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昔とったきねづか?3

ある方のところのブログで、『鉄アレイを持ってヨガをやっている人の写真』をみて、『ああ、アメリカだな〜』と思ってしまいました。

『エスプレッソはシアトルで発明され、PIZZAはシカゴで発明され、ヨガはカリフォルニアで発明され、開祖はマドンナ、ジーザスはアメリカへ渡り湖のほとりでまた別の聖典を書いた』そう考えるのがアメリカ流(笑)。


『ヨガ』というのは最近のことで、佐保田先生などは『ヨーガ』と長く発音するのを正統としておられた。


ヨーガの起源というのは、紀元前のインドの西の部分にあったハラッパの辺りだと言われています。ここから印章が出てきている。そこには足の裏をくっつけて坐る坐法の人物が彫られている。BC2000年頃のものとも、BC3000年頃のものとも言われています。いずれにしても、いまから4000年〜5000年前にやり始められた。


これ以外にもヨーガのポーズをしている粘土で作った『手びねりのテラコッタ人形』が出土している。


この時代、ハラッパの文明は、ちょうど我が国の縄文文化のようで、強大な権力をもった王や女王はいなかった。きわめて民主的な部族社会で、2000年間の長い期間、戦はなかった。

また、アーリア人が入ってくる前のことで、母性社会で女神信仰がさかんだったことも、日本の縄文と似たところがある。これはヒンドゥーにも女神が多くいるのは、土着の女神信仰が引き継がれたのではないか?といわれている。吉祥天(ラクシュミー)も弁才天(サラスヴァティ―)も軍荼利明王(クンダリニーという女神であったのが、日本へもたらされて男性になった)、摩利支天(クンダリニーと同様女神だったが、日本へ渡ってきて、建仁寺の系統以外の多くのところでは男性になっている)。

そのハラッパの辺り、その時代、サンキャという哲学がありました。それがヨーガの成立に深くかかわっている。『サンキャ』というのは『正確な知識』という意味。このあたりの非暴力の考えなどは、のちのち、仏教からガンディーに至るまで、通奏低音のように一貫してインドの思想を貫いている。

ヨーガとサンキャが裏表で、サンキャが『正しい知識』だとしたら、『鉄アレイを持って戦士のポーズとかいうのはどうなのか?』ということになろう。

インドでは仏教とヒンドゥ―教のせめぎあいが長らくあって、お互いに影響しあったわけだが、密教はものすごくヒンドゥーに似ている。護摩の作法などもそっくりだ。その『対抗』の中で重要な役割を果たしたシャンカラの『ウパデーシャ・サーハスリー』(岩波からも出ている)の中に、こういう一節がある。

『知識のみが無知を滅することが出来る』
『行為は、知識を補助し解脱に導く』

シャンカラは『砂漠に水がある』という誤った考えを正しい知識は打ち砕く、そうすると、それが明らかになった時、砂漠に水を求めて行くようなことはしなくなる、と説く。誤ったところへ導かれる行為ならしないほうがよい、と説くのだ。そういう行為は捨てるべきだ、とすら言う。

そのサンキャ哲学の中から、有名なパタンジェリが現れる。彼こそがヨーガの祖とでもいうべき人で、インドやネパールでパタンジェリを知らない人はいない。

なぜか日本では佐保田先生ぐらいしかパタンジェリを取り上げる人はいなかった。私の時代には、倫理社会などの教科書にもパタンジェリは出ていなかった。しかし、彼は人間の意識と潜在意識、無意識の構造を初めて考察した哲学者ではなかったのか?

これは、ちょうど、パソコンを立ち上げると、過去のデータが消え去らず、『自分のパソコンが起動する』ように、朝起きると、『私』が連続的に起動する。ほとんどのひとが、その『私』がほんとうの自分だと思っているのだが、じつは、それはほんとうの自分ではなく、『真の自我はもっと、頭で考えている意識の部分よりはるかに深いところにある』と考える。これは仏教ときわめて近い。実際、ヒンドゥーの経典の中には、仏教のこのあたりの思想(唯識)をターゲットに論争を挑んでいるものもある。


釈尊は林の中で2人の行者に合う場面がお経に書いてある。インド風に発音すると『アダルカラム』という行者と『プドルプロムプトラ』という二人。どちらの言うことにもピンと来なかったお釈迦様は、自分の道を行く。この2人の行者も、たぶん、初期のヨーガをやっていたような人たちだったのではないか?

そこで、ほんとうに深い所にある『真自我』と、頭で考えているだけの『表層部分の意識』、それと深い部分でいわば、『生命維持の自動操縦をやっているような無意識の部分』と『肉体』の間で『不調和』があると、苦が生まれ、病気にもなる、というのがわかりやすく噛み砕いた説明になろう。

『鉄アレイでどこかの筋肉を美しく鍛える』というのは、ボディビルや器械体操のようなもので、ヨーガではない。

たしかに、ヴェーダのなかには、この肉体と健康が、黄金のように永遠に持ちますように、と願う詩文もあるが、ヨーガは不調和をとりのぞき、身体とこころ、そして真自我の不調和をとりのぞき、健康を取り戻し、悟りに到達するためのもの、といえるだろう。

そして、パタンジェリの思想は、『最初のヨギ』と言われる『カピラ・ムニ』(ムニは釈迦牟尼の牟尼と同じ)に引き継がれ、伝承されたとする。

しかし、パタンジェリは、神を外部に想定し、それに願いを聞いてもらうために、牛をいけにえにしたりするのは無意味、と言い切っている。『世界を認識するのはこころと魂(深層意識)』であるから、世界を認識するというのは、パソコンに画像や音楽をダゥンロードするようなもので、世界や神は人間のうちにダゥンロードされていると考える。実際にウパニシャットでは、一部の神様をのぞき、けっこうな数の神様が、天上界を去って人間の身体に移り住んだことになっている。


それが、雑な日常生活でドロドロに汚された身体を、浄化するのに、良き言葉を話し、良きことを考え、良きことを実行し(密教の身口意ような考えだ)、ヨーガをして、体と心に良いものを食べる。

実際、ヒンドゥーの寺院は、人間の身体と相関関係があるように設計されている。


こうして考えてくると、それを密室で暑い中でやったり、コンテストをやったり、人の出来ないポーズが出来るのがエライとか、鉄アレイを持ってやったりするのは、『それは西海岸流の美容でしょう』と私は思う。

この話、もう少し続けますかね。

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いまは夜中の12時近いので、微妙な時間帯ですが、ツール・ド・フランスが盛り下がっている。

新聞もニュースも一切何も言わない。ランス・アームストロングのスポーツ歴史史上最大規模の不正行為によって、みんな醒めてしまって、まあ、とうぶん、人気は戻ってこないでしょう。

なにせ、ツールが始まって4日目(5日目?)ぐらいなのに、レース用の部品のコンポのメーカーからのメール・レターで『40%OFF』の文字が躍っていた。

昔なら考えられない。毎日『どこそこの区間優勝でうちのコンポが使われた』とか、昔はメールがきましたから。

ツールでの落車事故は激増している。今年はチャンピオンのフルームも落車して、腕と肋骨、大腿骨骨折で休んでいる。かつて、イエロー・ジャージを着たクリス・ボードマンが、何もないところで突然転倒し、意識を失ったことがありました。

あまりに集団落車が多いので、Youtubeには、それらをまとめた映像が多数アップされている。また、一部では、チームの人数とサイズを半分にしようと言っている人もいる。そうなったらずいぶん、内容が痩せますね。

私は最近のロードレーサーは危険だと思っている。フレームやリムの『弾性変形』が極端に少なく、ちょっとしたバンピングで、タイヤと道路の接地が切れると、自動車のハイドロプレーニングのように道路上を滑り始め、接地が回復しない。

Youtubeで, Tour de France, Crash, compilation で検索すると無数に出てきます。多くは、カーヴで、あるいは平地でのかすかなレーンチェンジで、突然前輪が流れはじめ制御不能になっている。

政治家の方で自転車事故を起こされた方も車椅子生活だし、なんとかペダルの体格・運動神経抜群の俳優さんも車椅子生活だ。そう思っていたら、フルームやボードマンのような、イエロー・ジャージを着る世界でもっとも自転車に乗るのが得意なはずの人が、落車して意識を失ったり、骨折したりしている。

そうしたさなか、つい2週間ほど前に、ある自転車雑誌の関係者が落車して、肩を骨折したという。2年ほど前は、ビンディング・ペダルを製造販売しているメーカーの重役が首から落ちて首にコルセットをしていました。

私には、とても、これから始めようというビギナーにそういう乗り物をすすめる気にならない。

今のレーサーは、ハンドルとサドルの落差が昔より大きい。フレームも軽いので、事故の時には頭から飛び込み前転して、首や背中を地面に叩きつけられる場合が多い。そして背骨や首の神経をやられて半身不随、全身不随というパターンが目立つ。この場合、ヘルメットは役に立たない。首と背骨の問題ですから。

これはツールのトップ選手の事故のパターンから、日本での事故まで共通するパターンではないいのか?1970年代までは、レーサーの事故は、多くの場合、地面に手をついて、腕を骨折して、鎖骨にひびを入れることが多かった。

『俺は大丈夫』?しかし、サイクリング協会の会長さん、『ロードレーサー最高だぜ系の映画の方』、『ヨーロッパのタイムトライアルやツールのチャンピオンたち』などトップのひとたちが、重傷を負ったり、大事故をやっているわけでしょう。サラリーマンや個人商店主などが、フルームのように大腿骨骨折に腕をと肋骨を折って、、、となったら生活基盤のすべてが崩れる。

さて、それでも地面との摩擦が少ないタイヤを促進して、リムはカーボンにして、チューブレス化をして、カーボンのリムのチューブレスは『リムブレーキの熱で不具合を起こす』ので、みんなレーサー中心の開発はディスク・ブレーキ化が進んでいる。そして、在来の標準部品はどんどん生産がとりやめられ、手に入らなくなってきている。

それは、ディスク・ブレーキ化すれば、『それまでのフレームはすべて使えなくなって、フレーム需要が発生する』という目論見だったのでしょうが、市場がみごとにそれに対してNOと言った。

そして、ツール・ド・フランスの真っ最中に『40%OFF』のメールレター。

これは興味深いです。かつて、自転車に最もウルサイ、こだわりの人たち、ランドナーやスポルティーフ派の人たちが『無意味な多段化とお手元変速に反発した』。自転車は5段変速もあれば実用上は充分、別メーカー間での組み合わせの自由度の面でも、メンテナンス上でも有利という考え。5段変速時代なら、一つのメーカーが生産をやめたら、別のメーカーの部品に入れ替えることが容易だった。

そして、いま、最もウルサイ、こだわりのロード乗りたちが『電気信号変速』と『ディスク・ブレーキ』に反発している。そして、世界的に売れなくなっている。

鳴り物入りでデビューしたMTBの650B新規格もさっぱりいきおいがない。きわめて将来的に確保が難しいチョイスの狭い規格になってゆくのではないのか?

まあ、私は何が起ころうと、『 Notin my life time 』という感じで、知ったことではないんですがね。出来る範囲内で、自分の好きなものを作り、乗るだけです。

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最近、うちへ自転車を引き取りに見えた方が、ヨーガをやっているという話になって、そのときも、いろいろと推薦する書物などの話になりました。水面下でずいぶんとじわじわと関心が出てきている気がする。

しかし、私はヨーガを美容であるとか、痩せようとか、あまりそうした関心でやったことがない(笑)。

私はヨーガを思想・哲学として、ずいぶん興味がありました。やがて、それに宗教的な側面があることを佐保田先生の本で知りました。しかし、最終的に、ヨーガの大家、ラーマクリシュナなどは、修行の果てに、目の裏に現れるカーり女神を追い払うまでにすすむ。何としても、カーり女神が現れる。師匠筋のトゥタプーリに『カーり女神を追い払うまでにしないといけない。』『できない。どうやって?』『剣で追い払うんだ』『そんな剣はどこにあるんだ?』『何を言っている。カーリ女神を呼び出したのは、どこから呼び出したのだ?同じところから剣を出せばよいではないか!』

つまり、その女神すらもこころが作り出している。その先へ行けということ。だからといって、それが存在しないわけではない。これは道元さんの正法眼蔵のなかに『空華』の話として出ていることとほとんど一致する。空華とは、目の見えない人が虚空に見る花。佛はその花の上に佇む。それは呼び出したイメージではあるが、ないものであって、じつはあるものでもある。

話が難しくなりました(笑)。

ヨーガの本を見ていると、ずいぶん私が習ったポーズ(昔はアーサナというより、ポーズというほうが普通だった)と違うものが出ている。この間、丸善でパラパラ何冊かめくってみましたが、私が慣れ親しんだものがまったくでていなかったりする。細部も違う。多くのものがアメリカ経由のもの。『アーサナというのは、本来坐法という意味』だから、私の世代の使っていたポーズという語のほうが正確』だといえるだろう。

昔、ヨーロッパでも、ある種のポーズが妙に『北欧チック』だったり『ドイツっぽかった』りしたのが不思議で、調べたことがありました。これは、ヨーロッパの体操がインドへ入って、それが再びインドで古い型の体系の中に組み入れられたらしい。また、インドの街頭でやってみせて、通行人から『おひねり』をもらう人たちの『街頭ヨーガ』の難易度の高いもの、アクロバティックなものも、近代に取り入れられたようだ。

インドへ行くと、『街頭ヨーガ』はけっこう見かける。針を打ち付けた板の上に寝ていたり、剣を飲んで見せたり、骨がないかのごとく身体の柔らかい人が不思議なポーズをとっていたり。中には頭を地面の中に埋めて『腸から空気を吸って呼吸して見せる』などという変わった人もいる。

そうした難易度の高いものがありがたがられ、Youtubeなどにもアップされているが、私は本質を外していると考える。ハタヨーガより1000年以上昔のヨーガの巨人、パタチャンジャリとかカピル牟尼の哲学をこそ究明すべきだろう。

この基本ポーズへの疑問が決定的になったのは、ちょうど、ベルリンの壁が崩壊したころ、ベルリンの古本屋は『ドイツ的な整理整頓魔』で、おそろしく分類が良く、ツール・ド・フランスの歴代チャンピオンなどの写真が人物ごとに引き出しに年代別に入れられていて、よくかよっていました。そこで、ある時、偶然、19世紀末〜20世紀初頭のドイツでの体操の写真集があって、なにげなくめくってみたら、なんだか、ヨーガによく似たものが出ていました。なかには、ヨーガにヒントを得たピラティスの流れをくむものもあったのでしょうが、ギリシャっぽくやっているもので、インドのものにウリふたつなものもあった。

調べてみると、ヨーロッパの影響でインドに入ったポーズも少なくないらしい。


そのころから、『ほんとうに昔からインドにあったポーズはどれなのか?』という関心が高まった。だいたい14世紀に出た『プラディピカ』という本には84のポーズが出ていると言われている。その前は、源流では17種類。そこより遡ると、『坐って瞑想するポーズ』がほとんど。

つまり、百いくつとか、1000とかというのは、比較的新しいものだと考えてよい。

最古の記録は、インドの古代遺跡から出土した印章で、これには足の裏を合わせる坐法の人物が彫られている。つまり、『バッダ・コーナ・アーサナ』が確認されている最も古いポーズと言うことになる。

私は『昔からあるポーズ』はどれか?というのが気になって、インドの古代彫刻を見ると、ポーズを気にしていた。興味深いのは、ここ25年ぐらいの『立ち木のアーサナ』では足の裏を反対の脚の内ももにぴったりつけるが、インドの古代彫刻でそういうものはない。少なくとも私は見たことが無い。私の見たものは、すべてつま先を太ももの前に外して、先を伸ばしてつけている。

同じように私が気になって仕方がないのは、日本の禅では坐る時に左足を上にするが、古代インドの彫刻では99%右足が上になっている。インドばかりでなく、ネパールやチベット、モンゴル、ヴェトナムやミャンマーでも右が上だ。だから、私は坐る時は右足を上にする。実際、インドで、ムカジーさんに『まぁ、どっちでもいいが、君はどうして逆にしている?』と言われた。


そのあたりのことを調べていると、けっこうハッと閃くことがある。

釈尊は舌が長く伸ばせたと書いてある記録があるが、ヨーガでは調息の訓練のために、舌のうらの膜のような部分を切る行者もいるという話を聞いた。また、『完全に自分のこころと精神を制御できるようになった人』のことを『究極の英雄』と呼んだりもする。これは小田原にある大雄山の『大雄』とは釈尊をあらわしているのと並行しているように思える。

また、当時のヨーガ、ヒンドゥーの習慣では、『悟りをひらいたら、その場所を7日間動かず、そこにとどまり、まばたきをせずに、その場所を眺める』という行のあったことが知られている。お経を読んだことのある方は、ピンとくるだろう。

佐保田先生も書いておられるが、そのあたりを学ぶことで、仏教の背景もよりはっきりと見えてくると言うことはあると思う。

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このところ、どういうわけか、ヨーガの話がまわりで出ます。たぶん、類は友を呼ぶというのか、っそうしたことに関心を持つひとが、クルマでなく自転車やハイキングに関心を持ち、食事でも『美食系より健康食系』になって、ヨーガなどにも関心を持つのだろうと思う。

私はこどものころは病弱だった。半年以上〜1年弱国立大に病院に入っていたことがあった。私の健康のために田園生活をさせようと、明治神宮の裏のほうから引っ越した。いまでは、そのあたりは田園どころではなく、クルマの多いエリアになってしまったが。

その幼児体験から、『病気は嫌だな』というのと『入院は嫌だな』というのが、骨身に染みている。

小学校時代の田園野生生活と、自転車生活のおかげで、ずいぶん健康になることができた。つくしなど、食べられる野草はたくさんあったので、それをよくつんでいた。銀杏や栗もよくひろってきて食べていた。


その意味、『私が食べたいと思うものと、美食や珍味というのは一致しない』。昔、鹿教湯温泉で温泉水を飲む場所があって、毎日飲んでいたが、1週間ぐらいで、驚くほど調子が良くなった。しかし、飲んでいる時はうまくない。たぶん、野生の鹿もそれを知って飲みに来ていたのが温泉地の始まりだろうから、自然の智慧はたいしたものだと思う。現代人の生活、食生活は、そうした本来の智慧を発動することがなく、おおきく外れてきているのが問題だと思う。

料理の本の写真というのは、多くの場合、写っているものは食べられない。写真写りをよくするために、色を足したり、テリを付ける薬剤を塗ったり、撮影後は捨てるものがけっこうある。写真は美味そうなのだ。逆に言うと、ものすごく美味い物でも、写真では映えなかったりする。

ここ20年ぐらいで、食事が難しくなった気がする。私が好ましいと思う自然なものがどんどん減って、『金を儲けるため』のものと『いじりまくったもの』がずいぶん増えた。

先日、電車のメィンテナンスが仕事の技術者の人が、あまりに忙しく、一時期、ほぼ、毎日ひとつカップ麺を食べていたら、あるとき、手のひらから腕から、ものすごい蕁麻疹がでるようになって、そうしたインスタント食品が食べられない身体になってしまった、と言っている人がいた。そういう人は、忙しい出版関係の編集者などにけっこういる。まあ、発泡スチロールに熱湯をかけて、それを飲んでいるわけですから、発泡スチロールから何も出ていないと考えるほうが『非科学的』だろう。たとえ、それが紙のカップであっても、通常のノリで出来ているわけはなく、耐熱の何かで付けられているわけで、程度の差こそあれ、磁器で食べているのとはわけがちがう。


私は人間と植物をよく較べるのだが、植物は、育っている土壌によって、見た目も変るし、作物の味も変る。人間も『環境を取り込んでいる』と思うのだ。私の場合『これは身体に悪そうだ』というものは、身体の方がアラートを出す感じ。

駅ビルのなかのインドカレー屋などでも、中には合成化学調味料を足しているところがある。『足しているだろう?』と指摘すると、あっさり認める。そういうところは味ですぐわかる。たぶん、そのレヴェルだと肉はハラルミートではないし、野菜も一番安いのを使っている。『そういう材料自体がすでにアウト』。野菜などのコクがないから、そうしたものを足しているわけですから、滋味はない。


これはケーキのクリームから、お菓子、煮物まで、すべてそうした傾向が強まっていると思う。ためしに、カップ麺の表示を見てみると面白い。『天麩羅蕎麦』ですらも原材料に『豚肉』と書いてある。世の中の蕎麦屋で天麩羅蕎麦のつゆに豚肉を使っているところがどれくらいあるというのか?

こうした食べ方はヨーガ的ではない。インドのコアな人たちは、再加熱したしたものですらあまり食べない。加工があまりに手が込んで、元のものがなくなっている料理を私は好まない。昔から私がフレンチよりイタリアンを好む理由はそこにある。

ヨーガは高校生の時にずいぶんのめりこんで、きっかけはクストーの海底世界というドキュメンタリーに、後年素潜りで有名になったジャック・マイヨールがでていて、彼がヨーガの呼吸法で素潜りをしているのをみてスゴイと思ったのがきっかけ。スキーのジャン・クロード・キリーもヨーガをとりいれていた。

インドにいたとき、私がいた村では一日に2時間ぐらいしか電気が使えなかった。その関係で『本場でヨーガ』(笑)のモードでした。向こうの人との会話がずいぶんためになった。

日本の流行は、なんでも『アメリカ経由』が多い。ヨーガもベリーダンスも、果ては坐禅すらもアメリカ経由のものが最近は見受けられる。

いつしか、ヨーガも体操になっている。これが私には奇妙な感じ。サウナのようなところでヨーガをやったり。違和感がある。本来は『吐き出す時に、悪い邪気をすべて吐き出す』のがならわしで、インドで、私はヨーガをやる前には『窓をすべてあけて空気を入れ替えてから行え』と言われた。

英国で、チュート―の某王家の人のお抱えの指圧師のひとに紹介されたが、その方、『指圧や整体などの人は長年、他の人の悪い気を受けているので、SHIぬときはものすごく苦しむ』という話を聞いた。同じことは祈祷などをしている僧侶もそうで、密教系の宗派では、そういう方が重篤になると、それをやわらげるために、他の僧侶が応援に駆け付けるというのを聞いた。

それが、サウナやらホットな締め切った場所で、他の人と一緒にヨーガをやって体調でるのか?むしろ邪気を吸い込むのではないか?と私などは思う。

よく聞く『ヨギーニ』という言葉も、もとは尸林(変換漢字がないので。しりんという語で、インドのSHITAI捨て場)で、火ーSO-した灰を身体に塗って、ダーキニーを信奉していた人たちのこと。私などはひきます。彼らはHAーKAー場ジャッカルと一緒に焼け残りを食べると言われていた。だから日本の仏教のほうでも、連中は『人の肝を食べる』ので、誰かがNAKUなる半年前にそれがわかるという。大黒天が彼らを改心させたということになっていて、『それではSHI−Nだあとに肝を食べます』ということになった。だから気ツ根のところの大本山には『暴走させない』ために大黒天がお祀りされている。そのジャッカルは日本にいなかったので、古墳で掘り出して食べている『気ツ根』がきっとそれだろう、と日本ではジャッカルの替わりに気ツ根ということになった。インドでは彼らに出会っても『目を見てはいけない』と言われている。瞬間催眠をかけられて、使いっパシリにされる。ヨギーニという響きがカッコ良いと思っている人はものを知らない。その絵はおどろおどろしく、血まみれで人を喰らい、手にはズガイ骨で作った椀を持っている。

強烈なパワーがあるので、これに勝てる尊格は大黒天ともうひとかたしかいないと言われている。

これは坐禅でもそうで、長年、インドでは仏教とヒンドゥ教が数百年間影響を与えあい、論争し、競合していたときがあった。ヨーガの重要な初期の大成者の一人は、仏教徒でもあったのがわかっている。現在のアメリカの『瞑想』は、ヴェトナムあたりのものをベースにしている。しかし、一方で、インドのヒンドゥ教とのかかわりあいの中で、それを眺めると、それはメインストリームというよりは、ひとつの支流であるとわかる。またチベットのほうのものはヒンドゥ教をずいぶん吸収し、タントラ化して、また師匠崇拝が極端に進んでいる。

こうした話はほとんど、語られない。アメリカ人向けに円相を描いて、真ん中にLOVEとか書いたりするのをみると、なんだか『ジョージ・ハリスンの仏教』みたいな気がする(笑)。


この話、もうちょっと、続けますかね。

誰しも歳をとる

週末に、ちょっと都心の職人さんのところへ行ってきました。今年に入ってから肺炎で1か月弱入院していた。ある程度の高齢になると肺炎は怖い。

多くの人たちは、肺炎は風邪の親類のように考えている人もいるかもしれませんが、そうではない。高齢者の場合、雑菌が肺に入ったり、誤嚥など、さまざまな原因で起きる。入れ歯のひとは肺炎になりやすかったりします。あと歯周病の人も肺炎になりやすい。

私も老母の肺炎予防にはずいぶん気を使っている。自分の自前の歯が少なくなってくると、歯ブラシで磨いても雑菌が減らしづらくなる。なので、うちでは殺菌効果の高い緑茶で、プラスチックの棒の先に小さいスポンジがついた、口内クリーナーを使っている。病院を出る時、最後の頃にすこし、のどがセロセロしていて怪しい状態だったが、こまめに喉を払わせ、緑茶と小さいスポンジでみごとに症状が消えた。以来、肺炎の兆候はない。

私の会社員時代の社長は、最近肺炎でNAKUなったが、大学時代はスポーツマンで身長は180cmほど、ぜい肉一つなく、食事にも運動にも気を使い、歯もしっかりあったが、あっさりと肺炎でやられてしまった。人の一生はわからない。

下町の風情があるその職人さんのところへ、打ち合わせと顔を見がてらでかけた。行くと、仕事は区切りをつけ、2階で休んでいた。かつては職人がたくさん働いていた工場で、2階は職人さんのスペースだったのだが、いまは彼ひとり。作業も彼が独りでこなしている。

『緑茶作戦はどうだった?』
『いまのところ、いいみたいだが、とにかく歳がね、身体全体が弱っちゃってるから、たいへんだよ。』

世の中、ネットで物が届き、短い時には翌日とかに届く。そういう世界では、物がどうやって作られるかなどは、ほとんどの人が考えても見ない。

旋盤の人は機械油が焦げる煙と金属粉で肺や気管支をやられ、フレームビルダーは金属粉で肺をやられ、溶接の時のさまざまな金属の蒸発物質を吸って血管や心臓をやられ、塗師は有機溶剤で呼吸器と内臓をやられる。

18世紀のルブランとかラ・トゥールのように『油絵のような臭いものは、紳士淑女の前で扱うのにふさわしくない』などといって、パステル画をもっぱら描いているような人たちもいたが、職人世界でそれはありえない。

1960年代のヨーロッパのクルマの黄色とか茄子紺とかは、現在の塗料では同じ色が出ない。あの時代混ぜられていたクローム、カドミウム、鉛などが今は使えないので、黄色は『ユンボ色』に、オレンジは『ミルク紅ショウガ色』になる。その頃からやっていた職人さんたちは、健康上のツケが一気にきているといってよい。

たまたま話の中で『金属球の落下テスト』の話がでた。昔は1mのところから金属球を落として、塗装の剥げ具合で、合格不合格が決められた。

昔ながらのやりかたでやっていると、うちなども、5重塗装ぐらいになるので、塗装のもちが違う。剥げたら、そこをピンポイントでタッチアップしておけば、剥げた部分から錆が広がるようなことはない。

昭和レトロな一画で、そうした昔話。

やがては、そういう『チーム』も解散することになる。人の寿命とチームの寿命。これは、なかなか引き継げない。親子でも違う。私は一応、その職人さんに旋盤の人を顔合わせさせている。そうした感覚を持つことはものづくりに重要だと思う。

日本の製品のよさはそうしたところから生まれていたはずで、そこが日々壊されている以上、遠からぬうちに、『試作品すらも海外に発注』して、日本で製品化する前に、ほぼ同じものが隣国から出てくるようになるだろう。

なんでも、いまや番傘や蛇の目の和傘をつくる職人さんが激減して、中の上下にスライドする部分『カナメ』を轆轤で作れる人が全国に1人だけ、骨を作る人は3人しか残っておらず、しかもみんな80代だという話を聞いた。

これは、自転車や機械加工の世界でもひとごとではないとしみじみ思った。

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