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野菜人間

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私がけっこうインド料理屋へ行く理由は、外食時にインド料理はけっこう野菜が摂れることが理由の一つにある。私は『肉は無くてはいけないが、ほんの少しでよい』。

さらに、自分は無類のチーズ好きなわけで、シロネなども切らしたことが無い。写真にアップしたものは、ある日のカレーですが、サグ・パニールというほうれん草のカレーのなかにチーズが入っているもの。このインドのチーズが、じつに木綿の豆腐に質感が似ている。じつは、一部で、仏教が伝来する時に、このインドチーズを再現しようとして、中国で豆腐が生まれたという説もある。それほど、テクスチュアは似ている。道元さんの食事や調理のことを書いた書物の中に、『牛乳を使うような高級な料理の場合、、』という表現が見える。酪農が盛んでなかったお隣の国では、牛乳が高級品であったことがわかる。

昨日は、たまたま自分で作るのが面倒になり、また、あっさりと肉無しで済ませたいと、チャナ・マサラで済まそうとした(いわば豆を使ったスナック、チックピーとピーマンなどでつくる)。

そのとき、たまたまウパニシャッドを読んでいたのですが、店主がそれに気が付いて、『ちょっと見せて欲しい』と手に取ると、厨房の従業員に見せに行った。『日本では、こうした書物が翻訳で存在し、また、それを読んでみようとする人がいるというところがスゴイ。そこが日本の大きな強みなのではないか』といたく感心していた。

インドで行者は特別待遇で、バスなどの乗り物でも行者からは金をとらない。そこに目を付けて、ニセの行者もたくさんいるので、最近は本物かどうか、ずいぶんみんな慎重にチェックを入れるようになったという。なかには酒を飲んでいるようなニセモノもいるという。

それかあらぬか、昨日は長粒米に豆数種類とナッツをサフランで炊いたライスなどがサービスで付いた。なぜか、こうした食事だと体調が出る。

ホイールはかさばる

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ホイールを組むのもたいへんなら、保管もたいへん。さらに、ここに並べたホイールをみてもらとわかりますが、

すべて、リムの内径とハブのフランジのスポーク穴のサークルが違う。つまり、スポークはすべて長さが違う。それは『円周率を3で暫定的に計算する人には、一生計算していても正確なスポークの長さは出せない』。

これはじつはたいへんなことなのです。

その前に、30年、40年、50年前のデッドストックだったりするわけですから、外を磨いて、中を洗浄して、グリスアップしてから組む。

だいたい、前後のハブを、グリスアップして、チェンラインを出し、丁寧に磨くとなると、2時間以上かかる。こうしたことは、なかなか理解されません。

『ハンドビルトということは、規格のものを機械で組むとはまったく違う』のです。

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ここに出したのは、一例です。

私は最近のインターネットのありようをみていると、『社会全体がひとつの伝言ゲームをやっている』ように見えて仕方がない。

何か一つのものが『良い』と、そこそこ『真実をはばかりなく語ると思われる人がいると』、『あれがいいんだって』と果てしなく、その情報が連鎖でつながって行く。

たとえば、『細いスチールのクランクが踏み心地が良くて膝にやさしい』というのは、いまや『全世界で言われている』ことですが、そうすると、みんながインターネットで『買い』に走る。

その結果、Ebayなどで『 MAY NOT SHIP TO JAPAN 』などと書いている出品者が大量に出ることになる。

うちのフレームに使いたいと、持ち込まれたクランクがあるのですが、クランクはあってもシャフトがない。これを試行錯誤で片っ端から買いまくるとなったらたいへんなことです。

それを使ってチェンラインを出すには、うちのように一箱古い部品を、自ら英国の自転車店の部品箱からあさってきて、ストックし、さらに、その滑走面のサビ落としが出来ないといけない。

それだけでは、まだ済みません。微妙に正規のチェンラインからずれることがあるので、ハブのワッシャーを調整して、ホイールが自分で組めないといけません。

そして、まだあるのですが、たとえば、ウィリアムスのクランクのギアリングのサークルは規格が同じでも、貫通ボルトを使うタイプと、ギアリングに出っ張りが付いているものとある。本来はクランクが違うのです。そこに貫通するボルトは、

『日本の自転車店には決して存在しない、英国の特殊なインチネジ』

なのです。そこで解決でしょうか?いえいえ、コッタ―ピンの太さも英国のクランクには数種類あって、入らないものがある。日本製のコッタ―ピンはヤスリで摺り合わせをするので、ヤスリがかかる。つまり柔らかい。しかし、英国の高級コッタ―ピンは『チェンのピンのように硬い』のです。どういうことかというと、日本製のユニクロメッキの柔らかいコッタ―ピンを入れて、なかで変形したら、ドリルで揉まないと、外れなくなる場合がある。

やはり、英国のクランクには英国のコッタ―ピンが望ましいわけです。

シャフトの滑走面の仕上げ直し、3ピンのワッシャーもわざわざ作っているわけで、こういう仕事は普通のプロショップではやらないでしょう。


多くの人が、『自分で出来ない部品を集めたりします』が、そういうことは厳に慎んでほしいと思う。

うちもこれが決着しないと、自転車が一台いつまでも出て行かないので、気合を入れてやりました。しかし、こういう車両が月に2〜3台あると、ほんとうに精神を消耗します。

無い部品をどうしようか?それだけ悩んで時間が過ぎて行く。

1日にしてならず

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日本から一歩も出たことがなかった高校時代まで、『日本は経済大国ですごいんだな、豊かな国なんだな』とそこで『完結したような感じになっていた』。これは私の同級生や同じ団塊の世代、昭和20〜30年代生まれの共通の感覚だったと思う。

それが、『留学組』や『外遊組』は向うの生活を見て、大きな疑問符が付いた人が少なくなかった。

昨今のテレビのニュースを見ていると、『いままでのさまざまなことがらが幻影』であったことが、なんとなく表に浮かび上がってきた印象がある。表向きは会社の売り上げであるとか、大企業の活動、さまざまな数字、そういうものをみると、よさげに見えるのだが、実際のヨーロッパの生活を体験した者には、決して日本の暮らし向きが楽だとも、豊かだとも思えない。

昨今の高齢者の自動車事故にしても、『70〜80歳代になってもクルマを乗り回す金はあり、クルマというものをもっている富はある』。一方で『クルマ無しで生活が出来ない都市構造、住構造がある』。

バスに乗ろうとする、『日本では高齢者も、松葉杖をついた人も、バス停まで急ぎ足で歩いている』。日本ではこれは何の疑問も無い光景だろうが、英国では、

『バス停でなくても、ミニバスは手を上げればタクシーのように、停まってくれる。バス停まで疾走する必要はない』。

クルマ無しで済まそうと、バランス感覚も悪くなってきたので、3輪のアシスト・自転車でも乗ろうか?と思っても、今度は、自転車レーンがないので、引っ掛けられたり、排水の穴などがみんな左側に集中しているので、ハンドルを取られる可能性が強まる。また、三輪自転車ではショッピング・モール、スーパーへ行っても駐輪できないだろう。

そうかといって、アガサ・クリスティのミス・マープルのように、すべてが村で心地よくまとまっている環境はない。日本で異様なくらいコンビニがどこにでもある背景は、町構造、村構造が、ヨーロッパの『ヴイレッジ』のようにはゆかないこと、が最大の理由だろう。商店街は消滅し、大規模スーパーへ行かねばならない。うちのほうにもコストとか、さまざまなアメリカ型の大規模スーパーがあるが、『空港ターミナル・ビルのような施設で、とても歩いて行けるところではない』。そうかといってバスがあるわけでもないし、『米俵のような冷凍フライドポテトを売っているようなところへ、歩いてリュックを背負って買い物に行けるはずもない』(爆)。


かくして、クルマに乗り続けないと生活できない高齢者がいて、それをAI制御の安全なものにしようとか、どんどん『いびつな発展』をすることになる。『意識が明晰でなくなった人が、いくら自動ブレーキのクルマに乗ったところで、スピード感覚やハンドル操舵の感覚は、やはりよくないわけだから、事故は減らないだろう。『ブレーキが間に合わない速度を出して、ハンドル操作を誤れば、やはり事故は起こる』。

デンマークやオランダのような道路システムをつくること、英国のヴイレッジのように、郵便局で文房具もヨロズ屋のように売っていて、その隣にティーショップがあって、向かいが銀行、その隣にOXFAMがあって、古着を持って行くのも、買うのも出来、裏のマーケット・ヒルには曜日によって、手作りパンやチーズ屋、くだもの屋などが日替わりで来る、そういうところへ高齢者がトライク(3輪車)で買い物に来れる環境であれば、そのトライクを電動アシストにするとか、電動にするとか、あるいは『向こう三軒両隣のコミュニティーで、元気な人が寝込んだ人の分まで買い物に行ける体制を作れば、かなりの問題が解決する。

ところが日本では『ドローンを使って物を配達』とかすぐに言い出す。

あっちにもこっちにもドローンが飛んでいたら、強風の日など、ドローンに頭や顔を直撃されるおそれを考えないのだろうか?

さまざまな、いまの地球環境のことを考えたら、世界人口の1割が世界のエネルギーの3割強を使うような、アメリカ型のライフスタイルをやめないかぎり、世界は危うい。きんぺーとトランペットの対決は、所詮、似たようなタイプの大国の利益争奪戦で、やがてはこの2国で世界の半分ほどのエネルギーを使い環境汚染と温暖化は最悪の状況になるのではないかと私は思う。

我々としては、出来る限りひとりひとりがエネルギー消費量と資源消費量を減らす方向へ、ライフスタイルを持って行くべきで、そのためには自転車が果たせる役割は少なくないはずなのだ。

にもかかわらず、世の中の自転車雑誌は、いまだに『坂が楽に登れるこぎ方』みたいなことを毎年、10年1日のごとくやり、『環境負荷を増やさないライフスタイルの軸としての自転車』というような意識はじつに低い。

私なども『こういうタイプの車両が無かったら困るだろう』ということで、みずから作り始めたわけだが、その部品の確保だけでもたいへんな時代になってきている。

なにせ、『レミング的』だから、『ロードが面白い』となったら、ショップもロードばかりになる。『アームストロングがすごいぞ』となったら、みんなあとをついて行く。そして、そのアームストロングがスポーツの歴史上最大のドーピング不正の親玉だったことが知れると、『ビンゲンのネズミ捕り』のように、みんな連れて行かれ崖から川に落ちてしまう感じ。

昔の実用車なら、廃車にする時は、ハンドルグリップを抜いて、タイヤを抜いて、サドルを外せば、あとは資源用くず鉄で再利用は容易だ。革サドルは土にかえる。分厚い耳掛けタイヤなら擦り減った部分に『山かけ』すら可能だ。セルロイドのハンドルバー・グリップは30年でも40年でも使える。しかもその質量は一番小さいペットボトルの半分ぐらいだろう。中には固い紙がニカワで固めて入っている。現代のカーボン、フレーム、カーボンパーツ、プレスチック部品満載の車両はそうは行かない。サドルもバーテープもペダルも、ビンディング・シューズも、水筒も、ブレーキレバーもヘルメットも、すべては海洋汚染プラスチックの元になる。


最近、雑誌は新製品ネタがなく、ひとなみ街道だか、どこかの話もあまりに繰り返されたので、このところやたら輪行のことをやる。しかし、ヨーロッパのように列車に自転車がそのまま積める環境がないのに、そんなに輪行が流行ったら、またそれは大きな問題になるだろう。ピストを流行らせて、ノーブレーキ、ノープロブレムと東京ど真ん中に垂れ幕を出したことの2の舞だ。

彼らは『渡り編集部員で、しばらくいて、雑誌の売り上げが瞬間風速で上がれば、別の部か別の出版社に行ける』と考えているのかもしれないが、さて、流行り過ぎたら?台数が制限されるようになったら?どういう区分けで制限するのか?かつてのように選手かJCAのメンバーのみにするのか?また、かつてのように、駅で切符を書いてもらって、輪行袋に取り付けるような、そういう時代に逆戻りするのか?

そうしたヴイジョンの無いオピニオンリーダーに振り回されるぐらいなら、『股間ワセリン塗り、坂専門、大量生産』のほうがよっぽど害が少ないと思う。

ヒョウの後遺症

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このあいだ降ったヒョウでずいぶん葉が落ちた話は書きましたが、樹々はいまだに後遺症に苦しんでいる様子。

葉が少なくなって、充分に光が集まらないのと、ダメージを受けた葉が多いので、陽の光にやられて、キズのところが、みんな縮んでしまっている。これは真夏の猛暑になったら、樹勢が弱まるのも多いのではないかと思う。

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