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トルコ最後の夜は増えた荷物や100ml以上の液体物、爪きり、毛抜き、かみそりなどを |
エジプト、トルコ旅行記
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いたマケドニア地方への訪問はできませんでした。そこで、私はかねてより、旧約聖書の世界であるエジプトと新約聖書の世界であるトルコを訪問したいと思っていました。エジプトについては世界遺産としてピラミッドや神殿などの遺跡がNHKにより紹介されていましたが、トルコについてはあまり知る機会がなく、荒れた岩山の国のように思っていました。使徒パウロはトルコをどのように旅をしていたのだろうかと思いをはせていました。人口7150万人で1200万人はイスタンブールに住んでいる国、ノアの箱舟が漂着した山はトルコのアララテ山(5156m)と伝えられています。私は2008年4月13日から25日までの13日間エジプトとトルコを旅することができました。やはりテレビで見るとは大違いで、自分の目で見て、歩き、触れ、そこで生きている人たちの顔を見て、おなじ空気を吸う旅は印象深い体験でした。参加された人たちは50〜70代のご夫婦ばかりで、単身の参加者は私を含めて3人で21人でした。まだ暑さもそれ程でない時期でしたが、疲れと食べ物の為か体調不良を起こされる方が多く出ました。私も一時下痢状態になりましたが、すぐに治まりました。常備薬の降圧剤を忘れたこともあり、気がかりな旅ではありましたが、他の人によれば私が一番元気良く走りまわっていたと言われてしまいました。たくさん撮った写真を添えながら見たこと、感じたことをご紹介したいと思います。
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今日はエーゲ海岸沿いの町アイワルクからトロイを訪問し、フェリーでヨーロッパに渡り、 |
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エペソの遺跡にはエペソ騒乱の舞台だったかもしれない24000人収容の大劇場?や小劇場跡、 |
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パムッカレの朝のモーニングコールは6時。 |
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写真は順番に青い屋根の下にメヴラーナ教の創始者の柩があり、またムハメッドのひげが収められた小さな箱があった。次はメヴラーナ博物館の中庭です。3枚目は入り口で結婚式を終えた新郎新婦がメブラーナに報告の参拝に来たところです。下の3枚はパムッカレの石灰棚です。 |






