天の梯子

暑さも少し和らぎ、夏休みも終わり、夜更けに虫の声も聞こえるようになりました。疲れが出ませんように!

わが道の光

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「聖書の聴き語り」というテーマで書き始めたのですが、初めは聖書の記事そのものの背景とその意味、そして私たちの生き方とどのように関係があるのかを語っていきたいと思っていました。始めてすぐにブログを読んでくださる方に聖書の記事を長く引用しなければならないことに気づきました。あまり引用が長くては、日頃馴染みのない聖書の記事は読みづらいこともあり、世界で、日本で、身近な身のまわりで起こる出来事を通して、日頃考えたり、感じたりしていることを足がかりに聖書の言葉ををご紹介したいと思いました。聖書は古くて新しい永遠の書物です。グーテンベルグが印刷機を発明して、初めて聖書を印刷して以来、途絶えることのない世界のロングセラーでもあり、ベストセラーです。み言葉はわが足のともしび、わが道の光です。「聖書の聴き語り」をどうぞよろしくお願いします。
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秋は実りの時です。
店先に並んでいるいろんな果実はあたしたちに喜びを与えてくれます。
最近はもう珍しくはなくなりましたが、遠く外国の果実が目を引きます。

果実は自然に実を結ぶものもありますが、人の手によって栽培されるものもあります。
でも、どの果実も人によって創り出されているものはひとつもありません。
すべて神によって与えられた実です。

今日の聖書の言葉はこれです。
「あなたは私から実を得るのだ。」(旧約・ホセア書14章8節)

実は果実だけではなく、人の働きを通して与えられます。
時に人の働きによって結ぶ実には甘いものだけではなく苦いものもあるようです。
人が生ける神に対する信仰による畏れと信頼、感謝によって生きているなら
その結び実は神の祝福であり、人の心の喜びです。

私たちはその働きの実として多くのものを持っています。
それは私たちの心の喜びとなっているでしょうか。
実は神の恵みによってその人がつながっている根なしに実を結ぶことはできません。

聖書には次のような言葉があります。
気をつけて、神の恵みからもれることがないように、また、苦い根がはえ出て、あなたがたを悩まし、それによって多くの人が汚されることのないようにしなさい。(新約・ヘブル人への手紙12章15節)

神学校の庭に一本のぶどうの木がありました。
手入れする人もないのかまるで枯れ木のように見えました。
そんなぶどうの木に誰も心にとめる人もありませんでした。

ある時神学校に入学されたひとりの人がその樹を見て手入れを始められました。
枯れた枝を切り落とし、樹のなかの腐れを掻き出し、びっくりしましたが火で虫を駆除し、
根元を掘り起こし、肥料を施されました。
するとそのぶどうの樹は生気を取り戻し、葉を茂らせ、小さなぶどうの実を結び始めました。

イエスは次のように話されました。
わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。
わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、
もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。(新約・ヨハネによる福音書15章1〜2節)


また預言者イザヤは次のように語っています。
「さあ、わが愛する者のためにわたしは歌おう。そのぶどう畑についてのわが愛の歌を。わが愛する者は、よく肥えた山腹に、ぶどう畑を持っていた。
彼はそこを掘り起こし、石を取り除き、そこに良いぶどうを植え、その中にやぐらを立て、酒ぶねまでも掘って、甘いぶどうのなるのを待ち望んでいた。ところが、酸いぶどうができてしまった。(旧約・イザヤ書3章1〜2節)


このイザヤの言葉は御自分の民イスラエルの対する嘆きの言葉であると共に、
生け神によって創造された被造物を治め、その収穫の喜びに与り、
神へ感謝と礼拝をささげて生きるように創られた人に対する言葉でもあります。

この現実は人が生ける神の言葉を退け、その心に苦い根がはびこった“結実”なのです。
創世記には次のように記されています。
更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、/地はあなたのためにのろわれ、/あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、/あなたは野の草を食べるであろう。
あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、/あなたは土から取られたのだから。
あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。(旧約・創世記3章17〜19節)


しかし、使徒パウロは次のように私たちに語りかけています。
あなたがたは、罪の奴隷であったときは、義に対しては自由の身でした。
では、そのころ、どんな実りがありましたか。あなたがたが今では恥ずかしいと思うものです。
それらの行き着くところは、死にほかならない。
あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。
行き着くところは、永遠の命です。罪が支払う報酬は死です。
しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。(新約・ローマ人への手紙6章20〜23節)


それでは神の平安がありますように!

正しいはかり

最近は少なくなったようですが、
一時耐震構造計算偽装に始まるさまざまな偽装事件が次々と明るみに出ました。
何しろ1億2600万人の食料の自給率は40パーセント以下ですから、
外国からの輸入に頼らざるを得ないのが日本の食糧事情です。

そういうわけですからどうしても少ない国産の食料を食べたいとなれば
安くて、さらにそれにブランド志向の強い人も多いようですから、こういう偽装は
避けられないことになってしまうのではないかとも思われます。

私はきのう次のような聖書の言葉に出会い、はっとさせられました。
正しい天秤、正しい重り、正しい升、正しい容器を用いなさい。
わたしは、あなたたちをエジプトの国から導き出したあなたたちの神、主である。(旧約・レビ記19章36節)


そこには次のようなコメントがありました。
《度量衡は、すべて正しい基準によらなければならない。・・・
私たちは自分自身を測り、、また他人の品性を測るはかりは全く正確であろうか。・・・
私たちが自分の試練や患難を測るはかりは基準どおりであろうか。・・・
しかし私たちは、しばしば自分の患難を重すぎると考えている。》


私はその通りだなと思いながら、
ふと私が今現在“重すぎる”と感じていることは正しいのだろうか。
またそれはどこから来ているのだろうかと思いました。

そのことについて先日私は次のように書いています。
fontそれは“私の歩いてきた道”に書いたような私の過去の歩みによって
私自身が自分を守る為に築いた心の要塞、着込んだ鎧のようなもののようです。


私は幼い日々生活難と一生懸命戦っている母親のそばについていて
キャンデー売りの手助けをしたり、学校給食のパンを半分もって帰ったり、
疲れた母親の足をもんだり、とにかくいつもいつも母親に喜ばれるために必死だったようです。

その反面欲しいものを欲しいともいえず、悪がきといわれていた仲間と
よく人の畑などからトマトやきゅうり、なすびをとって食べたり、
山に行っては柿や瓜などをたべたりしていました。

また地金を拾ったり、とったりして売っていたこともあります。
また時にはおばあさんの財布や母親の財布からお金をとったこともあります。
一度母親に見つかって仏壇の前に座らされて謝れと頭を押さえつけられたことを覚えています。

このようなことは戦後の生活難中で育った子どもにとっては珍しいことではなかったと思いますが・・

随分前のことですが、そういう幼い日々を過ごしたところにある日訪ねて行ったことがあります。
そこは大きな呉服店の裏で、当時は若くて、やさしくきれいなお嫁さんがいました。
私はその時もきれいだったおばさんに会い、私のその当時の自分の様子を聞いてみました。

そのおばさんは私は毎日母親に叱られている声を聞いていたそうです。
“ああ、今日も・・・ちゃんが叱られている”と思っていたと真っ先に話してくれました。
ところが私はそのようなことを聞いても全く記憶になかったのです。
ちょっとびっくりしましたし、怪訝な気持ちがしました。

しかし、ある時、私は夢を見たのです。
その夢の中で、小さい男の子が膝小僧を抱えながらしくしく泣きながら、
いじめないで、いじめないでと泣いていたのです。
私は突然、その男が私だとわかったのです。
その瞬間夢から覚めたものの私は一日中涙が溢れて、泣いていました。

またその夢を見るまで一年に1,2度必ず見る夢がありました。
それは恐ろしい夢でした。
夢の中で髪を振り乱した母親が出刃包丁を振りかざして私を追いかけてくるのです。
必死に逃げようとするのですが、つよい風で逃げられないという夢でした。
もちろん実際にそんなことがあったわけではありません。

また別の夢なのですが、これも時々見る夢でした。
私が母親を殺して、暗い石畳の部屋の床下に埋めてしまうのです。
すると母親の死体が腐乱して、石畳を持ち上げ、ばれてしまうという恐ろしい夢でした。

私はなぜそんな夢を繰り返し見るのか、あの夢の中でいじめないで、いじめないでと
泣いている男の子が私だと気づくまで全くわかりませんでした。
私は母のお気に入りでしたし、母親は私が母親の33才の時生まれた子だからと自慢していました。
3年前に亡くなった7歳上の兄はそれがいつもいやだったと言っていました。

私はどうやら母親のお気に入りを必死で演じながら
内心、私の心、人格が全く支配され、無視され、踏みにじられていると感じて、
不信やおそれ、怒りを心の奥底に封じ込めていたのです。
そして、自分の心を押し隠し続けて生きていたようです。
それが心の鎧となり、とりでとなってしまったようです。

私の兄、姉、妹の3人が心の病で倒れてしまったのですが、
幸い私は逃れる道を備えてくださった生ける神によって今日があるのです。

私の心には幼い日に満たされなかった愛への欲求が渦巻いているようです。
憧れの女性を求め続けるフーテンの寅さんは私のようで、こっけいでどこか哀れです。
しかし、私の場合は私の心のなかに封じ込められた人への不信や怒りがあるため、
人に対して心を開くことができないため、また同じ思いをするのは嫌なため、
人の好意や善意ですら素直に受け容れられないのです。

ただイエスの愛、憐れみ、真実によりすがりながらも、やはり人に愛され、
人を愛したいという強い欲求は消え去ることもなく、不信と恐れがうずき続けるのです。

「しかし私たちは、しばしば自分の患難を重すぎると考えている。」
その重荷の正体は現在ほんとうの私の重荷ではなく、心の鎧の重さのようです。
かつて負いきれなかった鎧の重さを誰かに転嫁し、負ってもらいたいのです。

でも人はそれぞれ自分の重荷を負うだけでいっぱいのようです。
しかし、他の人に期待し、求めることは不信と怒りの再体験につながることになることが多いのです。
たとえ、夫婦であろうと子どもであろうと・・・

そんな私に、私たちに声をかけ、招いてくださる方がおられます。
疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。
わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。
そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。
わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。(新約・マタイによる福音書11章28〜30節)


みことばがこの身になりますように!

心の癌検診

ブログ名を「天の梯子」に改め、いざ再出発したもの、まだ長い休みボケ?のようです。
riricoさんのお言葉に甘えてボツボツのんびり旅を続けていきますのでよろしくお願いいたします。

私が長い夏休みに入る前に、信仰生活に疲れましたと書いたのですが、
ある方が長い間牧師をしていた者が、しかもブログでは信仰深い言葉を書き連ねながら、
信仰生活に疲れるわけを訝られるようなコメントと励ましの言葉をいただきました。

福音はその言葉が意味しているように、“喜びのおとずれ”に他なりませんが、
それは不治の病である罪というがん細胞を切除する両刃のメスのように
鋭く私たちの心を切り裂くもののようです。

次のような聖書の言葉があります。
というのは、神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです。
更に、神の御前では隠れた被造物は一つもなく、すべてのものが神の目には裸であり、さらけ出されているのです。この神に対して、わたしたちは自分のことを申し述べねばなりません。(新約・ヘブル人への手紙4章12〜14節)


私は昨年癌検診を受けました。以前から気がかりなことがあったからです。
それは私は冷たい石に座ったり、おなかを冷やすとよく出血していたのです。
でもその血は新鮮な血でしたので、あまり気にとめてはいませんでした。

ところが2年ほど前から時々大便と混じった黒ずんだ血が出ることに気づいていたのです。
これはやばいなと思いながらも検査に行くのをためらっていたのです。
検査をして、大腸がんですよと言われるのがいやだからです。

でも意を決して一度に四種類の癌健診を受けましたら、
やはり大腸がんの要精密検査の結果がでたのです。
予想はしていたもののやっぱり・・・でした。

年令相応にちょっと高血圧、高脂血症、尿酸コントロールの薬を
飲んだりしていますが、まあ日常生活に支障なく元気なのですが、
癌ともなればそういうわけにもいきません。

そこで昨年の7月でしたが、大腸がんの精密検査を受けたのです。
私は神妙な面持ちで結果を待ちました。
“癌ですね“と言われる事を覚悟しながら・・・

順番が来て、医者のところに行きますと、
医者は私の数枚の大腸の写真を見ながら“問題ありませんね”と言ったのです。
私は思わず“ハァ”と言いますと、“がっかりしたみたいですね”と言われたので、
私が内心ホッとして“なんだかあっけないですね”と言いますと
お医者も“あっけないですね”と笑ったのが昨年のことでした。

長い間牧師をしたり、何事もない顔をしてブログをしていても、
元気そうに何事もなさそうに生活できていても、
病気に侵されていることに気づかずに生きているのが私たちです。

あるお医者さんが他の人の病気を治す仕事をしながら、
自分のからだが深刻な病気に侵されていることに気づくことができないことがあるように
牧師も自分の心が病気に侵されていることに気づかない場合があります。

病気のサインは度々あるのですが、人に薬を処方したり、メスをふるうことに馴れてしまい、
つい自分の病気に向き合うこと、気づくことを避けてしまうのです。

私の場合は自分の心の中にある人に対する恐れ、不信という病気です。
それは“私の歩いてきた道”に書いたような私の過去の歩みによって
私自身が自分を守る為に築いた心の要塞、着込んだ鎧のようなもののようです。

心の要塞・鎧を良いもののようにカムフラージュする為に、
さまざまな防衛機制を身につけ、自分を隠し、他の人との関係を偽装する為に
生ける神を利用し、牧師を演じている自分なのです。

長い長い生ける神の忍耐と憐れみによって、
そういう私の生き方も赦され、受け容れられて今日があるのですが、
牧師辞任後の私の生活の中で、ブログを続けている中で、
生ける神は再び私の心の深みに手をふれ、探って下さっているのです。

私はこのままブログを続けることを中断し、
生ける神の心、み言葉と向き合うようにとの導きを感じ
長い夏休みをすることにしたのです。

この辺でいったん閉じることにします。

それでは神の平安がありますように!


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24時間、世界中どこからでもご覧いただけます。
    http://www.harvestinternet.tv


※CGNTV(クリスチャン・グローバル・ネットワーク・TV)
    http://japan.cgntv.net/

長い夏休みでした!

7月4日に始まりました私の2ヶ月近い夏休みも、3泊4日リンちゃんの滞在が終わった今日をもって終わることにしようと思います。休暇中にもかかわらずお訪ねくださった方々に心から感謝します。
とは言え、この2ヶ月間思い考え続けてきたことにはっきりした結論がでたわけではありませんので、
「聖書の聴き語り」にいったん終止符を打ち、新たなブログを始めようかとも思いましたが、とりあえずこれまでのブログ名を変えてみようと思います。
新しいブログ名を「天の梯子」にしてみようと思いますのでよろしくお願いします。
そのわけは休んでいる時改めて旧・新約聖書を読み直している時、ふと心にとまった聖書の言葉から思いついた言葉です。
一つは「すると彼は夢を見た。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。」(旧約・創世記28章12節)であり、
もう一つの言葉は「イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。その時、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのをご覧になった。」(新約・マタイによる福音書3章16節)という言葉です。
なぜこれらの言葉に心惹かれたのかについてはこれからのブログ「天の梯子」で書いてみようと思いま
す。
今日はとりあえず長い休暇のお詫びとブログの再開とブログ名変更のお知らせをしたいと思いました。
酷暑と集中豪雨の夏も過ぎ去り、遠く虫の声も聞こえるようになりました。
夏の疲れも出やすい時候ですのでお元気でお過ごしください。
これからもどうぞよろしくお願いします。

それでは神の平安がありますように!

夏休みになり、いつもは静かな団地にも
子どもたちの声とせみの声がにぎやかに聞こえるようになってきました。

蒸し暑い毎日ですがお元気でお過ごしでしょうか?
私は一足先にブログの夏休みに入り、ゆっくり過ごしています。
パソコンの前に座っている時間も少なくなり、
目の疲れも少なくなり、心もからだもほっとしています。
今日は近況報告をかねて、今感じていることを書いてみたいと思いました。

私の毎日は朝6時ごろ団地最上階の我が家のベランダに
1966年頃購入し40年以上も使ってきた安楽椅子に座り
朝の静けさとまだ幾分ひんやりした空気に中で
聖書を読むことから始まります。

また私の心の疲れの癒しと黙想を助けられていることがあります。
それはインターネットで視聴できるCGNTVです。
CGNTVはChristian Grobal Network TVという衛星放送による24時間キリスト教放送です。

インターネットによる放送番組の内容は広い範囲に及びますが、
私は特に韓国のオンヌリ教会のハ・ヨンジョ牧師のメッセージを聴き
深い気づきと助けを与えられ感謝しています。

アンテナをつけると衛星放送を受信できますので、
私も思い切ってアンテナを設置しました。
NHKや民放による暗いニュースを見ることも少なくなり心も少し軽くなりました。
もしインターネットで視聴してみたい方はhttp://japan.cgntv.net/です。

昔深い井戸水で冷やしたスイカのおいしかったことを思い出します。
町で生活していると涸れてしまった井戸が多く、
また安心して飲める井戸水はなかなかありません。

私の心の井戸も苦い汚染された水を湧き出したり、時には涸れてしまったりします。
今は自分の心の奥底に沈みヘドロとなり、水を汚染させているモノに気づかされ、
またイエスと聖霊の助けにより、井戸掃除をしていただいています。

私の心は神の命の井戸、泉なのですが、
あまりにも多くの異物や汚物が心の底に沈んでいるようです。
ある暑い日にサマリヤでイエスはのどが渇き井戸端に座っておられました。
そこへ一人の女が水を汲みにやってきました。

イエスと女と言葉を交わされました。
「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。
しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、
わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。
女はイエスに言った、「主よ、わたしがかわくことがなく、また、ここにくみにこなくてもよいように、その水をわたしに下さい」。(新約・ヨハネによる福音書4章13−15節)


また次のように話されました。
祭の終りの大事な日に、イエスは立って、叫んで言われた、
「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。
わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、
その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」。(ヨハネ7章37−38節)


イエスによって成就されることを
預言者エゼキエルは次のように記しています。
わたしは清い水をあなたがたに注いで、すべての汚れから清め、
またあなたがたを、すべての偶像から清める。
わたしは新しい心をあなたがたに与え、新しい霊をあなたがたの内に授け、
あなたがたの肉から、石の心を除いて、肉の心を与える。
わたしはまたわが霊をあなたがたのうちに置いて、わが定めに歩ませ、
わがおきてを守ってこれを行わせる。
あなたがたは、わたしがあなたがたの先祖に与えた地に住んで、
わが民となり、わたしはあなたがたの神となる。(旧約・エゼキエル書36章25−27節)


さらに次のようにも記しています。
彼はわたしに言った、「この水は東の境に流れて行き、アラバに落ち下り、
その水が、よどんだ海にはいると、それは清くなる。
おおよそこの川の流れる所では、もろもろの動く生き物が皆生き、また、はなはだ多くの魚がいる。
これはその水がはいると、海の水を清くするためである。
この川の流れる所では、すべてのものが生きている。
すなどる者が、海のかたわらに立ち、エンゲデからエン・エグライムまで、網を張る所となる。
その魚は、大海の魚のように、その種類がはなはだ多い。
ただし、その沢と沼とは清められないで、塩地のままで残る。
川のかたわら、その岸のこなたかなたに、食物となる各種の木が育つ。
その葉は枯れず、その実は絶えず、月ごとに新しい実がなる。
これはその水が聖所から流れ出るからである。その実は食用に供せられ、その葉は薬となる」。(エゼキエル47章8−12節)


イエスは預言者エゼキエルによって語られ、
イエス自ら約束された言葉を成就する為に十字架に命をささげ、死人の中からよみがえられ、
約束された聖霊を弟子たちに、また私に、すべての人に注がれました。
今聖霊は約束されたことを私たちのこの身に成就する為に力強く
心の井戸掃除のために働いておられます。

私の夏休みはまだしばらく続きますが、
まだまだ暑さは続きますので、どうぞお元気でお過ごしください。

神からの生ける水が私たちの渇く心を癒し、満たしますように!

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