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最近は松本奎堂さんの繋がりの輪がどんどん拡大傾向にあります。志士のイラストでの交流が発端で、展示会などに進みましたが今回は楽器に波及しました。天誅組の志士には短歌や絵画などに力量を発揮する人物が多いですが、楽器もお得意だったようです。奎堂は一絃琴が上手かったようで、刈谷で出された年譜にも17歳ころに楽器の事が出ています。他の幕末の志士では『龍馬伝』にも出ましたが高杉が三味線を弾きましたね。生野義挙の平野國臣は笛が得意だったとか。正に多方面化してきました。 |
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2011年12月22日
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産経新聞オピニオン面に閑院宮載仁(かんいんのみや ことひと)という人物紹介がありました。私たち天誅組ファンから観ると閑院宮と言えば光格天皇の父上で有る典仁(すけひと)でしょう。尊号事件により中山家との関係が一層深くなり、後に天誅組の黒幕とも称される謎多き人物・中山忠伊(尹と書く資料も多い)が出てきますね。奇遇ですが昨日もこのあたりの話で盛り上がりました。この閑院宮家創設に至るまでには新井白石の関与があったとは知りませんでした。 |
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多分、今年最後の『いずみ』行き。陳列ケースに「大あさり」があったのでまず二個焼いてもらって、「鮪のカマのカルパッチョ」をいただいた。普通のカルパッチョと味付けがちがうのでお兄ちゃんに聞くと、やはりオリジナルでした。「下に隠れている玉ねぎとかき混ぜて食べてください」って。これ絶品。名代の「どて焼き」や「半殺し焼きそば」「湯豆腐」「げそ焼き」「ホタテバター」を数人で食べて帰りましたー。餓死者も出ている、(独裁国家)隣国の事を思うとなんと幸せかと皆で話しましたね。 |
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