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那須信吾の兄の子に当たる田中顕助=光顕。青山といった方がピンとくる方も居られるでしょうか。この人物が書き残した書ですから貴重ですし、一度は目を通す価値有りと。土佐勤王党、陸援隊と生き抜き栄達する人物です。まるで夢の様な一生だったことでしょう。当館のフリマコーナーでも一押しです。 |
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2012年03月01日
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山形県庄内町では清河八郎没後150年(来年)を記念して、その妻・お蓮さんにスポットをあてた演劇、その名も「お蓮」が上演されるそうです。3月の10,11日に町内の響ホールにて。二人は安政2年に湯田川温泉で出会い、親の反対を押し切って結婚。ここにジーンときますが・・・。その後、清河の殺人事件に連座してお蓮さんは幕吏に捕らわれ拷問を受けた後に文久二年(1862年)に亡くなったそうです。今年が没後150年になります。清河の事件は、おととし見つかった資料から幕府が仕組んだ冤罪という見方が出てきたそうですよ。(山形新聞2・25社説より)http://www.gekidanhibiki.com/index.html |
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先日の東吉野村での天誅組講座で取り上げられました、女医・榎本住さんですが、末裔も地元で有名なお医者様です。榎本医院http://www.enomotoiin.or.jp/08/index.htmlの前には住さんの紀念碑が建っていますから機会が有ればお立ち寄りください。とても変わった形の碑です。高取攻めで負傷した吉村の傷を最初に診たのですが、あくまで夜間の応急(緊急避難的な)処置でした。本来は絶対安静のところを動かざるを得なかった吉村も気の毒ですが、それで住さんの技術力を推察するのも失礼でしょう。なんといいましても山林王であった土倉翁の主治医ですから、信頼度はピカ一でした。その証拠に往診用の立派な駕籠まで現存し、「住さんに診て貰ってダメなら諦める」という評価も地元に伝わっています。 |
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2月20日に『藤本鉄石と天誅組』小冊子が完成しました(宇陀市井西印刷所ご協力)。それを記念して本記念館で公開の鉄石の軸の一本が○○○○です。ヒントは桃の節句。メチャンコ珍しいので全国一千万の鉄石ファンはお見逃しなく。 |
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