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早いもので、岡山県高梁市での天誅組展示会も残り4日となりました。今後同様の展示会は当分無いと思えます。この機会をお見逃しなく。今後は奈良県内の関連地で天誅組展が予定されています。御期待下さい。また、記念館では毎月独自のミニ展示会を繰り返して行っておりますので、奈良県にお越しの折には是非お立ち寄りください。http://ameblo.jp/anounosato/ |
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2013年04月11日
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後輩連からの祝図を館のドアに貼りましたわ。ご夫婦やお子様連れでのご来館ありがとうございました。三周年の祝図が貰えるように、もう少し気張ってみます。http://ameblo.jp/miami-matsukaze/ |
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先日の岡山県探訪時に、知人から頂いたお土産に井原市の銘菓『やまんぼう』がありました。ケシの実の香ばしさがなんとも言えない餡のしっかりしたお菓子でした。甘すぎず、いい銘菓ですね。 |
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岡山県高梁市での天誅組展示会の開催期間も残りわずかに成ってきました。メインは藤本鉄石と原田亀太郎ですが、山田方谷や森田節斎の軸も有りますよ。さて、天誅組での鉄石は、京都からは同行せずに南河内(今は奥河内と呼ぶ)の観心寺の楠公首塚前での決起集会から登場します。前日は現在の羽曳野市島泉の「芝村邸に居て、軍資金などの調達をした」と書く本(久保田辰彦著など)が少しですがあります。この情報だけでも貴重なんですが、樋口三郎先生は現地調査の結果、芝村邸は存在せず吉村邸の誤りと断定されました。確かにこの付近では稀に観る大豪邸で庄屋としても群を抜いていた事でしょう(現存)。定期的に公開されますので、私も昔一度拝見させていただきました。その後、この質問をご当主にしまして「確たる証拠はないが、当時はいろんな人物が出入りして要求して行った」との回答を得ました。この件の後に綴った天誅(忠)組エッセイ集『天忠傑作』(記念館や安堵歴民館、長屋門内で頒布中)に「虎太郎伝説」という空想作品がありますが、ここには鷲家を脱出した吉村虎太郎が峠を越えてここまで辿りつき、同姓の、この吉村邸に匿われて生涯を全うしたと書きました。現在この地は高鷲と言いますが、高は高取城、鷲は鷲家谷から採ったともこじつけました。読まれた(師である)吉見良三先生から失笑を受けた事も今では逆に懐かしい思い出です。さて、鉄石の泊まった先は最近また別の疑問も持ち始めましたので、追求中です。何時か『天誅組の謎100』でも出せたらいいなーって思います。 |
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