天忠組と河内

[ リスト ]

「南山踏雲録」では

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

産経大阪版の偶数土曜日、維新連載も18回目。今回は大坂での天誅騒ぎ。文久二年(1862年)から、京大坂では連日のように安政の大獄の反動である天誅騒ぎが横行。これが翌年の大和義挙を天誅組と名付けられる伏線と私は思っています。伴林光平の「南山踏雲録」では原版もその後の発行物にも天忠組と書かれていますが、もう一方の半田門吉の「大和日記」には天誅組と書かれていました。ただし、原版は見たことが無く後年に製本されたものです。ずっと確認したかったことですが、昨年東京で知人からいただいた、伊吹周吉(のちの石田英吉男爵)の写しでは全て天忠組でした。写させてもらう側が、敢えて原本から変更する必要は無く、逆にこれによって以後に出版された「大和日記」を発行する際に何故か天誅組に変更したと考えるのが自然と結論付けました。あくまで、個人的にですが。


.
ten*uji
ten*uji
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新の画像つき記事一覧

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事