病いだすけの天理教 〜病気を治すのが天理教の全てではない〜

病まず死なずに弱らずに 〜人間が助かる道はこの道しかない〜

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「十年」

1月22日、「修養科」中に「おさづけ」の理を拝戴して、10年になりました。

その後、ケニア・メキシコ(4回)・アメリカ・台湾・イギリス・ドミニカに行かせていただき、「おさづけ」の取次に東奔西走さしていただきました。

ケニア・メキシコ・ドミニカの国では1日に50人ほど取り次がせていただけるのに対し、

台湾・イギリスや日本ではなかなかしづらい・・・何がこうも違うのか?というのは、

『「神様」というのを嫌っている』

『「神様」助けてください』という時代ではない。

困ったときだけ、「神様」助けて下さいというが、そんな都合のいい神様がどこにあろうか?

「神様」とは「見えない力」である。見えないものが見えたら、それこそ恐ろしいものはない。

特に日本では「新興宗教」お断りの時代ゆえ、「新興宗教」の中の一つに組み入れられている、「天理教」が世間に対して歯が立たない。一昔前は「天理教」に世間が歯が立たなかったのに・・・

そこで日本で、「天理教」を隠して「おさづけ」を取り次いだり、「瞬治」してあげると、治る人はいとも瞬間に治る。1秒で・・・1秒もかかっていないのかもしれない。

まさに「神業」というほかない。

『「天理教」は「宗教」とか「天理教」とかいうものではない』と愛町系では言っておられるが、全くその通りだと思う。

私個人としては、10年前の「切痔」の激痛と、夜中に寝ていて痺痛でおきる「全身の痺れ」、両手首の激痛等で「病気の総合百貨店」の状態で、「どうやってもこの苦境から逃れられない」と悲観し苦しんでいた時のことを思えば、今は鮮やかに「ご守護」いただき有り難い限りである。

日本においては、私がちょっと治せるからと言っても、「天理教」を前面にだしての「布教」「おたすけ」活動はかなり厳しいものであるが・・・我慢の時である。


無理にこんなもの勧めはしない。


「通るに通れない」、「助かりたいが助かれない」、「動こうにも動けない」、「死ぬに死ねない」人々が大勢いる。


助かるのなら治るのならという人を・・・それよりか「天理王命」という「神様」の御力をお借りして病気や痛みで困っている人を助けたいという人を・・・笑われてもそしられても、この「神様」こそ助けて下さると信じ「おたすけ」できる人を探すのみである。


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