専門紙・天忠組野史

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島野代官所跡久々

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野史19号の作成にあわせて、05年くらいに探訪して以来でした。その時の感じと比較するにしても記憶があまりなくて「そんなに変わっていないんかなー」って。相変わらずのどかな田園地帯に、この荒城の月って雰囲気の代官所跡は佇んでいます。塀と倉一つが残る場所です。ここは旗本舟橋家の領地だったとお聞きしています。御所市戸毛にあります榎本医院前院長のお母様の実家がこの代官所屋敷ということも野史には書いています。近辺の三在の代官については天誅組の話によく出てきますが、05年当時の聞き取りでは、ここ島野の代官所にはなんら天誅組に関する伝承が無いようでした。

21号少し確保

「天忠組野史は20号まで」って面倒くさいので言ってますが、実はラストは21号でした。保田與重郎氏と戦争中に同じ部隊だった下市町の方へのインタビューが主な内容で、楠目清馬の事も少し書いていました。あー懐かしい。たまたま一部が出てきましたのでコピーして記念館のフリマコーナーに数部入れました。マニアックな方向けですね。

欠番が出ました。

『天忠組野史』の放出をお知らせしましたが、既に19号が欠番に成りました。各号がマニアックなんですが、何故か19号はその中でも超マニアックだったんでしょうか(笑)。新年の開館は5日からです。

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1999年に誕生した専門新聞『天忠組野史』ですが、ちょくちょく欲しい方が現れ、年末整理で久々に押入れをいじりました結果、号によって全然残部数が違いますが、一応20号までが揃って出てきました。明日から記念館で並びます。下関の中山忠光隠棲地碑(延行)、斑鳩の北畠治房墓所、乾十郎四天王寺顕彰碑除幕式、乾十郎系図、長野一郎一族墓所などなど、毎号が超マニアック新聞の本領発揮です。特に今や表面が剥げ落ちて確認できない上本町正念寺の乾十郎墓の写真は、乾十郎と読める時の写真ですから貴重ですね。

久々にマニアが

天誅(忠)組記念館には古書コーナーのほかに、極めてマニアックな方がお好きな『天忠組野史』のコーナーがあります。この新聞は1999年の1号から21号まで続きました。お題に応じて、あちこちの講座で関係の号を資料として配布したことも有って、全てを持っている方は少ないでしょう。館内のコーナーでも適当に放り込んでいますから、全号は揃いません(笑)。まあ、古本屋と同じで、お探しの号に出会えることも楽しみにしてください。


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