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嵐の前の静けさ?

いまからひと月ほど前に、或る有名な自転車関係の老舗が廃業するという話を聞きました。

『ほんとうかな?』と半信半疑で、あちこちに訊いたが、みんな、『7月いっぱいで廃業らしいです』という答え。インターネット上のHPには何も書いていない。

しかし、その会社、60年以上やっている。凝った自転車、とくにツーリング系のものでは、かなり名を知られている。1960年代末には『Hさん』が溶接部分を焼きまくり、赤めまくりで、ずいぶんヒビが入ったりもしたが、その後、一時期仁さんもやっていたはず。

じつは私は60年代にヒビが入っているそのブランドのフレームを見て、嫌だなと思って仁さんのところへいった記憶がある。その後は作り手が変わって、かなり乗り良くなった。

私にとってはけっこう懐かしい響きのあるブランドだ。なくなるとけっこう困るところなのではないか?

そこは問屋としてサンツァーを応援していた関係で、サンツアー消滅のあとは、いじめのかぎりをつくされていたと聞いたことがある。消滅するなら残念なことだ。チョイスが減るわけですからね。

そこのフレームを作っている職人さんもたぶん、私と同じ年代なのではないかな?HRさんも車椅子に乗ってフレームを作っているというし、関西のビルダーのIRさんももはやYOを去っている。

趣味の自転車、とくに『非競技系の旅行道具』のものは、あと5年ぐらいで一気になくなるのではないかな?


それは、消費者の要望だから、仕方のない変化でしょう。私はチャールズ皇太子がやっておられるオーガニックのビスケットを好んで買っていた。高かったのですが、それでも『星跋扈』人魚屋のコーヒー2杯分で一箱だと思うとなんということはなかった。

それがまったくうちの近所では買えなくなった。では替わりに『カントリー・モグモグ』のしけった感じのヤツとか『オレオレオー』の乳化剤サンドとかでは、私には替わりにならない。だから、何もそうしたものは買わないという状況になっている。

これと同じことはあらゆる分野で言えるかもしれない。私はサイフォンでいれた珈琲かドリップが好きなのだが、北米系の『じりっとくる苦さ』のコーヒーを飲みたいと思わない。濃いものが飲みたい時は、イタリアの甘い苦さのドッピオを飲みに行く。

それ以外にチョイスがなくなれば、スパッとあるところでやめる。煙草もそうだった。

自転車は???これはまだまだ『抜け道』があるので、存命中はやめないつもりだ。

1号車もいよいよ重篤

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『やれば、数十万円の赤字持ち出し。すでにかけた時間は何十時間か?100時間越えか?』、そういう仕事もある。

このところ、そうした先延ばしにしてきたものをあいついでやったわけですが、28号の1号車は現在、フロントフォークが外されています。

いまのうちのグリーンが『気に入らない』という。1号車の、緑の強い色にしてくれ、というのですが、1号車は関西で塗っている。しかも、塗った当の本人はみまかっています。しかも、1号車は緑の塗料の中にアルミの粉を入れていて、現在のうちの塗装とはやり方が違う。

当然、使用している塗料のメーカーも違います。

どういうことかというと、その方のために塗料を新たに買う。『プラカラーのサイズで』などというのは存在しない(笑)。塗装のガンものノズルも、別メーカーのものを使ったら、違うメーカーのインクを混ぜた万年筆のようになるので、これもじつはたいへんなこと。

『正直、こういう仕事はくだらないな〜』と思いますね。28号のフロントフォークを色見本として、分解して汚れ落としする。これだけで2時間以上かかり、それをまた塗料屋へ送ったり、塗師に送ったりで、なんやかやで、輸送料金で1万円ほどはかかる。


それで、トータルで、ヘッド小物、シートピラーを旋盤で加工して、特別サイズにして、ハンドル・ステムを付け、ブレーキをこちらで付け、ブレーキレバーを付け、ホイールの組み合わせをして、ペダルを付け、前後のキャリアを特製して、色のわがままをいって、チェンはこちらで付け、フリーはもう歯飛びするので交換、、すべてで14万円(笑)。

ありえないでしょう。NITTOさんのキャリアを前後買えば、それだけで7〜8万行く。外で、特別な色に塗ったら、ショップにもよるでしょうが、3万円〜3万五千円はいわれるのではないか?


ピラーを特別な寸法に旋盤でさらい、フロントキャリア用のハブ軸留めの旋盤部品、及び、重量増を緩和するためのアルミ合金製ヘッドスペーサーを旋盤でひけば、これで1万円はゆく。つまり、ブレーキ、フリーホイールは各1万円はしますから、つまり、『組み直し代金、ならびにフレームは無料奉仕』(笑)。わけですからね。どんどんなし崩し。

その方、貧乏なふりをしているが、じつはかなり大きい木造の一軒家にお住まいです。何というのか、顔を思い浮かべるだけで、なんだか不愉快になってくる。しかも、他の仕事はどんどん遅れるわけですからね。


うちの1号車は、フロントフォークも分解され、いよいよ乗れる気配ではなくなってきた。これぞほんとうの『菩薩道』かもしれない(笑)。1号車に思わず手を合わせます(爆)。

なにげに、やっていますが、じつは、仁さんは、うちの長さのオフセットの治具を持っていなかった。なので、1号車のフロントフォークは『2段曲げ』になっている。これ以外にやり方がありませんでしたから。

それが今では一発で曲がっている。こうした進歩はいままでブログ上で書いたことがありませんでしたが、私が力を注ぎたいのはそうした部分です。

さまざまな覚悟4

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このところ、『老後の資産はどのくらいあれば?』という話題が世の中で取り上げられていますが、これはなかなか簡単にはゆかない。試算は、どれも、あくまでも本人が健康であればという前提です。

知り合いで、母親がガンになって、なみなみならぬ治療費をかけたひとがいる。その家は、知り合いの父親がKABUの関係のたいへんな大金持ちだったから、そこまでかけられたわけだが、結局、助からず、しかも、ただごとでない、数千万円単位の医療費がかかった。『2千万円足りない』どころではない。

別の友人の場合、やはり父親がガンになって、治療費のために自宅と店を売って、何も残らなかった。彼自身もたいへんで、自転車からカメラからどんどん売っていた。

それは本人がそうした病にならなくても、家族がなった場合でもやはりたいへんなことになる。

10日ほど前、関西の自転車関係の友人と話していて、趣味の自転車関係のひとの間では、よく知られていたTさんが、じつは母親の介護疲れによるJI-SATSUだったという話を聞いた。いや、たいへんでしょう。介護で時間はとられる、金はかかる、仕事に差し支えがでて入金は遅れる。最悪は医療費・介護費、施設に入れるなど、その他で金が出ていくところに加えて、仕事上で赤字が出たりするわけですから。

うちなども、我ながらよく耐えていると思う。しかし、私の場合、最悪の状況はまぬがれたといえるだろう。

何よりも、うちへ連れて帰って来たことで、『見放したという良心の呵責はない』。中には『いつ家へ帰れるのか?』と毎回聞かれつつ、施設に入れっぱなしで、いざ、もう会えなくなった時に、強烈な後悔にさいなまれる人を数多く見た。

さて、あとは、ただ足の下から坂がなくなるのを待つように、遅くとも、出来るペースで仕事を片付け、自分のペースを取り戻すしかない。そして、自分の管理だが、今日は、いつも、自分で料理する気力がない時にゆく食堂で、私が『肉抜き』と言ったので、大いに怪しまれたようす(笑)。

以前、その方の祖母が『肉を食べるのをやめたら弱っちゃって、、、』と言われたことがあるので、私が完全にベィガン(検索避雷針かけています、笑)になったのかと思われたようだった(笑)。


私はただ『肉の食べ方を変えた』だけ。普段はあまり、このごろは肉が欲しいと思わない。そのかわり、きわめていい卵は毎日のように食べる。チーズもよく食べる。週末にはマトンのカレーをよく食べる。魚も食べる。これできわめて体調がよい。

その話が、今日食堂で出たのだが、その週末の『マトン』はホルモン剤、抗生物質を使っていないのがはっきりしている。ビーフはけっこう成長促進剤を与えられている輸入ものがある。ただでさえ、一日に3kg以上も体重が増えると言われている仔牛には強烈な成長ホルモンがある。それを支えるのが牛乳なわけだから、そこにさらに促成栽培みたいな飼料を与えられたビーフや牛乳の摂りすぎは体内のホルモンバランスによくないのではないか?と私は考えている。日本女性に、昔は多くなかった乳がんが増えているのは、こうした食生活の変化が影響しているという説もある。そうした食品が、これからは輸入圧力が高まって怒涛のように流れ込んでくるだろう。

私など、職人仕事の者は、自分が動けなくなったり、ボケたら困るので、遅ればせながら、食生活の改革をはかっている。リスクは出来る限り減らす。

自転車は事故が起こりやすくなるほど飛ばさず、食事も身体の調子が出る食事がありがたいと思う。インド料理でも、もはや辛口は注文しなくなった。だいたい、インドで唐辛子が使われるようになったのは、ほんの200年ちょっとのことだ。


まわりを見渡して、健康で、頭もシャッキリしていて、何か技能がある人は80歳を超えても自分のことぐらいは稼げる。

不幸にして、『セイフティーネットのない社会』の中にいるのであれば、身体の不具合のリスクを、自分で出来る限り減らしてゆくほかはない。


そして、カレーライスを自分で作る場合は、『ボケ防止』にココナツパウダーとアーモンドパウダーをたっぷり入れる。そして、出来る限り、頭の老化防止になるような本を一日1時間は精読する。そして、手先の器用な動きがボケ予防になるというので、臨書をやったりする。

同じようなことは友人にも考えているのがいて、『歳をとったら、お寺や神社で御朱印を書くアルバイトで座って老後を過ごしたい』と言って書道をやりはじめたひとがいる。


覚悟とともに、そうした『明確なイメージを持つ』ことは重要だと思う。


そして、一日のうちに、まだ明けやらぬうち、鳥の声を聴きながらお茶をのむことに、深い満足と落ち着きを感じる。そうしたこころのもちようが、結果として健康で長生きできるように思う。

さまざまな覚悟3

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いつもゆく食堂で、そこの調理をしている人といつも雑談している。その女性、たいへん聡明な人で、話が面白い。

このあいだ、『ぽっくりSHIねるんなら自転車をやります』と言ったので笑ってしまった。『長生きできるのなら、、』とか、そう言うことを言う人はたくさんいるが、ぽっくりというのは珍しい(笑)。

話のきっかけは『R&Fさんは市の送って来る定期健康診断に行ってますか?』という話。『まあ、むこうは悪いところを探すのが仕事だから、ほうっておいてもたいして寿命に関係ないところまで、手術でとりましょうとか薬を飲めとか、言われるのがおちなんじゃないかと、行かないね。むしろ、言われた方が精神的なダメージは大きい。健康に悪いよ。オレは行かないな。』と答えた。

昔、映画で『シェフ殿ご用心』というのがあって、超肥満なグルメ本の編集長が(グラン・マンジェの間違いではないのか?笑)、『自分の身体はカンヴァスであり、そこへ一流のシェフが絵を描いたマスターピースである』と公言していた。しかし、医師に『このままではいつ倒れても不思議ではない。もう美食はやめるように』と言われる。そこからつぎつぎと、一流のシェフが何者かにSATUGAIされるのだが、その犯人は?という映画だった。

私の年齢になって、『御同輩』をみると、たしかに『肉体はカルマの塊』という風に見える(笑)。毎日酒を飲んでいたのは、そういうような人がなる病気になり、毎日カツ丼、天丼、など揚げ物天国をやっていた人はそういう病になり、肉中心のひとは、やはりそういう病気になり、JTの煙草を吸っていた人と葉巻やパイプを吸っていた人との間にも明確な健康上の差がでている。

ある意味『カンヴァス』、ある意味『カルマ』(笑)。

一方で、私ぐらいの年齢になって、そうした問題が発覚したら、ほとんどの場合『蓄積年数が長いので、その差を取り返すことが難しい』。また『習慣と傾向が、あまりに長い間の繰り返しになっているので、それを変えることが難しい』。まわりの若い人にいうのは、『30代、40代にどれくらい軌道修正をするか』に50代、60代の様子はかかっている。

植物を育てている人はよくわかるが、『一日の過ちが大きく植物を損なう場合がある』。水やりを2日怠れば、場合によっては枯れる。猛暑の中、強い日差しの中に丸一日出していたら、植物の場合葉が焼けて枯れる場合もある。

この歳になると、『人間も実は同じ』という感じが強くする。この『強い葉を焼くほどの日差し』は人間の場合『強いストレス』であったりする。007の作者のフレミングはジャマイカのリゾート開発に関する裁判にまきこまれたこと、さらにサンダーボール作戦のプロットを出した人が、『自分もボンド映画の製作チームに入りたい』ということで、これも裁判になり、この『裁判ストレス』でフレミングは心臓発作で倒れたと彼のまわりの多くの人が語っている。実際、サンダーボールはネヴァー・セイ・ネヴァー・アゲインという別ヴァージョンを後につくりだしている。

私の老母の様子をみていると、やはり、1日何かの具合で調子を崩すと、とりかえすのに2週間とかかかる場合がある。『毎日同じ』と言うことは、ある意味ものすごく重要だと思う。

ところが、これは『葉が日に焼ける』ばかりではなく、精神生活でもまったく同じことが言える。

『ひとつのことの後悔』が長年、そのひとの活動力を損なう場合がある。中には、本人がその原因に気が付かないで苦しんでいる場合も多い。宮本武蔵は『我、ことを後悔せず』とか言っていた。私のまわりで『海外で生活を決めた人』のなかには、深刻な『故郷喪失感』にさいなまれる人がいるのを見て来た。その心理的なダメージがあまりに強いのを知っているので、私などはかなり慎重になって、日本へとどまったわけだが、もし、向うへ行っていたら、いまごろは名門私立校で教えながら、古い自転車、バイク、クルマを乗り回し、英国の華麗な日々、みたいな本でも出して、リンボーな生活でもして、ビンボー生活などとは無縁であっただろう(爆)。一方で、『向うにいても、やはり故郷はどんどん消えている』。日本の故郷も、向うの故郷も。その意味でeverywhere is nowhereなのだ。


友人のアンティック屋が、そろそろ80に近づいているのだが、このあいだ電話で『いよいよいけなくなったら、這ってでもケントへ行って、そこで果てるか、あるいはドーヴァーの壁から身を投げる』と言っていた。

オーウェン・ニコル氏が、武芸をやっているひとはだいたい立派なSHIにかたをする、と言っていたが、これは肉体的、精神的の両方のことだろう。

身体は1年間の不摂生でだいなしになるし、また精神のほうも『水やりを怠ると枯れ果てる』。

いまから30数年前、あるアメリカのでんどーしの人が、彼の祖母がNAKUなるとき、『おばあちゃん、もうすぐJESUSに会えるんだよ、素晴らしいことじゃないか!』と、病院で重篤になった彼の祖母にそう言っていた。『おばあちゃん、彼が見えるかい?』『いや、見えない。』『もう、すぐだよ。もう見えるはずだよ!』『いや、私には見えない』。

結局、この繰り返しで、最後まで、おばあちゃんは『見えた』と言わなかった。

その後、共通の友人に、『交通事故とか重病とか、オレに何かがあっても、決して、Cはオレの病室に入れるな。迷惑な話だ』と言った。


探検家のサー・ラナルフがヒマラヤで低体温症で心臓が停止した。実質10分ばかりSHIんでいたわけだが、電気ショックを与えて、10数回目、『これでダメなら、もうやめる』という最後の電気ショックで甦生した。

その後、彼はchurch clergyに、『エンジェルも光のトンネルも、トンネルの闇の向こうの光も、なにも見えなかったぜ』と言った。church clergyは『That is because you were not properly dead.』『キミはちゃんとSHINでいなかったからだ』と言った。しかし、そう答えたchurch clergyは、『ちゃんとSHINだ経験と、たんなる心臓停止の両方を体験したことがあるのだろうか?』。それがない以上、私には、所詮、それは『自分が体験したことのないことを、自分がたまたま真理だと思ったことを、若い頃から信じ込んでいる信念から、体験者に受け売りで説教をしただけ』のようにみえる。


では、そこで、どういう覚悟をもち、どういう信念のもとに最後を締めくくれるのか?これもまた、重病になってから、あるいは直前になってから持てるものではない。

蓮の季節

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こぬか雨の合間をぬって、蓮の開花状況を見てきました。

早いものはもう何本か咲いて枯れていた。どうでしょうね、ひのたまはちおうじの見ごろは7月3日〜7日ぐらいではないかな?


あちこちの公園のHPを調べると、今年はどこも開花時期が読みにくいと書いてある。これも気候がおかしくなっている影響なんでしょうね。

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