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鳥羽伏見の戦いが終わって恭順しているにもかかわらず切腹せざるを得なかった人物に、備中松山(現在の高梁市)の熊田恰が居ました。部下を守るために一人が犠牲になるという事件ですが、新倉敷駅からほど近い玉島にその自刃の場所「西爽亭」が在ります。詳しくは『維新残影』(守田正明著)の第四章「尽忠至誠」をお勧めします。たまたま昨日この件を思い出す機会が有りましたので。 |
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2011年03月27日
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不定期に有志で天忠組(幕末維新期)関係の勉強会をしていますが、昨日は「山田方谷」と「楠公と幕末の志士」がテーマでした。方谷の部では随分前に高梁市で撮影されたビデオを観たり、その旅の感想などを話していただけました。楠公の部では当時の志士が受けた影響力を色々な角度で掘り下げた話でした。在野の集まりでも十分楽しいものですね。今こそ激動の時代を乗り切った幕末維新期の指導者や志士に学ぶ時かもしれません。 |
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昨日、八尾市のある方から頂いたお菓子ですが、箱を開けて驚きました。なんと『がんばろう餅』ってラベルが。一見「どら焼き」で、どう見ても餅には観えなかったので原材料を観ると餅粉が書かれていました。先ほど朝食時にいただきましたが、どら焼きとの違いを知るには至りませんでした。うーん、私の舌は鈍感なのかな(笑)。とにもかくにも今の日本、どんな形でも元気が必要です。『がんばろう餅』(菓匠葉月・八尾市山本町)という文字だけでもなんだか気分が明るくなりましたよ。 |
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