全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1194ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

昔とったきねづか?6

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4

イメージ 4

つい数日前ですが、私が友人のために描いたポーズの名前を見て、『ヴイラパドラー3』では?というメールが、一緒に送ったヨーガの先生から来ました。別の名前で言うと英雄のポーズ3とか戦士のポーズ3とか。

これはじつに興味深い話題でして、そのポーズの名称で、どういう先生の系譜かがわかる。意外に思われるかもしれませんが、私の若い頃やっていた時代、『英雄のポーズ』という名称は存在しませんでした。それは『鶴のポーズ』エカパダ・アサナと呼ばれていた。エカパダのほうは、英雄のポーズのように平行に前へ伸ばさず、合掌して伸ばす。英雄のポーズというのはBKS アイアンガー師の流れをくむ方での名称です。だから、古い沖先生の1950年代の本でも、佐保田先生の本でも英雄のポーズという名称は出てこない。

アイアンガー師はたいへん偉大なヨガ行者ですが、彼はインド独立から数年しかたっていない頃、英国へ50年代に渡り、そこからアメリカへ渡った人です。彼を後押しして、有名にした後援者に、ヴァイオリニストのユーディー・メニューインがいる。メニューインは異分野の音楽との交流を盛んにやったので、のちにはシタールのラヴイ・シャンカールなどとも友人で共演したり、インドに強い関心を寄せていた。メニューイン自身もアイアンガー師との交流の中で1950年代からヨーガをやっていました。

アイアンガー師の師匠はクリシュナマチャラヤ。ジャガモン・パレスで、マハラジャ・マイソールにヨーガを教えていました。その師匠はポーズの名前を覚えていなくて、『あれをやれ』とか『こういうのをやってみろ』とか言っていたと言います。だからアーサナの名前はたいした問題ではない(笑)。

その流れを考えると、アイアンガー師はものすごくて、それを知らなかった日本のヨーガはすごくないのか・というと、そんなことはない。

アイアンガー師は『私には3人のお手本・目標とするべき人が当時いた。それは、スリ・オウロビンドゥ、ラマナ・マハラシ、マハトマ・ガンディーの3人だった。』と語っています。沖正弘先生はちょうどアイアンガー師が英国へ入った頃に、入れ違いで、ユネスコの働きかけでインドへ渡っています。さらに沖先生はマハトマ・ガンディーのそばでしばらく滞在して生活していた。佐保田先生はもともとがインド思想の専門ですから、ラージャ・ヨーガのど真ん中の本流にいた。その意味で、日本へはかなり正統なものが1950年代から入ってきていたと考えて良いと思います。

じつは、スリ・オウロビンドゥと私は英国にいた時のかかわりの深い場所(オウロビンドゥはケンブリッジにいた、ロンドンではケンジントン)、インドで私のいたところとも、不気味なくらい数十メートル、数百メートルの単位で同じところにいた。生没年や日付にも不思議な数の符号があって、奇妙な縁を感じます。

興味深いことはアイアンガー師はスポーツ的、美容的なヨーガの流行を真っ向から否定していたことで、『坐法による瞑想と、呼吸法(Pranayama)は必ずやらないといけない義務的なものだ、compulsoryなのだ』と声を荒げて、現代の風潮に反対していた。そのことから、『英雄のポーズ』とか『戦士のポーズ』とか言いながら、坐法、呼吸、瞑想のことが書いていない書籍を見ると,亡きアイアンガー師は何と言ったことであろうか?と思う。

ヨーガ的に考えると、難しいバランスのポーズは、大脳よりも小脳と間脳を活発化する(興味深いことは、アイアンガー師は『ポスチャー』と云う単語と『ポーズ』という単語を多用していました。アーサナという単語はもっぱら『坐法』という意味に用いていた。それも、残された録音を聴くと『アサナ』と伸ばさずに発音していた)。さらに、通常、我々は何気なく呼吸をしていると、吸い込む時間より,吐き出す時間の方が短い。これもヨーガでは裏返す。

そのこころはいかに?ということなのです。

さらにアイアンガー師は、マイソールのマハラジャは、王族はみんなヨーガをやるべきだと考えていたのですが、王族は基本クシャトリアの戦士なので、勇ましいのがよい、と、みんなして、一つのポーズから次のポーズまで、ジャンプしたり、ひねってポーズの転換をしたりやりはじめたといいます。つまり、いま、日本で、一部で脚をひょいっと抜いたりするのをありがたがるのは、本来のヨーガではない。アイアンガー師はそうしたヨーガを後に否定する。『65歳にもなった人が、そんなヨーガをやったらどういうことになる?考えてみろ』と言っていた。『そんなことは、健康でそれが出来る若いもののひけらかしに過ぎない。健康だ!と?そういう連中は健康には7つの段階があることをわかっているのか?』とも。

私が常にヨーガと付かず離れずだったことの理由のひとつに、『自転車に乗って、身体が歪んでいたら真直ぐ走りづらい』ということがある。なので、身体の歪みをとることと、自転車に乗ること、ヨーガ的な食事や自然に対する接し方には、深く共通するところが多いと、長年考えて来た。その意味からみても、激しい、他人との競争などの、レーサー的なスタンスは、私の求めるところではなかった。


プロレース界のドーピングなどは、『ヨーガのおきてである正直なこと』に反する。勝利や栄誉、チャンピオンになって大金持ちになる野望も『ヨーガのアパリグラハ、貪欲にむさぼらないこと』に反する。パタンジェリは、水晶のようなこころをもって、周囲のものの色や形を澄み切ったこころで写し取ること、を教えた。緑深い森の中を、湖や海のほとりを、水音の清々しい川のわきを、山頂の澄んだ空気の中を、静かに走る自転車の生活はヨーガ的な生き方と深く一致する。


そして、自然を壊さず、傷めず、すべての動植物をいたわる。そして、空を行く雲、明け方の太陽、夜天にかかる銀色の月、それらに無限の神秘を感じ、そこにイーシュヴァラ(大自在神)の存在の気配を感じる。

そういう生活は悪くない。

それが無く、ただ痩せたい、美人になりたい、長生きしたい、だけではずいぶん中身の痩せたヨーガであると私には思える。

朝の4時から6時までは、場合によってはもやもかかり、独特の空気感がある。古来、この時間に剣術の達人たちは練習し、禅の人もヨーガの人も、この時間帯に坐る。インドでは、この時間帯をブラフマンの神秘的な時、ブラフマムフルタと呼んだ。

猛暑が続く中だから、たまには4時、5時に窓を開け放って、朝の空気を吸って、静かに深呼吸してみることからはじめることをお薦めする。

週末なので、Youtubeで以下のようなインド的なものに親しんでみてください。

Anushka Shankar-Lasya

アイアンガー師を支えたメニューヒンの親友、ラヴイ・シャンカールの娘さんです。

また、ヨーガの祖、パタンジェリに捧げる賛歌

Patanjali Mantra

写真は私がいたインドの村。ヨーガでは倒立がよくありますが、あれは、こうした大樹のツタを巧く利用して、さかさまにぶら下がったのが起源という説もあります。

身体の声を聞く

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4

イメージ 4

自転車のホイールを大量に組んだりしていたことはブログで書きましたが、それでずいぶん頸椎を痛めつけた。ホイールのフレを見る部分は、車輪の3分の1ぐらいの下のところにあり、そこを老眼で首を前へ落として、首の重さをがっしりかけて、目を凝らしていると、首をやられる。パソコンのやりすぎで首を悪くするどころではない。それをやっていたら同じ姿勢で毎日8時間以上、連続でやっていたら具合が悪くなるのは当然なのだ。

逆に言うと、『趣味の自転車が、文化のひとつの趣味のかたちとして継続できるためには、みなが自分の自転車のホイールの振れ取りぐらいは学ぶ必要がある』。


それをショップまかせ、メーカーまかせ、にしてゆくと、『ハブだけ送ってください、リムとスポークは新品に交換します』というような、機械にかけて組み直し、総取り替えの世界になり、気が付けば『ディスク・ブレーキをメインにするので、フレームも買い替えてください』と、本来一生に1〜2台のフレームででももつフレームを5〜6年で買い替えさせられるようなエコでない世界に知らぬ間に誘導される。

四国や東北の山の中でリム打ちして、パンクしたら、チューブレスで旅先修理できるのか?スポークが破断したら、ニップル回しで切れたスポークの前後を張って、だましだまし店のある町まで帰ってこられるのか?

昔、四国をロードレーサーでお遍路した人のことが、自転車雑誌に出ていたが、何か勘違いしていないか?それは『スタンプラリーを、ロードレーサーで速く回れればよいというものではない』。ブッダガヤへ行くと『歩く瞑想』というのをやっている人たちがいる。つまり釈尊が歩いたであろうあたりを、自分が歩いていることを意識して歩いて『我を消して、深いところの本当の自分と、そこを歩いている今存在している肉体を調和させる』、そういう行法も世の中にはある。

さて、頸椎の違和感は、私の場合、クルマにかつてはねられた時の弱点でもあり、そこにそういう感じがするというのは、身体が発しているシグナルなのだ。それは聞き取って対処しないといけない。それがヨーガ的な対応だ。病気の前にはそうしたシグナルがあるはずで、それを無視していると、ほんとうに病気になる、というのがヨーガ的な見方。私などはいつも時間とノルマに追われているので、それでも我慢するので、それが身体を壊す。

高齢者をベッドから車椅子に移らせたりするのを一日に何回もやっているということは、自分の体重が100kgを超えたのと同じこと。だから介護をやっている人は膝や腰を悪くする。

逆に言うと、自転車に乗って『坂道を爆コギで登る、坂バカ乗りをする』と、どうなるか?そういうシーンでは、だいたい人間は体重の3倍のちからで踏み込める。そうやっているとき、『高剛性のフレーム、高剛性のクランクだったらどうなるか?』

たとえば、固い樫の木の板があったとする。それをチェーンでぶら下げて、1cmでも2cmでもこぶしで殴った時動くのと、しっかり固定されていたのとでは、自分の手に来る反動はまるで違う。1cmでも板が逃げるのであれば、自分の腕へのダメージは減らせる。固定されていたら、自分の指が壊れるだろう。

これは私がいつも言っている『泥の上へ塀から飛び降りるのと、セメントの上へ飛び下りるぐらいの差がある』。高剛性のフレームとクランクに乗るというのは、そういうことだ。

実際に、そういう車両を販売している人で、膝を壊している人やインプレ・ライダーでひざの手術を何度かしている人はけっこういる。

膝に違和感が来たら、フロントのスプロケットを小さくするように私は若手には言う。出来れば、同時に、膝がかなり痛くなってしまったら、しばらく乗らないか、テニス・シューズのような、りきんだ力を吸収する靴で、両面踏みのペダルで乗ることをすすめる。

私は、首の不具合は、ヨーガ的にいうと『頸椎3番』のところがストレスを受けていると判断し、あおむけに寝て、ひじをまげ、息を吸いながらアキレス腱をのばしながら背中を伸ばして行き、脚を少しもちあげる『逆重心』のポーズをする。また、肩の力を完全に抜いて、あごをひいて真っ直ぐに立ち、息を吸いながらゆっくりと右を向き、すこし息を2〜3秒留止め、またゆっくり吐いて正面を向く。これを反対側もやって、数回。けっこう楽になる。これはデスクワークの人にもよいはず。


さて、そんなことをやっていたら、『RAKUダ乗り』の人のことを思い出した。あの方、下駄をはき、背中を丸めて前かがみになって歩くのが『進化の方向』とあまのじゃくなことを書いていました。背中を丸めていれば首の重さ(頭は体重の3分の1ぐらいある)を支える首への負担はたいへんなものになる。

首への負担は前傾の強いドロップの宿命でもある。しかも首を起こして、前方視界を確保すると、天井画を描くミケランジェロのような姿勢になる。ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂を仕上げた後、終生首の問題に悩まされたのは有名な話だ。

円蔵さんの言うように、首に負担がこないように背中を丸めて、腰を出してS字カーブにすると、今度は内臓が圧縮される。ヨーガと真逆のことを言っているな、と私は立ち読みで済ませて買いませんでしたが、『こんなことがかつては言われていたが、、」と云う参考にするかと思ってみてみたら、ネットでは大量に売り物があり、100円ぐらいにしか評価されていなかった。しかも、理想とするのがドーピング・アームストロングだったわけで、アームストロングと同じ走りをするには、自分の血液を抜いて温度を下げて保存し、ここぞというときに輸血してヘモグロビンを増やすような危険なことをやって、血液が酸素を運ぶ効率をあげねばなるまい。

RAKUダ乗りのひとはネットでずいぶん悪く言われているが、しかし、その太鼓をたたいていた雑誌も本来は同罪なのではないのか?私は少々彼が気の毒になった。私はどこかの完成車メーカーと懇意にしているわけではないし、そもそもカンパニョーロ派だから、パンターニの騒動があったときはずいぶんがっかりしたが、ドーピング・アームストロングに関しては2000年ぐらいから、一貫してドーピングをしている気配が濃厚だ!と言い続けていた。だいたいガンの治療をしていると、だるくなって、食欲も消えたいへんなのに、どうして旧東ドイツでサイボーグのごとき英才スポーツ教育とトレーニングをこども時代からやっていたウルリッヒなどより強いのか?医学常識に反する、と言っていた。かすかに、それをほのめかしても、校正で書き換えられましたね。


腰が痛かったら、首が痛かったら、膝が痛かったら、その自転車を見直し、自分にあったものを探すべきだ。人や雑誌の説はどうでもよい。自分の身体の声だけがたよりだ。結果はおのずとでる。

昔とったきねづか?5

このところヨーガの本がコンビニにもあってビックリします。私は英語の辞書を買う時に、いくつか『かなめの単語』をひいてみる。そうすると、だいたいその辞書のレヴェルがわかる。

このあいだ自転車の仲間でヨーガの先生をしている人がいて、『R&Fさんの時代では、、』といろいろ訊かれることがあった。

ヨーガと云うのはもともとは、梵我一体の境地を目指して、自分の身体とチッタ(日本語いうこころに似ている)の一体を目指し、さらに、それが我々を取り巻く自然、さらには宇宙と同体につながっていることを自覚・体感するための修行だから、本来哲学的なものだ、という話をした。

よく使う『アーサナ』という単語ももともとは『坐り方』を意味する。さらに魂、真我というのはプルシャですが、チッタはプルシャがあるのはわかる。しかし、チッタの動きや働きは、なかなかチッタ自体にはわかることが難しい。このあたりまではヨーガと禅は似ているのです。禅というのはJhanaあるいはJahnの漢語訳ですから(つづりが正しいかどうか?ご確認は御自分で、笑)。

禅では『自分の目玉で自分の眼玉を見ることが出来ない』などと表現しますが、チッタ(こころ)の動きをこころで正確につかむのは難しい。そこでこころを空にして、意識がちょろちょろ動き回るのをとめて、まず、チッタが動いていなくても自分の本質は存在していることからはいる。

私は実際にやってみて、ヨーガの坐法と禅の坐法はほとんど同じと言ってよいと考えている。これは佐保田先生などもそう言っています。

古来、マントラを唱えることもインドでは行われてきたわけですが、これも、ウロチョロする意識を落ち着かせるのに有効だと私は思う。日本の仏教でも『真言』としてマントラを使いますが、スリランカのテーラワーダ仏教(最近では上座部とか南伝とかは言わなくなってきている)では『あれはヒンドゥー教の習慣だ』として用いない。テーラワーダ仏教では、『あれはまじないの呪文』だといいますが、日本仏教では、そうした言葉は『意味がわからないほどよい』と言われてきた。それは、それらが本来、動き回る意識を止めて、直観を呼び覚ますための導入で用いられてきた背景がある。


ウロチョロする意識をとめないと、それより下にある深層部分からの直観は湧き上がってこない。そして、最新の脳科学では、意識が「あれをしよう』とか意識が決断しているように思うのは錯覚で、じつは深層意識が決断する方が先で、意識はそれのあとを追いかけている。この点で、ヨーガやヒンドゥー教、仏教のほうが、科学の数千年先を行っていたといえるだろう。

さらに、ヨーガでは1本足で立ったり、さらに腕を絡ませたり、意図的にバランスがとりにくいようなポーズをとる。あれは、意識をつかさどる大脳皮質より、小脳や間脳などを働かせ、カンやひらめき、直観を養うためのものだといえる。


これは呼吸法にも、背景に同様の思想があるわけで、『どうしてそういう呼吸をするのですか?』『なんで呼吸法にも種類があるのですか?』と訊いて、『これは〜〜の時に使い、こういう役に立つ』あるいは『どうしても』では答えになっていない。1本足で立つのと同様に理由と理論があるが、それは口伝として、ここには書きません(笑)。

『もしヨーガの先生に、どうして1本足で立つんですか?』と質問して、そうした答えが返ってこなかったら、それは器械体操・床運動に限りなく近いものだと私は思う。

誰かがくすぐったくなるような一点を人差し指でさわるそぶりをしたら、触れていなくても、くすぐったくなる。同様に、ヨーガで意識を一点に集中すると、そこにパワーが行くような感覚が出来て来る。それが健康に良いわけで、汗を流して、難しいポーズができることが健康に良いわけではない。そういう難しいポーズを連続でやる流派は1990年代に出来たわけですから。私の友人のそのヨーガの先生も、そこから入って、身体を壊しかかって、別の流派へ行った。

私の若い頃は、ひとつのポーズごとにデッド・ポーズで、『身体の声を聞いた』。悪いところがあると、必ず、そのまわりで凝ったところや痛いところが出る。

つぎからつぎへ、ヨーガで難しいポーズをするのは、あれはボディビルのコンテストの発想なのではないかな?と思う。私がやり始めたころにはなかったものだ。

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4

イメージ 4

ジロもツールもいつのまにか終わりました。テレビも新聞もニュースで取り上げられることはなかった。

まあ、そうでしょう。某自転車雑誌の編集主幹にツール初日に電話をしたら、

『ああ、そうか!始まるんだぁ〜。すっかり忘れていました。じゃあ、見ます』と言っていた(爆)。これを盛り下がっていると言わずに何というのか?

勝ったのはコロンビアの人。10年ほど前、冠羽の社長と食事をしていた時、『南米では中級グレードまでの変速器のコンポーネンツがものすごく売れている』と言っていた。そうした、草の根が育ってきたのでしょう。英国で、ジョン・メイジャーが首相時代、自転車施設・文化の拡充の後押しをして、フルームなどが出てきたのと同じ図式だ。

私は『今の自転車はすぐフロントが流れて大転倒する』というのが気になっていて、この時期は、『ツール、転倒』とか『Tour de France Crash』とググるのを日々の日課にしている。

ジロでは落車して大腿骨と腕を骨折したフルームの代理のエース、エガン・ベルナルも落車して鎖骨骨折、第四ステージで集団落車、カラパスも下りで落車。

ツールの13ステージでベルギーのタイムトライアル・チャンピオン、ヴァン・アールトがフェンスへ激突して落車、そのまま病院へ搬送された。ドイツのエマニュエル・ブフマンも落車。16ステージでフルサングも落車して救急車で搬送されて棄権。ゲラン・トマスも落車。

うちのブログへよく見に来ておられるMOOKを何冊も出しているマニアの方も、ここ半年ぐらいで2回、転倒事故を起こしている。私は不思議な感じがする。

1960年代70年代、趣味の自転車で転倒するというのは稀な話だった。当時は輸入車でフルオーダーだと、クラウンのスタンダードとかカスタムとほとんど同じ価格しましたから、今の貨幣価値で考えれば300万円ぐらいの印象。一度転倒して、フォークを曲げたり、芯が狂ったら二足三文。

オーダーメイドのツーリング車でも軽自動車ぐらいするのがあった。

まずマニア・熟達者は転倒などしなかった。某大学の自転車部では、ロードレーサーを転倒させると、先輩全員から竹刀で滅多打ちにされると、泣きながら言われたことがある。1969年ぐらいの話。『根性物語嫌だな』と思った。

そうして検索をかけていたら、石垣島のレースでやはり転倒事故でNAKUなられた方がいたらしい。

『これから自転車趣味を始めたい』という方に、私はどうしても『じゃあ、最新のロードレーサーでも乗ってみたら』とは言えない。サイクリング協会の会長はいまだにロードレーサーの事故で車椅子。なんとかペダルの映画の俳優さんも車椅子でリハビリ中。最近は津久井湖の先で中学生がレーサーでやはりNAKUなっている。

ようするに、凹まないくらいハイプレッシャーなタイヤで、細く、接地面積が少なく、しかもホイールはスポーク数を減らし、ディープリムで弾性変形しない。しかもフレームも高剛性で弾性変形が激烈に少なく、一度地面からわずかでも跳ね上げられたら、接地を回復しない。レイノルズ531のスチールフレームで八ヶ岳から茅野までよく下っていたが、チェンで荒れた舗装の上で、フロントハブは2cmぐらい振動していたものだ。それならば、絶対にフロントが流れるなどということはない。それにくわえて、前面投影面積を減らすために強い前傾で、何かひとたび起きると、でんぐり返して落車して、首と背骨をやられる。そして、半身不随、全身不随。レーサーの帳尻の合わせ方がおかしくないか?

今月は雑誌の編集主幹のひとりが落車で骨折。

そんなに速く走らなくても自転車には爽快感がある。『無事是れ名人』という一言をかみしめたい。

貧乏玄関

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3

イメージ 3

私は『ブレーキレバーの裏側までホコリをとって磨き上げる』ようなことはしない。

自転車はあくまでも『道具』なので、扱いも道具以上にはやらない。これは、他の道具、たとえば、喫煙具などでもそうだが、ただし、無造作に使っているように見せて、カギとライターを同じポケットに入れるとか、革の小銭入れとカギを一緒のポケットに入れるようなことはしない。

『無意味なキズはつけたくない』。それでもつくキズはしかたがないが、『転倒によるキズはぶざまだと思う』。

前住んでいた家で、駐輪場を見ていると、10代〜20代の若いのが、自分の自転車を駐輪場にガーーーーンとちからいっぱい適当にぶち込んで、自分の家に入って行く。それによって、他の人の自転車にキズが付くというようなことは思考できないらしい。


一度、『これは普通の自転車ではない。深刻なキズを付けられたから、損害賠償請求しようか?その自転車を塗った人は、かつて献上車両を白く塗り、花の紋章を描き、金線を引いた職人だ。応分の代金を払ってもらうぞ。』とためしに言ってみた。実際には取りませんでしたが(笑)。

足の裏からドクドクと血が抜けて行くような顔をしていた(笑)。


町内会の用事で、その家へ行く機会があったのだが、まあ、玄関に脱ぎ捨てられている靴が散乱していて、足の踏み場もなかった。『ああ、こういう貧乏玄関で、しつけの悪い奴が、駐輪場でひとの自転車まで粗末に扱うのだな』と、玄関を見て納得した。

広い狭いではない。よく掃除をしてあって、靴がそろえて脱いであって、場所が無ければ、茶室でのように裏を合わせて脇へ立てておいてもよい。そこへ趣味の花でも、皿でも、絵でもあればよいと思う。しかし、そうした趣味のものは一切無かった。脱ぎ散らかした靴が雑然とある。

不用意に裸足で踏んだら水虫がうつりそうな、何とも不潔な感じ。生理的にダメです。

28号の一号車のBBのシャフトが英国から届いた。ちょっときれいにしようと取り掛かったついでに、

『日本で駐輪していると、どれくらい物を壊されるか』写真を撮っておこうと思い立った。

20年ほど乗って、走った距離は16万キロをはるかに超えているだろう。20年間転倒歴無し。その間に四国を廻り、京都から東京、東京から善光寺、道志や甲府へ何度も行き、毎日買い物に行き、そのあいだ、まったく無傷。それが、このくらい駐輪場でむごいキズを付けられ、凹まされる。

駐輪場はそういう状況を放置して、決して改善しようとしません。

ボトムブラケットまわりのホコリを払ってみると、ほとんど無傷で乗っていることがわかる。転倒歴はゼロなので、転倒によるフレームの狂いはない。

ホームセンターで買った1万2千円の自転車に乗った『貧乏玄関の住人たち』に、ガーーーーンとあちこちの駐輪場でやられて、フレームチューブが凹んだり歪んだりしている。他人の自転車をここまで凹むほどぶつけて、気が付かないような人間は、仕事もまともにできない人だろうと推察する。『キズを付けても、どうせ12000円で買ったんでしょう?』ぐらいの低い見識。

『物が安くなるのは、社会的・文化的によいことではない』。昭和30年代、自転車は高級品だったので、中流のど真ん中以下の家庭では中古自転車を買っているところが多かった。新車はそれは大切にされた。中古もしっかり分解掃除され、調整され、それでも大切に乗られていた。粗末に扱う人などいなかった。

英国やイタリアで他人の自転車を粗末に扱うことはありえない。通常、『 What a beautuful machine !』などと素人さんでも声をかけて来る。

つまり、『日本では自転車はホームセンターやスーパーで買える安物』。リスペクトがない。恐産主義の國のボール紙で作った自動車トラバントとか、廃品のステンレスの板を打ち抜いて作ったナイフとフォークのように、すべての耐久消費財がなりつつあるのかもしれない。

そういう生活の先に、世界を驚かすmade in Japanは難しくなるのではないか?

全1194ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事