|
来月のミニ展示は楠公さんから奇兵隊か池田屋事件に代わる予定です。1863年6月に長州藩の高杉晋作によって結成されたのが奇兵隊。この翌年の6月に起きたのが池田屋事件。どちらかに注目してのミニ展示です。何が並ぶかはお楽しみ。うーん、悩むなー。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2012年05月16日
全1ページ
[1]
|
数年ぶりで徳山湾沖の大津島に渡った。ここには人間魚雷回天の基地が在った。今も多く施設が風雪に耐えて残っています。馬島という船着き場から暫く右手に行くとトンネルが観え、その先に発射試験場跡が望めます(写真)。今では真っ青な平和な海に浮かぶ異様な建物です。ここで多くの若者が日本の為にと猛訓練をしました。魚雷の中に人間が入り一度母艦を離れると帰り道の無い必死の戦法です。昭和20年の3月以降は主な戦場が沖縄海域に移りました。多々良隊、天武隊、振武隊、轟隊、多聞隊は潜水艦に載せられ、白龍隊は輸送艦に載せられそれぞれ出撃して行きました。出身地を見ますと樺太から鹿児島まで居られます。日本全国の若者が沖縄の事=本土の事として散りました。沖縄返還から40年の昨日は多くの関連番組やニュースが有ったと思いますが、沖縄の人たちから観れば、もっと本土の人に沖縄の現実を知って、聴いて、観てほしいという事だと思いました。回天搭乗員の方々も同感でしょう。島の写真を拡大されますと右手の森の中に日の丸の旗が観えます。ここが回天記念館です。是非一度御渡りください。詳しくは周南市のHPに出ています。(参考文献:回天) |
全1ページ
[1]





