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やっと絨毯のお店から解放され向かったところはカイマクル地下都市・・・
絨毯をカイマクル?というわけには行かなかったようですが・・・
カイマクル地下都市はイスラム教徒に迫害されたキリスト教徒によって地下深くに造られた
かつては5000人の人たちが生活した地下8階の地下都市という。
迷路のような通路が張り巡らされていて、方向指示に従わないと迷子になってしまう・・・
地下には台所や、食糧貯蔵庫、ワイナリー、集会所や礼拝堂、
長さ40メートルもの外気を取り入れる通気口などがあり、
長期間生活する為の施設が整っていて、都市?としての機能を備えていたことがわかる。
通路には外敵の侵入を阻む為の円形の岩盤があり、
緊急時には転がして通路をふさぐ工夫も凝らされていた。
かつて日本の歴史においても激しいキリシタン迫害の時代があり、
鹿児島から東北地方に至るまで多くのキリシタン殉教地とキリシタン墓地が散在している。
殉教者は徳川家の身内、大名、大名の側近者、民衆・・・30万人とも伝えられている。
かつて日本のキリシタン人口は日本人口の10%を超えていたよう・・・
トルコのキリスト教徒の人口は激しいイスラム教徒の迫害により
イスラム教徒になった人や国外に移り住んだ人たちも多く2%以下ではないかと思われる。
日本はよく1%といわれるが、実態は0.5%以下ではないだろうか。
今も隠れキリシタン状態の人?はたくさんおられると思われますが・・・
【トルコの宗教事情について次のような記事がありました】
トルコでは99% の人がイスラム教(スンニー派)です。トルコ建設の父、アタチュルクの近代化政策によって政教分離され、宗教の自由が認められています。イスラム教国とはいえ、戒律は比較的ゆるく、服装は自由な格好をしている若者が多いです。特に、イスタンブールでは若者を中心として欧米のファッションを取り入れ、お洒落を楽しむ人が多く、露出度もヨーロッパにひけをとりません。
街中では、スカーフで髪を覆い、長いスカートを履くというイスラムの伝統を守りつづけている女性はとても少ないです。年輩の女性になると、スカーフをまとい、長いスカートを履いている女性が多く見られます。
モスクでは1日5回の祈りが捧げられ、豚肉を食べないなどの宗教上の規律は守られています(主に羊肉を食べます)。ただし、他のイスラム教国と異なり、飲酒をする人が多いです(イスラム教では飲酒が禁じられています)。宗教施設付近での飲酒は禁じられているものの、街のほとんどのレストランやカフェではお酒を飲む事ができます。
イスラム教の国々では一夫多妻制が認められていますが、トルコでは1923年の共和国樹立の3年後、1926年に一夫一婦制の法律が制定されました。これもアタチュルクさんのおかげですね。ただし、男性が働き、女性が家を守るべきという考えは今でも根強く残っており、女性が働いている姿を見かけることはほとんどありませんでした。
以上引用です。
カイマクル地下都市からバスは今夜の宿泊地コンヤに向かって
一路230km、3時間・・・
延々と続く道沿いに広がる大平原には放牧された羊の群れが見られる・・・
それでは神の平安がありますように!
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トルコのキリスト教徒は2パーセントですか!こんな地下に生活していたとは。。。沖縄戦のガマしか地下生活はイメージできないでいました。
2008/6/15(日) 午後 8:00
“トルコ建設の父、アタチュルクの近代化政策によって政教分離され、宗教の自由が認められています”・・1924年に憲法が制定されてから既に80数年経過しているわけですが伝道は難しいのでしょうね。でもエジプトでは10パーセントというのが意外でした。
2008/6/16(月) 午後 0:13 [ 旅 人 ]