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裏面に小さく載る「記念館だより」を観ての御来館。「伴林光平」の本を御持ちで駒ヶ谷(羽曳野市)から自転車で来られた由。他に、藤井寺市、堺市、桜井市(奈良県)より御来館有り。有難うございました。 |
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文久3年、浪士隊から新撰組結成に移行する際に名が出るのは、なんといっても清河八郎。この八郎への思想的な柱は藤本鉄石と言いきってよいでしょう。東北を巡った鉄石は清河の父に厚遇されますが、そのお返しにとばかり父子に時代の流れや心構えなどを説いたと思われます。多感な青年には刺激的だったに違いありません。後に京都で再会する鉄石自身が描いた八郎の成長した姿が山形に在る記念館に残っています。鉄石も八郎ももう少し知られてもいい人物ですが・・・(『藤本鉄石と天誅組』参照)。 |
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古事記や日本書紀の記述が発掘で次々に実証されている今、実在の可能性を確固たるものにしてきたそうです。子孫がいる以上、脈々と血は流れているのですから不思議はないのですが。(本日の産経新聞オピニオン面から) |
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