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昭和38年の天誅組百年祭(1963年)を前に、その前年ごろ、河内では東条多賀勝という画家に多くの画を描かせていたと聞いています。有名な「水郡邸出発の図」の模写(オリジナルの忠光卿は兜姿ですが、模写は烏帽子姿)はじめ、この「天誅組隊士 千早峠から大和五條を望む」(扁額)もその内の一枚です。写真の一枚目が左から忠光卿、藤本津之助、吉村寅太郎、吉田重蔵。二枚目は右が水郡善之祐、三枚目の右が松本謙三郎です。当然、水郡が主人公でしょうから、理解者の吉田重蔵の扱いも大きいのでしょうね。 |
天忠組と河内
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6時起きの散歩でも既に暑い。グロッキー気味の天忠犬・小春ちゃんにシャワーを。といってもご本人には迷惑だったかも。この目つきが(笑)。 |
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休館日の今日は、千早赤阪村の建水分神社及び摂社の南木神社へ参拝。いつか、ここから金剛山を目指したいものです。 |
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楠木父子の大河ドラマ化運動の記事が朝刊に載っていました。実は『奈良まほろば館』(東京・日本橋三越前)での東吉野村デーの対談時(写真2)には、この村を通った河内の志士にも触れました。伴林光平と武林八郎が相次いで脱出していきましたが、この二人は、今でいう藤井寺市と河内長野市の出です。では、なぜ倒幕運動に参加したのかという話ですが、これは正に楠公さんです。河内の人間には大楠公、小楠公はとても身近な存在でした。大河ドラマ化の運動も、南北朝時代という狭い範囲に限らず、大いに応援団の裾野を広げるべきだと思います。 |
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柏原市立歴史資料館の館長さんの許可をいただきましたので、特集展示会場の写真を載せますね。 |








