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二大政党の要人が相次いで現状の体たらくに対して2.26事件を引き合いに出したそうです。国民の生活が第一で、それが守れなかったから青年将校が立ち上ったとの理論や国家の情報を流出させる者を糾弾しその状況を作った現状を反省する上での引用のようです。どちらもちょっと違うように思います。そもそも青年将校の純粋さを悪用(自分たちの派を有利に運ばせる)した上官連が居て、事が上手く運ばないと分かった時点で切り捨てた一面があります。現在でいうと秘書を簡単に切り捨て、その秘書が騙されていることに気づかず、あるいは気づいていても捨て石になる覚悟で庇うという体質が日本人には脈々とあります。青年将校たちの部下の田舎では困窮のあまり土地を手放し、家族を身売りする事が有りました。 |
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2011年02月13日
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滅多に食パンを自分で買うことは有りませんが、ぶどうパンは好きなのでついつい買いました。「ぶどうパン美味しいですか?」って聞くと「美味しいですよ」って返事。考えたら当たり前の答えで、こんなこと聞く方が失礼って会話でした(笑)。今日の朝、食べていると起きてきた妻が「生で食べてんの」って聞くので、「生って、当たり前やろー」と。ああトーストのことね、ぶどうパンはそのままが好きですわ。余談ですが、昨晩の家の話のなかで「三重県は名古屋圏や」と経済的な話をしていると母が「名古屋県は無かろー、愛知県よ」って九州弁で反論。面白かったですわ。 |
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昨日、司馬遼太郎記念財団主催の『菜の花忌』が行われました。もう15回目になるんですね。私も何度か会場に足を運びましたが、開場の時間まで寒い中を長く並ぶのが堪えだして、とうとう出向かなくなりました。その分、逆に西大谷のお墓に出向いたり家で仏壇にお参りしています。今年は緒方洪庵が取り上げられたと新聞で知りましたが、この適塾で河内勢の長野一郎(吉井儀蔵)が学びました。天誅組の医師団という視点で故松吉武雄氏が作品を残されていますが、長野はじめ乾、井澤、内田と天誅組には医師が結構いたんですね。このあたりも面白い志士集団でした。 |
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文久三年の二月十六日、長野一郎と共に京都六角で処刑されました。今週はよく「光平パン」を買ってしまいますが、頭のどこかに16日の事があるからだと感じました。河内には八尾市に教恩寺跡、玉祖神社。藤井寺市に尊光寺、伴林氏神社、天満宮。羽曳野市に真蓮寺など数多くの関連地が在りますから散策などいかがでしょうか。 |
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