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昨晩は「八尾ニューモラル生涯学習クラブ内、歴史サークル」の総会でした。活動報告や次年度に向けた話し合いが行われ、交流会に。玉祖神社の清水宮司はじめ楽しいひと時でした。全員一言話すコーナーがあり、「今後、伴林光平さんを学ぶ際に楠公父子、雑賀孫一、今村勤三を一つの糸にしませんか」と提案しました。そうしたら、今朝の新聞に正行さんのシリーズが始まり、またまた奇遇。 |
天忠組と河内
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尊光寺の墓所へお参りに。初代了玄さんが雑賀孫一。十三代謙譲(俗名・雅亮)さんが伴林光平先生のお父さん。十四代了達(俗名・鳳岳)さんが光平先生のお兄さんになります。先生の和歌は小野、佐々木両「伴林光平全集」に収まっています。写真は小野版。 |
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この25日に「孫市まつり」との記事あり。この雑賀孫市(孫一)が祖のお寺が尊光寺(本年元日)で、伴林光平の生家(鈴木家)とは凄い。それで、光平は鈴木孫一という題の歌を詠んでいたんですね。 |
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藤井寺市小山の産土神社前に松田さんというお宅が在ります。ここが、小山代官所跡なんです。この元日に復刻版が出ました「実記天誅組始末」ですが、カバーの虎太郎さんの胸当てにある家紋は「丸に松」が描かれています。今でこそ、本来の家紋である登(上)り藤の画になってきましたが、以前は全てこの「丸に松」が虎太郎さんの肖像画でした。勘違いの元が、このお宅から出た(徴発された)胸当てを虎太郎さんが着けたことからだそうです。今の季節、落ち葉で邪魔せず、このお宅の鬼瓦(「丸に松」)が綺麗にご覧いただけます。 |
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講談で「伴林光平」さんを楽しんだら、その席で、このご案内(左)をいただきました。本当に、沢山の方々に知っていただきたい人物です。 |






