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今日は大坂夏の陣決戦の日だったかな。私には吉見良三先生の御命日がまず頭に。さて、朝刊に阿波座に在ります化粧品会社の記事が。ここの創業者は故郷や湊川神社、建水分神社等、楠公さん関係の神社にも多大な貢献をされています。一例ですが、建水分神社に南木神社が在りますが、その鳥居の裏をご覧に成れば分かります。「大楠公印クラブ歯磨」というブランドもこの会社でした。https://www.clubcosmetics.co.jp/museum/ |
憂国愛国
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平成から令和への特番ラッシュですね。そんな中で、昨日の夕刊の4,10面は保存版。特に4面の京都御苑の地図は中山邸、閑院宮邸、九条邸跡はじめ蛤御門、堺町御門など位置が良く分かります。また、解説に八・一八政変や禁門の変という言葉も載って、有難いです。 |
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昨日の朝刊に文化財答申「和田家文書」など、という見出しがありました。壷井八幡宮のことは勿論嬉しい話題ですが、ここで興味深いのは、和田家は「わだ」じゃなくて「みきた」なんですよね。初めて知った時には驚きました。で、先日(8日)お邪魔しました往生院様のお陰で探訪できました最後のご案内地点が「歯神さん」でした。この「歯神さん」とは和田新発意賢秀のことで、天忠(誅)組志士も憧れた楠木正成の弟・正季の五男とか。そして「にぎたしんぼっちけんしゅう」と読みます。ここでは「わだ」どころか「みきた」でもないんですね。いや〜、知らない事ばかりの興味深い一日でした。これにて第一回、瓢箪山シリーズ完です。再訪が今から楽しみです。川口ご住職ご一家には大変お世話になりました。 |
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瓢箪山シリーズもクライマックスへ。1348年、この往生院へ本陣を置いた正行さんは一族郎党を率いて出陣。遂に弟・正時と差し違えて亡くなったそうです。首は京に送られ、胴がこの往生院に密に葬られたと。立派な墓所にご案内していただきました。お誘いいただいた廣木さん、詳しいお話をしていただきました、ご住職夫妻にも大感謝です。 |
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瓢箪山シリーズ6。いよいよ目的地の往生院様へ。今回は史跡である金堂跡にご住職の御子息に案内していただけました。裏手の山に入り猪への注意看板を横目に進みました。今も当時の瓦があちこちに見つかり、礎石や池跡など、とても興味深い(四條縄手合戦などで荒廃)場所でした。この場所は四天王寺西門から真東に当たるそうです(遠くにハルカスが観えますが、その横のとんがりが通天閣)。一度この地で夕陽を見たいものです。 |







