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地域情報誌『yomiっこ』さんのHP内イベント欄でも掲載いただきました。http://www.narakko.jp/event/yomikko/ids/002966.html楠公ファン集まれ! |
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2012年05月01日
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以前、竹志田熊雄の取材過程で交流が始まりました大野先生から近著が届きました。その名は『特攻魂のままに』(展転社)です。つい先日の新聞朝刊にも広告が出ておりました。先生は第七代の靖国神社宮司で、ご出身が熊本という共通点でこれまた天誅組が御縁となりました。人間、どこでどんな御縁が出来るものやら、本当に不思議です。天誅組の志士も靖国神社の御祭神という事で昇殿参拝も初経験させていただきました。じっくり読ませていただきます。 |
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楠木正成といえば菊水マーク。東吉野村の天誅組150年を記念して完成したのが紅葉水(写真左上)。吉村虎太郎の辞世と東吉野の清流を母体にし、紅葉葉の中央部分に志の文字を書き込んであります。先の28日に新調された法被と共に公表されました。役場のデザイン担当の方の御努力に感謝します。私も企画段階から参加させていただきましたから本当に嬉しいです。現在、旗も作成中とのことです。グッズ化が待たれます。 |
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堺から狭山を通った一行は富田林向田(甲田)の水郡邸に入った。ただし宿泊は分散し、虎太郎は近くの養楽寺と言われています。当時の本堂は在りませんが、境内に水郡家(善之祐、英太郎など)一族の墓所と森元伝兵衛の墓所が在ります。藤井寺市小山には代官所跡が在りますが、ここから供出された胴当てが虎太郎愛用の品に成った様です。確かに胴当てのマーク(丸松)とここ松田家の鬼瓦のマークが一致します。現在でもこの鬼瓦は産土神社の前からハッキリと眺められます。千早峠を越えるまでの吉村は希望に満ちた青年だったことでしょう。 |
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このGWを利用して四国の方々が河内勢の足跡探訪や終焉の地巡りをされるようです。有難いことです。お時間あれば藤井寺市内の伴林光平関連地にも是非お立ち寄りください。 |
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