双輪生活

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都市の見ごたえ

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自転車で移動していると、いやでも考えざるおえないのが、『自転車に乗って出撃するステージとしての街です』。

これは『人が美しく見える街』であるとか、『乗り物が建築的に美しくはまる都市』とかという問題だと思う。昨日の夕方は書類仕事でいくつかビルを訪れたのですが、場所によっては自転車で行けない。

いや、自動車で行ってすら『登場するステージとしてしょぼい』。延々と駅から吹き曝しの中を1kmほども歩くのかな?と思う。これは正装していたら、もし雨が降っていたらアウトでしょう。建築家のレベルが低いとしか言いようがない。

1990年ぐらいから、日本の都市づくり、商店街づくりが、ますます自転車排除の方向になっているように見える。都心の私がひいきにしているいくつかの店は自転車で行けない。停めるスペースが店の前にも周囲400mにもまったくない。

歳をとって、2km、4km歩かないといけないのがつらくなって、自転車なら行けると言う人には動きにくい都市になるだろう。このあいだ、自転車問屋のおやじさんと話していて、彼が半年間痛風が出て歩けなかったという話が出た。実際に怪我や何かの理由で歩けなくなってみるとわかりますが、そういう状態になると、登り階段がダメになるばかりでなく、下りも上手く下れなくなる。では街中で、、と言っても今度は自転車がスッと停められない。

『都市というのは、ハムスターをカゴに入れるようなものだ』という感じが私はする(爆)。

ハムスターが居心地がよいと思うような、うろうろして楽しいと思う居場所にするのが大事だと思うが、現実にはそうは行かない。多くの場所が一方的な都合で出来ているか、禁止で成り立っている。

面白いことは、『そこにいる人の行動は、その場所らしいものになっている』(笑)。だらしないのがいるのは都市がそう仕向けている。運動のため車輪を回すハムスターもちゃんといる(爆)。

海外のある種の場所は、自転車に乗っていたり歩いていると、きわめて無防備になった感じがする。事実そういうところは犯罪率が高い。英国でもバーミンガムとかブリストルは都市の作り方がよろしくない。アメリカでDCだとかカンサス・シティとかジャクソン・ミシシッピで自転車移動で生活などは不可能でしょう。

ヨーロッパでもバルセロナは自転車移動生活がきわめて難しい。オーストラリアの友人がシドニーに日本で買った自転車を持って帰ったがまったく乗れないという。都市がそういう風に出来ていない。

菅沼達太郎の古いインタヴュー記事を読んでいたら、『若いころ長野まで自転車でよく行っていて、それは、当時は乗合馬車が主な交通手段で、一度行ってしまえば、自転車乗りのほうが圧倒的に有利だった』と書いてあった。彼は未舗装の狭山丘陵から多摩のあたりを走り、そのまま海老名へ出て、鎌倉の自宅へ帰るようなことをやっていたので、多分、長野までも1日で行っていただろう。

そういうフィールドも減ってきた今、日本の都市部、街を居心地の良い場所にしないと、自転車のフィールドはますます狭まると思う。

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息も絶え絶えの武蔵野

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毎年の七福神めぐりもやりはじめてずいぶんになります。風景もずいぶん変わって消失してしまった。七福神めぐりはある意味、多摩の定点観測でもあったわけですが、風情も蒸発しつつある。

『ああ、正月らしいな』と感じることが重要なわけですが、これから先、10年後は難しいのではないか?と言う気がする。高幡不動から北野までの線路の両側は5年前までは昭和30年代の頃とたいして変わりませんでした。いまでは建売住宅が並んで、小川も田圃もつぶされてしまった。

山が切り崩されて風景消滅のところ、森がごっそりなくなっているところも、今回はずいぶんあった。河川も護岸工事、河床工事で見る影もないところは少なくなかった。水鳥が遊ぶ川がセメントの巨大なドブに変わって行く。

フィールドがあってのサイクリング、自転車逍遥なわけですが、武蔵野はいまや息も絶え絶え。

有名なお寺や神社はラウドスピーカーの大音響に、申し訳の伝統音楽をスピーカーで流して、さながらデパートの特売場のようだ。セメントの道の上を警察官のホイッスルで指示されて進むのは、スタジアムから出てくる大群衆と変わらない。

太平洋岸の関東はいつもこの時期、日の光が明るい。そういう陽光の中、静かな自然の中を抜けて、神社や寺へ行くのが味わい深いのだが、『目的地のお寺や神社へ行って、念のためにお願いごとをする』という迷信中心になってはいないか?

お願い事は『会社の上司に年賀状を出す』ようなものと化し、警察官の交通整理でピッピッとホイッスルを鳴らされ、屋台からテレビと同様の音曲が流れていても気にしないのだろう。『お参りして誠意を見せればよい』という合理主義なのかもしれない。

私の場合、それでは『新年のこころの切り替わりにならない。』

いよいよいかんともしがたくなったら、静かな神社仏閣を3か所ぐらいまわり、閑静な多摩丘陵の森の中の古建築の一角を借りて、顔見世のお茶と食事でもよいかなとこのごろは考えている。

そういう場所はじつは交渉済。まずは今年はお茶集会を一度やってみようかと思っている。

江戸時代の説話で、おばあさんが閻魔大王の前に引き出されて、『あんなにお祈りしていたのに極楽行きじゃないんですか?』と言った。閻魔大王が、『それほど言うなら、もう一回、この人のお祈りの一生分をふるいにかけてみろ』と鬼に命じた。『ああ、この一粒だけがなんとかふるいにかかります』と鬼。これはなかなか面白い話だと思う。『空の籾殻』みたいなお参りやお願いはけっこう多い。

カナリヤの餌をふ〜〜っと吹いて中身のないアワやヒエをのぞくようなものだ(笑)。

延々と、自分勝手なお願いごとを『意識のなかに泡立てて、頭の中を自分の願いでいっぱいにしているだけ』のお参りは多い。時間を掛ければよい、回数を重ねればよいというものではない。

本来は手を叩く一瞬で利くはずだ。

ならば2〜3か所に集中して、あとは武蔵の風情の深いところを集中的に自転車散策でよいのではないかと思う。ならば時間もかからない。

これは今年、考えておかないといけない課題だと思う。

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滑空感覚

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風の音以外無音で、空気の上を滑るように走る。これぞ自転車の本領。

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なにがなんでも

ふと昔の記憶がよみがえったのですが、今から半世紀ほども昔のこと、法事で長野まで行かないといけないことがあって、世田谷の家をずいぶん早く出る時があった。「3時に出るぞ」と父が言った。「そんなに早く?」「ほんとうはもっと早く出たいんだ。」「どうして?」「朝の4時、5時にもなってみろ、今の時期、田圃の水を見に出てくる年寄がよちよち横断していたりして、速く走れない。ほんとうは2時に出たいんだ。そうすれば着いてからしっかり寝られて帰りが楽になる」と言っていた。結局3時に家を出たのですが、まだ夜。クロームイエローのスポーツカーのエンジンが轟音一発でかかり、ヘッドライトを点けると家を出た。

まあ、途中は簡略化しますが、当時は首都高と中央高速もつながっていないどころか、中央高速もつながっていなかった。下道です。高尾まではおとなしく走った。そこから甲府まではジャン・ギャバンのギャング映画のように飛ばした。甲府市内はおとなしく走り、市内を抜けると釜無川ぞいから富士見まではまた飛ばしまくり。茅野から先はまたおとなしく走った。たしかにお年寄りが歩いていた。お寺の下に付いた時、車の中の時計が6時13分。私の腕時計が6時17分だったのを記憶している。家というか、居間を出たのが3時5分ぐらいだったから、クルマに着替えを積むことなどをした時間などを考えたらほぼ3時間だった。

いまはすっかり姿を消しましたが、町を離れると、直立不動の警官の人形があちこちに立っていた。

かなり早くに着き、『2時間ばかり寝て、顔を洗って着替えればちょうどだ』と言った。

そういう父が、私が自転車でサイクリングへ出かける時に『先を急ぐなよ』と必ず言った。「オレはこう見えて、いつも余裕があるときしか飛ばしていないんだ。アクセルを床まで踏んでいても、オレはお前と違って先を急いでいない。」と奇怪な論理を言っていた。実際あれほどの飛ばし屋が表彰されていたのだから世の中はわからない。

これは自転車の人でも、『急ぐ人』がいる。これはなかなか説明が難しいのだが、こころに余裕がない。どこか、それでいて無防備なのです。

急ぐ心と言うのは、速く行くのでもない、すみやかに終えようとするのでもない。目玉焼きが5分かかるなら、それを10秒でつくることはできない。ところが急ぐこころは、何かを犠牲にして急ごうとする。

私の父の先の話は、『急ぎたくないから、できれば朝2時に出たかった』。『安全に行きたいからほかの人のいない時間を選んだ』と言える。

かつて自動車を英国のサマセットでエンジンをリビルドしてもらって持ってきた。慣らし運転をしないといけないわけで、『エンジンきっきっな感じ』があった。友人が乗せてくれというので乗せたのですが、その男が『慣らし運転中だからあまり回すな』と言っているのに調子に乗って回す。何度言っても聴かない。『慣らし中だから回すなって言ってんだろ、この馬鹿野郎。』大喧嘩になった。

『慣らしなんかまだるっこしい』と考えたところで物の寿命を短くする。それまでの、丁寧に組んでくれた他人の苦労をリセットしてしまう失礼なことだと私は考える。

だいたいそういう時は『無防備になって、万が一に反応できないことに自覚がない』。「もしかしたらこうなるんじゃないか?」という危機管理の想像力がない。最近流行りの「想定外」というのは良い言葉ではない。想定をしているひとが言っても聞く耳持たなかったら、それは想定外とは言わない。『無謀』と言えるのではないか?

これは自転車でもまったく同じで、組み上がったばかりの時はそおっと乗る。はじめての車両も様子をみながらそろりそろりと乗る。それは組み上がったばかりのエンジンの火を入れる時も、慎重の上にも慎重になるのと同じだ。異音がちょっとでもしたらすぐに止めないと、エンジンをパアにすることも充分あり得る。『音が消えるまでぶん回してみよう』などと考える整備士はいない。

ところが、はじめて乗る他人の自転車に、またがるやいなや立ちこぎを掛ける人がいる。たぶん『巧いところを見せよう』とか『速いところを見せよう』というスタンドプレーの心で頭がはち切れんばかりになっている。私はそう言う人を見ると、「ああ、ド素人なんだな」と思う。

こういう余裕のない心持は別の時にも頭を持ち上げる。今度の22日から東日本と関東は天気が大荒れだという。ところがその日から数日間、自転車を引き取って悪天候の中300km以上を乗って帰ると言っている方がいて、私はやめてほしいと思っている。

私の世代は『自転車を買い替えたら、1〜2か月乗ってみて自転車がなじみ、乗り手も自転車の挙動になれ、サドルその他も自分にあった調整になるまでは、遠乗りに出かけるな、と言われたものだった。

私の1号車に井上タイヤをはかせてみて、下り坂でタイヤがロックしてしかたがないとブログに書きましたが、いまではタイヤがなじんできてようやくロックしなくなった。これはモーターサイクルの人たちはよくご存じでしょう。場合によっては紙ヤスリで表面を荒らすこともする。おろしたてのタイヤは2輪車では転倒しやすい。

雨の中をおろしたてのタイヤで走り300km以上乗って陸送するというのは、私は考えられない。危険であるし、雨の中を300km以上も走れば、フリーホイールの中には砂や泥水が入り、フリーはどうしようもない中古品になる。雨でアルミリムはブレーキが砂とドロの紙ヤスリのようになって、灰色の泥水を流してタイヤもアルミ色になるだろう。巻き上げる泥水でチェンもギアもザラザラ。すべての部品が救いがたい中古部品になる。

家へ帰りつき、BBとハブを分解掃除して、フリーホイールを分解して、チェンを洗うなどしてもやはりダメージはそうとうある。ギアクランクも傷だらけになるでしょう。歯もヤスリをかけたようになるだろうし。だいたい革サドルも型崩れするのではないのか?

水に落ちた時計の修理も、出来れば水に漬けたまま、空気に触れさせないようにして、即座に分解洗浄しないとジャンクになる。これは髪の毛ほどのバネの入った自転車のフリーホイールも元来同じと考えたほうがよい。

しかもその方は自分で組み立てが出来ない。つまり不具合が出たら自分で調整できない。23日は祝日だし、年末年始は自転車店は開いていない。不具合のまま無理して乗り続けたら自転車はスクラップになる。

「27日〜29日に延期されてはいかがですか?」と進言したのですが、その期間は仕事でダメだという。「では正月4日以降、多摩川からの富士でも眺めて初乗りがてら行かれては?」

やはり、雨の中行くつもりらしい。

昔、S田君が北の地獄パリ・ルーベの話を書いていて、ひどい雨の中、つぎつぎとフリーホイールが動かなくなってゆく中、最後まで動いていたのはサンツァ―のフリーだった、と書いていた(シュパーブ時代の話)。フリーは回転が悪くなるとチェンが外れたり、チェンが余って変速器を車輪に巻きこんだりする。レースですらそうなのです。

私などごく近くでも降りがひどいと、屋根のある駅の駐輪場に放り込んでタクシーで帰りますから(笑)。それが『気持ちの余裕』というもので、それがないと事故の元だろうと思う。

これは日本のGUNJINなどにもよくみられた無理とわかっていてもやる、という日本特有の遭難パターンのような気がする。私はだいたい機が熟するまで放っておくほうなので、その気持ちがわからない。

「なにがなんでも」というのを私は28歳ぐらいまでやって、ずいぶん失敗した。今は振り子が逆の極端に振れた感じがなきにしもあらずだが、自分の安全がかかるものに「なにがなんでも」という想いは厳禁な気がする。

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小学校6年の頃から夏は禅寺に泊まりに行っていた。その頃はテレビも映りが悪く、山の中なのでテレビが見られるわけでもなく、今でいう娯楽は何もなかった。わきの数十メートルのところの沢にはサワガニがいた。食べるわけでもなく、捕まえて持って帰るのも家までもたないだろうし、ただ石をひっくり返したりして、『ああ、いるな〜』で満足していた。

巨大な屋根のお寺なので、夜には本堂の中をコウモリが飛んでいた。土間の天井が3階建てぐらいの高さがあったので、その上はただのやぐらで何も天井の板がはっていない。そこからコウモリは飛んできていた。

その黒いツバメみたいなのがヒラヒラ飛んでいるわけですが、よく見えない。和尚さんが「殺生はいけないから、ホウキで部屋のすみに追い込むからそこで御覧なさい」と言われて、和尚さんと2人でホウキをもってお寺の中をコウモリと追いかけっこをしていた。

実物のコウモリはものすごく歯が細かく、その顔もずいぶん精密に細かくできているように見えた。歯をむいてこっちを見たりするとけっこう怪物っぽかった。

それにも飽きていよいよ寝ると、障子の表側に蛍が5匹ぐらいとまっている。それが静かに点滅していた。

そのお寺が最初に開かれたのは1199年で、その後一度改宗している。私が泊っていた頃は、まだ開山時代の風情そのままだったと思う。

数日前、北原白秋の全集を一冊100円で買った話を書きましたが、私は白秋は日本の児童教育を考える上でも、童話を書いた以上に思想的に重要だと考えている。白秋は九州の人ながら、武蔵野を愛し、多摩のあたりを歩き回っていたことから私は読み始めた。以来、古本屋に白秋の本があると手に取ってみる。その白秋に『簡素な玩具』という大正13年に書かれた小文がある。その中で白秋は自分がこどもの頃、きわめて簡素な玩具しかおとなたちは与えてくれず、たとえば独楽(コマ)のようなものでも白木で、色が塗っていなかったという回想がある。それがいつしか西洋式の彩色独楽に日本式が蹴落とされてしまったという。白秋はそれらの中に東洋の芸術や思想とわかちがたい謙虚に自然と生きる思想があったとする。

白秋はこども時代、薬研(やげん、漢方薬などを砕く板の円盤のついた臼)で硝石を砕いて爆竹を作っていた。

『すべて手製でないものはなかった。まったく私たちは、本来の詩美、創造の喜びを知っていた。自然と自分がただ一枚となって生きていた。この貧しさ以上に真実に富んだ世界があったであろうか。児童は自然に生きよ。成人は児童を自然の中に還せ。』
『今日の児童が玩具とするところのものを、仔細に看て見るがいい。反自然的な俗悪な機巧、毒毒しい色彩、文化的複雑、そのいちいちについて数え上げると、決して児童を幸福にしえるものではない。今日の児童はその嬉戯物に対して、金銭をもって換えられなければならなくなった。』

と白秋は大正時代にすでに書いている。

今の日本はこれからクリスマスに向かって、こどもたちの物欲街道はまっしぐらだ。私はその傾向はおとなになっても『同じレールの上を疾走している』と考えている。

これが『現代の消費社会』であろうし、こどものころからどんどん『金銭による交換をするおもちゃ』にならされ、その『思考回路は大人になっても残る』。やがて、少しでも儲けが多い仕事をして、少しでも高級なものを手に入れ、

『家と物と肩書きと、高収入の仕事と社会的地位のロイヤルストレート・フラッシュ』が人生目標になる(爆)。

ところがそういう社会は数パーセントの金持ちしか支えない。大多数が負け組になる。

たとえば、現在、100万円以上の自転車が買える人は、自転車に乗る人の人口の何パーセントだろう?また、そういう自転車を入手して『楽しいと思える楽しさはじつに薄っぺらい』というのが、私が実際にそういうものにある程度の数を乗ってみて覚える感慨だ。

「外に向かって駆け巡って何かを探し、追い求めても、こころの渇きは癒えない」。

禅のたとえ話に「迷頭認影」というのがある。ある美男子が、毎日自分の美しい外観にほれぼれして、毎日鏡を見てはうっとりしていた。ある日、手にした鏡が裏返しで、『あっ!頭がないっ!』と大騒ぎして自分の頭を探し回ったというお話(笑)。

これは肩書も超高級腕時計も人もうらやむ乗り物も、みんな鏡の上のものだということです。鏡を見て幸せになっているのはおめでたいというか、さきほど書いた通り『薄っぺらい』と私は思う。

むしろ、最高の楽しさは『釣りをしながら輝く月を釣り上げること』。これは説明しないでおく。

敬愛する一休禅師は、「釣りをする者は生涯釣り竿一本」と書に書いていた。我々にとっての自転車も釣り竿のようなものだ。

これから年末、年始にかけて、普段は神社仏閣に行かない人たちが、大挙して押し寄せる。『お金が儲かりますように』、『出世できますように』、『美しい恋人が出来ますように』、『商売大繁盛しますように』、少しでも『御利益があるパワースポット』をネットで探しますか?(笑)

先の一休さんのお師匠のそのまたお師匠さんがこんなことを言っている。
「名を求め、利をむさぼり、あるいは仏神に祈り、災いをのぞき、福を望み、あるいは知恵を望んで、人よりすぐれたものになろうとする。いまだに『しるし』のあらわれがないがなどと言う人がいる。私の信ずるところでは、ものごとはそういう道理ではない。丸いことは大空のようなもので、欠けることも余っているところもない。もしそういうことを拝んでみて、願いかなってザクザク湧いてくるならば、虚空に余った部分を見つけるようなものだ。」

昔の人はうまいことを言うと感心する(笑)。ネットで『少しでも御利益があって、お金が余分に儲かるパワースポットを探している人たち』は『虚空の余った部分を探している』と思って間違いはない(爆)。

たとえ贅沢は出来なくても、『月を釣り上げる楽しみ』にまさるものはない。私にとっての自転車はその釣竿なわけである。

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