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少し前の新聞ですが、河内磐船神社が載っていました。右下の北田原の文字で伴林光平がピンと来た方は・・・。この境内に見上げるような光平さんの歌碑が在ります。二つも。 |
天忠組と河内
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先日、3年振りに「実記天誅組始末」の著者である樋口三郎先生のお墓参り(伊賀上野)をしてきました。今回は先生の娘さん(河内天誅組顕彰会代表)もご一緒でした。かなり前からのお約束が果たせ、嬉しく思います。先生は、フクロウがお好きだったそうで、確かに墓石にも彫ってありますね。何度もお参りしながら気付きませんでした。今回はご住職夫妻とも懇談できました。 |
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玉祖神社の草刈りを取材された(FMちゃおの川口)記者さんから写真が来ましたよ。ペアのおじさんは素人落語家。おもろい。取材日記の23日編をお楽しみに。http://792.jp/diary/diary.cgi |
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9時集合で始まった恒例の玉祖神社下(伴林光平碑周辺)の草刈り(八尾ニューモラル生涯学習クラブと記念館合同行事)。一時間を一心不乱に活動。これは、天忠組のスローガン「一心公平無私」に通じそう。今回は「FMちゃお」から川口ともさんが取材に。なんと、お手伝いまで。光平さんもお喜びだったかと。その後は恒例の社務所での清水宮司さんのお話の後、ミニ講座。今回は「北畠治房と光平さん」を担当。皆さんお疲れのところをウトウトする方は一人も無し。偉い!10日からの体調不良が続いていましたが、皆さんの激励もあって最後まで体力が持ちました。感謝。http://www.yaonmc.com/%e6%8e%b2%e7%a4%ba%e6%9d%bf.html |
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二日遅れての光平先生のお誕生日参り。午前中の講座で、奈良県再設置の話もしましたが、子供時代に光平さんの影響を受けた今村勤三さんがこの戦いで頑張りました。その光平さんの御先祖が雑賀(鈴木)孫一と知ると、その時その時代の権力に立ち向かう不屈の血筋が脈々と弟子や関係者にも影響力を発揮していくものだと感じますね。なお、尊光寺門前の碑の裏の文は「天誅組河内勢の研究」(水郡庸皓著)に全文掲載されています。寺の筋向いは伴林氏神社。 |



