|
25日は道明寺天満宮の大根炊き。http://www.domyojitenmangu.com/osame.shtml終い天神ともなりますね。大根おろしや千切りの味噌汁は好物なんですが、この太鼓式の大根の輪切りが苦手なんですわ。おでんの人気ナンバー1なんですよね。トマトも生が一番で、ジュースは飲めません。好き嫌いと言っても、こんな好き嫌いですから、形を変えたらなんとか食べています。実は、大根も箸で細かく砕いて(サイコロの様にして)食べるようになってきました。光平さんもここの大根炊き食べたんでしょうかね。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2012年12月15日
全1ページ
[1]
|
昨日も小春号の栞を求めて来られました。ありがとうございます。ここでしか無いモノって魅力ですよね。小春ちゃんも幸せ者(犬)ですわ。飯田の忠犬も保護されて良かったです。http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20121215/CK2012121502000182.html |
|
以前、宇陀の林豹吉郎が適塾の炊夫として働き、同じ地区からは久保良造という方が正式入門していたと書きました。他にも奈良県からは三好東益、谷鵬庵、岸正爾、前田順藏、木邨文藏という方が在籍でした。しかし、市販の姓名録による名簿では、詳細が有りません。もしかしたら、県内の天誅組志士と関わりのあった医者の卵だった可能性があります。(奈良県内の)あなたの周りにそんな名前の病院、診療所、医院はありませんか?次回に先生とそんな話をしてみるのも面白いですね。因みにあの、吉村虎太郎の傷を診た榎本住さんの末裔がされています榎本医院の前院長と、私が今通う診療所の先生が友人と分かり驚いたことが有ります。 |
|
天誅(忠)組記念館には古書コーナーのほかに、極めてマニアックな方がお好きな『天忠組野史』のコーナーがあります。この新聞は1999年の1号から21号まで続きました。お題に応じて、あちこちの講座で関係の号を資料として配布したことも有って、全てを持っている方は少ないでしょう。館内のコーナーでも適当に放り込んでいますから、全号は揃いません(笑)。まあ、古本屋と同じで、お探しの号に出会えることも楽しみにしてください。 |
|
本日の産経新聞オピニオン教育の『市丸利之助と少年兵』より。硫黄島守備隊には10代の少年兵もいた。その松本上等兵曹がローソク岩と呼ばれる岩を通り過ぎる際に、少年兵たちが岩陰に集まり「故郷の空」を歌っていたそうで、迂回したら反対方向に海軍司令官の市丸少将が座っていた。司令官は「シーッ」と口に手を当てて歌の邪魔をしないようにそくした。司令官の閉じた瞼から一筋の涙が伝わってそうです。この司令官実は歌人でもあったと。天誅組の志士の中には、数百人という多くの弟子が居た河内の歌人・伴林光平がいました。彼は軍記と歌集を合わせた『南山踏雲録』を残し、保田與重郎が絶賛しました。因みに光平は自分たちの事を決して天誅組とは書きませんでした。『南山踏雲録』では「天忠組」、親友の佐々木春夫への手紙には「皇軍御先鋒」と書いています。この表現には愛国的歌人としての思いも感じます。 |
全1ページ
[1]







