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公園の中をお年寄りが杖を突いて歩いておられた。歩く速さは私の半分か3分の1ぐらいだろう。ほんとうにたどるように杖に頼ってゆっくりと。

麦茶を飲んで、さて帰るか、という時に、駐輪場でまたお見かけした。たぶん、70歳後半から80歳半ばだろうと思う。

その方、杖を折りたたんで前かごに入れ、悠然と走り去った。時速は12〜15kmぐらいか。自転車がある限り、雨が降らなければ自分一人でバスも不要。

こう言う人たちにとっても安全な自転車走行環境が必要なはずだ。ただ単に行政側にとって『めんどくさいから乗り入れ禁止』で済む話ではない。

膝などの痛みで、歩行では能力がそがれている人が、自転車に乗るとまったく問題がなくなるケースは少ない。私は駐輪場に停めて2km以上も荷物を持って歩かないといけないような街には歳をとったら住まないつもりだ。

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龍?

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私はけっこう、こういうのを見つけては一人で面白がっている。雨の日には動きます。天気の良い日にはお昼寝。

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自転車に乗っているところから、ふと、ある単語が目に付いた。

「パリッシュ ホール」

私は爆笑してしまった。パリッシュというのは英国の行政区の最小単位で、英国の小さいvillageに行くと、その小さい村落だけで一つの教区になっているので、Parish Churchと書いてある。日本にそういう行政区分はない。

アメリカ人にパリッシュ・チャーチといってもほとんどの人がわからない。英国国教会特有の単語です。

「教区ホール」や「基督村集会所」ではいけないのか?私は日常では『大和言葉派』なので、違和感感じます。

「さんいんちほう」を「ウェストカントリー」、「たまがわ」を「ザ・リヴァー」、「ちゅうぶちほう」を「ミッドランド」、「はままつのモーターサイクル産業」を「日本のバーミンガムのモーターサイクル産業」と言うようになったら本物だ。『なんの?』かはわかりませんが(爆)。

「レクターンで指示されたニューテスタメントの一節の朗読を終えたらピューにお座りください」と言わないとしめしがつくまい(笑)。『外国からの神様』なんだから徹底するべき。「それで、日本の在来の宗教はすべて間違っている、日本在来の神様もいない、、」そういうわけですか?中東で伊須羅武の人にはそう言われた。『東洋の異教徒の人たちは何もわかっていない』と。中東産宗教(3宗教)は「他の教えはすべて間違っている」という立場をとるのが特徴的です。どうしても、そこから、発生した土地以外では『文化輸入型』になる。

だから伊須羅武ではものごころがつく幼児の時に、母国語が何語であろうと、荒武の言葉で暗唱させる。

これは東京の四谷あたりへ行っても、まともにしゃべれない神父さんが「ブロークン・ジャパニーズ」でラテン語で行っていたりする。『日本のものではない輸入のものだから』。

いまではずいぶんアメリカと仲の悪くなったフィリッピンですが、昔はジェスイット(イエズス会)の拠点のひとつだったこともあり、彼らのなかに、ずいぶん日本人を見下している人が多いのを意外に思ったことがある。『自分たちはキリスト教徒では日本のはるかに先輩であり、西洋言語の習熟具合でも日本とは比較にならない。日本は文明的に我々より開けていない、遅れているのだ』という立場の人にずいぶん教会で会った。『だから退廃している東京の人たちの享楽的な生活を見ろ』と、こう来る。

桃山時代、日本の貧農の人たちが火薬を売るのと引き換えに、奴隷として買い取られマニラ経由で世界各地に家畜のように売られたことを彼らは知らない。その同じ同胞が南米で文明を滅ぼし、彼らの図書館を破壊しつくし、結果南米の古代文字が読めなくなっていることは反省しない。改宗を拒む者たちを先端科学技術で圧倒し、銀山で強制労働させて数万人を殺したことは反省しない。

英国国教会は英国国外では『アングリカン』になります。日本のアングリカンは『聖公会』と呼ばれる。カタカナでなく『聖公会』という漢字3文字の命名は昔の日本人のひとつの見識を示していると思う。

英国人がよく言うジョーク。
『世界中どこへ逃げようとも、チャーチ・オヴ・イングランドの手からは逃げられない。』(爆)

ホールの真ん中に英国英語で言うところ『ランタン』のようなものがあった。その形状が、ELYの大聖堂のオクタゴナル・タワーに似ている(右端の写真では見えていません)。見たのかもしれませんね。ただ、ELYの搭は65m以上あります。

ここの中央部もオクタゴナルです。

それで思い出しましたが、ELYの大聖堂にあるストーブは『サンダーバード3号のエンジン部分にそっくり』なのです(笑)。見分けがつかないほど(爆)。絶対サンダーバードの制作スタッフは見ていると思う。英国へ行く機会があればぜひ見に行ってください。イーリーは英国がまだ7つの王国に分かれていたころに建てられた。イーストアングリアの王女だったエセルデレーダは政略結婚で、無理やりノーサンブリア(だったと思う)の王と結婚させられた。彼女は『結婚はするが、処女は守る』と宣言していましたが(その相手の王ははるかに年下だった)、その王が大人になった時、関係を迫られ、Elyに逃げ帰り尼僧になった。その時にElyに大聖堂を造りはじめ、長らくElyは英国で2番目に裕福な教会でした(一番はアーサー王伝説とからんでいるグラストンベリー)。エセルデレーダのITAIはNAKUなったあと、17年経ってもまったく腐敗せず、それをもって聖女と考えられました。Elyにはステンドグラスのミュージアムがあって、良い作品を所蔵しています。Elyは「イーリーの島」と呼ばれていて、自転車でずっと走ってゆくと、地平線にかすかなふくらみと建物が見え、それが徐々に大きくなって見えてくるのは、実にドラマチックです。

英国では1970〜1980年代に、ずいぶん信徒が減って弱小教会が閉鎖されました。それにともなって、1972年と1984年に英国では法律が改正されて、それまで「HAKA守」「西洋寺男」(チャーチワーデン)のやっていた仕事を地方自治体がかわりにやるようになった。つまり村のダンスのお祭りであるとか、結婚式のパーティーだとかの教会の仕事だった部分を自治体が引き受けて負担を軽減する政策です。多くのそうした場所は教会の手を離れた。インターネットで見てみるとわかりますが、今の英国の「パリッシュ・ホール」のほとんどは映画上映会、ダンスのつどい、演劇などの上演場所、高齢者のお茶のみ場などとして使われています。

何でそんなことを知っているかというと、80年代に、英国の友人とそういう場所で失業している人などの救済のための、180円ランチみたいなものをやっていたので。夜はダンスの愛好家の集会場所になり、エディンバラ・フェスティバルでも、『フリンジ』の連中はみんなそういう場所を使っていた。また、そういう場所では椅子の数の調整が自由にできるほうが有利なので、重ねられるプラスチックやアルミの椅子に入れ替えられた。あの時代、木製の椅子が大量に売りに出された。そういう椅子の処分を手伝ったりして、日本へずいぶんもってきた。そういうこともあって知っているわけです。

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つぐみ

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今年は天気がやや暖かい。また動物たちの生活も微妙に例年とはズレている感じがする。

今日はアオスジアゲハとカラスアゲハを今年初めて見た。ずいぶん早い。このあたりでは例年より10〜15日ぐらい早いか。

一方でつぐみがまだウロウロしていました。つぐみはうちのブログに写真アップは初めてではないかな?

20cmを超える大きい鳥です。梅雨から夏にかけては渡っていって、日本を留守にします。ヒヨもそうだったのですが、ヒヨのほうは最近は一年中いる。

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ねこの砂漠

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ねこも花を愛でると前に写真付きで載せましたが、今回はまったく逆。つい最近までどんぐりの木がたくさん生えていた林がすべて斬られていた。また大量生産の建売らしい。

そこの林ではよくねこを見かけたのですが、刈られたあとの断崖のようなところを、地元のねこが歩いていた。変わり果てた林に茫然自失。

たまに立ち止まると、土がなだれを起こし、それをねこが見つめている。

なんとも象徴的な人間の環境破壊の風景でした。

最後はあのねこのいるところに人間が立つことになる。

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