしなかったというのは一つの例外もないくらいだ。　ただ、本人が恥ずかしいからか、そうとは白状しないのでいつまでたっても日本人に知られることがないだけなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村は九年余に渡る中国は重慶と上海での支店長時代の経験を本に書こうと思っている。日本の同胞ビジネスマンへの警告書として書きたいと思っている。しかしその前に自分のビジネスを立ち上げるのが先決だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（　河村は旧知、旧友への挨拶を済ませると先ず事務所開設を図った。上海では事務所開設に特別に難しい手続きが要る訳ではない。こんなことのために今はそれぞれ高官となった友人のコネを使うわけには行かない。正面から役所に乗り込み、だんだんと思い出してきた上海語を駆使して、担当者にはそれぞれ正規の料金の他に賄賂を払い、必要手続きを済ませた。追って通知があるまで、というのはそれまで待てばいいことだった。事務所そのものについては何も特に急ぐ必要は無かった。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　曾官年や黄邦正に建設資材を扱っている信用できる業者を紹介してもらった。日本では信用できる業者という言い方をするが、河村は今では中国の業者はだいたいみんな信用出来ると考えることにしている。信用できるかどうかの基準を何に取るか、どこに取るかで、相手が信用できるかどうかは決まる。何も中国で商売をする時に、中国人を判断するのに、日本の価値判断の基準を持って来たってうまく行くわけが無い。郷に入っては郷に従えだ。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　中国とのビジネスに誠意とか、誠実、約束履行、―――というものは存在しない。そもそも、そういう概念と、商取引という概念とは共存しないものなのだ。　&lt;br /&gt;
　中国人が商取引をする際は、当然に何とかして相手を騙してうまく儲けてやろうと考えている。相手が中国人あるいは支那人である限りこれには例外はない。例外と見える場合があれば、そう見えたその人はもうその時点で半分は騙されているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そうして騙して儲けてやろうと考えている当の中国人に悪意はない。悪いことをしようなどという気は全くないし、悪事を働いているなどという意識はさらさらない。商取引というものはそういうものなのだから、とただそれだけのことなのだ。それを後から自分は中国人に騙されただの、中国の役所に搾取されただのというのは全く正しくない言いがかりなのだ。自分の国際化が充分でなかっただけの話だ。自分の無知と文化の違いを正しく理解できていなかったと言うだけの話だ。それが分かっていれば、日本人なら恥ずかしくて人様に言えるようことではない。言い換えるとそれは商取引に負けたというだけのことなのだ。中国の商取引には勝ち負けがあるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そういう中国人とのビジネスに誠意だとか、誠実だとか、あるいは約束の履行などということを期待するほうが間違いなのだ。だからといって、商取引の実際に入る前に、そういう近代的というか西欧的な商取引以前の基本的な概念についての約束をしても、そうして始まった商取引も、その約束自体が総体としての商取引の一部である以上、その時点で既に相手のペースにはまってしまっていると考えなければならないことなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ましてや親切、親身、好意、―――などというものは、ビジネスをする以上はじめから全く存在すらしていないのだから、中国人とのビジネスというのは異文化間の交流というよりも、日本人としては異星人との交流と考えてやらないといけないのだ。河村のように実体験をしない限り、国際化ということの出来ない日本人というものは、そういう風にでも頭の中で理解してことを進めないと、損ばかりすることになる。実際中国へ進出した日本人で損をしなかったというのは一つの例外もないくらいだ。　ただ、本人が恥ずかしいからか、そうとは白状しないのでいつまでたっても日本人に知られることがないだけなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村は九年余に渡る中国は重慶と上海での支店長時代の経験を本に書こうと思っている。日本の同胞ビジネスマンへの警告書として書きたいと思っている。しかしその前に自分のビジネスを立ち上げるのが先決だ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi/7620108.html</link>
			<pubDate>Fri, 02 May 2008 05:18:28 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>第九章　天下国家　「旧友再会」－４</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-bd-c7/tenkuhiroshi/folder/562925/63/7558563/img_0?1209593541&quot; width=&quot;556&quot;&gt;&lt;br /&gt;
｢どうも、そうらしいのです。そのために捕えるのが非常に難しいのです。いや、ほんとうのことをいうと全然捕えられないでいるのです｣&lt;br /&gt;
｢ほーお、そりゃあ初耳ですね。そんなことが起きているなんて。でもお国には昔からそういうお話がたくさんあったんじゃあないのですか？｣&lt;br /&gt;
｢そういえば確かにそうなんですけれど、そういう場合はやはりその時の政権の崩壊には繋がっているんですから、問題は問題です｣&lt;br /&gt;
｢それでも天下国家、中華大帝国は五千年の昔から安泰、ということじゃあないのですか｣&lt;br /&gt;
｢そうはいえないと思いますよ。支那という国はどっちにしてもなくならないだろうけれど、今の政権がなくなるということは私なんかもさしずめ食いっぱぐれると言うことですからね。まあ、もう子供達は独立したし、かみさんと二人だけの生活だからいいようなものの、それでも今の地位からは落ちたくないですものね｣&lt;br /&gt;
｢曾官年さんもえらくなっちゃったですからね｣&lt;br /&gt;
｢まあ、大した事はないですけれど、貴方が以前、重慶にいた頃は私もまだ課長クラスだったですからね｣&lt;br /&gt;
｢そうですよ、それでもずいぶん便宜を図って貰ったですけれどね｣&lt;br /&gt;
｢いや、まあ、それはお互いさまだったですよ。私だってあの頃の貴方の会社からの礼金はずいぶん生活の足しになりました｣&lt;br /&gt;
｢そうですか、そんなものらしいですね。それがお国のやり方ですものね。それはそれで、それぞれの国のやり方でいいんだと私は思いますよ｣&lt;br /&gt;
｢そうですね、貴方はいつもそう言ってくれるから、嬉しいですよ｣&lt;br /&gt;
｢いや、やっぱりそれぞれの文化というか習慣というか、その国が選んだやり方で別に差し支えは無いと思いますよ。それでうまくいってさえいれば。アメリカみたいに自分の国のやり方だけが正しいんだなんていうのは傲慢ですよ｣&lt;br /&gt;
｢確かにそうだですよね｣&lt;br /&gt;
｢ま、私も今度は自分の勘定で何から何までやることになるんですけれど、また面倒見てくださいね｣&lt;br /&gt;
｢勿論です、オタガイマサですからね｣&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村は趙江映の家に夕食に呼ばれた。趙江映のところは奥さんとも面識がある。&lt;br /&gt;
｢カワムラさん、ほんとうに久しぶりだね。元気そうで何よりだ｣&lt;br /&gt;
｢いや、趙さんこそ相変わらずご健壮で、結構ですね。奥様も相変わらずおきれいですね。もうあれから何年も経つのに｣&lt;br /&gt;
｢あら、カワムラさんはそんなお上手を言うようになったのですか？｣&lt;br /&gt;
｢いや、いや、思ったままを言っただけで｣&lt;br /&gt;
｢ありがとうね。カワムラさんはいつもやさしいよ｣&lt;br /&gt;
｢あれ、それこそ誉めていただいちゃったみたいです｣&lt;br /&gt;
｢そんなことないよ、私も思ったままを言っただけよ｣&lt;br /&gt;
｢うわー、やられたみたいだ。ところで、お子さん達は？｣&lt;br /&gt;
｢もうみんな、いないよ。一人は結婚したよ。もう一人はまだだけど一人でアパート住んでいるよ。今は夫婦ふたりだけになったよ｣&lt;br /&gt;
｢そうですか。そうですね。もう我々はそういう年ですものね｣&lt;br /&gt;
｢カワムラさんは奥さんはどうした？｣&lt;br /&gt;
｢いや、うちももう夫婦二人だけの世帯ですが、今回は一人で出張してきました｣&lt;br /&gt;
｢夫婦二人だけなら連れてくれば良かったのに｣&lt;br /&gt;
｢そうですね。こんどの時には連れてきます｣&lt;br /&gt;
｢ところでカワムラさんは、今度は自分で事業を始めるとか？｣&lt;br /&gt;
｢そうなんです。六十歳になったからといって悠悠自適というわけには行かないもので｣&lt;br /&gt;
｢いや、いや、カワムラさんはそんなことはないでしょうけれど、ブラブラしていてもしょうがないからね。閑人不善をなす、とも言うしね｣&lt;br /&gt;
｢こりゃまいりました。もう今更不善をするほどの元気はないですけれどね。でも商売をする元気は残っているので、また皆さんのいるお国とかかわりをもちながらビジネスをしたいと思っています｣&lt;br /&gt;
｢中国がお気に入りですか？｣&lt;br /&gt;
｢そうですね。やはり一度親しんだ土地や、皆さんのような人々とは安心していられるので、いいですね｣&lt;br /&gt;
｢それは、それは嬉しいお言葉ね｣&lt;br /&gt;
｢そうだね、何か私たちにも出来ることがあればいつでも言って下さい｣&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　趙江映夫妻はこの日本からの旧友には元々好意的だった。教養ある中国人にとって、漢籍の知識があって尚且つかなり国際化しているこの日本人はただの日本人には思えなかった。&lt;br /&gt;
｢ありがとうございます。いろいろお力をお借りしたいと思っていますので、またどうぞよろしくお願いします｣</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi/7558563.html</link>
			<pubDate>Thu, 01 May 2008 07:12:21 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>第九章　中国内陸部　「旧友再会」－３</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-bd-c7/tenkuhiroshi/folder/562925/49/7491349/img_0?1209503360&quot; width=&quot;482&quot;&gt;&lt;br /&gt;
「最近ね、内陸部で起こる民衆の暴動の数が増えてきているんです。数が増えただけではなくて、質的にも変わってきたようなんです。勿論私もこれについて正確な情報が得られる部門にいる訳じゃあないですから、はっきりしたことじゃあないんですけれど｣&lt;br /&gt;
｢そうですか。　まあ、うわさには聞いていますけれど、質が変わったとは必ずしも理解されていないですね｣&lt;br /&gt;
｢勿論そんなことは、極秘事項だから正式には漏れないはずなんですけれど｣&lt;br /&gt;
｢でも、少数民族や貧民の暴動が少しくらい増えたって、それが今までと違ってきているとはいえないのでしょう？｣&lt;br /&gt;
｢あっ、やっぱり言ったじゃないですか｣&lt;br /&gt;
｢いや、失礼！　失礼！｣&lt;br /&gt;
｢わっはっは、いや、いいんです。　でも、それだけじゃあなくて、食い詰めた連中が徒党を組んで悪さをするようにもなってきているんです｣&lt;br /&gt;
｢ほーお｣&lt;br /&gt;
｢そんなことは開放政策を取り始めたころには考えられなかったことなんです｣&lt;br /&gt;
｢そうか、そうだったですね。もう３０年以上も前の話ですね｣&lt;br /&gt;
｢そうなんです。ところがその強盗団が何を、どこからかっぱらうかということが問題なんです｣&lt;br /&gt;
｢ほーお、なぞなぞですか｣&lt;br /&gt;
｢それが今私が一番気にしていることなんです。政府の担当部署の方でも同じことを考えていると思いますよ｣&lt;br /&gt;
｢ふーん、それで｣&lt;br /&gt;
｢彼らが襲うのは昔の強盗団とちがって、政府の財産なんです。そうでなければ国営企業の物資運搬トラックや列車なんです。それこそ大規模な集団なんです｣&lt;br /&gt;
｢へーえ。そりゃあすごい。中華人民共和国政府に楯突くやつがいるんですね。」&lt;br /&gt;
「しかもね、そう言うことをやっているのが、チベット人や新疆のウィグルでは無いんです。」&lt;br /&gt;
「ほーお、誰なんだろう？」&lt;br /&gt;
「中国人自身なんです。　河村さんのいう支那人そのものなんです。」&lt;br /&gt;
「中国人だと言っても、集団強盗が捕まったらお宅のお国では死刑でしょうに｣&lt;br /&gt;
｢そうなんです。即刻死刑です。それなのにそういう危険を犯してまで強盗を働くということはよっぽどのことじゃあないかと思うんです｣&lt;br /&gt;
｢密告や盗聴、自白の強要を駆使して犯人を追い詰めるのは社会主義国家のお得意技じゃあなかったのですか｣&lt;br /&gt;
｢ところがそれがなかなか捕まらないんです｣&lt;br /&gt;
｢どうしました、盗聴器が錆び付き出したのですか。メイドインチャイナの優秀な盗聴器を捜してきてあげましょうか？｣&lt;br /&gt;
｢ありがとう。どうです、冗談じゃあ無しにメイドインチャイナも優秀な製品ができるようになったでしょう？｣&lt;br /&gt;
｢いや、確かにそうです。感心していますよ。私が中国から離れていた間に、本当に進歩しましたね｣&lt;br /&gt;
｢そうか、カワムラさんにそれを言われると嬉しいですよ。なんと言ったって私の母国ですからね。ところが、それが盗聴器の問題じゃあなくて、それ以前の問題なんです。正確な情報が集まらないんです。だからそいつらを捕まえることが出来ないんです。どうもそういう奴らは義賊として行動しているようなところがあるんです｣&lt;br /&gt;
｢そしてそれを貧しい人民が後押ししている、とそういう寸法なんですね｣</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi/7491349.html</link>
			<pubDate>Wed, 30 Apr 2008 06:09:20 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>第九章　運命のいたずら　「旧友再会」－２</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-bd-c7/tenkuhiroshi/folder/562925/02/7415202/img_0?1209424850&quot; width=&quot;410&quot;&gt;&lt;br /&gt;
そのときの母親の猛反対。それがその後の一家の、そして自分の運命を決定的に違ったものにしているのだ。人間というものの運命のはかなさ、あやうさを思わずに　その時の母親の猛反対。それがその後の一家の、そして自分の運命を決はいられない。六十歳になってから日本という外国へきて、全くといってよいほど生活習慣の異なる環境で、果たしてこの人たちは幸せになれるのだろうか。今までの実績ではどうもうまくいっていないようだ。以前と比べて、より幸せになれてはいないという現実は日本政府の責任ともいえないだろう。運命のいたずらと理解するしかあるまい。日本政府にも運命を操作する力はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村はすぐに上海に飛んだ。旧知の友人知人との旧交を温めるのが一番先だ。これなくしては、ここ中国では何も出来ない。何も始まらない。役人である曾官年、張万林、取引相手だったけれども私的に親しくなった趙江映、黄邦正、水石の収集鑑賞という趣味のひとつが共通の田瑞伝などに連絡を取った。趙江映だけは同い年だが、他はみんな河村のちょっと上かちょっと下という年齢だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　親しいといっても中国人の友人との親しさには限度がある。それは相手が中国人の場合に限らないかもしれない。アメリカに駐在していた時だって同じようなものだった。やはり生まれ持った文化の違いは結局は越えられないような気がしている。それにほんとうの意味での友人と言うのはやはりそれなりに親密な時間をそれだけ長く過ごさなければ出来ないのではないかという気もしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　中国人の友人達は水石を通じての友人田端伝以外はみんな河村の名を呼ぶときに、アメリカ人がそうであったのと同じようにカワムラのムにアクセントを置いて発音する。その方が彼らにとって自然な発音のようだ。若い時に日本に留学したこともある田端伝は日本語が流暢だからか河村の名前も日本流に発音する。しかしそれはそれで、敬称の「さん」のさの字にアクセントがかすかに入っているように聞こえる。まあ、そんな事を言えば日本の中での地方ごとのアクセントやイントネーションの違いの方が大きいくらいではあるのだが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　役人の曾官年,　張万林とは上海語、英語、を交えて話す。教養も社会的地位もある彼らは北京語以外の中国語や英語にも結構通じている。張万林はアメリカに短期間だが留学したこともある。彼らの子供達自身が今アメリカに留学してもいるのだ。趙江映と黄邦正は英語のほか、更に日本語も少し分かる。彼らの子弟もそれぞれアメリカやヨーロッパに留学したりしたことがあったり、現に留学中だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一通りの挨拶を交わした後、今は中央政府の役人としてさらに出世した曾官年はこんなことも言った。&lt;br /&gt;
｢最近私はこの国の行く末が分からなくなってきましたよ。こんなこと日本人の貴方だから言えることですけど、今のわが国はなんだか危険な道を進んでいるような気がするんです｣&lt;br /&gt;
｢どうしてそう思うんですか？　曾さんらしくないじゃあないですか｣&lt;br /&gt;
｢私が心配する理由は幾つもあるんですが、そのどれもが、もしかしたら私の間違いかもしれないし、勘違いかもしれないとも思うんですけれど｣&lt;br /&gt;
｢ほー!｣&lt;br /&gt;
｢ともかく何かと危険な兆候のような感じがするんです｣&lt;br /&gt;
｢ふ―ん。どんな時にですか？｣&lt;br /&gt;
｢いや、それを言うと貴方には一笑に付されるかもしれないんですが。だってそんな問題が中国に無かった時代がありましたかと尋ねられそうな気もするんですけど｣&lt;br /&gt;
｢尋ねませんよ｣&lt;br /&gt;
｢そうですか、それはそれで拍子抜けしますけれど、まあこういうことなんです｣</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi/7415202.html</link>
			<pubDate>Tue, 29 Apr 2008 08:20:50 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>河村は高校の漢文の授業で漢詩の読み方を先生から誉められたことがある。高校へ入ってからは授業で誉められたりなどということはついぞ無い河村だったので、それは大いなる励みになった。漢文などというものはその時</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-bd-c7/tenkuhiroshi/folder/562925/54/7269154/img_0?1209238678&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
河村は高校の漢文の授業で漢詩の読み方を先生から誉められたことがある。高校へ入ってからは授業で誉められたりなどということはついぞ無い河村だったので、それは大いなる励みになった。漢文などというものはその時既にもう大学受験には関係なくなっていたのだが、興味を持ったので漢詩なども自ら進んで幾つも暗記したりした。高校生のうちに論語以外の四書五経にまで手を伸ばし、大学受験勉強の時間を削ってまで読みふけったこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そんな河村だったので中国駐在中は人付き合いの上で何かと役に立った様な気がしている。今の中国人には論語だの四書五経だのと言ってもほとんど通じることはない。それは共産主義とは相容れないのだ。でも、河村の年代の中国人でも比較的教養のある人はそう言うものを、昔習ったことはあるのだ。そしてそれを懐かしく思い出す者もある。こちこちの共産主義者はその話を嫌う。だから河村はその点の区別をする必要があった。でも、その話を一度持ち出せば相手も態度を表明してくるから、その識別は簡単といえば簡単ではあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　要するにそういう、こちこちの共産主義者は河村にとって人間性の点でどうせ友人にはなり得ない中国人だったから、その話題を持ち出すことはむしろ河村にとって必要なことでもあったのだ。それによってその後の商売のやり方にまで影響してくるのだ。なんと言っても取引に関連する相手を見抜くことは重要なことだった。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村はいつものように朝起きると、まず新聞に目を通した。第二面の中国関連の記事が目に飛び込んできた。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
「全員が永住帰国を希望：訪日中の残留孤児十人」&lt;br /&gt;
　聞き取り取材は二十五日と二十六日の両日、国立オリンピック記念青少年総合センターと厚生労働省で行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ほとんどの人が本人の希望だったが、田鉄映さんだけは「中国での暮らしに満足しているが、子供が日本に行きたいといっているので帰国手続きをする」と子供の希望を理由に挙げた。孤児のほぼ全員が日本での定年に当たる六十歳余りの年齢であるために、帰国後の生活に不安を覗かせる人も多い。馬克さんは「自分はもう働けないので、子供たちに頼るしかない」。鳥飼絹江さんと身元日本名が判明した丁夢霞さんは「夫と一緒に帰国して生活保護がもらえるかどうか不安」と表情を曇らせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一方、長男（四一）と帰国予定の楊大明さんのように「自分の故郷に帰るので全く心配していない」という楽観派もいる。&lt;br /&gt;
　いつ自分が日本人孤児と分かったかという質問には十人のうち九人までが十代前半までに近所の人の会話や学校で友人に言われて知ったと答えた。&lt;br /&gt;
　日本に永住帰国した孤児による国家賠償訴訟についてはほとんどの人が知らず、聞いていた人も「現在、日本政府に不満はない」と語った。（共同）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それだけの記事ではあったのだが、今まであまり関心を払わなかったこの種の記事が今回はずいぶんと身近に感じられた。自分が中国関連のビジネスを始めようとしている、ということもあったが、それ以上に河村の関心を呼んだのは彼らのほぼ全員が六十歳余りの年齢、つまり自分よりちょっと上くらい年齢の人たちだということだった。同じ六十歳でも自分のように自分の意志でこれから積極的に、人生最後のビジネスをやってみようということで中国へ来てみたりしている立場と、恐らくはものごころついてから初めて実際に目にした外国へ「移住」しなければならない人々ではその不安の程度はまるで異なるであろうと思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　自分が生まれたその同じころ、同じ日本人の両親を持ちながらも彼らはたまたま両親の任地、満州と呼ばれた中国東北部で生まれた。河村の父親もそのころやはり満州に行ってみたいという大望を抱いていたのだ。幸いというべきだろうが、母親がそれには猛反対したのだそうだ。そのために父としては男として一生一度の飛躍の機会を逃したともいえるのだが、結果としてそれは父親だけでなく、家族全員をも救うことになったのだ。&lt;br /&gt;
　河村は高校の漢文の授業で漢詩の読み方を先生から誉められたことがある。高校へ入ってからは授業で誉められたりなどということはついぞ無い河村だったので、それは大いなる励みになった。漢文などというものはその時既にもう大学受験には関係なくなっていたのだが、興味を持ったので漢詩なども自ら進んで幾つも暗記したりした。高校生のうちに論語以外の四書五経にまで手を伸ばし、大学受験勉強の時間を削ってまで読みふけったこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そんな河村だったので中国駐在中は人付き合いの上で何かと役に立った様な気がしている。今の中国人には論語だの四書五経だのと言ってもほとんど通じることはない。それは共産主義とは相容れないのだ。でも、河村の年代の中国人でも比較的教養のある人はそう言うものを、昔習ったことはあるのだ。そしてそれを懐かしく思い出す者もある。こちこちの共産主義者はその話を嫌う。だから河村はその点の区別をする必要があった。でも、その話を一度持ち出せば相手も態度を表明してくるから、その識別は簡単といえば簡単ではあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　要するにそういう、こちこちの共産主義者は河村にとって人間性の点でどうせ友人にはなり得ない中国人だったから、その話題を持ち出すことはむしろ河村にとって必要なことでもあったのだ。それによってその後の商売のやり方にまで影響してくるのだ。なんと言っても取引に関連する相手を見抜くことは重要なことだった。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河村はいつものように朝起きると、まず新聞に目を通した。第二面の中国関連の記事が目に飛び込んできた。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
「全員が永住帰国を希望：訪日中の残留孤児十人」&lt;br /&gt;
　聞き取り取材は二十五日と二十六日の両日、国立オリンピック記念青少年総合センターと厚生労働省で行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ほとんどの人が本人の希望だったが、田鉄映さんだけは「中国での暮らしに満足しているが、子供が日本に行きたいといっているので帰国手続きをする」と子供の希望を理由に挙げた。孤児のほぼ全員が日本での定年に当たる六十歳余りの年齢であるために、帰国後の生活に不安を覗かせる人も多い。馬克さんは「自分はもう働けないので、子供たちに頼るしかない」。鳥飼絹江さんと身元日本名が判明した丁夢霞さんは「夫と一緒に帰国して生活保護がもらえるかどうか不安」と表情を曇らせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一方、長男（四一）と帰国予定の楊大明さんのように「自分の故郷に帰るので全く心配していない」という楽観派もいる。&lt;br /&gt;
　いつ自分が日本人孤児と分かったかという質問には十人のうち九人までが十代前半までに近所の人の会話や学校で友人に言われて知ったと答えた。&lt;br /&gt;
　日本に永住帰国した孤児による国家賠償訴訟についてはほとんどの人が知らず、聞いていた人も「現在、日本政府に不満はない」と語った。（共同）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それだけの記事ではあったのだが、今まであまり関心を払わなかったこの種の記事が今回はずいぶんと身近に感じられた。自分が中国関連のビジネスを始めようとしている、ということもあったが、それ以上に河村の関心を呼んだのは彼らのほぼ全員が六十歳余りの年齢、つまり自分よりちょっと上くらい年齢の人たちだということだった。同じ六十歳でも自分のように自分の意志でこれから積極的に、人生最後のビジネスをやってみようということで中国へ来てみたりしている立場と、恐らくはものごころついてから初めて実際に目にした外国へ「移住」しなければならない人々ではその不安の程度はまるで異なるであろうと思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　自分が生まれたその同じころ、同じ日本人の両親を持ちながらも彼らはたまたま両親の任地、満州と呼ばれた中国東北部で生まれた。河村の父親もそのころやはり満州に行ってみたいという大望を抱いていたのだ。幸いというべきだろうが、母親がそれには猛反対したのだそうだ。そのために父としては男として一生一度の飛躍の機会を逃したともいえるのだが、結果としてそれは父親だけでなく、家族全員をも救うことになったのだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tenkuhiroshi/7269154.html</link>
			<pubDate>Sun, 27 Apr 2008 04:37:58 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
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