病いだすけの天理教 〜病気を治すのが天理教の全てではない〜

病まず死なずに弱らずに 〜人間が助かる道はこの道しかない〜

リウマチ

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「リウマチ」

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「リウマチ」や「膠原病」は難病で完治も難しい病気ですね。



宮城県の被災地で活動している時に、「膠原病」の姉妹のおばあさんに出会って「おさづけ」取り次がせていただいたんだが、

妹の息子さんも同じ症状でと言っていたが、代々「リウマチ」は遺伝によって受け継がれている人達もみえる。

半年後に尋ねたら、姉の方はあれから症状がまったく無くなったのでありがたいといわれた。


別の石巻のお婆さんは仮設住宅に7〜8回通ってのち、よくなられていた。


いろいろな悟り方があるのとは思いますが、「リウマチ」は「流魔血」「留魔血」

血液の中を「魔」が流れていて、留まっている。


さらにもう一つの悟りかた。「リウマチ」は「理有待ち」


おさづけの理を有するのを神様がお待ちになってみえる。

リウマチを完治

今回のメキシコお救けはやたらリウマチの人に出くわした。

指など変形している人もいた。10人ほどに「おさづけ」とりついで瞬間で完治。

治らない病気だから皆喜んでくれた。

http://blogs.yahoo.co.jp/tenriisetakashi/56802723.html

 明治31年頃、愛知県海部郡の木綿の機織場をしていた鈴木萬次郎は永年ぜんそくを患い、床についていた。そこに天理教を信仰していた畳屋の清三郎が畳をさしに来て、匂いをかる。

 さらに水谷宗也先生が「おさづけ」を取次ぎに来てくださり、高須に来たら治るから行けと言うが、萬次郎は「とても歩いて行けません」と言ったら、「先は神様、後は教祖様がおして下さるから心配ない」と言った。

 水谷宗也先生が迎えに来て、車(自動車でなく人力車です)に乗らねば行けぬと行っていたのに、高須まで歩いていき、講元の大阪屋に1週間滞在している間に9年間患ったぜんそくもすっかりご守護いただいて帰った。

 ぜんそくを治していただいた萬次郎はお助けにあるいたが、兄弟の反対にあい信仰をやめてしまった。
しかし、妻のはるは陰で天理教の信仰を続け、隣の家に神様を祭り信心していた。

 明治37年、娘のあき(後の大名分教会2代会長)が17歳のとき、リウマチで足腰が立たなくなってしまった。母のはるは乳母車にあきを乗せ、高須に連れて行き、御守護をいただき治して頂く。

                             「天理教高須分教会史」より

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