|
4日の献詠祭。この日の為に有給休暇を取ってくれた枚方の会員さんのお陰で、なんとか移動できました。途中、天忠宿(志士が立ち寄った)杉本屋を経由。当時の面影は蔵が現存。ここの藤七さんも天忠組に同行された由。解散後は分乗車ごとのランチになりましたので、浅野屋へ。久しぶりにマグロの唐揚げいただきました。大好物に感激。https://www.nara-np.co.jp/news/20190205092608.html |
天忠(誅)組
[ リスト | 詳細 ]
|
2月に入って広報や沢山の冊子が各地から届きはじめました。中でも「残念さん信仰研究」の第一人者からの報告書は楽しみです。 |
|
昨日の東吉野村での「天誅組催事」が早速、奈良新聞の記事に成っていました。20年も前にお名前を知りながら、中村先生とは初対面でした。東京都内や志摩市からもご来場されていました。ご来場の方々より各地のお土産や手作り資料もいただきありがとうございました。また、企画、準備はじめ当日の送迎など役場の方々の御働きに厚く御礼申し上げます。 |
|
備中松山(高梁)城の新城主が「さんじゅーろー」さん。新選組の谷兄弟の出身地がこの高梁です。城以外にも山田方谷、板倉勝静、熊田恰そして天誅(忠)組の原田亀太郎もこの高梁。吹屋のベンガラはじめ見どころ、興味深い人物満載。この春に探訪しませんか。 |
|
十津川村武蔵シリーズも完結へ。前回、少し触れましたが、武蔵で自由に入手できる「南朝遺跡 楠正勝の墓略記」には「正勝が虚無僧の元祖ともいわれており、毎年墓前で尺八の献奏が行われている」とあります。奇遇にも昨年、受福寺で尺八の志村禅保先生(大阪芸大教授)と出会いましたが、なんとこの先生が武蔵で献奏されていたんですね。天誅(忠)組・武蔵・尺八が繋がるとは・・・本当に出会いとは不思議なものだと。写真は出会いと先生からいただきました昨年4月3日の武蔵でのその場面を含みました。来月は西吉野での初コラボも予定しています。 |



