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21号を持って休刊(紙)した『天忠組野史』。最近は、どこかで情報を得たらしい方々から、「三枝蓊の載った号があるらしいですね」とか「乾十郎の系図が載っている号は残っていますか」、「伊藤三弥のお寺の事を探していたら行きあたった」とかマニアックなお問い合わせも多いです。そこで天誅(忠)組記念館では一角に『野史』のバックナンバーを放り込んだフリマコーナー(100円〜)を設けています。また、最近はあちこちでお話ししする際に作って行く資料の余りも入れていくことにしております。それこそ、まー他では聞かないこぼれ話の列記ものです。古書市とはまた違い、こういった資料(在野人の出版紙)の市も有ったらいいですよね。 |
専門紙・天忠組野史
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先日、刈谷の伊藤三弥を知りたくて情報収集されている方と出会いました。刈谷では松本奎堂や宍戸弥四郎は顕彰対象ですが、伊藤に限ると高取攻めの際に離脱(脱走説)して明治まで生き残ったという面がどうも印象が悪いようです。そこを気の毒にお感じになって京都市醍醐の故松吉武雄氏が一生懸命調査されていました。高取攻め時の離脱も青木(後の三枝蓊)同様、偵察か連絡なりに出て戻れなかった可能性が高いと判断されました。もう地元では評価されにくい者は、縁の無い他地域の第三者が研究してあげれば、いずれは名誉回復にもつながるでしょう。手造り新聞『天忠組野史』(全21号)に「三弥ブルース」と題して二度にわたり書いていましたが、その新聞が天誅(忠)組記念館のフリマコーナーにあるという情報を仕入れられて入手に来られました。 |
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この土日に押入れを整理して、やっと全21号のうちのほとんどの号が天誅(忠)組記念館内に出そろいました。専用のコーナーも出来ています。既に口コミなどでマニアの方が入手に来られていますから、数号は無いかと思えますが。まー、世の中私以上の天誅組ファンが居て、嬉しいです。 |
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朝から押入れを整理していましたら、『天忠組野史』の最終号(以後は休眠状態)、21号が出てきました。懐かしく観ていたら、なんと発行日が2006年3月11日でした。驚きました。6年前に出した号ですが、この日が更に忘れられない日に成りました。 |
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現在、天誅(忠)組記念館藤井寺展のフリマコーナーに並んでいるのは、第5,6,7,8,10,11,14,15,17,18,19号の11種です。五條市、桜井市の方から問い合わせがありましたが、流石にマニアック。因みに第6号は竹志田熊雄特集です。三枝蓊特集の号も出ています。 |





