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うなぎいぬの独り言(過去編)

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バンド冥利考 その一

こんにちは、僕うなぎいぬです。
今回は最近メンバーの中に芽生えてきた「バンドの在り方」について、多少の考察を試みてみたいと思います。


"バンドはJUKEBOX?"
今のカントリーはダンス抜きには語れません。天才ばあぼんずもダンスナンバーを沢山取り入れていますし、我々の演奏で楽しく踊ってもらう事はとても気持ちが良く、客席とステージの一体感が堪りません。

…が、最近こんな事がありました。

踊っていた方が「うなぎいぬさん、LIVEの最中どこ行ってたの?」

(しばし沈黙)

「アッ、演奏してたんだ!」


Don't Let the Jukebox!
(ワッカルかなー?ワカンネーだろーな。)

友情編

皆さんこんにちは、僕うなぎいぬです。
今回は、メンバーのプロフィールを紹介しましょう。みんなとっても個性的な人たちばかりで、エピソードには事欠きませんよ。


星野バカボン修(Vocal,Acoustic Guitar)

1955年7月30日東京都出身、現在鎌倉市在住。血液型はAB型。
本職は外資系保険会社だが、カレーがハヤシになった事件には関与していない。慢性欠食症により、玄関先からその夜のメニューを当てるほど嗅覚が発達。その結果、カントリー界の舞ノ海と呼ばれている。小錦ではない。


竹井ウナギイヌ大輔(Steel Guitar)

1955年10月13日東京都出身、現在船橋市在住。血液型はO型。
本職は牛乳メーカー。新入社員時代に有名人宅へ拡販に行き、 王貞治邸で門前払いを食らった話は今や伝説化している。 現在息子の野球チームのコーチとして、「正しい訪問販売の断り方と サインの盗み方」を指導している。


岩本パパ次郎(Drums)

1955年7月23日宮崎県出身、現在所沢市在住。血液型はAB型。
本職はアルミ箔メーカーで、なんでも薄く延ばし包んでしまう性癖がある。ダイオキシンの町に住んでいるため体力強化は万全で、剣道3段の猛者でもある。エンディングのドラムロールは裂帛の気合で、鬼気迫るものがある。


重田レレレ隆彦(Bass, Vocal)

1956年11月20日山口県出身、現在松戸市在住。血液型はAB型。
本職は外資系保険会社で、かっては星野氏と机を並べていた。学生時代の彼を知る者は一様にその変わり方に驚くが、本質は真面目?独自の教育論には一聴の価値はあり、本職の教師も脱帽といったところである。


平山ハジメチャン孝人(Electric Guitar, Vocal)

1959年6月25日北海道出身、現在豊島区在住。血液型はB型。
本職は大学の物理の先生で、博士号を持っているまさしく「天才少年」。 教育論では重田氏にかなわないため、難しい専門用語で皆をケムに 巻き、バンドマスターの地位に君臨している。このHPも彼の作品である。


どうでした、やっぱり変な人たちでしょう。血液型から見ると、まさに変人軍団でチームワークのかけらも無いと思われがちですが、ところがドッコイみんな仲良しです。

これからも宜しくね。

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奮闘編 その二

皆さんこんにちは。僕、うなぎいぬです。

皆さんは「いかりや長助とドリフターズ」がカントリーバンドだったってご存知でしたか?ドリフターズは日本のカントリーの歴史にその名を刻む名門バンドで、坂本九さんも在籍していたそうです。枝分かれした「ドンキーカルテット」の小野やすしさんや、ジャイアント吉田さんがたまにテレビでカントリーを歌っているのを聞いた事があるでしょう。

そうなのです。カントリーバンドの王道は「コミックバンド」にあるのです。天才ばあぼんずもそんな王道を歩むべく、日夜ギャグを練っています。でも「ローマは一日にして成らず」…。せめて玉砂利道を歩もうと八幡様の境内でお百度を踏んでいます。勿論、ステージではドジも踏んでいます。現在暖めているギャグはほんの数ネタですが、なかなか人前でやる度胸はありません。小道具を使ってのギミックは小出しに披露していますが、ウケた快感はたまりませんね!クセになりそうです。他のメンバーは冷ややかな目で僕を見ていますが、いつか究極のギャグを完成させ、コミックバンドの神髄に迫りたい思っています。

だって僕、うなぎいぬだもん。

奮闘編 その一

皆さんこんにちは、僕うなぎいぬです。
今回は、天才ばあぼんずの練習風景をご紹介しましょう。

僕たちがいつも練習しているのは、JR大塚駅から徒歩2分のORANGE STUDIOです。とにかく大塚という町は風俗的環境はバツグンで、老若を問わず生きの良いミュージシャンが集まるのがうなずけます。でもよそ見をせずまっすぐスタジオへ、一番広い3スタが僕たちのお気に入りです。

料金は2,500−3,000円/時、一人当たり500−600円/時と格安。ボーカルのバカボン星野さんが京都在住なので、基本的に2ヶ月に一回のペースで練習、但しライブの時は当日の昼にも練習するので、平均月イチと言ったところです。少ないレパートリーを片っ端から2回ずつ演奏、バンマスの平山はじめちゃんのOKが出たら次に進みます。時には相談役の長谷川弘さんからアドバイスを頂き、目からうろこをボロボロ落としながらパート練習に励んでいます。全員練習好きで、と言うより思いっきり大きな音を出せる喜びに浸っているだけですが、いつも13時から20時の7時間がアッと言う間に過ぎてしまいます。

練習が終われば勿論ミーティング、大塚には安い店が多く2時間飲んで3,000円を超える事はマズありません。以前は「寿司常会館」が定番でしたが、最近は「加賀屋」と言う焼きトン屋に入り浸ってホッピーを呷っています。

一度ケムンパス息子を連れて行き、ホッピー原液(勿論焼酎抜きで)を飲ませたところ「僕は大人になりたくない。」と言っていました。マア人生の苦みが分かるには10年早いって事か…?

では、また。

旅立ち編

皆さんこんにちは。僕、うなぎいぬです。今回はデビュー秘話(悲話かもしれない)をお話しましょう。

1996年6月の事。千葉の佐倉で行われるJOY COUNTRYに出演が決まり、ハリキッて練習をしていました。なにしろ人前で初めて演奏するという、早い話がデビュー戦です。当然、友達を総動員。当日は大バーベキュー大会を企画しました。ユニフォームとしてハットとシャツをお揃いにし、それも2着ずつアメリカから通販で取り寄せて、曲目も決まり準備万端!

ところが、悲劇は同時に進行していたのです。

要するに仕事上のチョンボですが、コンサート前日からにわかに社内が騒がしくなり、その日の夜の練習も手ぶらで駆けつける始末。「明日は大丈夫。」と寿司屋で飲んで家へ帰ると、明朝緊急会議で出勤せよとの伝言。女房は「明日は大事な用があるので、どうしても行かなければならないのでしょうか?」と上司に聞いたそうです。なんと馬鹿な事を言ったのだ、と顔では怒りつつ心で観音さまに手を合せていました。

メンバーには電話で謝り、特にリードギターのはじめちゃんにはスチールのパートもカバーしてもらうよう懇願し、私個人の友人には「来なくていい。」と逆キャンセル。結局、女房と息子2人が人質として会場へ出向きビデオを撮ってきました。長男(ケムンパスと呼んで)は、「僕、お父さんのフレーズを覚えていたから、平山さん(はじめちゃんです)のギターの時に、一緒に口で弾いてあげたよ。」……!

かくしてバーベキュー用肉10kg、焼きソバ20人前、業務用紅生姜1Kgと家族の強い絆が残りました、とさ。

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