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農夫のお茶

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英国に行くと、パブで『畑を耕す人のランチ』というのがある。パンとチーズとピクルスなど。言ってみれば、日本のおにぎりに近いものかもしれない。

日本の餅と緑茶の組み合わせも、『農夫や旅人など身体を動かす人のお茶』という感じがする。

不思議なもので、疲れていて甘いものが欲しくなる時と、塩味のものが欲しくなる時がある。

今日の餅は大満足でした。

いよいよ危険水域

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いまや、乗って出かけられる可動車は仙人クラウドが頼みの綱。タイヤがいよいよ危険水域なので、ついに交換。

あまりに放置すると、フリーブロックが抜けなくなるので、フリーを抜いて、温めたマシンオイルを入れる。これでずいぶん寿命が変わる。ついでにハブを少し磨き、リムも磨く。考えてみるとどうでしょうね、もう4年以上、ただの一度も磨いていないのではないかな?なんたるものぐさ(笑)。


それでも昔の1号メッキのスチールリムはこのとおり、ワックスをかけると新品の輝き。雨の中でもジャンジャン乗っているのにもかかわらずです。アルミのリムではどす黒い水が出て、それが乾くと、1日磨いてもなかなかきれいにならないだろう。


真っ赤にサビる隣国製の鉄部品とは格が違う。


この時代の三信のハブは、英国のGBのハブ(ゲイリー・バージェス)のフルコピーだが、革のパッキングが入っていて、中に水は入らない。4年間、注油だけで、グリスアップしていないで毎日乗っていて、雨の日でも乗っていて、中にゴミ、ホコリ、砂の侵入は一切無し。球押しもスはなし、滑走面は曇り一つなく輝いている。


秘訣は、私はじつはモリブデングリスを使っています。あれは『グリスが中で偏らない』。通常の半透明なグリスは、どうしても中で、どこかに集中する傾向がある。

『抜き打ちであけても』(爆)、モリブデングリスは、くまなく、まんべんなく行き渡っている。ただし、作業中手が汚れるし、はみだしていると、グリスが汚れているように見えるので、あまり人気がない。ちょっと前に出したカンパのシャフトの無傷ぶりは感動ものだが、あれもモリブデングリスとの相乗効果かもしれない。


タイヤはもう『もとをとったね』(爆)。やはりミツボシのタイヤは偉大だ。ここまで乗って、回転させて、タイヤの外周部で2mmブレがない。半年でタマゴを呑んだヘビみたいになるポニョレーサーなどとはまったく格が違う。ミツボシはもう自転車のタイヤの生産をやめてしまったので、ためしに三種ランのワールド・ツアーを入れた。

踏み面が硬い。キャラメルタイヤをはいたようだ。外周部での真円ぐあいはだいたい4mmぐらいか。じつはワールドツアーは、ほぼ同じパターンのものが1930年代からあった。あの時代でも評価は高くなかった。あの時代、何と言ってもダンロップ、エイヴォン、ジョンブル、パーマーにくらべると、ずいぶん人気がなかった。あの独特のダイヤ模様をつらねたパターンは、フロントにはくと、『ダイヤの太い所でハンドルを切った時と、ダイヤ2つがつながっているところが接地している時にハンドルを切った時では、切れ具合が変わった。』私はそれが気になって仕方がなかった。

ダンロップやエィヴォンの、矢のように、吸い込まれるように直進し、コーナリングの時には、レールがあるかのようにペンシル・ラインで正確にコーナーを抜けて行く感じは、『亀の甲ダイヤのパターン』では無理。

ミツボシはダンロップの『砂目パターン』のタイヤによく似た感じで、実に好ましかった。

ところで、8分の1のチェンとギアはメチャクチャ頑丈で、仙人クラウドのチェンとフリーは、いまごろになって、やっとあたりがついて、チェン音がしなくなってきた。夜走ってみると、チェン音がほとんどしない。10m道路の反対側を走る現代のロードのチェン音がうるさいくらいだ(爆)。たぶん、ギアのコグとチェンのローラーの接触面積が現代の薄いチェンの何倍もあるから、面圧がかなり低いせいもある。

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私が住んでいた英国の家は、それは不思議な家で、『家が一つの村』と言ってよかった。

ひとつひとつの部屋が家のようなもので、それが村落を作るように、その家は出来上がっていた。それはじつに上手く機能していて、その家が機能しなくなった時、フランシスは老人ホームへ行かざるをえなくなり、最終的に彼女は自らそこで食べることをやめて、ピリオドを打った。

もはや、そこでの人生に彼女は意味を見出せなかったのだろう。

昔、その家にはジャージー・カウがいて、ヤギがいた。それらの面倒を見るのに彼女は連れてこられた。いつしか、牛もヤギもいなくなり、彼女はその家の家族同様にそこへ住み、庭の鶏の世話をして、毎朝キッチンの掃除をして、珈琲を淹れておき、私が前日に作っておいたパンのダウをちぎって、AGAのキッチンストーヴで焼いておく。

家の人たちが起きてくると、AGAの上に珈琲ポットが置いてあり、焼き立てのパンがカゴに盛られて、大きいリフェクトリー・テーブルの上に置かれている。

午前中に洗濯をして、林の中のような庭にそれらを干してから、庭でラズベリーやブルーベリー、リンゴなどを季節に従って収穫し、ジャムを作り、家の主人の孫のダウン症のこどもをつれて買い物へ街へ出る。帰って来てからは、今度は処分されそうになっていたところを彼女がを引き取った犬のブロッサムを散歩へ連れ出す。これが毎日の決められたパターン。


ハウス・コンスティテュ―ションの第一は、『朝6時半より前にキッチンに入ってはいけない。そこはフランシスだけの一人の世界。何人たりとも彼女の邪魔をしてはいけない』。第二はキッチンではフランシスの指導にしたがうこと。第3は『食器は熱湯をかけてから洗うこと。食器洗いの洗剤は天然の環境にやさしいものでないといけない。

そのほかにもルールはいろいろあった。『食べ物は食べ残してはいけない』。野菜の芯や林檎の芯は捨てずに、小さく刻んで鶏にやる。などなど。

もっと、重要なもの。『家の中では英語を公用語とする。キッチンやオークルームでの会話に他の言語での使用は禁止』。これは、家の中に同じ言語を母国語とする人が複数人いて、彼らが自国語で他の家の人に理解できないように話すと、彼等だけで陰謀を張り巡らすことも出来るから、というのが禁止理由のひとつだった。


家の主人はそういうシーンに出くわすと、机をパーンと叩いて『ENGLISH in the kitchen, please !』と言った。


あとは、家の中では宗教の話は禁止。かくして、家にはナチスの手を逃れて英国へ移住してきたユダヤ系ハンガリア人、伊須羅武教徒、ちゅーごくの人、チベットの人、インド人、ロシア人、イタリア人、スペイン人、ドイツ人などが、争いも無く暮らしていた。4分の1世紀、常にその家に住んでいたのはハンガリア人のG.C.と私、フランシス、レィチェル。ほかは夏にだけ来るドイツの貴族、イタリアのアンコ―ナから来る医者の一家。まあ、私はたまにいなくなる渡り鳥みたいなものでしたが。

日曜日には必ずパンドーラ・チェンとケンブリッジ仏教会のバーバラが来た。たまに日本の平安文学にも詳しいカーメン・ブラッカー教授や、時計修理が趣味の統計学者のヘンリー・ダニエルズ教授。一時期サッチャーの論敵だったシャーリー・ウィリアムズもたまに日曜日に来ていた。


その家は『伝統的な規則』によって、そのあり方が規定されていたが、それはなかなかブログの1ページでは書ききれない。さらに表に見える規則以上に深いところで、暗黙のハウス・コンスティテュ―ションがあり、『その家の存在理由である、知的交流、地球環境保全、もろもろのよろしくない生物学的、核の系統の兵器、そういうものを持たないような方向へ世界をもってゆく努力をしている人には援助をおしまない』などがあった。

ある、古い昔話に、どうしてもその姿が忘れられない女性のところへ、男が通い詰めた。窓の下へ行って『私の愛しいひとよ。私です』と語りかけた。そのたびごとに、その女性は『帰ってください』と追い払った。ある時、その男性が同じように窓の下に立ったとき、女性が『誰?』と訊いた。男は『あなたですよ。もうひとりのあなたです。』と答えた。女性は『愛しい人よ、お入りください』と、その男を招き入れた。

『私』が『あなた』を相手にするというのは、じつは2人を隔てている。私はどこまでいっても『私』で、『あなた』に対立するものだ。

そこではいつまでたっても、議論による対立はとどまるところがない。しかし、その家の中では、不思議な同胞意識があって、その家の主人は、私がヨーロッパのどこへ行く時も紹介状と、行くべき家、訪ねるべき人を教えてくれた。『a great friend of mine』。こう言い合える仲間と共同生活をした経験は忘れがたい。

ひるがえって、日本で、夜のアパートを表からながめ、この国の若い人は、孤独な夜に、訪ねて行くべき目指す灯はあるのかな?とぼんやりと思う。

今までの人生、『これ以上、いくらやっても同じ』と思うと、すっぱりやめて方向転換をしてきた。これはあまり、マイナスにならない。もう、その世界で行き着くところまでやったのだから、10年、20年間をおいても、また復帰した時に1〜2年でトップに立てる。

むしろ、別の分野で他のことをやったノウハウを引っ提げて戻ってくる方が、さらに先へ出られると思う。

『人生はジグソーパズル』のようなもので、時がたつほど、欠けているところが埋まってきて、よく見えるようになってくる。

この『ジグゾーパズルが出来てくる感覚』がなく、持ち時間が少なくなってくるだけだと耐え難いだろうな、と思う。

美術品を玩弄して、いいかげん飽きたところから光琳はスタートしている。絵を描いたり、クルマを直したり、自転車の修復をやっていたり、そう言うことの向こうに、自分のものを作り始める人がいる。

私もそのくちだが、『これ以上はいくらやっても同じ』というところまで来たら、方向を変えるべきだと思う。

英国自転車をやっていて、そう思ったことがある。古いイタリアの自転車は結局、カンパとFBとニュッティ、マジストローニしかないので、『ああ、もうこれ以上はいくら買っても同じだな』と思った。悪いけれど、フランスの自転車でも同じようなことを感じた。そこから先は『自分のものをやるしかない』。

鳥山先生と板倉さんのところから治具やら書籍、部品などを引き取った時、『Z』の名前も買わないか?という話があった。それは光栄なことだが、私がフランス式の車両を作ってもな〜、と2の足を踏んだ。じつは英国でへチンズの名前を買わないか?という話すらあった。数十万円でした。Zの名前に関しては、いくらぐらいなのか、見当がつかなかった。ただ、古い人は御存知だが、T社はブルーバードの名前を自動車会社に売ったわけだが、1千万円ぐらいだったと聞いた。

そのとき、板倉さんなども『もういいや』と思っていて、『もうさんざんやったから』と言っていたのを思い出す。

ある意味、晩年に『もうさんざんやったから』と思える人は幸福だろう。私などの場合は、趣味、遊びではない方の分野で、いよいよ眼が冴えてきて、自転車遊びどころではない感じになってきている(笑)。

『英国は故郷だから行ってもいいな』と思う一方、『もう、さんざん行ったから、いまさらねぇ』という思いもある。すでに『消滅、蒸発してしまったもの』も多い。べつにノスタルジーの確認に行く必要はない。その冴えた眼の向かう先はどこかというと、インドなのです。もう一回戻りたい外国の筆頭はインドだ。あそこで、見ておきたかったところ、そこを訪れて考えたかったところはいくつか、行かずじまいでいる。

足りないジグソーパズルの一片があそこにある。意外に思われるかもしれないが、私にとって、『のんびりと遊びに行きたいところ』は、あくまでも『遊び』『余暇』であって、人生のど真ん中ではない。優先順位は下がる。

牛をたくさん飼っている人は、牛の病気とか、健康状態とか、いつも気にしているのではないかな?と推測する。これは高級自動車を何台も持つとか、レアな自転車を数十台持つとか、骨董品や絵画をたくさん持っている人も、その一喜一憂ぶりは同じだろう。たくさん持っていることが自分を自分にしていると思っているのだが、そんなことはない。そういう人でいようとすることが苦しみの元であることすらある。

ある年齢に達したら、そうしたことは、すべて次世代に渡してしまって、『自分にしか見えないジグソーパズルの完成』を考えるほうが、人生の残り時間の活用方法としては、私にはしっくりくる。

ラウンドアップ

つい2週間ほど前、除草剤ラウンドアップの話が出て、『あれを使っていると除草剤に耐性をもつ、さらに強力な雑草が出る問題が海外で出ているよ』と言う話をした。

それというのも、その友人、『自転車ゴミ屋敷』化して、かみさんに逃げられて、独り住まい。庭の手入れでどうしようもなくなって、ラウンドアップを使ったら、『さらに強いのが増えてきて、収拾がつかないのでバーナーで全部雑草を焼いた』と言っていた。焼いたら次に生えて来る奴は小さくなったとの話。

ラウンドアップは今年に入ってから、テレビでCMを見かけるようになった。あちこちのホームセンターでもならべている。だいたい小さく、家庭菜園などで使用してはいけないことが注意書きとして並べて書かれているが、それってよろしくないものが入っていることと理解してよいのか?モンサントはヴェトナム戦争の時の『オレンジ作戦』のジャングルの草を枯らせる薬を作っていたところ。ベトちゃんとドクちゃんが日本へ分離手術で来日しましたが、彼らの母国での話。ベトちゃんドクちゃんをご存じない方は、この機会に、ぜひWikiで調べてみてください。


先日、アメリカのカリフォルニア州の裁判で70代の夫婦が30年間ラウンドアップを使用して、ガンになったとして、20億5500ドルの損害賠償が認められた。2200億円の巨額の賠償額だ。

アメリカでは3件連続で訴えが認められた。近年,ドイツのバイエル社がモンサント社を買収して、私は『全世界で嫌われていて、デモまで起こっている会社を買収して、物好きだな』と思ったが、まだ、万の桁で訴えを起こしている人たちがいるというから、バイエルもそれらの人に2200億円づつ払っていたら、いかにドイツの優良企業でも経営がたいへんなのではないか?

しかし、すべての植物は植物それ自体で生きているわけではない。土壌中のバクテリアなどと共生しているわけで、だからこそ、日本では古来休耕地にすみれやシロツメクサなどを植えて、土壌中の窒素を増やすとともに、善玉バクテリアを増やす工夫をしてきた。

それほどの強烈な除草剤をまくということは、土壌の死を意味するのではないか?また、それが日本全国津々浦々の小川や地下水に入ったら、魚や海の海藻などは汚染されないのか?

そういう安全をきちんと検証してから大量に輸入して安売りするべきではないのか?と思いますがね。

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