天の梯子

暑さも少し和らぎ、夏休みも終わり、夜更けに虫の声も聞こえるようになりました。疲れが出ませんように!

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写真は順番に青い屋根の下にメヴラーナ教の創始者の柩があり、またムハメッドのひげが収められた小さな箱があった。次はメヴラーナ博物館の中庭です。3枚目は入り口で結婚式を終えた新郎新婦がメブラーナに報告の参拝に来たところです。下の3枚はパムッカレの石灰棚です。

コンヤは1037〜1261年セルジューク朝の都として栄えた古都。
(1326〜1924年オスマン帝国時代、明治二十三(1890)年九月十六日夜、当時のオスマン・トルコ帝国最初の親善訪日使節団が明治天皇との謁見し、軍艦エルトゥールル号が座礁沈没)、
現在は人口80万人。
白い衣装で円を描きながら廻る旋回舞踊で知られているメヴラーナ教の総本山がある。

コンヤで訪問するのはメヴラーナ博物館と1267年イスラム神学校として造られ、
現在は彫刻博物館であるインジェ・ミナーレ神学校。
その後世界遺産・パムッカレヘ410km、5時間30分のバス移動!フーッ!

コンヤは中央アナトリア地方ですが、パムッカレはエーゲ海地方になる。
ヨハネの黙示録に登場する7つの教会はエーゲ海地方にあるが、
残念ながらその中心であるエペソだけを訪問することになる。
エペソは十字架の上からイエスに母マリヤを託されたヨハネが
マリヤと生活した所と伝えられています。

パムッカレとはトルコ語で「綿の白」を意味するが、その名のとおり温泉の石灰分が凝結し、
石灰棚の景観を造っているところである。パムッカレの街を見下ろす丘の上にあり、
この地域の温泉水に多く含まれる炭酸カルシュームが水中の酸素と結合して沈殿し、
長い時を経て凝結し形成されたものである。
石灰棚は長さ3km、厚さ300メートル、麓の平地からは100メートルの高さがあるという。

石灰棚には水が溢れ、遊歩道は石灰棚保護の為裸足で歩かなければならない。
脱いだ靴を袋に入れて足拭き用のタオルをもって入ると足湯程度の深さである。
ぬるい温泉水が流れるところを裸足で歩くと長旅の足の疲れがとれるよう。
今は流れる温泉水の水量が調節されていて乾いた皿のようなところも多い。

きっと使徒ヨハネや使徒パウロもトルコ伝道の道すがらこの温泉水に足を浸したに違いないと思う。
ヒエラポリスを背景にしながら足を浸していると当時の情景が思い浮かぶようでした。
黙示録の3章で7つの教会の最後に出てくるのがラオデキヤ教会であるが、
ヨハネはその教会の人々には次のように書いています。

ラオデキヤにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。
『アァメンたる者、忠実な、まことの証人、神に造られたものの根源であるかたが、次のように言われる。わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。
むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。このように、熱くもなく、冷たくもなく、
なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう。
あなたは、自分は富んでいる。豊かになった、なんの不自由もないと言っているが
実は、あなた自身がみじめな者、あわれむべき者、貧しい者、目の見えない者、
裸な者であることに気がついていない。(新約・ヨハネの黙示録3章14〜17節)


このような聖書の言葉もヒエラポリスやパムッカレに来て見ると、
その言葉の背景と意味が良く分かります。

ラオデキヤはパムッカレの温泉水が流れる下流にある町なのです。
きっと聖書が書かれた当時はもっと温泉水は熱かったにちがいありません。
その温泉水が下流のラオデキヤに流れ着く時は生ぬるくなっていたのです。

このことによって生ける神への信仰は生ぬるいものであってはならない、
むしろ熱いか冷たいかであれという勧めをしているのです。
またパムッカレに隣接しているヒエラポリスやエペソは繁栄した街だったのです。
その遺跡が当時の繁栄を今もはっきり伝えています。

いつもの生活は立派な家に住み、きらびやかな衣を着ていても
誰でも温泉に入るときには裸になります。そのはだかの姿が自分の本当の姿なのです。
ローマの権力でからだを包み、その繁栄を享受していても、
ローマが滅亡してしまうとはだかなのです。
今もそのことに気づくことは難しいようです。

ヒエラポリスもエペソも廃墟となって目前にあり、その廃墟の中に、
かつてキリスト教を撲滅しようとしたトラヤヌス、ハドリアヌスという
その権力をほしいままにしたローマ皇帝の像が崩壊した瓦礫の中に立っている姿は
ヨハネが黙示録に書いたことばの真実を証明しています。
その言葉は今も私たちに語りかけられている言葉です。

パムッカレはやはり使徒行伝に登場するヒエラポリスに隣接しています。
ヒエラポリスは1世紀地震で崩壊し、皇帝ネロの時代から急速に再建され、
2〜3世紀には人口10万人を超えていたローマの地方都市だった。
トルコ旅行で私の一番楽しみとしていたところでした。

それでは神の平安がありますように!

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わかりやすく書いてありましたので、助かりました。
初めて、トルコ・イスラエルツアーに行き、情報がゴチャゴチャになってしまっています(T。T)

2012/3/26(月) 午前 9:25 [ マスカット・アレキサンドリア ]


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