双輪生活

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今のような世の中では『浮世離れして生きる』ということはかなり重要な気がする。話題のものというのが、多くの場合ほとんど意味がない。

話題の『あっぽーぺぇ〜〜ん』というのを見てみる。あれを見て『虚しい感じ』がしないのかな?と思う。

シリアでもイラクでも日常生活もままならぬ。そこから外の世界へ出た人たちが、ヨーロッパで摩擦を引き起こしている。洪水で、地震で、山火事で、日常生活がいまだにうまく取り戻せないでいる人が世界に驚くほどいる。むしろ、うまくいっていない人たちのほうが世界人口の大半を占める。そういうなかで「ぱいなぽ〜〜ぺぇ〜〜〜ん」というのが私には信じられない。

自転車であちこち自転車でふらふら走るようになった小学校高学年の時、世界と自分のかかわり方というのはどういうものだったか、いまだに思い出せる。

『すべては自分の表にあった。』

大きい利平栗のイガを見ては美味そうだと思い、樹液がたくさん出ているクヌギの木を見れば、夜になったらカブトムシがたくさん来そうだと考え、庭の柿の木に鳥が来れば食べられないように追い払い、自然はそこから何かをもらうもの、奪う対象だった。だから川べりの池になったところにザリガニやら魚がたくさんいるところを見つけると、『自分の領土にしたつもりで、他のこどもには内緒にした』。これはほかのこどもも同じで、秘密の場所ではちあわせすると、『ついに見つけたのか』などとお互いに言っていた。

そういう中で、自転車に乗って遠くへ行ったことのある人なら、必ず関わりをもつのが石仏だろう。年号が彫ってあるのを見て、古いと無条件にすごいものだと感心した記憶がある。

自然も石仏もすべては『自分の外にある』。

たぶん、山林や自然、土地を見て、どのくらいの価値に化けるか?儲かるか?と見る人は、『自分の外側に、タダでころがっている柿やら栗と同じような意識で自然を見ているのだと思う。』

今思うと、私にとっての大きな転換点は、世田谷の家から引っ越すときに、庭にあった桃の木も、柿の木も、葡萄の木も、キイチゴの樹も、すべてそのまま残してこなければなかったことだと思う。それらは、自分が植えたもので、『自分の延長線上にあった』。それらは『対象ではなく、自分の中にあった』と、そのとき強く感じた。

いまはなき人が、今ここにいたらこう言っただろうな、とありありとその声を思い浮かべることができるなら、それはその人と「地続きになっている」感じがある。それと同じ一体感は自然と自分の間にもある。

父が亡くなった時、庭の咲いたこともない樹々が一斉に花をつけた。その時、ふと私の絵の師の仕事が幕が上がるように見えた気がした。自分の中から連続して自然につながってゆく感覚。その中で風景画を描く。

後年、それは東洋的に『無生法忍』というものだと知った。自分という『我』があって、それが周囲の自然とかかわるのではなく、自然も自分も一体という、日本の伝統的な自然観のもとだろう。それを押し広げて行くと、自分と他人との関係も変わって行く。

墨絵などでは「胸中風景」というようなことを言うが、自分の中の胸中風景と目にしている自然が混然一体となる。

これは名庭園へ行った時に感じることも同じ。それは数百年前の造園家の胸中風景と自分のこころがつながることでもある。

それを汚すということは、自分のこころを汚すことになる。

実際のところ、私は40歳ぐらいから、自転車はそういう『自然にはいるための道具』としての使い方がメインであった。昔の武士は合戦のとき、名馬に乗ってゆくのを戒める傾向があったという。

それは、万が一馬から落ちた時や、馬を降りて戦う時、名馬を惜しんで、気をとられて後れを取るのは恥ずべき事だと考えられていたことによる。

こうなってくると、自転車そのものの電気信号による変速シフトであるとか、カーボンのフレームとか、自転車のNAVIとか、心拍モニターとかは、すべてどうでもいい感じになった。

旅先でさまざまなことを知り、長年の謎がひとつ、またひとつと氷解してゆくのが楽しい。

この楽しみの前では、人より速く走ろうという相対的な世界での競争も、新製品ニュースも、ほとんど意味を持たない。

そういうトレンドの外に、完全に出てしまうのはなかなか清々しいものである。

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収穫の旅

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自転車でどこかへ行く、、というのは人によって理由はさまざまでしょうが、私の場合、ほとんど目的地まで走ること、走り切る達成感はこのごろ感じません。

「やった〜〜!」というのは学生時代のこと。別に目的地も定めず、ウロウロして、何かを見つけるのが楽しい。毎日同じようなことをしているのを壊すことが楽しい。

逆に言うと『見つけることが出来るこころの状態』というのが重要なようだ。

私もこの歳になると、『楽しい同じことも続けていると飽きてくるのを感じる』。

同じようなことを繰り返しているというのは、いつも同じ喫茶店へ行き、同じものを注文し、死ぬまで一つのものしか知らないで人生を終えるのと似ていると思う。

同じようなことを積み上げて行く、あるいは本人がそれと気が付かず同類の経験を積み上げて、アナログ的に量が増えても、あまりパッとしないことがありうる。

むしろ、似たようなことを繰り返し過ぎたがための、『眼のウロコ』となって、ものも見えないくらい目垢が付いている場合が少なくない。

一方で、『化学反応』のように一瞬にして、すべての周囲の色がパッと変わって行くような、デジタル的変化を人生にもたらすものもあると思う。

そうしたデジタル的変化がなくても、出あったもので深い満足を得て、幕があがったような、新しい段階へ到達できるのも、またそれは別種の深い満足がある。このところの私の自転車の旅は、そういうものを求めている。

偶然が面白い。しかも、面白い有益な偶然を引き寄せるこころの状態というのが確実にある。

これは「マニュアルに基づいていてはダメ」なのです。自転車の旅には「即興力が必要だ」と思う。

GPSを使って自分の位置を調べ、ナビを使って機械に導いてもらい、本で調べた場所へ行くのでは『結末まで筋書きがわかっている映画を観るようなもの』だ。

昔、ハイキングをする人たちの一部に登山バッジをたくさん付けている人がいた。「行った」ということが何より重要なのだろう。同じく5万分の一の地図の道に赤い線を引いてすべての道をくまなく行くことを目標にしている人もいた。『達成主義』は『貯金の額』みたいなもので、ほんとうの深い満足は得られなかった、、私の場合は。

四国を走っていた時、よくお寺でお遍路の人と話をかわしたのだが、クルマやバスで巡った人は、あとで写真を見ても、どれがどこだかわからないのだと言っていた。『スタンプラリー』のようにすべてのスタンプ(御朱印)をもらえば達成して何かが来るというものではない。

目的地に到達するまでの過程で、こころがフルに見るもの聞くものに対して働いているところに効用がある。

到着地そのものより、途中で竹のかけいから水を飲んだり、海岸ヘリの砂浜を自転車を押して歩いたり、眺めの良いところでお湯を沸かしてお茶にしたりするのが楽しい。海岸の砂浜の道では押すしかない。それでも楽しい。

これは「なんということもないことを楽しむ」という余裕あるこころの問題だろうと思う。

エンジン付きの乗り物の場合、「AからBまで効率的に着く」ことがメインで、さらに「速いこと」、「楽なこと」、「移動中の姿を第三者が見てうらやましがること」(爆)などが重要なことになる。

これらのことはいまや、自分にはどうでもいい。

私の場合、自転車での旅は「自己教育」であったり、「日常の繰り返しからの脱出」であったり、「常日頃読んだりしたことを、現場で色を変えて化学変化を起こさせるため」だったりする。

徒歩でもよさそうなものだが、たぶん、徒歩の速度と自転車の速度では、景色の変わりゆく速度と脳の情報処理速度が変わる。徒歩だと自分の場合まだるっこしい。

最近、いよいよ自転車は自分にとって「旅の補助手段」になってきていて、速くなくても、変速装置など無くても、坂で押すようなことであっても、まったく問題ないとさえ考えるようになった。坂で押しても、下りは乗れる。むしろ、旅先でのレンタルサイクルの前カゴにショルダーバッグとカメラを放り込んだ時、ハンドルの切れあじが劣悪になるのが気になる。サドルが乗り慣れたバネ入り革サドルでないのが気になる。

自転車の旅は、エンジン付きの乗り物の旅とは根本的なところで大きく違っていると思う。いや、ロードレーサーでどこかへ行くというのとすら大きく根っこのところで違っていると思うこのごろである。

写真右端のような場所へは道幅の制約から、どんな4駆でもはいれない。左端も半島状の岩を自転車を担いで向う側へ行くわけで、やはりエンジン付きの乗り物では無理。自転車と徒歩でしか行けないところがあるのです。

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DUSK

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Duskというのは「黄昏」とはちょっとニュアンスが違う。なんとも英語でしか言いようがない時間の感覚です。

Duskを「敗残者の時間」と書いたのは小説家のサキ(ヒュー・マンロー)であったか?昔のことなのでよく覚えていない。Dusk is the hour of the defeated.

たしかに一日が終わり、日が沈み、太陽の最後の黄金の燃える火が消えて行く中で、水が最後の色をとりこもうとしているように見える。

日没の写真を撮っていたら、『R&Fさん!しばらく〜』と声をかけて来る人があった。つい2年ほど前、ガンの手術をしたKさんだった。
「夕日の写真を撮っているなんて、洒落ているね。」
「最近はどう?」
「なんだかね、走れなくなっちゃってね。それと、快走していても爽快感がないっていうのか、ドーパミンがでないのか、快走していてもあまり楽しくないんだ。なんだか奇妙な感じだよ。」
「だってKさんいくつ?」
「もう80だからね。」
「そりゃぁ、ドロップで飛ばしてドーパミンどころじゃないでしょ。安全に行かなきゃ。」

『スポーツをする』のは動物のなかでも人間だけ。ライオンでもチータでも用もなく走り回ったりしない。縄張りの中を歩き回ったりはする。これはネコでもクマでも同じでしょう。

『ジョギング中のねこ』(笑)。『トレーニングのために一日一回疾走するヘビ』(爆)。

これは興味深い話で、自転車で距離を走ったり、速く走ったりするのに飽きる時が来る。体力とは関係がないようで、まだ速く走れる人でも厭きる。散策・散歩はもっと『本能に密着している』と思う。

人生のDUSKは誰にでも来る。

Kさんは流鏑馬を見に行ってきたのだという。そういうものを見て歩くのが楽しいという。

人生のDUSK。この時に健康上の理由で乗れなくなっている人も少なくない。また、乗れても楽しくない健康状態になってしまう人もいる。こればかりはわからない。

私は一仕事の後、4時半ぐらいから乗る場合が多いので、最近は『DUSKに乗る』感じです。武蔵野のDUSKは悪くない。私は好きだ。夕焼けの鉄塔が、谷内六郎の擬人化された絵のようで、それもまた暗がりに消えて行く。水に最後の光芒が映し出され、鳥たちが日没の最後の雑談をかわす。

今の時期、冬が8%ぐらい暗闇に交じってきている気がする。そこもまたよい。

DUSKの中、まだ朝顔が咲いている。ヴェルヴェットのような花が美しいが、もはやカメラでは捉えられない。すべては完全な闇の手前にある消えゆく美。

徒歩ではあまりにはやく闇が忍び寄ってきて肝心なものを見逃す。エンジン付きではまったく無理。

暗闇の前に見るべきものは多い。

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70km制限

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小学校高学年から中学校のはじめぐらいまで、「自転車でうんと遠くへ行ってやろう」という欲求はものすごく強かった。

『遠くまで行ったやつが偉い』というような幼稚な考えで遠乗りをやった。最初に1日の走行距離が200kmを超えたのは中学2年生の時だった。東京から八ヶ岳まで。それ以後、20号(甲州街道)があまりに大型車両が増えるまでは、20号をひた走って八ヶ岳までというのがお決まりのコースになった。

ところが『自分のこころは引き裂かれた感じ』があって、楽しさと距離は比例しない。

おおだるみ峠から甲斐大和まではすごく良いのに、そこから先がどうも興がさめた。屏風岩のあたりから白州のあたりがよくて、その先がやはりいまひとつ盛り上がりに欠け、富士見や八ヶ岳の白樺の林も、『高原だな』という感じは珍しいが、それほど好きではなかった。やはり深い緑の、巨木があるような低山の方に惹かれる。

やがて、『全走でうんと遠くまで行く』というのは自分の中ではすたれてゆきました。輪行でいいとこどりが主流になった。

一部に「500kmとか800km一気乗り」をしないと気が済まない人たちもいるようですが、私は正直気持ちがわからない。それは肉体酷使の我慢比べみたいなところがあり、乗る楽しさというよりは、達成感ハンターでしょう。ラジオ体操を不眠不休で連続何千回出来るかのチャレンジと近い。

乗れば乗るほど健康になるものではない。ものには限度がある。長期的にみると将来的な膝のトラブル、腰や頸椎、頸髄の問題を増幅している。

ロードレーサーで膝を壊す例、強い前傾姿勢からの衝突で飛び込み前転での大怪我、トライアスロンでの死亡事故はあとをたたない。

グラントの本を読んでいたら、彼も「あまりに長距離は乗ってはいけない」と書いていて笑ってしまった。

みんなの盲点になっていることに、「あまりに疲れている時」など事故を誘発するような状況で、自転車や乗り物を運転してはいけない、ことになっているのは気が付かれていない。判断力が低下する。疲労運転やもうろう運転での事故に、ブルべでヘロヘロになっての事故は該当するおそれがある。

四国のお遍路を自転車でやった時、毎日60〜80km、雨の日には20〜30kmというのは、まったく無理のないペースだと思った。翌日に持ち越す累積疲労がない。同行の英国人は60歳後半でしたが、『この調子で続けていたら、絶好調を通り越してスーパーマンだ』と言った。

ペース的には午前中2時間、午後に2〜3時間ほど。それも時速20kmほどの速さですから『いつの間にか走っている』感じです。それであきらかに無駄なものは落ち、健康度は向上した。

さらに言うと、毎日、それほど乗らなくても体調・体力は維持できる。一日1時間半、週末に3〜4時間で充分なのではないか。

久しぶりの晴れ間だったので、昨日は午後に3時間半乗った。昼を食べになじみの店に行った。五穀米に豆とひき肉のキーマ・カレー。サラダが付いて、、、ご飯がなくなってしまっていたので、足りない分はパンを付けてくれるという話になりました。そのパンも自家製。おまけで茄子のポタージュが付きましたが、これがけっこう感動するほど美味かった。

川辺の石にトンボがいる。胴体に生きているものにしかないブルーが入っている個体がいた。絵の具やインクでは出せない色。綺麗な小川も、こういうものはこどもの世界。おとなが壊してよいものではない。

そのまま走ると秋の祭りに出くわす。田圃はこのごろのおかしい天気でかなり稲がなぎ倒されている。

途中で国道を横切ったが、クルマが空き缶のゴミのようにつながっていた。世界が違う。道路を横切るだけで空気がひどいのを感じる。クルマと一緒になって、そういう空気を吸って自転車で飛ばす理由が思い浮かばない。

すべての楽しみは日常にあるべきだ。

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まだ見えないのか?

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昨日の夜、インターネットで新型のNSXのアメリカでのデモンストレーションを見ていました。すべて内貼りを外し、カーボンだらけにした車体のものと、パワーウィンドーまでついたノーマルに近いものとの2台体制でしたが、私は何の感興もなく、『いまだにアメリカでは、こういう自動車に乗って、ブッとばして走るということに罪悪感を感じていないのだな』とそちらのほうが興味深かった。このクルマ、開発はアメリカのがわにかなりまかせた部分が多く、みたところアキュラのブランドで扱われ、Hのマークもないようだった。パッとみたところ『レクサス姐さん』のLFAを思わせた。いくら速くても私はいらない。勝手に『ドイツのと張り合ってれば』という感じがする。

こういう車種をサポートする人たちは『地球環境的配慮ゼロの人たち』だろう。こころみに「LONDON SUPERCAR」でYoutubeで検索すると、ほとんどの連中が「What line of business are you in ?」という感じの中東からのドラ息子たちだ。ロンドン市中をバリバリ音をたてて走っている。クウェートやUAEのナンバー。良識・教育ある人たちのやることではない。

そういう高速度自動車が「走る実験室」という人もいますが、それは詭弁だ。現在のプリウスにしてもインサイトにしても、ボディ形状から計器盤のデザインにいたるまでシトローエンのGSの延長線上にいるのは明らかだし、自動操縦を最初に実用化して高速道路でデモンストレーションしたのもシトローエンDS。ボディに変形したライトを埋め込んで空力を減らすのもシトローエンが最初。スーパーカーはリトラクタブルライトに未来があると考えてやっていて、未来予想を外した。衝突時にエンジンがスライドして乗員の安全確保をする衝撃吸収クラッシュ構造も樹脂パネルを使用した軽量ボディも、量産車として世界最初のディスク・ブレーキの使用もシトローエンDSが最初だが、シトローエンがレースを一切拒否していたのは有名な話(写真右から2枚目、半世紀以上前のDS)。

世界の人口の1割に満たないアメリカが世界の資源の4分の1以上を浪費し、石油の利権のために、ジョージ・ブッシュが国際法違反で中東で戦争をやらかし、シリアなどは国民の40%以上が難民になっている。そういう難民数十万人がヨーロッパに押し寄せ、世界は安定を失ってゆく。一方で、地球環境的に海水温は海底まで熱くなり、これからは本格的に海洋の表面まで温まり、台風などはもっと今後は強大化することが予想されている。

今回、東北から北海道へぬけた台風でずいぶんな被害が出ましたが、これから毎年こういう台風が来て、さらに数が増え、巨大化するようなことがあったら、日本の農業はあやういだろう。私が少年時代、台風が北海道まで到達するようなことはなかった。

本来、日本も、オランダと同様、地球環境問題にはシビアであるべきだ(オランダは海水面上昇は海水汲み出しを国土確保のため、より盛んにやらないといけないことを意味する)。

そうした自動車趣味はいまどきやっていいことではない。50年意識が遅れている。1960年ごろまでは、人間が消費する地球資源と、地球の自己修復速度がぎりぎり均衡していた。いまはそうではない。

オーストラリアの毒蜘蛛は、自分のまわりに泡を作ってプールの水中の中にひそんだりする。人間も同様に完全空調の家を建てたり、空調付きの自動車に乗って移動したり、そういうところがあるわけですが、ここ数年のように58度を超えるようなかつての地球では考えられなかったような気温の場所が地球上に出て来るようになり、そうなったら、家のエアコンも自動車のラジエーターも役に立たない。燃料系統のパーコレーションもあるだろう。

58.8度の気温の中レーシングエンジン並みのクルマで走って、カーボンが燃えなかったらおなぐさみだ。

科学者たちは、中東やアフリカなどのけっこうな広さの場所が、人間が住めない気候になることを予測している。

人間以外のすべての動物・生物は「採集・狩猟生活」をしている。自然の中で作られたものを食べて生きて、生存している。いわば『エデンの園』の中での生活だ。人間だけが唯一、『農業と牧畜』というある程度の時間スケールの中で収穫するシステムを作りだし、そこから文明が生まれた。

春に植物を植えて、夏や秋に収穫できるという予測がたてられるなかで文明が存続できる。いま、それが危うくなってきている。人類が基礎を固め始めた700万年前から最大の危機にさしかかっていることを自覚するべきだと私は考えている。

私は地球というのは、『粘土がいっぱい入った砂場のようなもの』というイメージがある。そこにある要素は有限で、その粘土で木を作ったり動物を作ったりということが起こっている。その砂場のような粘土場の水がなくなったら、土場になって、粘土でカタチはつくれない。実際、火星などは、もともとあった水がかなり宇宙に逃げてしまっているのがわかっている。

その『水』に本来なかった毒が入ったら?どうなるのか?やはりそこはもはや『粘土場』ではなくなる。

核エネルギーというのは、本来なかった放射性物質を大量に出す。すべての生物は遺伝子によって自己複製をして、長いチェーンのような命を形作っているわけだが、核発電の出す有毒放射性物質のなかには、トリチウムのように、その遺伝子をつくる材料となって摂りこまれ、害をなすものがある。

『やがては、ガソリンエンジンが安全になったように核も科学技術の進歩で安全になる』という人もいるが、私はそうは考えていない。それは現代の科学技術どころか物理学ですら無害化できず。こうしているうちにも、刻一刻と福島では地下水などを通じて海へ流れ出ている。

物理学で無害化する方法がはっきりしていて、『科学技術でそれを実現化する』のであれば、爆発するガソリンエンジンを科学技術で安全にしたのと同じ理屈は通用するだろう。しかし、核はそうは行かない。

人間は20世紀の1世紀の間に、人口を4倍に増やした。しかもその一人一人が莫大なエネルギーを使用するようになった。このペースで人口増加すると、2100年後には人間の重さと地球の重さが同じになる。そんなことは『砂場・粘土場理論』で考えて起るはずがない。

その意味で、私は政治家が「さらなる経済成長」とか「右肩上がりの経済成長を維持するために」とか言うと、『この人は理科系頭脳ゼロの大馬鹿野郎だな』と思う。有限の地球資源で、もはやその修復限界点を超えたエネルギー循環のなかで、右肩あがりの経済成長などあるわけがないのだ。

これからは、いかに生活レベルを下げず、環境負荷を小さくして、段階的にエネルギー消費量を減らしてゆくかが問われるはずだ。

またその中で貧富格差が広がってゆき、『ニューエイジ奴隷』というべき抜け出せない貧困層が増大すれば、社会が転覆させられるおそれがでてくる。

この時代だからこそ、自転車も『レース用でないライフスタイル用の自転車』が重要なわけだが、今の自転車部品メーカーはレース用では高価な手の込んだものは作っても、そうしたマーケット向きの高級コンポはゼロだ。いかに意識が低いかわかる。

石器時代の壁画で、『糸描き人間』がゾウをとらえようとしているのを見たことがある。人類が絶滅した後、最後の壁画は、高級自動車に乗った人がスクーターに乗った人間の群れに捕まっているハンテンイング光景が、スプレーでセメントの壁に描かれているのが見つかるのではないか(笑)。

右端の写真、全地球の水を一か所に集めると、このくらいしかありません。

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