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昨日はスェーデンのグレタ・トゥ―ンべりという16歳の若者が呼びかけて、世界125か国で180万人が、若者が中心になって、気候のために世界規模でストライキを起こした。

地球温暖化や気候変動がこれほど騒がれているのに、大企業や各国政府の対応はのろい、というのが趣旨だ。

日本ではあまり報じられず、また同調者も少ないようだ。この時期、各地で猛暑日。北海道でも39.5度。あきらかに気候がおかしくなってきているのは、日本にもじわじわ来ている。海水温の上昇で海苔は不作で、ホタテ貝も死滅。大雨で山の斜面は崩れみかんの木は大打撃を受けた。みんな『ひとごと』で忘れてしまっているのか?

我々自転車族は、信号待ちで隣に大排気量の自動車が来ると、熱せられたフライパンをかざされたように、カーッと、ストーブにあたったような熱気を感じる。

運転者は車内で空調をかけているので、気にならないのでしょう。3.5リッター超級のクルマで半日ドライブしたら、どのくらいの高温の熱気を出しているのか?

にもかかわらず、主導的な立場のメーカーは、社長自らが助手席に座って、ニュルブルクリンクで『不必要に速いクルマ』に乗ってCMに出たりしている。

『日本に速度制限のないアウトバーンのようなものは決してできないだろう』し、北米でもそういうものが出来る気配はない。ピントが外れている。

そもそも、そういうスポーツカーがカッコ良いと思う視点は、世間の常識から外れて来ている。私などはそういうのをみると、自分の自己顕示欲から『単なる地球環境に対して害をなす物』としかみえない。

興味深い現象は、Youtuberとして有名なブロンディの超車のビデオを観ても、ほとんどの超車の所有者が中東などに集中していること。あちらはどこまでいっても単調な砂漠の風景で、景色がつまらないので飛ばすしかないのだろう。

先のニュルブルクリンクの話だが、あそこでうまく走れて、それが世界中で通用するのか?世界にはもっと別の条件がある。お盆の時などの日本の5時間の渋滞とか、英国のデヴォンやコーンウォールの上の方のヘッジに挟まれた道は、細くて、ドイツ製英国巨大車は走れないだろう。英国車なのに英国の道を走れない?

今日もまた、自転車レース中に事故があって、なくなられた方がいたようだが、ネット・ニュースのコメント欄の9割は『自転車のレーサーは危険だ』というような内容のものだった。薄いライクラ1枚で、自動車なみに40km〜50kmで走るわけですからね。しかも現代のロード・レーサーはプロが乗っても何でもないところで大転倒して、集団落車を引き起こしている。世の中の人たちの共感を得られなくなってきているのを感じる。政治家の方も、皇居近くでの事故の前に、多摩川の近くでも事故をやって新聞に載った。サイクリングの啓蒙団体の会長が他人を巻き込む事故をして、そのあとで自らも身体の自由が利かなくなるくらいの自損事故というのは不都合ではないのか?

いわば、『一般公道でスピードスケートをやっているような感じ』だと私はとらえている。

荷物を積んで生活補助道具というわけでもなさそうだし、サイクリングロードでは、幼児がいるところでも高速で疾走している人を多く見かける。最近のレーサーはただ単にスピードに憑りつかれるのと、自分自身の運動ということだけで成り立っているのだろう。

私が盛んにロードレーサーに乗っていた1970〜1990年代と現代では、レーサーの性質が大きく変わったという印象だ。

本来は、エネルギーを出来る限り浪費しない、環境負荷の少ない個人移動の補助手段として、自転車は切り札的な性格を帯びているはずだが、現代のロードレーサーはまったくその意味で、この気象大変動期の中で、果たすべき役割を果たしていない。

そのロードを啓蒙する映画の俳優さんが、大事故を起こしたようだが、なんでもスクーターを追い越すシーンの撮影中の事故であったと毎日のニュースのバックナンバーに書いてあった。

私はロードレーサーに40年以上乗って来たが、マナーとして、あるいは『趣味の高級自転車に乗る人間の矜持』として、あるいは『安全運転の義務』として、スクーターやミニバイクを自転車で追い越そうと思ったことはない。それを中学生、高校生が真似をしたらどういう社会的な悪影響があるのか?

なぜか、そうした問題点を自転車雑誌はどこも取り上げない。

これはツールの選手のドーピング問題でもそうで、アームストロングが『自分でやった』と白状しているにもかかわらず、『僕は彼の無実を信じます』とか、日本の雑誌は堂々と活字にしていた。いったい誰に忖度しているのか?英国のプロサイクリング誌は『ヒーローか?ゼロか?』という詳細な内部の実情の特集を組んでいたくらいの切り込み方だった。

自転車雑誌に『やってはいけない50のこと』とか書いてあって、図書館で立ち読みしたが、その中にサドルにバネを付けたり、穴の開いたサドルを使ってはいけないというようなことが書いてあった。


面白いじゃないか。キリマンジェロからMTBで直滑降するとき、通常のスポーツサドルでは股間がもたないので、BROOKSはバネ入りのコンクエストを作った。通常の細いサドルでキリマンジェロを降りてから言ってもらいたい。

また、英国では『エンド・トゥ・エンド・ラン』というのがあって、北の果てジョン・オゥ・グローツから南の果てランズエンドまでノンストップで走る競技がある。ルートにもよるがだいたい1200キロ以上ある。伝統的にそれを走りきった後は、連続で1500kmまで一気に走るのを習わしとしている。

ここでも通常のB17番の革サドルでは股間がもたないので、バネ入りの特製サドルが使われた。それはじつに快適で、250kmを超えた時、股間がはるかに楽なことは歴然とする。左から2番目、3番目のもので、B17より長く、幅は1cmほどある。バネを含んだ全高はコンクエストより低い。

日本人で、自転車で1500km一気乗りした人がいるのか?私は聞いたことが無い。

同様に、革サドルの中心部分に穴をあけると、『一番面圧を下げたい部分が解放される』ので、イタリアのセラ・ローヤル社の研究室で、そのBROOKSのインペリアルを実験したところ、『痛くて乗れなくなる限界点が30%高まる』ことがはっきりしている。だから、彼らは自社のものにも穴をあけて作り始めた。

さて、地球環境に出来る限り負荷をかけない生き方を、みなが考えて行かないといけないところへ、我々の文明はさしかかっていると思う。

その中で、どうして『エコな生活を成り立たせる、実用的な自転車』を雑誌もメーカーもやらないのか?

私がバルケッタや28号をやりはじめたきっかけは、『エシカルな自然親和生活』をサポートする自転車が必要だと思ったからだ。


今日あたりは、さすがに連続1か月以上毎日14時間働いていて、ヤスリのかけすぎで右腕が利かなくなっている。

日は暮れて道遠しというところか。

このブログで何度かとりあげたマイケル・ファラージ氏のブレギジット党が結党から5週間で大躍進して、2大政党の保守党、労働党よりはるかに高い支持率だという。

私は当然だと思いますね。私はメイさんはあまりに無能、あまりに説得術、交渉術がなさすぎる。リーダーとしての未来・将来に対するヴイジョンが感じられない。

対するコービンさんは不遜というのか、『彼だけは絶対に嫌だ。まだ政治家としての手腕がないメイさんのほうがましだ』というところがある。彼は議場に女王陛下が入ってこられても席も立たないで、無視して、隣りの人と雑談を続けるような人だ。日本のメディアはマイケル・ファラージ氏に『極右』というレッテルをよく貼っているが、私はそうは思わない。それなら王制、立憲君主制をこころよく思わないで、信条的にかなり左のコービン氏をなぜ『極左』と言わないのか?英国は70年代組合のストつづきで経済的に立ち行かなくなった。その組合の側の中核にコービン氏はいたではないか。

英国の王制の対費用効果ははかりしれない。洋服から自動車、紅茶や陶磁器、デパートから食品、カバンのたぐいから観光に至るまで、英国王室のおかげをこうむっている産業がどれほどあるのか?また、ブリティッシュ・コモンウェルスの国々との外交で、どれほどの巨大な貢献があったか?たいへんなものであったはずだ。

EUの内部のパワーゲームというのは、いわば、EUという『モダン・ソヴイエト』のような巨大組織をつくりだし、そのなかの『EUのエリートたちが、EUメンバーの国の一般市民が選挙で選べない』という、『手の届かないところで『新しい支配階級が、地域の住民の意思に反してさまざまなことをやっている』のが問題なわけだ。

EUの大統領は誰(欧州理事会議長)?ユンカー氏(ユンケル)の信条はどういうもの?そういうことを何も知らせず、伝えず、一方で、日本のメディアはマイケル・ファラージ氏を『極右』とレッテルづけしてきた。

日本では『EUは2つの大戦の反省から、平和のためにつくられた』と流し続けてきた。そして、それを壊すブレギジットは悪だ、ブレギジットを推進しているファラージ氏は極右で悪だ、とこういう論理だ。それは違うだろう。

フランスとドイツが2度と大きい戦争をしないように、とEUが出来たのであれば、その2つの大国が、小さいヨーロッパ国から、虫が樹液を吸うように利益を吸い上げ、解体して、ソヴイエトの衛星国のようにそこから離れて独立して存在できないように、人の国に手をつっこんで、ドイツとフランスでEUの親玉になることを目指し、ある時は結託している状況はどう見るのか?イタリアなどでも、銀行はことごとく解体され、マクロン氏がかつて勤めていた銀行に呑み込ませていたではないか。それは、いまフランスが国営のルノーと一体になって、技術もろともNISSANを呑み込もうとしているのと、同じ構図がヨーロッパのいたるところで起こっていると考えるとわかりやすい。

『株さえ持ってしまえば、その会社は海外の勢力のもの』というのは、哲学的に考えて正しいことなのか?企業は誰のものか?あるいはイタリアで解体された地場銀行は、誰が育てたものなのか?EUの問題はそこのところを噴出させたと私はみている。

ベルギーという、もともとナポレオンの時代、一種の緩衝地帯として英国が作った国が、巨大な産業も先端技術もヨーロッパを牽引するファッションも無いのに、かつては鉄のカーテンの向こう側に対抗するのに西側ブロックの本拠として、ヨーロッパで最も高い方の所得水準にあった。そこがEUが出来て、アメリカのワシントンなみの、ロビイストの集結するセンターとなり、『主要産業は政治』(爆)みたいな、いびつな文化になっている。小便小僧の像がミケランジェロの彫刻(イタリア)や、ロダンの彫刻(フランス)、ヘンリー・ムーアの彫刻(英国)、ジャコメッティの彫刻(スイス)と互角の芸術性があるとは私は思わない。『ホームセンターにあるのと、たいして変わらないと思う』。

政治ですか?それではベルギーの思想家や哲学者は?ハイデッガー?(ドイツ)、サルトル?(フランス)、ウィトゲンシュタイン?(オーストリア)、バートランド・ラッセル(英国)?

そういうところの議会が、たとえばドイツの意見で、アウトバーンのようなものを、フランスの農業地帯に勝手に作る。地元のフランス人は反対しているがEUが必要と判断する。破産状態のギリシャの地下鉄や空港設備などはドイツの企業が作り、ドイツは儲かり、ギリシャはこれからたぶん100年の桁で『借金奴隷』の地位に落とされた。あげく、ギリシャは財政破綻して、国の港の施設と土地を、日本の隣国に売った。

スペインで『飛行機が着陸していないような、まったく使われる見込みのない空港をスペインに作る』、それもEUが決める。誰の金で?英国の金が橋などの建設にも使われている。それはまったく英国に恩恵をもたらさない。

コービン氏もそうしたEUが悪だというのは重々承知で、そうした発言を彼自身何度もしている。しかし、彼は労働党のトップに立ってから、自分の反EUの本音を隠し、メイ氏に反対している。そこがまさに、気に入らないところで、『彼は国よりも政治ゲームを上に置くのか?』と私などは考えてしまう。

EUの議場でファラージ氏が議論するときの弁舌には、論敵のがわからも笑いが起こるくらいユーモアのセンスがあり、反論できない痛いところをつく鋭さがあった。そういう人に任せてみようと思う動きが出るのは予測できたことだと私は思いますね。

変化のイメージ

『草木もなびく』という表現がありますが、流行とか変化とかいうものは、こどもの時分、下敷きの下に磁石を置いて、その上で砂鉄をなびかせていたようなイメージがある。

誰かの手で、踊らされ、誘導されている。

そうしたことを繰り返し、やがては流行も現在の状態も変ってゆく。それは良いものばかりとはかぎらない。いまさかんに5Gと騒がれていますが、これは『負の面も大きい』のではないかな?と私などは考える。

通信で送れるものが大きく、速くとなれば、送りつけるウィルスも大きく、手の込んだものになるだろうし、また、どこかへ侵入して抜き出す速度も、抜き出すものの量も大きくなるということだ。

どこぞのケータイの『使い方のトラブル相談』の渋谷の場所へ数年前に行った時、『普通の椅子が一つもなかった』。みんな立って待っていて、立ったまま相談。いくつかはスツールがあったか?

それが効率化なのだろうが、足の不自由な人、腰を痛めている人、高齢者はたまったものではないと思った。


なんでもこれからはスポーツの審判もAIがやることになってゆくらしいが、私などの感覚からすると、『審判をするのも立派なスポーツ』なわけで、選手の動きを『的確に見ること自体が、すでにその競技をやっているひとつの側面』なわけです。

だから、古武道では、道場へ行っても、カリキュラムがなく、先輩の稽古をただただ、ひたすら見て、それを真似して、やってみて、先輩に直してもらう、というやりかたのところもある。

私は交通事故のパターンを考えるのに、よくYoutubeのロードレーサーのクラッシュシーンなどを見るが、なかなか興味深い。落車するというのは『失敗』なわけで、しかも全身不随になったり、命を落とす深刻な『失敗』といえる。それは乗り手が事故を引き込んでいる場合もあるし、機材の選択を誤っていることから事故が起こりやすくなっている場合もある。

これはわかりやすく言うと、たとえば、自動車の場合、4つの車輪の地面との接地面は、普通のクルマでも超車でも大差はないわけだが、超車は通常の車両よりはるかに軽い。そこへもってきて数百馬力で不必要なバカぢからがある。まさかフォーミュラ1とかリブレのような、車体と同じぐらいの幅のタイヤをはくわけにはゆかない。しかも加速が良いということは、タイヤの回転とタイヤの下を流れて行く道路の『対タイヤ円周速度の差』がたいへんなパワーでズレるわけで、一度接地を失ったタイヤがふたたびグリップを取り戻すことは難しい。

ためしにYoutubeで、英語で『超車』と『fail』とか『crash』と入れてみると良い。もう走り始めて50m、100mでコントロール不能になって大破している超車が無数に出てくる。


それは馬力とタイヤのことを考えれば当たり前にわかることで、むしろ路上でF1に乗る方が理にかなっている。


1930〜1980年ぐらいまでは、スポーツカーはそんなおかしなことになっていなかった。これは自転車に関してもまったく同じことが言える。

一般の車両に関しても、事故を誘発するような挙動の運転のものが増えた。昨日も道路を横断するねこのように、歩行者や自転車を見ずに、フルスロットルで左折してくるクルマに出会った。そうした『ゲーム感覚で運転するのが巧いと勘違いした連中が増えた』。これは機材もそうした方向へ消費者を誘導している。疑うなら、豊太の『レ苦刺す』のCMを見てみるとよい。埠頭か港の倉庫かどこかで、病米利香のアクション映画もどきに車を走らせ、コンテナに入れる。そういうのが『クールだ』と思う人たちの中から、映画もどきに逆走してパトカーから逃げたりするのが現れる。『これは運動性能がよいクルマだ』と。

1週間ほど前に『ぷりぷり臼』の視界の問題とシフトレバーのとっさの判断を狂わせるパターンの話を書いたが、あれはDSなどとは、根本的に設計者の姿勢が違うのだ。

ぷりぷり臼の設計者は『何かユニークなことをやってやろう』という自我意識が先に立っている。だから、あの割れたガラスの欠片のような、奇妙な2等ヘン三角形のテールやヘッドライトはシトロエンのDSやSMのテールのモダン・テイクのつもりだろう。

しかし、本家フランスのデザインのほうは、『信号機のライトが頭上15mにあるよりは歩行者の頭の位置にあったほうが見やすい』というヨーロッパ式信号機のデザインと同様に、後続車の運転者の頭の高さに方向指示器とストップランプを持ってきている。ぷりぷり臼のデザインはそうではない。カッコから入っている。

同様に、DSの初期型はブレーキの踏み間違えを防ぐために、靴がペダルに絡まらないように、DSのブレーキペダルはゴムボールを半分にして、床にくっつけたようなレイアウトにしていた。『似たようなペダルを2つ並べるから踏み間違える。まったく違う形にすればよい』と彼らは考えたのだ。ここまで、踏み間違えの問題がクローズアップされてくると、逆に現代の日本のクルマは、DSより70年遅れていると言えるだろう。DSは自動操縦で手放しで数百キロ高速道を走る改造車を半世紀以上前に、実用レヴェルで完成させましたからね。

さて、過剰なパワーで不安定な超車。踏み間違え、ギアがどこに入っているかわからないレイアウトのシフトレバーによる突然のバックや発進。どうにも始末が付かないので、AI様に頼んで、ヨーロッパの地下鉄の運転手のように、自動運転で、『運転者はテディベアのように気休めにいる』(爆)感じになってくる。ああ、どこかの社長が、テディベアのようにニュルブルクリンクで助手席に座っていましたっけ。


それは進歩なのか?私にはただの変化に見えるのだが。物事がつまらなくなる進歩、社会が息苦しくなる変化なら、私はまっぴらごめんだ。

かなり時代遅れ

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最近、テレビをつけると、クルマのCMとビールのCM,携帯電話のCMがやたら多い気がする。

その中で、興味深いのはクルマのCMのほとんどが『外国でロケしたもの』。つまり、『日本では何に乗っても同じ』というのはメーカーもよく知っているのではないか?日本国内で新車を走らせて、クルマを買いたくなるシーンを撮るのは難しいだろう。


私は昭和30〜40年代の道路状態を覚えている。ガラガラだったし、クルマはまだ、その本領を発揮できるフィールドがあった。

同じことは『犬』や『ねこ』もそうで、彼らもずいぶん不自由になったな、と思う。狭い家の中で飼われて、表へ散歩に出ても、何の自然があるわけでもなく。ただ運動と排便のために連れて歩かれているようにみえる。

高級自動車もいぬやねこも現代ではよく似ている(笑)。たまに運動と排便に連れ出してもらうように、ゆるゆると渋滞の中を流して走る。決して、思いっ切り全力疾走する機会はない。

昔のねこは、いまよりはるかに自由だったし、首に鈴などつけて、あまり野鳥などを捕まえないようにしていた。塀伝いに歩いていって、多少の悪さをしても、誰それさんとこの◎×だ。ぐらいで、べつに大騒ぎしなかった。みなさん寛大だった。それがいまや、電子認証を体内に埋め込むと言っている。いぬやねこも不自由なら、そういう社会も息苦しい。

いぬも同じで、あちこちに原っぱがあったり、河川敷へ行ったりして、自由に駆け回らせた。彼らも『野生満喫』で川に飛び込んで泳いだり。そこそこ幸福だったろうと思う。いまや、原っぱなんかありませんから。

私は『高級犬』と『高級車』は現代では似ていると思うんだなぁ(爆)。

英国にいた時、バースの郊外のドッグ・ハウスへ、よく遊びに行った。飼い主に見捨てられた犬を保護する施設で、いぬを借り出して、草原のなかを散歩させる。相性が良かったら引き取っても良い。そこへいって私が感じたのは『自分は犬種はなんでもいい』ということだった。性格がよさそうで、連れて出してほしいと眼で言っているいぬは、そのまま連れ出した。

私はスパニエルとかコリーとかマルチーズとか、縁あってきたいぬを数十年飼っていたので、いぬにはだいたいすぐ気に入られる。ねこもそうです。

ところが、世の中には『犬種』をすごく気にする人たちがいる。私はいつもそこで『ああ、根っこが違うんだな』としみじみと思う。

これは実は、自転車でもそうで、部品でも旧い車両でも、縁があってきたもので、それで良しとする。

クルマからいぬ、あるいは自転車に至るまで、これでないといけない、、、という『こだわり』の根底には『オレはこういう人』とか『ワタシはこういう人』というのを、持ち物や使う物に託している。

そこには『自分の欲』、『他人の眼』がどこかに潜んでいる。『自分はこれを我がものとしたい』、『自分はこういう趣味の人だと見てもらいたい』と表現を置き換えても良い。


それは、動物や乗り物を『物』として扱っているようにみえる。

多くの醒めたひとたちは、もはや、連れている高級犬や高級自動車で、そのひとを判断することは、全世界的になくなっていると私は思う。

高級犬であるかどうかより、そのいぬが飼い主といて幸せそうかどうかしか、私は見ない。

これは自動車や自転車もそうで、まあ、趣味やらセンスやら財力やら、見て欲しいのか、『これでもかッ!』なものをたまに見ると、私などは逆にひきます(笑)。

与那国島でも屋久島でも記録的な大雨が降り、いよいよ地球環境は深刻にバランスを崩しているのが日本へも迫ってきている。そういう中でデカい趣味クルマを乗るのは時代錯誤だろう。

テレビで『環境保護からクルマ乗り入れ禁止』(実際には都市構造上乗り入れられない)のヴェニスに、行ってラフトを浮かべてクルマを走らせるなどというのは、まったくとんでもないドイツの横暴だろう。

たまに『英国のものが好きで、、、』と言って寄って来る人がいて、英国の服、英国のクルマ、英国の家具、英国の自転車、などをやっていて、英語はからっきしダメで、じつは英国に住んだことも行ったことも無い人がいる。それは、フランスのものでも同じ。『キミはフランス人じゃないし、フランス語も出来ず、フランスの芸術も文学も知らず,住んだこともない。日本のものには興味がないのか?』と訊きたくなる。私にはそれは『深刻なアイデンティティー問題に見える』。

いまや、『高齢者の自動車運転が危険』と言われ始めたが、日本は長年、クルマ社会アメリカの都市づくりなどを参考にやってきた。ニュータウンも学園都市もクルマや最低線スクーターがないと生活が成立しない。それらが、高齢者社会になりつつあり、一気に時代遅れになりつつある。

ヨーロッパのオランダとかポルトガルとかは美しく斜陽化に成功したとみえるが、日本はこれからどうなるのかな?と、ある意味、私は興味津々なのです。

農夫のお茶

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英国に行くと、パブで『畑を耕す人のランチ』というのがある。パンとチーズとピクルスなど。言ってみれば、日本のおにぎりに近いものかもしれない。

日本の餅と緑茶の組み合わせも、『農夫や旅人など身体を動かす人のお茶』という感じがする。

不思議なもので、疲れていて甘いものが欲しくなる時と、塩味のものが欲しくなる時がある。

今日の餅は大満足でした。

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