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光平忌

元治元年二月十六日、京都の六角獄舎収容されていた天誅組志士が西の土手で処刑されました。その中には『南山踏雲録』を書いた伴林光平や長野一郎が居ました。
後に『南山踏雲録』をかいた保田與重郎は、自分の歌道の師は光平と語っており、没後100年(昭和39年)を機に以後毎年光平忌を執り行っていました。今も関係者の手で行われているそうです。

閉じる コメント(2)

tentujiさん、こんにちは! この度、「天誅組のこと(伴林光平覚書)」という記事を書かせて頂きました。宜しければ、是非ご覧下さいね。また、この記事をトラバさせて頂きます。

2007/2/12(月) 午後 4:49 すみやん

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はい。今拝見したところです。頑張って居られますね。八尾の大きな碑や玉祖神社も懐かしいです。玉祖神社のお墓は伴林氏神社の在る林に住んでいた(光平との交流が有った)方のお子さんが建てられたそうですね。 また、樋口先生の本は詳しくて、私も大変参考になります。

2007/2/12(月) 午後 5:07 [ ten*uji ]

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