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仲津媛陵そばの澤田八幡神社。天満宮への散歩の際に通りましたが、この桜を思わずパチリ。伴林光平さんも確実にお参りされた神社ですからね。やはり日本は桜ですか。いかがですか、藤井寺市の散策。 |
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2013年03月25日
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昨晩の大河ドラマ『八重の桜』は禁門(蛤御門)の変でしたね。久坂(7/19)のや真木(7/21)の最期は通説とは可なり違った感じで孤独の中での自害でしたが・・。この2人の最期の間(元治元年7/20)に同じ京の六角獄舎では別の事件が行われていました。天誅(忠)組や生野義挙関係者の処刑です。水郡ら河内勢、平野國臣といったメンバーが露と消えました。「火の手が迫った」と言う理由からの手のいい政治犯の処分ですが、これには報告を受けた守護職の会津中将・松平容保も激怒したといいます。どんどん尊攘派へ油を注ぐ結果に嵌って行きます。後世の私たちはこの歴史を知っていますから、冷静ですが、当事者たちの苦悩は大変だったことでしょうね。お互いが「なんでこうなるの」って毎日考えた事でしょう。勉強に成ります。 |
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河内(柏原市)の歌人・柘植葛城(つげかつじょう)。伴林光平さんも参加した藤井寺市の潮音寺や羽曳野市の向野別業で開催された歌会の主宰者(白鴎吟社という組織)でもある。その研究者が昨日来館されました。いやー、光平さんって沢山のお友達が居られたんですよね。個性と言うのか魅力満載の方だったんでしょうね。 |
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