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値段の問題

ノートルダムの聖堂の火事を受けて、イヴ・サンローランのブランドを持つグループのトップ、アンリ・ピノ氏が120億円の寄付を申し出た。ルイ・ヴイトンやヘネシーなどのブランドを持つLVMHは253億円の寄付を同様に申し出た。

昨日の記事でチャールズ・ロートンの『ノートルダムのせむし男』の話を書きましたが、じつはあれに出てくるノートルダムの建物はセットなのです。ロケは一つも入っていない。主演女優はフランスへ行ったこともなかった。よくぞ、あれほどのセットを作ったと感心する。まわりの中世の街並みもすべてセットです。

Sanctuary ! Charles Laughton The Hunchback of Notre Dame


Why was I not made of stone like thee ?


Youtubeで見てみてください。それでも、彫刻などはやはりそれらしくみえない。実際の大聖堂についやされた時間と才能は、どれほどの金額になるのか見当もつかない。内部にあった大きい絵画も運び出せず消失したということだし、あのみごとなステンド・グラスも、同じ色のガラスの再現は無理でしょう。

昔のガラスは出来た時から、現代のものとは姿が違う。それがさらに数百年の年月で色が落ち着いてくる。

オーソン・ウェルズの映画『フェイク』の中、前半の終わりは、『芸術の本来の無名性』の話で締めくくられている。そこではノートルダムではなくシャルトルが引き合いに出されているが、やがては宇宙の進化と変化の中で、この地球もなくなるわけだが、その無に帰る中で、それでも作り続けて行く創造行為が重要であり、サインもどの有名人が作ったかなども問題ではない、という主張が語られている。

ピノー氏の120億円の寄付の記事から、思わずバスキアの123億円の記事を確認のために読み直してみた。アンドレア・フレーネなる人物が、『バスキアはエジプト人をアフリカ人として再評価している』と書いていた。バカ言っちゃいけない。エジプト人、エチオピア人はセム語族だ。バスキアの理論的後ろだての評論はそのレベルなのか?

エレクトリック・グルーヴが問題で、音楽配信再考なら、バスキアは何で死んだのか?見せたらいけなくないのか?


世の中の『目が利く金持ち』は一人の才能ある画家の全作品を買い取って、あまり良くないものから年に1回ぐらい、ものすごく安い価格で売ったりする。そうすると美術年鑑には、それが取引相場として載りますから。ほんとうは数億円するはずのものが、数十万円だったりする。

そこがわかる人は、価格では驚かない。

私などはフェラーリ250GTOに76億円出すなら、図面を手に入れて、近いスペックのエンジンと部品でほぼ同様のものが1億も出せば精巧なリプロが出来るのではないかな?と考えたりする。それを毎日日常的に使うほうが贅沢ではないのか?

帆船の木製模型を作る人たちは、図面を手に入れて、すべての部品を手製します。クルマでなぜそれをしないのか?ウィリアム・ハーラーはかなりの自動車部品を同じに作っていたではないか。

自転車の場合、いくつかの大量生産部品のカナメのものがあれば、たいていのリプロは可能ですから。私などはそう考えてしまいます。

『絵描き』VS『画家』

このところ、あちこちのブログで『絵描き』のことに関して議論を売っています。ずいぶん誤った意味で『絵描き』という語が使われているようにみえてならない。

私が『絵描き』という人たちともっとも多く接したのは1960年代から1982年まで。その頃までの『絵描き』という人たちはまったく画家とは違う人たちでした。

大雑把にわかりやすく言うと、私の同級生で、東京大学の法学部へ入るためにひたすら浪人しているのがいた。最後はどうなったのか知りませんが、5浪ぐらいしていた。そのあとはどうなったのか知らない。

そうかと思うと、毎年100人の桁で東大に行く進学校を首席で中退したのがいる。ひたすらロックが好きでそれ以外のことには関心がない男だった。その後、資格をとるわけでもなく、中卒の状態で一生を終えた。音楽以外やりたくなかったということでしょう。あまり詳細に書くと、すぐわかってしまうような人。有名な雑誌が経済的に苦しかった時、学習塾を経営して乗り切ったりもしたので、音楽関係の人の間では知っている人は知っている。まったく無名でNAKUなり、そーぎには8人しか来なかった。それでも、彼がいなかったら、その雑誌も立ち消えていたであろうことから、ほんとうはその分野の音楽関係者は大恩があるはず。

これは、『東大が芸術界系の何か』である場合もあるわけです。特定の美大に入るために3浪、4浪、5浪する人はいる。さらにはどこかの美術団体の役員になったり、どこかの展覧会の入賞歴などを、卒業証書のようにいたるところに引きづっている人もいる。そういう人たちは『画家先生』であって、けっして『絵描き』ではない。

『絵描き』とは絵に殉ずる人のことで、自分が実現したい絵を描くのに、肩書も名誉も金も本来は必要ない。だから、無用の美術世界での『政治的な動きや運動』は徹底して無視を決め込む。いくら賞をとろうと、賞を取った絵が自分を満足させるとは限らないので、受賞歴も語らない。そういうことは無意味だと思っているので、賞をくれるようなところに出品することすらしない。

こうした点からみてゆくと、名を成した人の中にも、絵描きと画家とはっきりタイプが別れる。レンブラントのように破産して、機転の利くヘンドリッキェのおかげで無一文になるのはまぬがれたものの、貧乏の底でこびることなく絵を描き、汚い身なりで歯の抜けた自分の自画像を描くのだが、絵を描きはじめるやいなや、すべてのしがらみから解放され、最高度の自由な運筆を見せる。肩書も賞も金も名誉も後世も、一切関係ない。絵を描くことですべての日常の苦悩から解放されている。その運筆に胸のすく、ひとを苦悩から救う力が宿っている。絵描きの典型でしょう。

ある人のブログでレオナルド・ダ・ヴインチが『絵描き』だと表現されていて、ずいぶん違和感を持った。ダ・ヴインチほど理知的な人間はいない。彼は『視覚的な人間』だが、彼が花を描く時、そこには目に見えない神の神秘の法則を視覚化しようとしているようなところがある。レオナルドにとってはそれは認識手段、探求手段で、その天賦の才能と美意識がずばぬけていたわけで、絵描きと云うのとはちょっと違う。


私の絵の師と『絵描き談義』をしたことがあって、絵描きという語には、権威・肩書・権力に一切媚びない生き方である、という意味がこもっていると理解した。世俗的な成功や名誉とは無縁なのだ。一切媚びないし、それを身にまとって他人に対し自分を大きく見せることもしない。

これはたいへんな覚悟がいる。

だから、宗達の雷神風神図だって名前は入っていない。『自分がやった』という自負すらも超えている。

北斎などは、たいそう売れっ子で稼いだようだが、支払いは紙にくるんで渡されたまま、開きもせず放り投げて置き、代金の取り立てに人が来ると、また開きもせず、それをなげて渡し、ずいぶん損をしていたらしい。彼の晩年、毎日魔除けで描いていた虎の絵の中に、雪の中を不敵な表情でにじっている弱った虎の絵があるが、自分がそうした体調であっても、絵を描き始めるや画狂人の冴えがでる。

一方で、日本人は『不遇の天才が好き』なので、夭折した画家などをやたらともちあげる。またそれを狙って『たいへんだ、苦しい、自分はこんなに苦労して描いている』とウンウン言いながら描き、それに肩書や賞歴を付ける人もいる。私はそういうのは絵描きではないよな、画家だよな、と思う。

私は昔も今も梅原龍三郎が好きなのだが、『彼は絵描きか?』と絵の師に訊ねたことがある(笑)。2人は浅井忠の系統からスタートし、帝展で面識があり、お互いよく知っていた。『彼は良い絵を描くし、本来は絵描きの人なんだが、君もわかるだろう、彼は売り絵も頼まれれば描ける人なんだ、どうしてもっと純粋にやってくれないのか、そこだけがボクは気に入らないんだ。』とムキになって言っていた。

それ以来、絵描きというのはじつに厳しいカテゴリーなんだなと考えている。

Yahoo ブログの不具合

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このところしばらく出ませんでしたが、今日、ひさしぶりに『移動しますか?移動すると内容を失うかもしれません』という表示がアップしようとしたら出た。

この表示は無意味だと思いますね。ブログ開設以来、その表示は60回ぐらい出たと思うが、『内容を失うかもしれません』ではなく、この表示が出ると100パーセント失っている。


ちょっと再度アップする気にならないので、絵だけ載せます。気が向いたら,書くかもしれません。

書と現代

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このあいだ、一瞬、東博へ顔真卿の書を見に行ってきた。書にこのところ、私の興味が再燃しているという話は以前に書きました。


会場で見て歩いて、飛び交う言葉から、来場者の6割ぐらいが隣国の人ではないのかな?という気がした。書を前にして、話し合っていたりする。それも35歳以下ぐらいのけっこう若い人たち。彼らからすると漢字の歴史上でも重要な存在だし、彼らは文字を簡略化してしまったので、本来の文字が一層興味深いのかもしれない。

前に書いたことがありますが、日本語を教えていた時、筆談で漢字で書くとき、孔子や老子の文章を引用して書くと、むきになって、みんな『字が間違っている』と言うのに閉口した(笑)。いま顔真卿の字をみると、『明』の左側が『日』でなく『目』になっていたりする。

私が書だとか漢字に再び興味を持ち始めたきっかけは、自転車で出かけた旅先の神社仏閣で、古い扁額や文書を読むとき、すらすら読めたらいいな、と思ったことからはじまる。


数年前、古い江戸初期の木版摺りのお経を買ったのだが、それにふってあるフリガナが読めなかった(笑)。『なんだ、漢字よりこっちのフリガナのほうが難しいじゃないか!』と屈辱感を味わう(笑)。

そのお経、漢和辞典に載っていない漢字がいくつかはいっていた。5冊、6冊、7冊、図書館の大きいものでも探しましたが、出ていない。

これは、あとしばらくしたら、日本も伝統分断が起こるのではないか?とよく思う。漢字もダメ、筆を使うのもダメ、たかだか250年前のひらがなが読めない。そういう世相を反映してか、各地の博物館に入っている書の名品を集めた大判の画集が、一冊250円でモッケ・オフで売っていた。

はじめのはじめのころの字は象形文字か、抽象の線画のようで、星座のように神秘的な感じがする。

一文字でも充分味わい深い。その一文字、一文字に神秘的な意味がこもって、さらにそれが原子がつながって分子になるように文が出来、分子が集まって思想が出来る。

道元禅師が老僧と話している時、文字を学ばんとする者は文字の故を知ろうとするものだと言われた。そこで道元さんが『文字とは何か?』と問答で問うた。その老僧答えて『一、二、三、四、五』。それもまた岩のような実体があるものではない。しかし、その本来『無』のもので意味が伝わり、先の数字のように抽象的な意味も伝わる。

故池田満寿夫氏が、20世紀の美術にきわめて大きい影響を与えたのは日本の書だ、と言っていて、面白いなと思ったことがあった。

たしかに、ジョルジュ・ブラックの、晩年の馬車の線画などは、漢字創世記のものによく似ている。ピカソの版画ではトロス・トレロスの絵の中の字や、あるいはルイス・デ・ゴンゴラの詩に文字と絵をピカソが付けているが、あれなども西洋美術では新分野で、どことなく東洋の墨絵と画賛に似ている。ミロの太い黒い線は多分に書的である。そもそも、ピカソやコクトーは堀口大学からもらった日本の筆と墨を使っていましたから(コクトーの80日間世界一周の時、日本で堀口氏がコクトーにまとめてプレゼントした)。

私は池田満寿夫氏の若い頃の版画は興味もないし嫌いだが、彼の書に対する発言と晩年のお経を焼いた陶板の作品は、私の中で彼の座標位置を大きく変えた。彼はまだ、ほんとうの評価が下っていない人だと思う。

展覧会は『サイズがわかった』のが大きな収穫。本や印刷に出ているものだとサイズもわからないし、原寸でも細切れで出ているので、流動感がみれない。


御用とお急ぎでない方にはぜひお薦めしておきます。


右端は殷の時代の金文と呼ばれているものだが、画集では『意味不明。蜥蜴という説もある』と書かれている。私はこれは『夢』という字の原型であると思う。草の上で寝ている人から、こころがどこかへ遊びに行ってしまってるのだ。あたまが『目』の一部になっていることで抽象的な意味をひろげている。

土壌

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年末・正月に来日していた方と話していた時、彼女が『今の世界の混迷する文化の中で、重要なカギとなるようなものが、日本にあると思って。吸い寄せられるようにやってきた』と言っていた。

彼女自身、クルマを売り、家を売り、スーツケースに入るものだけで旅をするように生活している。まさに行雲流水の生活。その中で詩を書き作曲をして、歌う。

これは非常によくわかる話で、私は東洋的に『潜在意識はぬか床のようなものだ』といつも言っている。

5感を通じて入って来るものは、『自分という意識でまとめられ、振り分けられ、統合される』。すまっぺの歌を聴いて『音程外してるな』と感じるのは、『うまれてからこのかた聴いたすべての音楽が貯蔵された潜在意識、無意識の領域と比較している』からだ。

この無意識の貯蔵庫のぬか床が腐っていたら、漬け込んだ(五感が取り入れて統合された)ものも、やはり腐るか、悪臭を放つ。アートの世界でもよくあります。『現代的ならばよいというものではない』。

物をつくるひとにとって、この『ぬか床』をいかに清浄に保ち、また深い世界観が反映されるようにするか?というのは、『運動選手のトレーニングのような、精神のトレーニング』なわけです。

唯識仏教のほうではこの無意識の世界で、熟成されたものが表へ現れてくることを『異熟』と言ったりしますが、自然を見て絵を描く、それは五感を通じて入って来た統合されたものが、貯め込まれた無意識の海をくぐって、それが紙やカンヴァスの上に現れてくる。

だから、単なる小手先を超えた深みのあるものには、その人の人生すべてが反映されている。

これは絵であっても、工芸品や陶芸であっても、自転車であっても、筆跡であっても、すべてそうです。そうすると、ある種の工業製品は、デザインというところで美術のはしっこにあるように思う人がいるが、じつは工業製品はどこまでいっても工業製品の場合がほとんど。昔のフリーハンドで描かれて、作られたものには、いくらかそういうものがあるが、いまどきのコンピュータ―画面上でグループで作られたものに、そういうものはない。


ある画家が、『身体のあっちが痛い、こっちが痛い、たいへんだ、売れない、金がない、でも自分はこう言う団体に属して、これだけ賞を取り』と大騒ぎして描いているとする。その人は、じつは自分の絵に説明の『勲章』をぶら下げている。


ジョルジュ・ブラックは彼の手帳のなかで『感動は感動をコピーしない』と書いているが、『すごいんだ、すごいんだ!と握りこぶしで鍵盤をたたいても、誰も感動しない』。地面に寝転んで泣き叫んでいるこどものようだ、と鬱陶しいと思うばかり。それがリストやショパンのように弾いたら、多くのひとが同じ心理状態へひきこまれるだろう。

その深層の無意識の海をよくしようと思わないで、天才だからいいものが出来ると考えるのは思い上がりだろう。『自分には、そのような実存在はない。無自性』というのが日本の美術・芸術の基本だ。世界は『感覚と記憶をとりまとめる自分によってとりこまれ、そこでその姿がわかって、初めて存在する』。砂漠でミイラになった人に世界は存在しないのと同じだ。

この『無自性』というのが、おおまかに『空』といわれてきた。そこから、その無意識の海とまわりの世界で行き来する共通の神秘的ともいえる『存在することの不思議』が描かれて、幽玄な東洋の美が生まれる。


尽十方界(まわりを見渡すと、あらゆる方角であっても)これ一顆明珠というのは、自らの手の中に宝のたまがあるということ。それが手中にあると言うことは、自然を見ても、それが人工で作った宝飾品などよりも美しく見える、真の宝であるということ。

いまの日本の都市生活で、イヤフォーンから耳へ四六時中音楽を流し込んで、保存料・添加物タップリの食事をして、電車の中でスマホでゲームを眺め、マンガを眺め、大量生産の見分けのつかないものを使い、絵も描かず、文字も書かず、ものもつくらず、手は果てしなく不器用になり、身のまわりから自然は消え。はたして、これから、いままでのような、『日本の強み』が存在しうるのかな?と私は考えますね。


スマホでなんでも検索、こどものころからパソコンと英語を勉強して、、、そんなことは全世界、どんな国でも珍しくない。それをやったところで、『ごくフツーのガリ勉野郎』の人より数点良いかどうかぐらいの人になる凡庸な道が待っている。


これはやがては、国そのものが『凡庸な国になる危険』をはらんでいると思いますがね(笑)。

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