双輪生活

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競う愚かさ

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昨晩、Youtubeで『ROAD RAGE』というのを検索してみた。出てくるのは『路上で、動物本能丸出しで、危険なことや、奥歯を3本抜かれたヒグマのように猛り狂って相手と喧嘩したり、相手の乗り物を破壊している姿。

私ははっきり覚えていますが、昭和30年代にそういうことはなかった。しずしずと、格調高く、貴族的に自動車を運転することがカッコ良いと思われていた。

『つまらない対抗意識』の『萌え、めばえ』(爆)は脱兎山が『差ニー』のコマーシャルで『隣のクルマが小さく見えま〜〜〜〜す』というのをやってからだろう。当時『家老ラ』が1100であとから1200になり、1400になり。『パブ利香』が800とか1000とかの時代、たかだか100ccの排気量の差を競っていた。

それは『民』の話で、『いつかは蔵雲』が2リッターで、英国のコベントリー・キャットは3.8とか4.2でしたからね。話がみみっちちすぎた。

やがて、『 FUN TO 銅鑼イヴ 』とかいうことを言う輩が出てきて、アウトバーンでヒトラーの脳波を感得して受け継いだ運転者たちが開発したものが、バブルのころに大量上陸して、一気に『運動性能』とかいって、『そこのけ運転』が増えた。

そこから2代目となって、一気にあおり運転とか、そういうおかしい奴が増えた。この『バブル期』というのは大きな影を投げかけていて、この時代に育った人たちは『お菓子のおまけカードで超車がスゴイと刷り込まれた人たち』。この世代が速いクルマを礼拝している。

そのあとには、コンピューターゲームの影響で『ゲーム感覚で相手より速く走ろうとする』。

そういう人たちのクルマが、ドブに浮かんだ空き缶のように混雑しているなかを、どんなに良いクルマで抜けて行っても私は愉しくない。

この流れは自転車の世界にも波及して、自動車界の人たちが自転車もやり始めた。いまはすっかり消えて、どこかへいなくなってしまった。髭贋公家の方も白人の美女のインストラクターのいるフィットネスクラブに通い、アッと言わせて自転車界へデビューすると公言していましたが、今や、この世の人ではない。ある時、その方が糖尿病かなにかでほとんど目が見えないのに気が付きました。『こんなに目が見えなくなっている人が運転していいのかな?』と正直思った。

そして今は?

つい2〜3日前、毎日新聞の古い記事を調べていて、ある『自転車マンガの実写版』に出ていた俳優さんの事故が、『原付バイクを追い越すシーンの撮影中に起こった』という記事を見つけた。それはどうなのかな?リハビリの美談にすり替えられる以前に、そうした自転車の乗り方のモラルとマナーが問われるべきではないのか?そういうシーンが小中学生の見るところとなったら、社会的なインパクトはどうなのか?と私などは思いますがね。しかも、その俳優さんはMTBは乗っていたが、ロードレーサーはほぼ初めての初心者だった。

最近も、中学生が津久井湖のほうで3人でロードレーサーで遠乗りに出かけ、1人が死亡して、残りも重傷を負う事故があった。競争をあおるような『乗り方プロモーション』は慎むべきだろう。

昔、マラソンの選手でW.S.というのが、衆人見守る中、道路のわきで大きいのをして、みんなビックリした(笑)。いくら記録のためとはいえ、もうすこし何かか考えたほうがよかっただろう。審判員を呼んで囲いを作ってもらってとかやりようはあったはずだ。

ヨーロッパのステージレースでは1日に230kmとか走るわけですが、トイレはどうするのか?というと、『人のあまりいないところへ来たら、乗ったまま放尿する』。記録とタイムがかかっていますからね。


そして、股間にワセリンを塗り、ジェルを塗り、下着を付けずにレーサーパンツをはく。この連休に、やはり、そういうレーサーパンツをはいた人が、何人かロードを表に停めて、私の食事していた店へ入って来た。正直、『着替えて出直してこい』という思いが消えなかった。


そして、なかには、首を事故でやったりして、寝たきりになる人、車椅子生活になる人もいる。車椅子生活や寝たきりの生活の大変さはあまり理解されていないのではないか?代償はあまりに大きい。

どうして、のんびりと爽快感を愉しむ行き方ではいけないのかな?と思う。

補助移動手段

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ちょっと左足がつらくなって、集中力が切れたので、4時半頃から輪行28号で1時間散歩。自転車というのはたいしたもので、立っているのがつらいくらいでも、走り始めるとなんともなくなる。

高齢者などでも、歩くのがたいへんな人が、買い物用に自転車に乗り、杖を自転車に括り付けているのをたまにみます。理由がよくわかる。

まだ、いくつかの部品はダミーでやっていますが、分解、組み立てはいちおうやってみた。人によるでしょうが、仕切りの付いた輪行袋なら1分15秒で入れられます。トップチューブはあえてベアーにしていない。クラシックなベルと締めです。なので、輪行袋の上からトップチューブを握っても、ワイヤーで傷をつけることが無い。2分かければ、チェンも取り外せるので、キズが付くリスクも大幅に減る。サドルを樹脂サドルにして、ホイールをチューブラーにして、クランクをカーボンにすれば、そうとう軽くなる。

何よりも良いのは、折り畳み自転車などとちがって、走っている間はほぼタイヤの摩擦音以外は無音なこと。蝶番が付いていたり、折り畳みステムや回転式本体フレームなどは常にどこかギシギシ、ミシミシいっているのが私は気になって仕方がない。

これなら、どこかへ1時間〜2時間でかけ、家から急に呼び出しがあったときなど、タクシーに1分15秒で載せられる。

裏技をつかえば、京都でタクシーに載せて、上賀茂神社まで行ってもらって、あとはほぼ全行程下りとか(笑)。

北鎌倉まで輪行で、あとは江の島まで下り優勢でのんびり観光するとか。

渋川から榛名湖までタクシーであとは下りとか(爆)。高齢者、後期オヤジのものぐさサイクリングとか、使い方はいろいろ。


ホイール2つとサドル、ペダル、ハンドルはホイール用の段ボールにちょうど入る。それは宅急便で送れるギリギリのサイズ。つまり翌日配送が期待できる。

それを東北でも新潟でも津和野でも奈良でも宿へ送っておけば、自分は3kgちょっとのフレームだけ持って旅ができる。NCのいまいさんは、晩年、一台丸ごと組んだままで送っていましたが、それだと東京から関西まで、片道2万円以上かかる。

その点だけ、フレームだけ持っての旅行は、カラのスーツケースの重さです、しかもホイールの送料は高くはない。ハードルが下がります。しかも、シンプル極まりないので、旅先でスペアの部品に困ることが無い。それは持ちあるく工具も必要最小限度ということです。

私は、これからはこの手の旅に切り替える。走って楽しいところまで抜けるまでに、クルマの多い所を抜けて、排気ガスを吸って、、、というのが、もはや苦痛になっている。

うちから鎌倉でも小田原でも全走で行けますが、途中の道が面白くない。

目的地によって変速器が欲しければ、スペアのホイールを持てば、組み換え出来ますしね。ホイール入れ替えて、チェンを入れ替えて、変速器をエンドに取り付ければ20分仕事。前日の夜の夕食後でできる。

英語でいうところの『LESS IS MORE』というところです。

季節を愉しむ

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人間も動物のうちですから、天気が良いと幸せな気分になる。これは不思議なもので、寒い中、燃える暖炉や囲炉裏の火があるような場所で、外の風が戸をがたがた言わせているのも、またやはり安心感がある。

これは動物的な本性だろうと思う。冬眠、冬ごもりにちょうどよい樹のほこらをみつけた鳥のような気分を、人間もこころの奥底で知っているのだろう。

春はだんだん自然が息を吹き返してくる。そういう中で、のどかにお弁当でも広げて、のびのびと自然を楽しむというのは、自転車と折り合いが良い。

クルマで出かけて、クルマを停めてお弁当を広げるというのは不釣り合いな気がする。英国の自動車には60年代までは、ピクニック・テーブルというのが付いた、クルマの中でお弁当というスタイルがありました。

『自然の中で何か食事をする』というのは、じつは我々が考えている以上に重要な意味があるのかもしれないと思う。実際、ウルトラモダンな建築の中で、超豪華な食事が運ばれてきて、、それが沁み込むような滋養の味わいがあるか?というと私の経験から言って、それほどでもない。逆に、『この先は自転車で三時間ぐらい行っても食堂とか食べる場所はありませんよ』と言われて、握り飯をつくってくれたのを持たされた。その手造りの梅干しと言い、漬物といい、忘れがたく美味かった。これなどは料理の心遣いとともに、外でお茶を淹れて食べたことの相乗効果だろうと思う。

クルマやバイクと違って、自転車は停めて食べる場所を見つけやすい。

春の日差しのなか、幸福感につつまれて野外で食事、お茶。これは人間としての一番深い所に響いてくる。自転車がいかにヨーロッパ製の高級車で、どこかの店でパスタを食べたところで、やはりそれは、『原初の喜び』とは違ったものだ。

これは桜の花の下で宴会をやるのとも違う。独りでもよし。2〜3人で清談もよし。昨日は海外の2人の友人からメールが来た。一人からには、私もよく知る友人の墓碑銘の写真があった。『美しく、愛され、神の中に生き、to die is Gain』最後の行は複数の意味が重ね合わされているので、日本語にならない。

SHIは必要な終わりであり、到達であり、勝利である、さらにそこからさらなる高みに登ったというような意味がある。

もう一人はアジア歴訪中で、もはや親戚もいないので、もう、アメリカへは帰らないという。そんな場所があるとは知らなかったが、彼女の郷里は昔、政府が「倍汚ケミ刈る飢えポン」の開発試験をしていたエリアで、いまだにフェンスが立ち、危険なので立ち入りが禁止されているところがあるという。そのエリアはきわめてガン患者の発生率が高いのだそうだ。

その彼女、自分の部屋のバルコニーから仏塔が見える。バルコニーのはしには鳥が巣を作っているという。そういう場所で歳をとってゆくのが幸福と見切ったのだろう。

さて、私は?春の日差しの中で、生きている幸福を味わい、花が自然に咲いているように、今ある自分をいつくしむほかはない。それが楽園なのではないか。

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たとえば、こういう例はどうですか?

『あの人は顔が大きくって、着物を着た時に、着物のがらにまけないねぇ。しかも、あの目と来たらどうだい?切れ長で糸のようでさ。虹彩なんかよくみえない。謎めいて、神秘的だ。しかもあの口。南蛮渡来のコォラとかいうものの瓶のくちもラッパ飲みできるかどうかの小ささだ。眉毛なんかすっかり剃っちまって、描いてる眉ときたら、まるで蝶の触角のようだ。楊貴妃みたいじゃないか!しかも、白いく太い膝から下。どうだい?まるで浮世絵から抜け出て来たようじゃないか。』

江戸時代の人たちは、まあ、時代によって春信から英泉までさまざまな美人のタイプが存在したわけですが、基準はうつろっていた。その時代の『これがいいんだ』という刷り込みから離れたところで、自由にやっていたひとのたとえば画業が数百年間、大きな変動なく支持されたりする。

これは男性も女性もそうで、テレビをひねれば、あるいは広告を見れば、『こういう方向へ流行を誘導しようという意図』を感じる場合が少なくない。

みんな、知らず知らずのうちに『暗示を焼きこまれている』わけで、それからの自由さというのが、私などは見ていて興味深い。

先の『顔が大きいから日本髪や着物が合わせやすい』などというのは、『小顔』が売り物の現代から見たら信じられないだろう。実際、袴などは脚があまりに長かったらさまにならない。

私の友人に着物の大コレクターがいる。現代で古い着物を着る際に最大の難しさは、そのサイズにある。164cm以上あったら、着られる古い着物はものすごく限られる。彼女は小柄だったので、何でも着れた。発想を変えると、手つかずの金の鉱脈があることは少なくない。


これは乗り物の世界でもそうした『価値観の刷り込み』があって、知らず知らずのうちに自分に刷り込まれたものを信奉している人が少なくない。

むかし、友人の5歳児とヨーロッパ旅行をしたことがあった。彼は日本では4駆のクルマが大好きだったのだが、空港でさまざまな変わった形のクルマをみて、すっかり魅了されてしまった。さらにロンドンでブラックキャブに乗って『でっかいカブトムシみたいだ』と大喜び。『これがカッコ良い』という4駆のCMの呪縛がきれた。

これは『オオクワガタとヒラタクワガタだけがカッコ良い』と思っていた者が、黒カナブンもシマゲンゴロウもルリエンマムシもベニヒラタムシもセンチコガネもみんなそれぞれがカッコ良いと思うようになったようなものだろう。


高速列車ではどうか?私は速いだけがのうではないと思っている。ヨーロッパ各国、及び隣国をくわえた高速列車を並べて、そのあたりだけがカッコ良いのだろうか?むしろ、国が違ってもけっこう同じようなカッコをしていないか?性能をうんぬんする話は聞いても、客車の高級感を比較した話はあまり聞かない。


これは自転車でも自動車でもそうで、スポーティーなもの以外、刷り込まれた高級ブランド以外は、まったく見れない人は意外と多い。

その、『刷り込まれたモノを目指してまっしぐら』、これって『受験』でしょう(爆)?本人は多くの場合、それに気が付いていない。自分の趣味を追及していると錯覚している。

一番高い変速器のフルセットを付けた160万円超級のレーサーを持って、クルマもヨーロッパの超車を持って、美男美女の配偶者をめとって、超一等地に住んで、、、それって、ある意味、暗示をかけらたままに、偏差値75を目指しているように、私には見える(笑)。

私は140万円超級の自転車でノーフォークブロードを走り回ったことも、200万円ぐらいの自転車でウィルトシャーを走ったことも、2万円ぐらいの中古自転車でノースデヴォンを走ったことも、1万円ぐらいの太古自転車でイーストアングリアを走り回っていたこともありますが、『人生のひとコマ』として、『高級な自転車に乗っていた時の方が楽しかったということはない』。サドルが良くて、ポジションが或る程度出ていて、異音が出ず、爽快に走れれば、グレードなどはどうでもよい。


実際、いま最も懐かしく思い出されるのはもとF1マシーンのメカニックだったフィル・フラックの自転車店で1万2千円ほどで買った戦前のコベントリー・イーグルでイーストアングリアを走ったことだったりする。どうして、あれが愉しく、快適で、幸福感を与えてくれたのか?

べつにスマホがヴァージョンアップすれば、他人のブログの内容が、どこへ行ってものきなみ、さらに面白くなるわけでもないし(爆)。モノに縛られているのはじつに不幸だ。


お茶の世界で忘筅(ぼうせん)というのはほんとうだ。『持っていると考えるだけで鬱陶しい』。


『暗示から自由になって、自分の持っている枠内で、もっとも有効に、使うべきもの、持つべきものを自在にチョイスするべき』だと私は思う。

サイクリストの理想郷

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ある方のブログで、自転車雑誌のC/Sがおまけで創刊号の復刻を付けるというのを読んだ。EXPO70の頃。

私は60年代からサイクリングをやっていたので、その前を知っている。古老じゃ(爆)。

EXPO70の前、多摩丘陵や狭山丘陵はほんとうに美しかった。英国のウィルトシャーやデヴォンの美しい所と互角だった。相模原のほうへ行くとケントのような感じだった。だから、白洲次郎が鶴川のほうに居を構えた理由はよくわかる。英国のようであり、鎌倉の文化圏で日本の古きよきものが残り、富士山が見える。

いま、町田街道を自転車で走ると、そのゴミゴミした感じでげんなりする。いや、日野と八王子の境目あたりも、いまや昔の面影はない。府中はもっと樹々で鬱蒼としていた。


自然を破壊しつくして、人工物だけのところに住むのが文化的だと、戦後の日本は誤解したのではないか?

Youtubeをサーフィンしていたら、1955年の英国でのサイクリング風景の映画を見つけた。1955年というのは英国にとっては暗黒時代といってよい。戦後すぐで、英国では1950年代に入っても肉やチーズ、その他さまざまな食料が配給制だった。1955年にはポンドがものすごく他の通貨に対して強くなり、自転車の総生産は1956年には3分の1まで落ち込んだ。

その急激な生産と販売の落ち込みに耐えられず、英国の多くの自転車メーカーと部品メーカーが息絶えた。現在のアヘッドも、アヘッド用のステムも、英国のコンストリクターのものと、ほぼ90%同じ形状とシステムになっている。そのコンストリクター社もその時期に消滅した。現在のロードレーサーのブレーキは、カンパのサイドプル型からダブル・ピヴォット型へ、さらにディスクへとの流れだが、ダブル・ピヴォット式はコンストリクターがWW2のはるか前に現代の物と基本同じ構造のものを売っていた。

その時代の映像だが、ずいぶん進んでいると感じる。世界最古の自転車クラブであるCTCのツアーの様子を写したものだ。まず、みんなよく使いこんだ自転車で駅へ集合。自転車を袋に入れたりしない。行く先と名前を書いたラベルを貼って、プラットフォームで待つ。そのプラットフォーム、地下の連絡通路から、せり上がり式のエレベーターがあって、自転車を担ぐ必要がない。

列車の最後尾には、自転車乗りの意見を取り入れて作られた、自転車を運ぶ専用の貨物列車になっている。天井からフックが出ていて、そこへ前輪をかける。隣の自転車とぶつからないように、たくみに角度が付けられ、高さも互い違いになっている。

自転車をそこへ格納したら、あとは客車へ。駅までみんな自走できたので、腹ペコ。ビュッフェ・カーで紅茶や軽食を買う。そして、地図を広げてプランを練る。

目的地で自転車を降ろすと、ドロップハンドルあり、ラウッターワーサー・フラットあり、ノースロードーバーあり、アンテロープ・ハンドルあり、実にさまざま。

パイプをくゆらしている人もいる。フランク・パターソンの絵が動いているような感じ。

1950年代の英国には電信柱がある。いまはどこへ行ってもほぼありません。昔、フレーム材料で知られるスタラードの名選手マリオン・ジェームズが、走っているうちにどちらを向いているかわからなくなると、電信柱の『がいし』がどちら側についているかを見た、と言っていた。だいたいロンドンの側にがいしが付いていたという話だった。もう30年ぐらい前の会話のことなので、私の記憶も怪しいが(笑)。

クルマが少なくて、1列にならずに集団走行できる環境もうらやましいが、『パツン・パツンの極彩色にヘルメット人間が一人もいない』のがすがすがしい。列車の中のマグカップも陶磁器で、プラスチックの容器やカップ、スプーンはひとつもでてこない。今頃になって、マイクロプラスチックなどのことが問題化して、プラスチックをやめようなどと言っているが、やるのはストローと買い物袋だけか?今では北米系カフェはラテなどにもストロー以上の大きさのプラスチックをかぶせているではないか。この時代のやり方まで戻す覚悟はおありか?ヘルメットも捨てれば大変な質量のプラスチック・ゴミになる。カーボンフレームも同様です。燃やせば有毒な燃焼煙を発生する。


やがて、一行は古戦場ネイズビーを訪ねる。ここはオリヴァー・クロムウェルの軍勢と、英国王でありながらフランスなどと組んで英国民を弾圧したチャールズ1世の軍勢が戦った場所だ。結局、オリヴァー・クロムウェルは国王の軍隊を打ち負かし、国と国民を裏切った罪により国王チャールズ1世の首を斬り落とした。そこから近代の議会制立憲君主主義が生まれた。


感心するのは『みんな普段着』。特別に高価な綺麗なものなど着ていない。途中でパンクした仲間の修理を手伝うが、それも、やはり使い込まれた古ぼけた工具を使っている。

途中でパブでお茶にするシーンでも、自分の家の庭からもいできたような林檎をテーブルの上におき、リンゴは『無傷完璧ではない』し、もってあるかれたバナナもずいぶんあてキズがある。そういうことは一切気にしない。おおらかに行くのだ。

長い坂では、押して歩いている。ナレーションは『自転車旅行者なので、押すことを恥ずかしいとは思わない』とはっきり『ツーリングのクラブ』であることを押し出している。

良い時代でした。私が英国へ初上陸したころは、まだこれに近いツーリングが可能だった。自分が自転車と一緒に旅をせず、先に送ってしまったりするときは、レッド・スターを使うという手もあった。列車も各コンパートメントにドアがあるような列車が健在だった。ナイトスリーパー(夜行寝台)に乗ると、降りる駅の15〜20分前に、車掌が紅茶とビスケットをもって起こしに来てくれた。

映画の中のビスケットをみて、『アッ!あれだっ!』と思った(笑)。

そういうもののすべてが、デーモン・サッチャーの民営化によってぐちゃぐちゃにされ、旅のエレガンスは消えてしまった。いまは、英国でも電車は日本製で、関西の琵琶湖の南で走っている通勤電車のようなものになってしまっている。

凝ったラグの英国製ライトウェイトを新品同様にして、高価なツイードを着て、付けヒゲつけて走るのが英国的だと思ったら大きな間違いだ。


また、自転車の変速段数が増え、それを電気信号がやってくれるのが幸福なのか?ということを、この記録フィルムは教えてくれる。理想郷は別のところにある。

British Transport Films : Cyclists special


でYoutubeででます。

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