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蒋介石時代は、反日思想が強要されたため、表だった顕彰活動はありませんでしたが、
80年代以降、八田與一に対する敬愛・敬慕の機運は台南を中心に徐々に高まり、
2011年には台南に、八田與一記念公園が完成しました。
東日本大震災の発生当日、台湾(中華民国)馬英九総統は、直ちに日本に対する義援金を送ることを表明。
さらには、救援隊を派遣し、おびただしい救援物資を日本に送りました。
その上に、台湾民間人による義援金募集活動はすさまじく、
最終的には全世界各国の中で最高の200億円もの義援金が寄せられました。
ただし、台湾の日本に対する援助活動は、どの国よりも素早く、3月11日には救援隊派遣を日本政府に打診しましたが、当時の菅直人民主党政府は、待機を要請。
結局、台湾救援隊の日本到着は14日にずれ込み、しかも日本政府に頼らず、台湾救援隊28名は自力で被災地に入っています。
これは、菅直人民主党政府が中国に配慮したもの。
嘆かわしいことですが、
中国より早くには、台湾に救援活動をさせない、という日本国方針は、
人道的見地より外交政略を優先させたものにほかありません。
本末転倒の極致!
さらには、後日、日本政府は、菅直人首相名で、米国、英国、韓国、中国、ロシア、フランスの6カ国7紙の新聞に感謝広告を掲載したものの、最大の支援を寄せた台湾の新聞には掲載しませんでした。
これも中国への配慮、いや遠慮。
最後の最後まで大国中国の顔色をうかがっていたわけです。
台湾のすさまじい思いのこもった救援活動と義援金の応募は、親日感情がその基盤にあるからでしょう。
そして、その台湾の親日感情の奥底には、八田與一への深い敬慕があったからこそ、とも私は考えます。
後方は墓石で、八田與一とその妻外代樹が眠っています。
この銅像は1931年に設置されていますが、蒋介石時代には、
破壊されるのを恐れた地元有志が、処罰を覚悟で隠し守り抜き、
1981年になってようやく、元の場所に再設置されました。
八田與一の業績とその人生については、ウィキペディアをご参照ください。
ただし、八田與一・外代樹(とよき)の死に関しては、曖昧な記述となっていますので、
私がご遺族に直接お聞きした話を元に情報を整理して、フォローします。
1942年5月5日、八田與一を乗せた陸軍輸送船「大洋丸」は宇品港を出港。
5月8日、五島列島付近でアメリカ海軍潜水艦「グレナディアー」の雷撃を受け、「大洋丸」は沈没。
817名が死亡し、そのうちの一人が八田與一でした。
この時、八田與一は、日本軍が開戦当初に占領したフィリピンのインフラ整備を託されており、
当時の日本の第一級技術者多数とともに「大洋丸」に乗船していたのです。
なにかにつけ批判の的になってきた日本の戦時下の占領地政策ですが、
八田與一を筆頭に、現地のインフラ整備にあたった日本人技術者は、
現地人と日本人を分け隔てることなく共に働き、文字通り身命を賭して職務・責務を全うしました。
世界に向かって、誰はばかることなく讃えるべき、日本の誇りである、と私は思います。
烏山頭ダムの放水口に投身自殺しました。
遺書は残っておらず、烏山頭ダムには、綺麗に履物が揃えて残されていた、と。
八田與一の死後、周囲は外代樹にしきりに本土への帰還を勧めたそうですが、外代樹は頑なに拒絶。
八田與一の魂がこもった台湾の地から離れるに忍びなかったのか・・・
そして終戦直後に自殺に及んだことについて、その理由はまったく不明です。
しかしながら、あくまで私感ではありますが、その死に場所に烏山頭ダムを選んだことに、
すべての思いが込められているように思えてなりません。
夫與一の魂が永遠に息づいていくであろう烏山頭ダムに我が身を委ねることによって、
自らもまた、與一の魂とともに永遠たらん、と願ったのではないでしょうか。
最年長の長男でも、終戦時はまだ大学生。
彼らは、誰にも頼らず、兄弟姉妹で力を合わせて、終戦直後の混乱期を生き抜きます。
その経緯については、遺族のプラバシーに関する事になってしまいますので、一切を伏せます。
「情けは人の為ならず」
このことわざの意味を正しく理解していない日本人が多いと聞きます。
「情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、
誰にでも親切にしておいた方が良い」
というのが正しい元の意味ですね。
ただ、私はなんでもかんでも親切に情けをかければいい、とは決して思いません。
そうではなく、
受けた情けに対する義心がなにより重要
と考えます。
人はみな生まれてから生涯ずっと、様々な「情け」によって生かされているのではないでしょうか。
そして、そうした「情け」に対して、いかに「義」で応えるか。
それこそ、人生のテーマではないか、と深く深く噛み締めるのでございます。
八田與一にまつわる数々の事象を丹念に追っていくと、そこに行き着きました。
自らの不徳と不行状を恥じるばかりでございます。。。
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ハワイ以外の海外旅行
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詳細
ハワイ以外の海外旅行をこの書庫にまとめようと思います。
ただ、不定期で、気の向いた時にしか更新しません。
また、どこへ飛ぶかもしれません。
それと、世界遺産って嫌いです。
あまりにミーハー過ぎて。
でも、世界遺産にも行っています。
行ってみたくて行ったら世界遺産だった、ということ。
そういうベクトルで海外旅行を楽しんできましたので。
2011/11/23 記
コメント(2)
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深津絵里主演の映画を見ながら、ピクチャーでドイツに行った時の写真を眺めていました。
ドイツの超特急
先頭部は、客席から運転席が見えるんです。
最高時速は300km/h、ぐらいだったと思います。
ケルンです。
大聖堂、世界遺産ですよね〜
あっけないくらい、駅前にあります。
JR大阪駅から阪神百貨店、より近い。
私が行った時は、補修工事中(姫路城のような)で、外観はブサイク。
なので、内部の写真しか撮影しませんでした。
っていうか、ヨーロッパには世界文化遺産の指定に関わらず、
ハッとするような町並みがゴロゴロ。
特に、モン・サン=ミシェルなどに群がることもないと思いますけど。
世界遺産の本来の意義目的が忘れられつつあることを危惧します。
奇想天外な設定、豪華な配役、退屈することなく楽しめました。
深津絵里の弁護士役は、かつてのTVドラマ「カバチタレ」における行政書士の延長線上、って感じ。
はまり役、でしょう。
で、そこで、出てくるセリフ、
「バーナード! 私、絶対に負けないから!!!」
ストーリーとは無関係なセリフだけど、最も印象に残りました。
テンションの自由自在なアップダウンを演じ分けることが、深津絵里の必殺技。
お見事です。
寧々(あるいは、おね)なんか、どうでしょうか。
佐久間良子、沢口靖子、酒井法子、いろいろ見てきたけど、イマイチ、ピンと来ない。
強いて挙げれば、十朱幸代。
十朱幸代の尾張弁は迫力ありましたから。
黙って耐えるだけでなく、藤吉郎と丁々発止の大喧嘩をやってのける寧々。
一方で、羽柴家の奥向をしっかりと統率することもできる寧々。
深津絵里なら、難なくこなし、湿っぽくない寧々=北政所=高台院を演じてくれることでしょう。
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これは、散髪の前日。
ユタ州のザイオン国立公園で撮影したものらしいです。
このオッサン、シャンプーしてもドライヤー使わないそうで、髪は風まかせ
そして、この日はアリゾナ州ペイジへ車を運転して移動し、翌朝散髪屋さんで散髪
「JFKのようなヘアスタイルにしてくれ」
とリクエストして、散髪屋さんを困らせたそうです
で、その日午後、モニュメントバレー着。
「どこがJFKやねん
より年寄りになっただけやがな
バーバーの技術の問題ではなく、そもそも素材が?でしょ〜
だいたい、このオッサンは、イチビリ(大阪弁)なんです。
わざわざアメリカ、それもペイジなんて田舎町で散髪なんかしなくても
10ドルあまりだったそうです、散髪代。
散髪代をケチっただけか!?
なのに、オッサンが言ってました。
「アメリカでの散髪は趣味。テーマパークのアトラクションみたいなもの。」
付き合いきれません
それと、こんな事も言ってました。
「アメリカでは、よく、日本のどこから来たの?って質問されるけど・・・」
和歌山県在住のくせに、大阪から、って答えるんだそうです。
和歌山って答えると、それをまた説明するのが煩わしいとか。
「どうせ詳しく説明したところで、その場だけのコミュニケーションで、憶えてくれないに決まってんじゃん!」
だって
「それに、関空から飛行機に乗るんだから、大阪から来た、ウソでもないっしょ!」
って。
・・・う〜ん、これくらい図々しければ、どこだって暮らせるかも。
小心者の私は呆れるばかりでございます
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今日アップするのは、フランクフルトからコブレンツまで、ライン川を見たくて乗車した特急。
列車名(愛称)は憶えていません。
そもそもドイツ鉄道にそういうものがあるのかどうか?
フランクフルト駅。 特急の入線です。
普通車。
ゆったりとした座席配置。
座席は固定ですが、大きなテーブルが設置されている座席もあります。
この車両はコンパートメント。ヨーロッパの伝統でしょうか。
そして、日本と違うのが、これ
ケルン-ハンブルグ間は座席予約がある事を示しています。
つまり、座席ごとにその区間だけが指定席で、それ以外は自由席になる、という事。
いかにも合理的(他のヨーロッパの鉄道は存じませんが)で、クレバーなシステムです。
JRの運用は今だに頑迷、空気輸送列車と超混雑列車の格差が酷すぎる、と痛感しました。
乗り放題切符でも、別途指定席券を購入すれば、座席を予約できます。
指定席券も買った時がありましたが、いくらだったか忘れました。
多分日本円にすれば数百円。
憶えていないということは、安かったということでしょう。
列車はライン川沿いを走ります
こういった古城がいくつも見えました。
そして・・・
この岩山がローレライ。
ライン川はローレライを大きく迂回するように蛇行して流れていました コブレンツ駅ホーム。
右が乗ってきた特急列車。
左の2階建て車両は、急行もしくは各駅停車。
コブレンツ駅舎。
日本の駅舎のような没個性の駅舎はドイツにはありませんでした。
(私が見た限りにおいては)
伝統様式をしっかりと残した設計・デザインです。
人口約10万人の地方都市。
駅前広場は広く、整然として美しい現代的なものでした。
フランクフルトからの乗車時間は約1時間30分。
極めて快適な列車でしたよ
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>午後 4:53
リコメ遅くなってすみません。
>定期演奏会の情報をホームページに投稿しないのは何故
中大グリーの定期演奏会のことでしょうか?
中大グリーは今春部員が全員退部して、以来活動を停止しています。
私が把握している情報は2017年10月現在のものですが、部員ゼロ状態なので定演開催は不可能と思われます。
来年以降については在京OBを中心に善後策を協議している模様です。
> フミ(オッサン)さん
リコメ遅くなって失礼いたしました。
こちらはあまりチェックしていないもので。
もうネタが尽きてしまったのでしょうかね。
同感です。
というか、歳を重ねるにつれて、悪役の方に共感してしまうことが多くなってしまいました
> sky*****さん
コメントありがとうございます。
真意を測りかねます。
アドレスを不用意に公開するのは危険では?
それを承知で?
怪しすぎますよ。


