英国文化

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ソフトスキル

当ブログへの常連さんが別のブログへ引っ越したのですが、そこで英国でのソフトスキルの話が出ていた。

態度、物腰、喋り方、服装など、それらすべてを駆使して社会を泳ぐわけですが、その方、それは『生まれ育ち、生活環境ではないのか?自分は機会平等のアメリカ式日本で育ったので、、』というような主張だったのですが、私は英米、両国をよく知っているので断言しますが、

英国の方が、アメリカよりはるかに生まれ育ちの壁を越えやすい。

アメリカが階級社会でないと思ったら、大きな間違いだ。私が高校時代の時の友人で、名門プリンストン大学から来ている留学生がいた。また西海岸から来ている日系3世の友人がいた。そのときに、いろいろな時に、西海岸日系3世の友人が『ひけめ』を告白していたので、はじめて、アメリカも自分が考えているほどクラスレスではないと知った。

その後、ちょっとした時に、アメリカの人が『彼の方がよい英語を話す、、』というようなことを耳にして、『それはどういうことか?』とよく質問した。さらに、その後、ヒスパニック系の友人ができると、同じアメリカにいても超えられない何かがあるのをよく聞かされた。

そう言うことを言ってはいけないのかもしれませんが、いまのトランペット大統領だって嫌いなわけでしょう?『背中の濡れた奴』(川を泳いで密かに国に来た連中)、とかほかにもよろしくない表現はゴマンとある。先週はニクソンとレーガンが『モンキーどもが〜〜』と話しているテープが公開されたのを聞いた。トルーマンは若い頃に妻に書いた手紙の中で『神は白い砂で白人を創り、黒い土で黒人を創り、残りの黄色い物(汚物)で黄色人種を創った。』と書いていた(日系のロナルド・タカキ氏が調べ抜いている)。

レーガンの時代は、英国ではサッチャーの時代だが、彼女はそのような発言・失言はしていない。

このあいだ、たまたま昼飯に入った食堂で、私がどうやって英語を勉強したのか訊かれた。私は大学一年の時までは、徹底したアメリカ英語でした。メイン州のほうの人、プリンストンの人、ロチェスターの人の3人のアクセントが強烈に入っていました。それを1年間で段階的に英国英語に直した。ある程度のところまで治すのに4年かかった。それでも、彼らは母音ひとつ、子音ひとつで、お里が当てられる。

『そうとう頑張っているけど、アメリカ人の先生についたでしょう? I can tell it from your R sound.』

あちこちで、そう言われた。その癖を落とせたのが30歳ちょうどぐらいか。あいづちの打ち方や単語、タイミングもまったく違う。最初に、日本で会った英国人との話の中で『Far from it』と言ったところ、『いやぁ!懐かしい!いまの使い方といい、タイミングといい、じつに英国的だ!』と感心された。英国でいろいろと面倒を見てくれた恩人がいて、彼女がさまざまな注意を与えてくれた。『それは文法的には正しいが、卑屈に聞こえる。こう言え、』という具合。


そのころから、英国で『扉が開くように受け入れられるようになった』。着こなしはイートン校御用達の店の親爺が教えてくれた。

『初夜のベッドのなかでもイートンのスクールタイを締めているような人になってはなりませぬぞ』(爆)

これらは、英国に於いては『修行でクリアーできる』と私は考えている。しかし、私は、アメリカでは顔や外観を変えないかぎり無理、というハードルを感じた。ドイツでも感じましたね。じつに嫌なものだ。それは見えないし、言葉に発せられないけれど、はっきりと存在すると思う。

英国は意外に島国ではない。インターナショナルな感覚を持ち合わせている。彼らが嫌がるのは、彼らの伝統的な価値観にレスペクトを払わない人、それらを理解し愛さないよそ者、なのだということがわかる。逆に言うと、そのあたりが押さえられている人は英国紳士・淑女で通用する。裏返せば、紳士・淑女は外見ではない。

現実問題として、英国の階級間移動の人口統計を見ると、アメリカや日本よりはるかに移動する人が多いことがわかる。これはノーベル賞候補にもなっていた故森嶋教授の本にも出ている。


身近な例、ロジャー・ムーアは警察官の息子で、ボディビルのモデルをやったりしていたが、彼は出身の労働者階級のアクセントはほぼ無い。ジュリー・アンドリュースは極貧のスラム出で、舞台に立つとき、靴下には穴が開き、そこを塗っていた。それでもprissyながら良い英語を話す。そして、両者とも成功した。一方で『自分はいかなる役柄でも絶対に発音を直さない』と宣言していたドロドロのスコットランドなまりのショーン・コネリーも、労働者階級出のマイケル・ケインもやはり人気者で受け入れられている。

興味深いことはロジャー・ムーアとマイケル・ケインは出身の背景がほとんど同じで、ロジャー・ムーアもマイケル・ケインのようなアクセントで話していた可能性があったのだ。

それは、その人の向かう人生の方向で、いずれを選んでも良いのが英国だ。ミック・ジャガーなどでも、本来なら上流階級の英語を話していてもおかしくないのだが、意図的にそうではない方向へ行っている。

どちらでも使いこなせるというのは便利なこと。『英国人はピンストライプの背広を鎧に、ウィットとユーモアを槍に、にこやかな笑顔と美しい英語を鉄壁として用い、無礼で無教養な人から自らを防御する』という言葉があるぐらいだ。

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もう、何十年か前のこと、英国でイアン・フレミングのドキュメンタリーをやっていた。そこで、『マネーペニーにはモデルがいた』というのをはじめて知った。

フレミングが英国海軍にいたとき、彼の秘書をやっていた女性で、その名をミュリエル・ライト。フレミングの短編の中に、BSAのM20のディスパッチ・バイク(書簡や極秘文書などを指令室から前線や別の本部まで、モーターサイクルで運ぶ)が途中で襲われて替え玉にすり替えられる話があった。

その、フレミングの秘書のミュリエル・ライトがマネーペニーのモデルだと言われている。ディスパッチ・バイクにまたがっている写真が残されている。

007の中のマネーペニーは決して結婚しないが、じつはミュリエル・ライトはドイツの爆撃で命をおとしている。フレミングは長らく、そのショックから立ち直れなかった。

写真はその本人です。一説には、フレミングが書類を渡し、『ついでに煙草を買ってきてくれ』と言って送り出したことで、空襲に巻き込まれた』。そうした史実を知って、ストーリーを追うと、On Her Majesty's secret serviceでトレーシー・ボンドがジェームズ・ボンドとの結婚式のすぐ後でブロフェルドの機銃掃射で絶命する話もけっこう意味深に思えてくる。

このブログで何度かとりあげたマイケル・ファラージ氏のブレギジット党が結党から5週間で大躍進して、2大政党の保守党、労働党よりはるかに高い支持率だという。

私は当然だと思いますね。私はメイさんはあまりに無能、あまりに説得術、交渉術がなさすぎる。リーダーとしての未来・将来に対するヴイジョンが感じられない。

対するコービンさんは不遜というのか、『彼だけは絶対に嫌だ。まだ政治家としての手腕がないメイさんのほうがましだ』というところがある。彼は議場に女王陛下が入ってこられても席も立たないで、無視して、隣りの人と雑談を続けるような人だ。日本のメディアはマイケル・ファラージ氏に『極右』というレッテルをよく貼っているが、私はそうは思わない。それなら王制、立憲君主制をこころよく思わないで、信条的にかなり左のコービン氏をなぜ『極左』と言わないのか?英国は70年代組合のストつづきで経済的に立ち行かなくなった。その組合の側の中核にコービン氏はいたではないか。

英国の王制の対費用効果ははかりしれない。洋服から自動車、紅茶や陶磁器、デパートから食品、カバンのたぐいから観光に至るまで、英国王室のおかげをこうむっている産業がどれほどあるのか?また、ブリティッシュ・コモンウェルスの国々との外交で、どれほどの巨大な貢献があったか?たいへんなものであったはずだ。

EUの内部のパワーゲームというのは、いわば、EUという『モダン・ソヴイエト』のような巨大組織をつくりだし、そのなかの『EUのエリートたちが、EUメンバーの国の一般市民が選挙で選べない』という、『手の届かないところで『新しい支配階級が、地域の住民の意思に反してさまざまなことをやっている』のが問題なわけだ。

EUの大統領は誰(欧州理事会議長)?ユンカー氏(ユンケル)の信条はどういうもの?そういうことを何も知らせず、伝えず、一方で、日本のメディアはマイケル・ファラージ氏を『極右』とレッテルづけしてきた。

日本では『EUは2つの大戦の反省から、平和のためにつくられた』と流し続けてきた。そして、それを壊すブレギジットは悪だ、ブレギジットを推進しているファラージ氏は極右で悪だ、とこういう論理だ。それは違うだろう。

フランスとドイツが2度と大きい戦争をしないように、とEUが出来たのであれば、その2つの大国が、小さいヨーロッパ国から、虫が樹液を吸うように利益を吸い上げ、解体して、ソヴイエトの衛星国のようにそこから離れて独立して存在できないように、人の国に手をつっこんで、ドイツとフランスでEUの親玉になることを目指し、ある時は結託している状況はどう見るのか?イタリアなどでも、銀行はことごとく解体され、マクロン氏がかつて勤めていた銀行に呑み込ませていたではないか。それは、いまフランスが国営のルノーと一体になって、技術もろともNISSANを呑み込もうとしているのと、同じ構図がヨーロッパのいたるところで起こっていると考えるとわかりやすい。

『株さえ持ってしまえば、その会社は海外の勢力のもの』というのは、哲学的に考えて正しいことなのか?企業は誰のものか?あるいはイタリアで解体された地場銀行は、誰が育てたものなのか?EUの問題はそこのところを噴出させたと私はみている。

ベルギーという、もともとナポレオンの時代、一種の緩衝地帯として英国が作った国が、巨大な産業も先端技術もヨーロッパを牽引するファッションも無いのに、かつては鉄のカーテンの向こう側に対抗するのに西側ブロックの本拠として、ヨーロッパで最も高い方の所得水準にあった。そこがEUが出来て、アメリカのワシントンなみの、ロビイストの集結するセンターとなり、『主要産業は政治』(爆)みたいな、いびつな文化になっている。小便小僧の像がミケランジェロの彫刻(イタリア)や、ロダンの彫刻(フランス)、ヘンリー・ムーアの彫刻(英国)、ジャコメッティの彫刻(スイス)と互角の芸術性があるとは私は思わない。『ホームセンターにあるのと、たいして変わらないと思う』。

政治ですか?それではベルギーの思想家や哲学者は?ハイデッガー?(ドイツ)、サルトル?(フランス)、ウィトゲンシュタイン?(オーストリア)、バートランド・ラッセル(英国)?

そういうところの議会が、たとえばドイツの意見で、アウトバーンのようなものを、フランスの農業地帯に勝手に作る。地元のフランス人は反対しているがEUが必要と判断する。破産状態のギリシャの地下鉄や空港設備などはドイツの企業が作り、ドイツは儲かり、ギリシャはこれからたぶん100年の桁で『借金奴隷』の地位に落とされた。あげく、ギリシャは財政破綻して、国の港の施設と土地を、日本の隣国に売った。

スペインで『飛行機が着陸していないような、まったく使われる見込みのない空港をスペインに作る』、それもEUが決める。誰の金で?英国の金が橋などの建設にも使われている。それはまったく英国に恩恵をもたらさない。

コービン氏もそうしたEUが悪だというのは重々承知で、そうした発言を彼自身何度もしている。しかし、彼は労働党のトップに立ってから、自分の反EUの本音を隠し、メイ氏に反対している。そこがまさに、気に入らないところで、『彼は国よりも政治ゲームを上に置くのか?』と私などは考えてしまう。

EUの議場でファラージ氏が議論するときの弁舌には、論敵のがわからも笑いが起こるくらいユーモアのセンスがあり、反論できない痛いところをつく鋭さがあった。そういう人に任せてみようと思う動きが出るのは予測できたことだと私は思いますね。

20年もすると?

Youtubeで英国の交通事情とかRoad rageを観ていましたが、『ああ、別の国になったな』と、ある意味『終了感覚』を持った。

どうでしょう?ギリギリ、1990年頃までは、英国のドライヴァーの運転マナーはたいへんよかった。古いRRなどは、運転手側の窓ガラスは、ワンタッチで手信号などのために降りるようになっていましたが、現実、窓から手を出して『前方に問題ありだ、速度を落とすぞ、後続のそっちも落とせ』というのをやる人がけっこういた。

横断歩道では、かならずクルマは停まる。ラウンダバウトでのマナーもしっかりしていた。しかもクルマはホコリだらけでも、こころは錦(笑)。鷹揚な人が多かった。

あるとき、友人のこどもをチャイルドシートに乗せた時、そのこが妙な感じにバランスをとるので、信号の手前で、クルマにこすったことがあった。

運転手が出てきた時、あきらかにこちらの落ち度だから『I am terribly sorry. I apologize.』と言った。多くの日本の英語の教科書では『英語圏では謝るな』と書いてあるが、それは訴訟好きのアメリカでの教訓だろう。『これはもめるかな?』と思ったら、キズをチェックして、
『汚いクルマだし、君は謝ったからもういい。オレは気にしない。オマエも気にするな』
と再び乗り込んで、走り去った。フツーのワーキング・クラスの40歳ぐらいの男性でした。英国の文化度高いな、とその時思った。同じことが起こったら、アメリカでも日本でも大騒ぎだっただろう。

ところが、私が特例というのではなく、まったく同じようなシーンを、別の自転車と自動車がやっていて、同じような会話を交わして別れるのを4〜5回私は目撃している。

あれから40数年ほど経っているので、おそらく大半のドライヴァーは入れ替わっているだろう。いまや、クルマを停めて殴り合いをやっているところが、たくさんYoutubeにアップされている。

3割強の人が、中東からの人のようだ。あと、圧倒的にハードウエアはドィッチェランドのエンジニアリングのものが多い。要するに、この40年で『英国的なものは薄まってしまった』のだろうなと思う。

今頃から夏にかけての季節、ロンドンではちゅー東からの油息子たちが、超車でバリバリ、パリパリやっていて、中にはクルマを見てもらおうと、道路にとめて、そのボンネットに寄り掛かっている油息子もたくさんいる。そのクルマへつばを吐く地元民。

かつてちゅー東に住んでいた時、夕方の混雑時になると、渋滞を追い越そうとして、のろのろと歩道へクルマをあげている奴がいたので、『乗り物文化程度の低さにあきれた』ことがある。

日本のすぐ近くの某国では、高速道路でクルマをとめてつかみ合いのケンカをやっているのをよく見かけた。もちろん、そのために河岸の高速道路は大渋滞する(笑)。当時、私は年に2回ぐらいその国へ行っていたので。そうすると、それをやめさせるのに、警官が180cmぐらいの樫の棒をもってくる。何をするのかとみていると、それで地面を思いっ切り叩いて、大きい音を出す。つかみ合っている2人を警官がそうやって『やめろ』とプレッシャーをかけるのだ。まるで、『カミナリが鳴っても離さないスッポンのようにしつこい』(笑)。最後は、2人の間に6尺棒をつっこんで、回転させて、2人の手をねじ切って引き離していた(笑)。

海外からどんどん人が入ってきて、英国のクルマのマナーも、ちゅー東やパ期巣丹なみになってしまったように見える。同じ国の人でも、世代が変わるとマナーも変るだろうし、日本も気を付けないと他人ごとではない。

英国らしさ

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英国へ行く前から、『英国らしさ』に対する漠然としたイメージがありました。

ウェッジウッドのティーカップで紅茶を飲み、スコッチをたしなみ、クルマはブリティッシュ・グリーンのジャギュア、、、こういうイメージすべてが英国での生活中に覆された。

たぶん、立場を変えれば、日本もまったく同じでしょう。枯山水の庭のある平屋に住み、早朝は神棚に柏手をうって、それから稔侍仏にお経をあげ、それから抜刀術などしばらく練習し、井戸端で水を浴び、さっぱりしたら、一汁一菜の朝飯、、。

そんな日本人は絶滅危惧種だ(笑)。


しかし、英国のイメージの場合は根底から違っていた。まず紅茶はみんな『マグカップで飲む』。そして、英国でカップをいろいろとみてみると、ウェッジウッドは格が高くない。ウスターやダルトンのほうが格が上。酒はスコッチよりもむしろシェリーやルビーポートを上質の葉巻とたしなむ。クルマは、、これが問題で、ジャギュアはBOOKMAKER(賭け事師、馬券業者)、女たらし、成り上がりのフドーさん屋、悪党、そういう人たちの乗り物というイメージが強い。だから彼らは最近、それを逆手に取って『Oh, yes, it is good to be bad.』とテレビCMでやった。

このイメージの悪かったことはTop Gearのオリジナル・メンバーだったクィンティン・ウィルソンが言っている。


ポアロのドラマを見ても、ミスマープルをみても、悪人はジャギュアに乗り、警部はハンバーに乗っている。弁護士とか医者はローヴァ―。


それで、『色』ですが、私は『英国的なクルマの色はグリーンだと思っていた』。しかし、実際に英国に住んでみると、『英国的な色は、独特の濃いブルー、陶磁器のようなチューダー・ホワイト、あるいは白樺色の銀がかったシルヴァー・バーチ、マルーンではないのか?』という感じが強くする。


そして、乗り物と云うのは、『風景との産物』であるという要素がある。英国で見ると、ある種のクルマはじつに風景によく合っている。最近のクルマが面白くないのは、『世界中どこへでも輸出できるような単一マーケット向けの無個性なカタチをしている』ことにつきる。


ところで、不思議なもので、そうしたものを『数見ていると、これはデザイナーが何を見てこの形にしたのかな』、というのが見える。最近の日本の軽自動車Sでかつて存在したHONDA−Zによく似たテールゲートのものがある。サイドの4つのドアの形状はSUBARU レックス。

こうしたことは、昔もあった。豊太の最初の蔵雲、あるいは『限定仕様のオリジン』は、1954年のフォードのCRESTLINEのフロント・グリルにハンバーのスーパースナイプのリアヴュー、サイドヴューを合体させるとほぼ近いものが出来上がる(右端2枚目はハンバー)。セドリックの1962年の『横目4灯』もネタ元はハンバー(右から3枚目もハンバー)だ。

現代の勉トレーも、ミュル残ヌなども、私は最初に見た時は『ああ、P5のマーク1(左端)と、タービン・エンジンのJET-1(左から3枚目、4枚目)を元のイメージにしたな、と思った。

ローヴァ―はロールス・ロイスの航空機用タービン・エンジンを使ったクルマをつくり、BRMと組んでレースに出させたことがあった。まったく無敵で、日本のレースでもタービン・エンジンのクルマが走ったことがあった。あまりに差が歴然としていたので、ついにはレースでは禁止されるにいたりました。

それでもやっぱり現代の勉トレーはいったい世界のどこの風景としっくりくるのかな?と私などは思う。


昔、アレックスが『三島由紀夫が住んでいた家が見たい』というので、馬込のほうへ出居村ーのスーパーV8で連れて行った。三島邸でアレックスはピンポンダッシュをして、そののちそこを離れたのだが、スーパーV8のロングホイールベースでは路地から出るのに大変苦労した。ギリギリ。
『これは出られんじゃろう。』
というアレックスだったが、電柱をギリギリクリアして出られた。御大、
『ミラクルじゃ。』
のひとこと。それよりデカい『塗り壁亡霊(ファンタム)』や勉トレーでは身動きが取れない。日本では使い物にならないだろう。昔Top Gearでクラークソンとメイの二人が勉津とシャドーでロンドンの中でパーキングを探してうろうろすることをやりましたが、まったく停められず、ついにガス欠になった。ロンドンでは、そうした車はショーファードリヴンで、主人を降ろすと走り去るのが普通。


Youtubeで、以下の『アウトランダー』からの抜粋をみてみると興味深いと思います。

QUEEN ELIZABETH PRIVATELY OWENED A SIMILAR ROVER P5 AS SHOWN IN THIS VIDEO

同様に、日本の乗り物にも『日本の風景としっくりくるカタチ』があったはずだが、日本では風景もクルマも同時に双方が壊されて個性を失くしたと思う。私はじつは1990年代以降の(2000年からの)蔵雲を認めていません。

アップしたJGY280という車両をヴィデオで見つけてハッとしました。それはホーム・オフィスのクルマ、つまり女王陛下が乗られていた車両そのものです。

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