全体表示

[ リスト ]

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4 イメージ 5

イメージ 5

私が最初にオーダーメイドで作ってもらった自転車には虹のマーク、通称アルカンシェルが貼ってありました。もう、4分の1世紀どころではない、恥ずかしいくらい昔の話(笑)。

その話を親方としたことがありました。
「あれってさ、本当はいけないんでしょ?アルカンシェルとか五輪マークとかの使用はものすごく規定が厳しいんじゃないの?頼まないのに貼ってあったよ。」
「そうか〜、R&Fさんのヤツには俺アルカンシェルのシール貼ってたんだ〜。そうなんですよ。俺のところへは、あのあとクレームきたんだよ。アルカンシェルは世界選手権で優勝した車輌だけが貼ることができる。それも1年間だけだったかな?選手だってそうですよ。勝ったヤツしか着られないんだ。」
「デザインだけで考えてたんだ(笑)。ヘッドバッジはチネッリがカッコいいからで、シートの鞘にハートとクローバーが入ってるのも、イタリア御三家のマークみんな入れたんでしょ。」
「あはは。おみとうしです。でも、クレームがきたから、アルカンシェル貼った時期は3ヶ月ぐらいなんですよ。もしまだ塗り替えていなかったらレアだよ。」
「ダウンチューブのロゴはプジョーの字体でしょ?」
「あれっ、よくわかったね。あれはみんな気が付いていない。そんなこと気が付くのR&Fさんぐらいですよ。」

そんなことをふと思い出したのは、ある雑誌の自転車特集号で、メイドみたいなねこの格好をした女の子がアルカンシェルを着て、自転車に乗っている表紙を見たからでした。「世界選手権で優勝することを軽く考えている表紙」だな〜と思って見ていました。

このアルカンシェルを貼れる資格をもった自転車はそれほど多くありません。トニーマーキンス時代のへチンズだとか、レジナルド・ハリス時代のクロード・バトラーとラレー、ラレーに吸収される前のカールトン、など。

自転車を考えてみる場合、私は「マークとバッジをすべて無いものとして考えて見る」のです。それはロードスターの場合、完全に黒く塗りつぶしてあっても製造者はわかるものがある。オリジナルのBSA,ラッジ、サンビーム、ラレー、エルズゥイック、アリエル、ハンバー、ニューハドソンはすべてすぐわかります。ところがラレーに吸収されてからのハンバーやラッジ、BSA、ニューハドソンなどはギアリングのパターン、ラッジの場合はフォーククラウン以外にはほとんど見分けるすべがありません。

これはスポーツ車やレーサーでもそうでして、へチンズ、クロード・バトラー、HRモリス、サネット、サンビーム、ラッジ、ラレー、BSAは確実にわかります。これはフレームの各部寸法とプロポーション、フロント・フォークの曲がり、ラグ、フロントフォーク・クラウン、エンドの差込方法、さやの作り方、などでわかる。これはどういうことかというと、「フレームは自転車の部品ではない」ということだと思います。自転車のフレームは自転車そのものといってよい。ところが、ここ20年ぐらい、台湾製フレームが流行るにつれ、フレームは部品を付けずに単体売りされたり、フレームがどこか部品のように扱われはじめている気がしてなりません。

ひとつ逆説的なことを言いますと、私には「部品のことを考えず、最終的な組みあがり図を考えず、フレームを発注することはできない」のです。裏返して言いますと、考えて作ったフレームには、人が考えるほど部品に関しては本来自由度がないのです。たとえば、この左端のカールトンをオールカンパで組みなおすことは、まったくこのフレームのよさを殺してしまうことになります。なぜなら、チェンラインは42mmの英国サイズを想定して作られていること1)、またこの時代はスチール・クランクの体に優しい「しなり」を考慮してフレームの肉厚などが決められていて、アルミの断面積の大きい高剛性クランクとは相性が悪い2)、サイクロのエンドはプランジャータイプのスライドシャフト変速器の寸法で出来上がっている3)などの理由によります。

現実問題、シマノのエンドにサンツアーの変速器でもすでに調子が悪い。カンパのエンドにサンツアーならさほど問題はない。高橋プレスのエンドにユーレーでは実に不具合。しかし、カンパのストレートドロップアウトのエンドにカンパアダプターをつけたユーレーは、アルビーなどでも別物のようによく変速します。

おととい、ある製作工房に行ったら、700Cの車輪の直径が測れる巨大なノギスがありました。同じ700Cでも外直径がさまざまあり、また同じタイヤサイズでもメーカーが違えば直径が変わってくる。
「ああ、こういうのがあれば便利だな。」
と思いました。

たとえば、先日アップしたセリーヌの自転車の泥よけは、径が小さく、700C×28Cまでしか入りません。32Cだとタイヤが回らないのです。これなどは、街乗り自転車としては、かなり極端な設計になっています。こういう車輌はタイヤ選択の自由もありません。純粋にレーサー用の28Cではアングルが寝ているので、ちょっと違和感があります。太いものでもOKなクリアランスがあれば、適正なコーナリング・フォースのタイヤを入れられるのですが、28Cまでで、後輪加重が大きいアップライト・ライデイング・ポジションとなるとかなり選択肢がない。

親方時代のフレームは一目見て、親方の作ったものだとわかったものです。ですので、私は自分のフレームは、本当はノーマークにして欲しかった。一方で、現代のさまざまなメーカーの車輌は塗り替えたらどうでしょう?確実にわかるメーカーはどこでしょう?トップレンジのレーサーのほうが、いくらかわかりやすいかもしれません。

写真左端はラレーに吸収されるまえのカールトン。変型のチャンピオン・マークが入っています。右の赤いのは親方のフレーム。絶品だと思います。こういう「巧さ」は天性のもので継承できません。本来フレーム作りは1代のものでしょう。親方は常に「素手」で作業していて、「軍手なんかはめて、触覚のにぶった指先で良い仕事なんか出来るわけはない」と言っていましたが、弟子たちはみんな軍手を手放しません。私は親方の言葉を数10年守って、軍手は輪行の時以外はしたことがありません。

黒い車輌はHRモリス。モニュメント博士に「自動車のほうの誕生パーティーと共同開発自転車の本生産前の最終チェックに必ず英国に来い」と呼び出された時の旅費に化けました。大きい犠牲でした。世界に12台しかない特殊な仕上げのフレーム。もとは、或る英国の自転車博物館が閉鎖された時に出た車輌でした。英国まで自費で行って設計顧問料5万5千5百円。開発費は公称5千万円以上だと聞きましたが、真偽のほどは確認できず。すごいプロジェクトだったのですね。0.1%(爆)。試作車ファイナルチェックをしたのは私とトライアスロンの名選手Rの2人でした。そういえば、「宇宙フレームの最高峰、目標灯モデル」を博士の自室で密かに見たのは、たぶん、溶接をしていたロイ以外では私が世界最初です。そのことは一般発表前に、あるモーターサイクル関係の書籍印刷物で、ぼんやりと書いたものが残っています。

左から二番目は世界チャンピオンのみに許されるジャージ。


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事