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本日、ジョーシンに行って更に絶句。ここも乾電池0ですわ。店員さんに聞くと被災地に優先的に廻るため当面入って来ないとか。また、帰りに薬局に寄ると必要な処方箋用の薬が入らないので困っているそうです。店頭販売の薬と違い、処方箋には4日間でしたかの期限がありますからね。買い占めも多いようですが、今日のラジオの番組で感心した話が流れました。あるスーパーで子供がポテトチップスを沢山買ってレジに並んでいたら、レジに震災の義捐金を募る箱が有り、それを観て「買うの止めた」って言ってポテトチップスを戻しに行ったそうです。その後が凄いんですが、またレジに来て箱に1000円札を入れて帰ったと言うのです。子供にとって1000円は大きかったでしょうに。その周囲には買い占め族の大人が沢山居たそうですが、ラジオを聴いているだけでも恥ずかしくなりました。 |
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2011年03月18日
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昨日の新聞に決死隊という文字があった。福島の原発事故現場で闘っている人々の事です。これからも危険な場所に交代で入っていく彼らの事を決死隊と表現しました。天誅組でも東吉野村で決死隊が編成され、6人が幕府側の脇本陣に向け突入しました。那須、宍戸、鍋島、林、植村、名所ですが、名所は偽名であり今持って詳細がわかりません。このように昔から日本人には自己犠牲の精神がありました。約20年ほど前に作られた『東吉野村歴史探訪』(奈良テレビで放映)という作品では後半に吉見良三氏が天誅組の足跡をアナウンサーと廻られますが、ラストを「今一度日本人に彼らの自己犠牲というものを感じ取って欲しい」というような言葉で締めくくられていたと思います。現代に天忠(誅)組が蘇った気がします。 |
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陸自関係者は「目に見えない危険は確かに怖いが、われわれは『最後の砦』。行けと言われればなんとしてでも行く」と話されたそうです。今朝のテレビでも避難している方が「命がけで行ってくれている。祈る気持ちです」と語って居られた。観ていて涙が出そうになった。また、即応予備自衛官の召集も始まった。被災民にも召集があり、母親が「ここは大丈夫。皆さんの為に頑張っておいで」と息子さんに言われた。偉いお母さんだ。東日本は必ず復興します。この人たちの為にも。 |
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