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「石田英吉年譜」と「龍馬速報」140号をいただきました。天誅(忠)組当時は伊吹周吉こと石田英吉男爵の年譜は初めての取り組みでしょうね。偉い!。大阪龍馬会様の会報も140号になるんですね。毎号、盛りだくさんの内容に感心しています。 |
天忠(誅)組
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昨晩のNHKはバクモンで龍馬さん、ヒストリアで五代さんでしたね。どちらも録画しましたが、五代さんは身近に関連団体に参加している方なども多く、先ごろからは『奥さんの兄さんが天誅(忠)組に参加していた』との話があって、資料調査の依頼も舞い込みました。他にも依頼があるので、なかなか集中できませんが、今の処、私が注目しているのは、葬儀の参列者に北畠治房(天誅組参加時は平岡鳩平)の名があることですね。参列者の記事は3月に奈良新聞にも載りましたよ。 |
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天誅組の蹶起前に松本奎堂が松林飯山、岡鹿門と作った雙松岡塾。わずか半年の運命ながら、存在価値は評価されているようです。看板は河野鉄兜(儒者、漢詩人)の字。 |
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某催事に向けての準備で、久しぶりに北畠道龍の本を読んでいますが、本当に凄い人ですよね。この和歌山の怪人というか豪傑が忘れ去られているのは勿体ないです。確かに天誅(忠)組もこの人物(法福寺党)を相手にしては苦戦も当たり前。北畠親房の子孫であり雑賀党の末裔。南本願寺を起こすとまで恐れられた影響力、人脈。大河ドラマになってもおかしくないかと。 |
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先日の五條市での会議前に乾十郎顕彰碑に。今回の調査で四天王寺の碑(石碑単体。土台は別)に比べ、高さで約300mm短いことが分かりました。ただ、こちらは土台が何段にもなり、更に高台に設置されている分、見栄えがしますね。碑の建つ公園のお隣は、渋谷伊予作が収容された統神社 |





