|
最近は少なくなったようですが、
一時耐震構造計算偽装に始まるさまざまな偽装事件が次々と明るみに出ました。
何しろ1億2600万人の食料の自給率は40パーセント以下ですから、
外国からの輸入に頼らざるを得ないのが日本の食糧事情です。
そういうわけですからどうしても少ない国産の食料を食べたいとなれば
安くて、さらにそれにブランド志向の強い人も多いようですから、こういう偽装は
避けられないことになってしまうのではないかとも思われます。
私はきのう次のような聖書の言葉に出会い、はっとさせられました。
正しい天秤、正しい重り、正しい升、正しい容器を用いなさい。
わたしは、あなたたちをエジプトの国から導き出したあなたたちの神、主である。(旧約・レビ記19章36節)
そこには次のようなコメントがありました。
《度量衡は、すべて正しい基準によらなければならない。・・・
私たちは自分自身を測り、、また他人の品性を測るはかりは全く正確であろうか。・・・
私たちが自分の試練や患難を測るはかりは基準どおりであろうか。・・・
しかし私たちは、しばしば自分の患難を重すぎると考えている。》
私はその通りだなと思いながら、
ふと私が今現在“重すぎる”と感じていることは正しいのだろうか。
またそれはどこから来ているのだろうかと思いました。
そのことについて先日私は次のように書いています。
fontそれは“私の歩いてきた道”に書いたような私の過去の歩みによって
私自身が自分を守る為に築いた心の要塞、着込んだ鎧のようなもののようです。
私は幼い日々生活難と一生懸命戦っている母親のそばについていて
キャンデー売りの手助けをしたり、学校給食のパンを半分もって帰ったり、
疲れた母親の足をもんだり、とにかくいつもいつも母親に喜ばれるために必死だったようです。
その反面欲しいものを欲しいともいえず、悪がきといわれていた仲間と
よく人の畑などからトマトやきゅうり、なすびをとって食べたり、
山に行っては柿や瓜などをたべたりしていました。
また地金を拾ったり、とったりして売っていたこともあります。
また時にはおばあさんの財布や母親の財布からお金をとったこともあります。
一度母親に見つかって仏壇の前に座らされて謝れと頭を押さえつけられたことを覚えています。
このようなことは戦後の生活難中で育った子どもにとっては珍しいことではなかったと思いますが・・
随分前のことですが、そういう幼い日々を過ごしたところにある日訪ねて行ったことがあります。
そこは大きな呉服店の裏で、当時は若くて、やさしくきれいなお嫁さんがいました。
私はその時もきれいだったおばさんに会い、私のその当時の自分の様子を聞いてみました。
そのおばさんは私は毎日母親に叱られている声を聞いていたそうです。
“ああ、今日も・・・ちゃんが叱られている”と思っていたと真っ先に話してくれました。
ところが私はそのようなことを聞いても全く記憶になかったのです。
ちょっとびっくりしましたし、怪訝な気持ちがしました。
しかし、ある時、私は夢を見たのです。
その夢の中で、小さい男の子が膝小僧を抱えながらしくしく泣きながら、
いじめないで、いじめないでと泣いていたのです。
私は突然、その男が私だとわかったのです。
その瞬間夢から覚めたものの私は一日中涙が溢れて、泣いていました。
またその夢を見るまで一年に1,2度必ず見る夢がありました。
それは恐ろしい夢でした。
夢の中で髪を振り乱した母親が出刃包丁を振りかざして私を追いかけてくるのです。
必死に逃げようとするのですが、つよい風で逃げられないという夢でした。
もちろん実際にそんなことがあったわけではありません。
また別の夢なのですが、これも時々見る夢でした。
私が母親を殺して、暗い石畳の部屋の床下に埋めてしまうのです。
すると母親の死体が腐乱して、石畳を持ち上げ、ばれてしまうという恐ろしい夢でした。
私はなぜそんな夢を繰り返し見るのか、あの夢の中でいじめないで、いじめないでと
泣いている男の子が私だと気づくまで全くわかりませんでした。
私は母のお気に入りでしたし、母親は私が母親の33才の時生まれた子だからと自慢していました。
3年前に亡くなった7歳上の兄はそれがいつもいやだったと言っていました。
私はどうやら母親のお気に入りを必死で演じながら
内心、私の心、人格が全く支配され、無視され、踏みにじられていると感じて、
不信やおそれ、怒りを心の奥底に封じ込めていたのです。
そして、自分の心を押し隠し続けて生きていたようです。
それが心の鎧となり、とりでとなってしまったようです。
私の兄、姉、妹の3人が心の病で倒れてしまったのですが、
幸い私は逃れる道を備えてくださった生ける神によって今日があるのです。
私の心には幼い日に満たされなかった愛への欲求が渦巻いているようです。
憧れの女性を求め続けるフーテンの寅さんは私のようで、こっけいでどこか哀れです。
しかし、私の場合は私の心のなかに封じ込められた人への不信や怒りがあるため、
人に対して心を開くことができないため、また同じ思いをするのは嫌なため、
人の好意や善意ですら素直に受け容れられないのです。
ただイエスの愛、憐れみ、真実によりすがりながらも、やはり人に愛され、
人を愛したいという強い欲求は消え去ることもなく、不信と恐れがうずき続けるのです。
「しかし私たちは、しばしば自分の患難を重すぎると考えている。」
その重荷の正体は現在ほんとうの私の重荷ではなく、心の鎧の重さのようです。
かつて負いきれなかった鎧の重さを誰かに転嫁し、負ってもらいたいのです。
でも人はそれぞれ自分の重荷を負うだけでいっぱいのようです。
しかし、他の人に期待し、求めることは不信と怒りの再体験につながることになることが多いのです。
たとえ、夫婦であろうと子どもであろうと・・・
そんな私に、私たちに声をかけ、招いてくださる方がおられます。
疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。
わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。
そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。
わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。(新約・マタイによる福音書11章28〜30節)
みことばがこの身になりますように!
|