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昔とったきねづか?1

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このところ、どういうわけか、ヨーガの話がまわりで出ます。たぶん、類は友を呼ぶというのか、っそうしたことに関心を持つひとが、クルマでなく自転車やハイキングに関心を持ち、食事でも『美食系より健康食系』になって、ヨーガなどにも関心を持つのだろうと思う。

私はこどものころは病弱だった。半年以上〜1年弱国立大に病院に入っていたことがあった。私の健康のために田園生活をさせようと、明治神宮の裏のほうから引っ越した。いまでは、そのあたりは田園どころではなく、クルマの多いエリアになってしまったが。

その幼児体験から、『病気は嫌だな』というのと『入院は嫌だな』というのが、骨身に染みている。

小学校時代の田園野生生活と、自転車生活のおかげで、ずいぶん健康になることができた。つくしなど、食べられる野草はたくさんあったので、それをよくつんでいた。銀杏や栗もよくひろってきて食べていた。


その意味、『私が食べたいと思うものと、美食や珍味というのは一致しない』。昔、鹿教湯温泉で温泉水を飲む場所があって、毎日飲んでいたが、1週間ぐらいで、驚くほど調子が良くなった。しかし、飲んでいる時はうまくない。たぶん、野生の鹿もそれを知って飲みに来ていたのが温泉地の始まりだろうから、自然の智慧はたいしたものだと思う。現代人の生活、食生活は、そうした本来の智慧を発動することがなく、おおきく外れてきているのが問題だと思う。

料理の本の写真というのは、多くの場合、写っているものは食べられない。写真写りをよくするために、色を足したり、テリを付ける薬剤を塗ったり、撮影後は捨てるものがけっこうある。写真は美味そうなのだ。逆に言うと、ものすごく美味い物でも、写真では映えなかったりする。

ここ20年ぐらいで、食事が難しくなった気がする。私が好ましいと思う自然なものがどんどん減って、『金を儲けるため』のものと『いじりまくったもの』がずいぶん増えた。

先日、電車のメィンテナンスが仕事の技術者の人が、あまりに忙しく、一時期、ほぼ、毎日ひとつカップ麺を食べていたら、あるとき、手のひらから腕から、ものすごい蕁麻疹がでるようになって、そうしたインスタント食品が食べられない身体になってしまった、と言っている人がいた。そういう人は、忙しい出版関係の編集者などにけっこういる。まあ、発泡スチロールに熱湯をかけて、それを飲んでいるわけですから、発泡スチロールから何も出ていないと考えるほうが『非科学的』だろう。たとえ、それが紙のカップであっても、通常のノリで出来ているわけはなく、耐熱の何かで付けられているわけで、程度の差こそあれ、磁器で食べているのとはわけがちがう。


私は人間と植物をよく較べるのだが、植物は、育っている土壌によって、見た目も変るし、作物の味も変る。人間も『環境を取り込んでいる』と思うのだ。私の場合『これは身体に悪そうだ』というものは、身体の方がアラートを出す感じ。

駅ビルのなかのインドカレー屋などでも、中には合成化学調味料を足しているところがある。『足しているだろう?』と指摘すると、あっさり認める。そういうところは味ですぐわかる。たぶん、そのレヴェルだと肉はハラルミートではないし、野菜も一番安いのを使っている。『そういう材料自体がすでにアウト』。野菜などのコクがないから、そうしたものを足しているわけですから、滋味はない。


これはケーキのクリームから、お菓子、煮物まで、すべてそうした傾向が強まっていると思う。ためしに、カップ麺の表示を見てみると面白い。『天麩羅蕎麦』ですらも原材料に『豚肉』と書いてある。世の中の蕎麦屋で天麩羅蕎麦のつゆに豚肉を使っているところがどれくらいあるというのか?

こうした食べ方はヨーガ的ではない。インドのコアな人たちは、再加熱したしたものですらあまり食べない。加工があまりに手が込んで、元のものがなくなっている料理を私は好まない。昔から私がフレンチよりイタリアンを好む理由はそこにある。

ヨーガは高校生の時にずいぶんのめりこんで、きっかけはクストーの海底世界というドキュメンタリーに、後年素潜りで有名になったジャック・マイヨールがでていて、彼がヨーガの呼吸法で素潜りをしているのをみてスゴイと思ったのがきっかけ。スキーのジャン・クロード・キリーもヨーガをとりいれていた。

インドにいたとき、私がいた村では一日に2時間ぐらいしか電気が使えなかった。その関係で『本場でヨーガ』(笑)のモードでした。向こうの人との会話がずいぶんためになった。

日本の流行は、なんでも『アメリカ経由』が多い。ヨーガもベリーダンスも、果ては坐禅すらもアメリカ経由のものが最近は見受けられる。

いつしか、ヨーガも体操になっている。これが私には奇妙な感じ。サウナのようなところでヨーガをやったり。違和感がある。本来は『吐き出す時に、悪い邪気をすべて吐き出す』のがならわしで、インドで、私はヨーガをやる前には『窓をすべてあけて空気を入れ替えてから行え』と言われた。

英国で、チュート―の某王家の人のお抱えの指圧師のひとに紹介されたが、その方、『指圧や整体などの人は長年、他の人の悪い気を受けているので、SHIぬときはものすごく苦しむ』という話を聞いた。同じことは祈祷などをしている僧侶もそうで、密教系の宗派では、そういう方が重篤になると、それをやわらげるために、他の僧侶が応援に駆け付けるというのを聞いた。

それが、サウナやらホットな締め切った場所で、他の人と一緒にヨーガをやって体調でるのか?むしろ邪気を吸い込むのではないか?と私などは思う。

よく聞く『ヨギーニ』という言葉も、もとは尸林(変換漢字がないので。しりんという語で、インドのSHITAI捨て場)で、火ーSO-した灰を身体に塗って、ダーキニーを信奉していた人たちのこと。私などはひきます。彼らはHAーKAー場ジャッカルと一緒に焼け残りを食べると言われていた。だから日本の仏教のほうでも、連中は『人の肝を食べる』ので、誰かがNAKUなる半年前にそれがわかるという。大黒天が彼らを改心させたということになっていて、『それではSHI−Nだあとに肝を食べます』ということになった。だから気ツ根のところの大本山には『暴走させない』ために大黒天がお祀りされている。そのジャッカルは日本にいなかったので、古墳で掘り出して食べている『気ツ根』がきっとそれだろう、と日本ではジャッカルの替わりに気ツ根ということになった。インドでは彼らに出会っても『目を見てはいけない』と言われている。瞬間催眠をかけられて、使いっパシリにされる。ヨギーニという響きがカッコ良いと思っている人はものを知らない。その絵はおどろおどろしく、血まみれで人を喰らい、手にはズガイ骨で作った椀を持っている。

強烈なパワーがあるので、これに勝てる尊格は大黒天ともうひとかたしかいないと言われている。

これは坐禅でもそうで、長年、インドでは仏教とヒンドゥ教が数百年間影響を与えあい、論争し、競合していたときがあった。ヨーガの重要な初期の大成者の一人は、仏教徒でもあったのがわかっている。現在のアメリカの『瞑想』は、ヴェトナムあたりのものをベースにしている。しかし、一方で、インドのヒンドゥ教とのかかわりあいの中で、それを眺めると、それはメインストリームというよりは、ひとつの支流であるとわかる。またチベットのほうのものはヒンドゥ教をずいぶん吸収し、タントラ化して、また師匠崇拝が極端に進んでいる。

こうした話はほとんど、語られない。アメリカ人向けに円相を描いて、真ん中にLOVEとか書いたりするのをみると、なんだか『ジョージ・ハリスンの仏教』みたいな気がする(笑)。


この話、もうちょっと、続けますかね。

誰しも歳をとる

週末に、ちょっと都心の職人さんのところへ行ってきました。今年に入ってから肺炎で1か月弱入院していた。ある程度の高齢になると肺炎は怖い。

多くの人たちは、肺炎は風邪の親類のように考えている人もいるかもしれませんが、そうではない。高齢者の場合、雑菌が肺に入ったり、誤嚥など、さまざまな原因で起きる。入れ歯のひとは肺炎になりやすかったりします。あと歯周病の人も肺炎になりやすい。

私も老母の肺炎予防にはずいぶん気を使っている。自分の自前の歯が少なくなってくると、歯ブラシで磨いても雑菌が減らしづらくなる。なので、うちでは殺菌効果の高い緑茶で、プラスチックの棒の先に小さいスポンジがついた、口内クリーナーを使っている。病院を出る時、最後の頃にすこし、のどがセロセロしていて怪しい状態だったが、こまめに喉を払わせ、緑茶と小さいスポンジでみごとに症状が消えた。以来、肺炎の兆候はない。

私の会社員時代の社長は、最近肺炎でNAKUなったが、大学時代はスポーツマンで身長は180cmほど、ぜい肉一つなく、食事にも運動にも気を使い、歯もしっかりあったが、あっさりと肺炎でやられてしまった。人の一生はわからない。

下町の風情があるその職人さんのところへ、打ち合わせと顔を見がてらでかけた。行くと、仕事は区切りをつけ、2階で休んでいた。かつては職人がたくさん働いていた工場で、2階は職人さんのスペースだったのだが、いまは彼ひとり。作業も彼が独りでこなしている。

『緑茶作戦はどうだった?』
『いまのところ、いいみたいだが、とにかく歳がね、身体全体が弱っちゃってるから、たいへんだよ。』

世の中、ネットで物が届き、短い時には翌日とかに届く。そういう世界では、物がどうやって作られるかなどは、ほとんどの人が考えても見ない。

旋盤の人は機械油が焦げる煙と金属粉で肺や気管支をやられ、フレームビルダーは金属粉で肺をやられ、溶接の時のさまざまな金属の蒸発物質を吸って血管や心臓をやられ、塗師は有機溶剤で呼吸器と内臓をやられる。

18世紀のルブランとかラ・トゥールのように『油絵のような臭いものは、紳士淑女の前で扱うのにふさわしくない』などといって、パステル画をもっぱら描いているような人たちもいたが、職人世界でそれはありえない。

1960年代のヨーロッパのクルマの黄色とか茄子紺とかは、現在の塗料では同じ色が出ない。あの時代混ぜられていたクローム、カドミウム、鉛などが今は使えないので、黄色は『ユンボ色』に、オレンジは『ミルク紅ショウガ色』になる。その頃からやっていた職人さんたちは、健康上のツケが一気にきているといってよい。

たまたま話の中で『金属球の落下テスト』の話がでた。昔は1mのところから金属球を落として、塗装の剥げ具合で、合格不合格が決められた。

昔ながらのやりかたでやっていると、うちなども、5重塗装ぐらいになるので、塗装のもちが違う。剥げたら、そこをピンポイントでタッチアップしておけば、剥げた部分から錆が広がるようなことはない。

昭和レトロな一画で、そうした昔話。

やがては、そういう『チーム』も解散することになる。人の寿命とチームの寿命。これは、なかなか引き継げない。親子でも違う。私は一応、その職人さんに旋盤の人を顔合わせさせている。そうした感覚を持つことはものづくりに重要だと思う。

日本の製品のよさはそうしたところから生まれていたはずで、そこが日々壊されている以上、遠からぬうちに、『試作品すらも海外に発注』して、日本で製品化する前に、ほぼ同じものが隣国から出てくるようになるだろう。

なんでも、いまや番傘や蛇の目の和傘をつくる職人さんが激減して、中の上下にスライドする部分『カナメ』を轆轤で作れる人が全国に1人だけ、骨を作る人は3人しか残っておらず、しかもみんな80代だという話を聞いた。

これは、自転車や機械加工の世界でもひとごとではないとしみじみ思った。

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輪行28号用の輪行バッグが、『もっと小さくてもいける』と思って、一番小さいタイプを買ってみました。こんな感じですが、もっと小さくてもいいかな?という印象。

さらに、ちょっと時間が出来たら、すきまで試作したいと思っている別ヴァージョンもある。そちらはもっと小さいので、これの7割ぐらいでいいんじゃないかな?と思う。

ちょっと試してみた後、この袋でフレームを塗師に持って行った。この輪行袋入れやすく、担ぎやすい。

いさぎよくシングルで、ハンドルがすぐとれるというのは、じつに輪行で有効です。1分ちょっとで袋に入り、このサイズというのは、大きな美点だろう。

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もう、置いてある自転車が視界に入るのも鬱陶しいので、もうずんずんやって、早いところ、すっきりとさせて、自分の考えていることをやりたい。

今日も今日とて、早朝より、音を出さないようにこそこそと。

頼まれてから長年眺めていたオッパーマン・モデルになんとかめどをつけた。1930年代の車両なのですが、オッパーマンは、当時のオーストラリアのチャンピオンで、また、英国のエンド・トゥ・エンド・ランの記録保持者、また1500km連続走行記録の世界記録保持者、またヨーロッパ大陸でのブルべの記録保持者でもありました。これは、彼本人の車両なのです。エンドの形状なども実に変わっていて、変速器はじかづけで、エンドのスロットは後ろを向いている。そうかといってトラックレーサーの正爪でもない。

そのレストアを頼まれていたのですが、たいへんな難物。ちょっと、どう解決するか道筋が見えなかった。

10日ぐらいまえに、『ああ、こうすれば出来るな』とひらめいて、それでやることにした。BBはマルビンスターの特注のBSAの部品、オイルドレインのネジなどは、長年かけて探しておいた。

シャフトはダメだろうな、と思っていたら、生きていました(笑)。ああ、取り寄せた中空シャフトは自分用に出来る、とニヤリとした。このBB、じつは『オイル・バス』式になっていて、グリスを使わないようになっている。記録のためにグリスの粘りを嫌い、オイルを使った。それが当時のやりかたでした。テカレミットという注入器でオイルを入れ、しばらく乗ったら、BB下のドレィン・ボルトを開けて、BB内のオイルを抜く。そうすると、雨の中を走行したあと、グリスを交換し、微細な調整を毎回あけてする必要がなくなる。

この車両が日本へ来る前は、CTCの爺様が大事にしていた。まあ、BBを開けてみたら、紅茶カップ1杯ぐらいグリスが入っていたのでビックリした。チェンステーやダウンチューブの中にまでグリスがビッチリ詰まっていました。

自分が高齢で乗れなくなるのを見越して、結露の水分がBBに落ちないように、フレームチューブ内の錆がBBへ落ちて、それがまた回転部分の錆を呼ぶのを防ぐため、グリスでふさいだのかもしれない。

オッパーマンその人の車両、、というのはなかなかイメージできないと思いますが、これはいわば、ローゼマイヤーの乗ったレコードブレーカーや、カラチオラ本人が使用したレーサーに自動車世界では相当するだろうと思う。これも、ようやく7月中に出て行く。


写真のグリスは『入っていたグリスの20分の1ぐらいです。

ハードボイルドな、、

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あるとき、女性の友人と喫茶店に入ったら、そこのウェイトレスが『◎×〜〜〜』と声を上げた。そうしたら、その友人も『□△〜〜、久しぶりぃ〜〜』。


二人は友人でした。芸術関係の夢を実現するのに、昼間はアルバイトをして、夜はその芸術関係の時間にあてる。完全自立。二人とも、その後、成功した人生を送っているようす。そうした女性はけっこううまくゆく確率が高いようにみえる。着実に日々の糧が得られるように資格もとっていた。


一方で、いまから40年弱前、奥さんがかなり高名なピアニストの人がいた。『名前が出るまで、主人の面倒は私がみる』と言っていましたが、名前は一時期出たものの、ついに喰えるようにはならなかった。現在は、ほぼ無名にちかい。もう70歳ぐらいだから、一打逆転はもうないでしょう。

同じようなケースは、建築家でもありました。奥さんが稼ぎ頭、旦那はやしなってもらう。

こういうケースは日本ではよくみかけるのだが、英国などではほとんど聞いたことが無い。たぶん、これは文化的な差なのだろう。英国ならば、何とかして「石にかじりついてでも」食べて行く道を自分でつかむ。

おそらくは、日本女性は母性が強いのかもしれない。英語だと稼ぎのない宿六のことを『リーチ』(血を吸うひる)と呼ぶくらいだ。

英国にも、自分の世界に没入して、見込みもなさそうなことをやっているのがいるが、だいたいそういう人は親から引き継いだ莫大な遺産があったり、自分一人で自立完結している。フランスのセザンヌもコローも親の資産で絵が売れなくても平気だった。資産がないひとはティツイアーノのように『私も高齢で先がないので、、』と前払いを頼んだり、『ロートレックのようにシャンソン歌手の版画の仕事をやったり、自転車のチェーン会社のポスターを作ったりしている』。


英国で、クルマをやっているとか、バイクをやっているとか、自転車をやっているとかのマニアも、配偶者の意見はまったく関係ない。夫婦2人で相談して何を買うとか買わないとか、そういうことを話し合うことはない。それは、あくまでも旦那の一人世界で、彼が勝手にやっていること。

配偶者の許可を得て趣味のものを買うというのは、ヨーロッパ的に考えれば、配偶者が『保護者』『母親』になっている。私はヨーロッパの女性に『日本の男性はそういうところがある』と言われてずいぶん悔しい思いをした。『ジェネラライズ(一般化)するな。そうじゃない男も多い。』と言っていた。

うちにも、奥さんから『もっと安くならないんですか?』と電話がかかってきたことがある。『趣味の世界で、旦那のメンツにこういうことはかかわる』と考えないのか?私は『〜〜君の母親ですか?』と反射的に言った。自転車も機械工作のこともわからない人が、安いも高いもないだろう。英語ではpaid hobbyという言葉がある。金のまったくかからない趣味というのは、ちょっと考えられない。着の身着のままでの散歩ぐらいだろう。それは『1時間5キロの見聞に縛られる』。それですら、しゃれた店に入れば数百円かかる。自転車なら1時間20キロのエリアにその見聞が広まる。その先に、『うまいものを食べているのと、袋から出した生存をつなぐもののギリギリのラインのものを食べるのとの差が横たわっている』。

そうでなかったら、ハリーズ・ギャラージのハリー・メトカーフとか、トップ・ギアのジェレミー・クラークソンのように『老後のたくわえを使い切ってもクルマ』とかというマニアは現れ得ない(笑)。

私はこの『夫婦合議制』の金の使い方が、日本の最近の工業生産物を生ぬるくしていると思う。

ワンボックスカーはまさに買い物、こどもの送り迎え、何かあった時にママ友とそのこどものお友達を一緒に乗せられるようなサイズに。クルマの外観は親しみやすくかわいく。運転はやさしく簡単に。

これはスクーターは『エンジンがかからなくなったり、保守にお金や税金が発生する』ことから、そこから大量に消費者が電動アシスト自転車に移行する。自転車のように坂道で苦労せず、登れるように電動アシスト。保育園、幼稚園の送り迎えに、スークーターで2人は乗せられないが、かといって、クルマを出すのは金がかかる。そこで電動アシストに、前後2人を乗せる。

壊れたら、修理丸投げか、新型へ買い替え。ここ数年で、男性が航続距離の短い電動アシストに乗っているのをずいぶん見かけるようになった。車輪系の小さいものに乗った人も多い。私には『男性のオバサン化』にみえてしかたがない。

これは、クルマも電動アシスト自転車も、どちらも『耐久消費家電化』していると私は見る。冷静に観察すると、スマホもその意味では、『便利中心の主婦型家電』になってきていると思う。

『なんでもスマホで検索する、スマホに訊く』という生活は、『野性的直観の真逆』。『一番間違いのない、多数派のもっとも無難な意見に常に耳を傾けている』『お得な情報は逃しません』という意味において、『平均的な主婦の判断』と似ている。

ひとたび、家へ帰れば、そうした自分の趣味にのめり込むほどの、自由な金も使えない人が、『日常生活の倦怠と退屈』をはるか後方へ置き去るような、異次元の面白いものが企画出来るはずがない。

『現実のお得に結び付けられている楽しみは、しょせん、現実的な日常でしかなく、エスケープティズムを愉しめるものではない。』

今日も『家は親父の家に住まわせてもらってます。生活は家内に喰わせてもらっています』とか言う人がいて、『そんなことは、たとえそうであっても、第三者にいうな。』とたいそう白けた。

私が威蘭へ行った時はちょうど威蘭・伊羅苦戦争の直後で、いつ再勃発してもおかしくなく、私はI-SYOを書いて出かけた。


7人の侍で、『どうしても、こっちも火縄銃が欲しいな』と誰かが言うや否や『よしっ!俺がとってきてやる』と立ち上がって走って行く。そして、みごと野盗の野武士から火縄銃を奪ってくるシーンがあった。Youtubeのコメントをみると、ヨーロッパから北米、タイ、ヴェトナムなど東南アジアの人たちまで、みんなその侍精神にしびれている。


『武士は食わねど』であっても、そういうものは薄めたくない。

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