病いだすけの天理教 〜病気を治すのが天理教の全てではない〜

病まず死なずに弱らずに 〜人間が助かる道はこの道しかない〜

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私の切痔が治った話

 7,8年前に患った私の持病の切痔は、毎回切れて激痛がはしり、便器が真っ赤に染まり、便所に行くのが苦痛でありました。

 予兆はあったのかもしれないが、トイレットペーパーに赤い点が付きだしたら、黄色信号ですね。
最初切れたときは、激痛でたまらなかった。1週間ほどして切れなくなったと思ったらまた切れる。その繰り返しでね。治りそうで治らない。薬局で市販のボラギノールとかを塗ってたんだが・・・

 酷くなったのは中国から帰国後。辛いものを食べていたせいだろうが、毎回大便時に切れて激痛が走る。下痢をしても切れては激痛がし、普通のをしても切れては激痛がし、便秘気味で硬いのをしても激痛がする。苦痛で便所に行きたくないが、でも出さないわけにもいかない・・・・

 もう手術しかないと思い、とりあえず市内の病院で診察してもらうと、看護婦さんに指を突っ込まれ「ただれ」ている・・・て。注入する強力ポステリザン(軟膏)という薬をいただいたが、こんな薬で切れるのが治るわけないと思った。

 修養科にいく事に決め、天理で3ヶ月、3週間前期講習終了後にあれほど酷かった切痔が切れなくなったと感じた。ありがたい話です。

痔が治った話

 明治のころ、甲賀の山田太右衛門が徳地秀吉という1人の供を連れ、どうしても神様の話をして欲しいというので、現在の岐阜県海津市高須にやってきた。

 高須の名士、吉田彦一郎は国学を少々かじり、和歌をし、代議士の父をもち、貧農から安値で田畑を買い漁ったので、桑名から高須まで自分の土地を歩いていけるほどの大地主で、大阪屋の主人でもあった。

 その吉田彦一郎の悩みの種は、痔であり、長年患っていた。

山田太右衛門が徳地秀吉に吉田彦一郎らの前で前座をさせ、彼は「元の理」の話をする。
そのあと山田太右衛門は徳地と同じく「元の理」の話を何度もする。

 聞いていた吉田彦一郎はうんざりして、所詮こんなものだろうとがっかりしたのだろうが、翌朝には痔は治っていたのである。

 吉田彦一郎は驚き・感謝し、大阪屋の番頭・女中から出入りする職人などにも次々に話をしてもらい、結局山田太右衛門は1週間高須に滞在し帰路につくことなり、高須の地に講を結ばしていただく約束をする。

 明治24年、美濃国高須(現在の岐阜県海津市高須)の大金持ち大阪屋の吉田彦一郎は、長年痔を患っていた。

 「どんな病気も治してくれる霊験あらたかな神様がいる」という噂を聞くが、優秀な先生に来て欲しいという。それで近江国甲賀(現在の滋賀県甲賀市)より山田太右衛門(甲賀大教会初代会長)先生とお供の竹先秀治郎に吉田家に来ていただく。

 吉田家の女中・使用人等集まった人々に、お供の竹先秀治郎が「元の理」の話をする。次に山田太右衛門も「元の理」の話を何度もする。

 吉田彦一郎等は同じ話をするし、ありがたいのかさっぱりわからなかったので、変な人を呼んでしまったと思い、丁重に翌日帰ってもらおうと思った。

 しかし、一夜明けると彦一郎の痔は出血も止まり不思議な事に完全に治っていた。心を入れ替え山田先生に1週間ほど高須に滞在してもらい、最後には講を結ばしていただくことに決める。

 町一番の有力者で金持ちの吉田さんが信仰するなら間違いないというので、高須の町中の人々が天理教を信仰することになる。                

                                  「天理教高須分教会史」より

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