とわずがたり

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全94ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

リアリティの問題

その昔、『深夜映画』というのがあって、よくヨーロッパの古い映画をやっていた。白黒だったり、ゴールデンアワーでは視聴率がとれないマイナーなものをやっていた。

うちでぽや〜〜っとウィスキーなど飲みつつみていた。

そういう時代が過ぎて、下北沢でヨーロッパのマイナーな芸術映画専門のレンタルができた、一時期、よく借りて来ていた。もう映画漬の日々でした。

そのとき、奇妙な傾向がでて、つまらない映画は早送りした。困ったことは、映画館でも早送りボタンがないのか???!!!とイライラした(笑)。『なんでこんなつまらないシーンを延々とやるのか!!』。これはエスカレートして、テレビの番組を観ていても、『頭の回転が悪いまだるっこしい奴だな』とテレビを見ている時、早送りボタンがないのでかなりイライラした。

そうこうするうち、日々の『現実感』、なんというのか、生きているリアリティ感が薄くなってくるのを感じました。これは音楽などでもそうで、録音されて販売されているものと、いかに同じように演奏するか、という反復演奏を技術的に完璧にするひとが増えた。これもつまらなかった。録音を聴いたことを確認するような奇妙な感覚。

そこから、私は自転車で疾走したり、ライヴに行ったりするようになったのだが、疾走系とか、スピィドを出すというのは、一種、リアリティの喪失がやらせるものだと私は考えている。

そこに気が付いて、『疾走』をやめたのが1990年代。

こうしたリアリティの喪失から来る、スピィドや疾走への渇望は、それだけやっていても渇きは癒えない。そこに気が付くかどうか?なのですが。現代の仕事や生活で、リアリティがない人はものすごく多いと思う。そこへ加えて、パソコンやスマホから来る仮想の現実。脳はもやもやした非現実の中でストレスを抱えている。

これは『自分の脳のかかえる密かなもやもや』なので、それを自覚して対処している人は少ない。

脳が密かにかかえるストレス。先日、私の友人の歯科医が『最近はワインに凝って、ハマっている』と言っていたので、『ああ、』と思った。私のまわりで、酒に凝って、たいへんな金額をつぎ込んでいる人の8人ぐらいが、外科医、内科医、歯科医、整形外科医など、他人の血や体液を日常的に見ている人。たぶん、そうしたものを、アルコールで流し落とさないといけない、と脳は考えるのではないか?

私の知っている救急の外科医も、いつも手術しているが、彼は英国の超車を持っている。K大の病院の知り合いの医者もイタリアの速いのに乗っている。これは金のあるなしばかりではなく、『リアリティの希薄な、それでいて生きSHIにの境を見ている無常観から、そういう飛ばす世界へ行く』のだと思う。

ベントレー・ボーイズのティム・バーキンも、WW1以降、そうした『リアリティを持てないもやもやで苦しんだ』と、どこかに書いていた。

そうした『もやもやのリアリティ希薄病』は、いまや社会全体に広がっているのではないか?荒いクルマの運転も、ワーワーいうだけのお笑いも、やかましい騒音系の音楽も、すべての問題の根は、希薄なリアリティに帰すると思う。

少々疲れた

職人さんもこの1週間、2人ばかり具合を悪くして、工場へ家族が雑務で入るくらいになっている。私のほうもちょっと過労がたまった。まぁ、ブログの様子からわかるとおり、休みゼロですから。この件に関するゲストブックへの書き込みに答えるのも鬱陶しいので、ご遠慮ください。

ブログの引っ越しもしないといけないのだが、それをやる余裕もない。

このところ、3人、相次いで、肺の具合が悪くなって入院したり、点滴するはめになったり。私が倒れるわけにゆかないので、数日間仕事をスローダウンする予定。

職人さんが、『我々のこの苦労はどこかでむくわれるんですかねぇ。』と言っていた。私もそう思います。

『自転車のオーダーとかいうのは、物と金のやりとりでは昔はなかったんだが。』とも言われた。それも私はよくわかる。

戦国時代、『城ひとつか?刀一振りか?』と言われた。刀は一人では作れず、素人にも手作りできない。これはヨーロッパでも同じ。昔、ヨーロッパでは自転車と、あとは、意外なことに靴がそういうものだった。

靴は家庭で手作りできない。だからオランダなどの貧しい農民は自分でつくれる木靴をはいていた。

自動車もそういうものだったので、それはヨーロッパの高級車には、そうした『物の価値観』が残った。

自転車も1960年代までは、フランスでは最後までそうした感覚が残っていた。自転車の部品製造業のプートレ・モ―ランの社長とか、ハブやフリー、回転系部品のマイヨールの社長とか、変速器のメーカーのユーレの一族とか、毎年、65〜100万円のハンドビルトの自転車を一台づつ買っていたりした。それは、メーカー車がプレタポルテで、ハンドビルトがオートクチュールであり、オートクチュールがあって、はじめてプレタポルテの質が世界に冠たるものに出来るという思想が背景に見える。それは『一種のお布施』だったのです。クルマの世界でも、それが出来ない時代、世界大恐慌の時などに勉トレィは買収された。戦後においても、そういう景気の波のさなか、あの大エンツオですら、フォードに身売りを一時考えるほどに弱気になっていたわけですから。

彼は最後の最後に、思い直し『キミという人間と知り合えてじつによかった。それではさらばだ』と言ったと伝えられている。そのアメリカ人の交渉者は、それで『ああ、これで決裂なのだ』と悟ったという。アメリカの本社では『それなら、あいつのケツを蹴っ飛ばしてやろう』と社長が言って、GT40ができたというのをどこかで読んだ。(ブロックイェイツの本だったか?)

自転車世界でも似たような文化・気概があったからこそ、パリの1流デパートに、自転車部品のフロアがあったりしたわけです。

それが80年代にボロボロにやられ、90年代から、『輸入マージン商売』と化した。フランスの自転車産業は80年代に大不況を迎え、多くの会社が息絶えた。

いまから8年ほど前、英国の、ラグをカットする職人にまだやってもらえるか訊いた。
『ラグがあれば』という答え。
湘南の某氏がチェイタ・リーのラグを持っていたな、と電話をしたら、『どこに入れたかわからない』ということでした。ついに出てこず。某氏もぼちぼち70歳だから、もう無理でしょうね。ラグカッターからは引退したという知らせが来た。

他の人がチェイタ・リーのラグを見ても『実用車のぶった切りの直線カットラグかな?』で使い道はない。それを使える、ラグカッターがいないわけですから、電球がもはや入手できないスターメィのダイノハブと一緒にやがては鉄のスクラップだろう。一つの文化が消えて行くというのは、そういう道筋なのだろうと思う。

私も週末は、ブログの移転先を考えるつもりです。さて、タイトルはどうしますかね?とうぶんは同じでゆくとして、ここ1年ぐらい、自転車の記事より、ほかの記事のほうがアクセス数もいいねの数も多かった。私の中では『もう自転車のメカの話は充分だ』という気がしている。

昔とったきねづか?8

友人のヨガの先生と話していて、(というか、その友人がヨガの先生だったことを、最近まで私は知らなかったのですが、別の体操系の先生であることしか知らなかった)その友人が、ヨガを教えたり自分でやっているときに、身体を壊す人をずいぶん見て、流派を数回変えているという話が出た。そこで、話がかなり深まったところまでいったのが、ブログで書くきっかけになったのでした。その友人も私が半世紀近くやっていることを知らなかった。

私は、どうもヨガも自転車世界でのロードレーサー偏重と、構図がよく似ているなと思った。

つい最近、インドのヨーガの資格を持ってヨガを教えている片岡鶴太郎さんが、デモンストレーション
をしていた時、膝が噛んだようになってしまって、動かなくなり、激痛が走って手術しなければならなくなったことは記憶に新しい。

500年前だったら、いや、100年前ですら、『第三者に手術で解決してもらう解決はありえなかった』はずです。一生そのままだったと考えられる。500年前だったら、自分で食物をとりに出かけることが出来ないので、人生終了だったでしょう。最近、アメリカ人のヨガの先生がハワイで林の中でヨガをやっている最中に足首を骨折して、遭難して、あわやアウトのときにヘリコプターに発見されて、一命をとりとめたニュースが出ていた。

これは、ロードレーサーの『ショートホイールベース、ヘッドアングルが切り立って、高剛性のリム、高剛性のフレーム、利きすぎるブレーキ、トラックレーサー並みに強い前傾姿勢、軽すぎる車重』で、前輪が滑ってグリップを失ったりして、発泡スチロールの上の重しがころがり落ちるように、飛び込み前転で首や背骨を打つのも同じだろう。『車椅子』どころではなく、100年前の医療なら、そこで人生は終了していた。

アイアンガー師は西欧にヨーガを広めたたいへんな功労者でしたが、私は彼には『功罪』という面もあったと考えている。こうしたことは日本語でヨーガをとらえているとわかりませんが、彼の本を読むと、『神』というのが『大文字で書いてある』。神を大文字で書くというのは、それはユダヤ教、キリスト教の神であって、ヒンドゥー教のシヴァやドゥルガー、パールヴァ―ティーなどではないことを意味する。

彼の本の中には、こういう一節がある。『プラーナとは、中国で言うCHIであり、日本でいう気であり、西洋で言うなら聖三位一体の聖霊である』と。これはずいぶんとおかしなことを言っているなと思う。これを言ったから、彼はキリスト教圏でうまくヨーガを広められたのかもしれないが、私は逸脱だと考える。

つまり、ヤハウェが宇宙に満ち溢れているプラーナで、聖霊がこころのうちにあり、肉体はイエスで、それらを合一化させる(ヨーガには結びつけるという意味がある)のがヨーガである、とアイアンガー師は語って、納得する人が多数出たということなのだろう。

『瞑想の中で、こころが真我と梵に一致したすがたにならぬかぎり、どんな知識を語ろうと、それは慢心からくる喋り過ぎにすぎない』ハタ・ヨーガ・プラクディーピカ

彼は若い頃の自らを語っているが、西洋文明に対して、たいへんな対抗心を燃やしていたことがほのみえる。彼は路上でみすぼらしく布施を受ける行者にはなりたくなかった、そこで西洋にうって出たというようなことを言っている。そこで、彼は『他の人には出来ないようなポーズ、彼にしか出来ないポーズが出来た』ということが役に立った。

晩年、彼は彼の弟子に2人、トップクラスのバレェのダンサーがいたことを語っていて、彼女らは身体が柔軟で、どのポーズでもすぐにとれたことが、逆に良くなかったと言っている。ヨーガにはPAIN、苦痛が必要だ、と。肉体というカンヴァスを、苦痛によって広げて行き、そこで精神的な地平がひろがると説く。

私は、そういう点で、アイアンガー師は『苦行派』なのだな、と思う。ヨーガの祖パタンジャリはヨーガスートラの中で、数行、仏教の『唯識』に対抗する説を語っている部分がある。お釈迦様は苦行に意味なしと、苦行を否定しましたからね。

このあたりが、私にとって、釈尊の時代のインドの思想背景を立体的にとらえるために、ヨーガは役に立ったし、面白かった。どこが似ていて、どこからが違うのか?ヨーガは『瑜伽』ですから。

ヨーガでは人間は血管をはじめとして、あまたの管で出来ているとみる。食べ過ぎると、食べ過ぎた分はすべて毒となり、その管を詰まらせ病気なる。なので、過食を慎み、身体をつねに清浄に保つ、、ここまでは納得できる。ただ毎日布のテープを呑み込んで体内掃除をしたり、鼻から布を入れて口へ出して、掃除をするとかいうのは、私はいいやと思います(笑)。

その『くだを綺麗にする』ために、『ナウリ』という内臓を引き上げたり、左右に動かしたりする行もある。私はそのナウリの様子を見ると、『ああ、釈尊もやっておられたののだな』と思う。釈尊が木の下に坐って、痩せ細っている石彫が残されている。ナウリを最初に見て思ったのは、あの石彫だった。スジャータの供養を受ける前の様子を描いた石彫です。

釈尊の舌は長かったという記録が仏典に散見される。あごの先をなめられたとか。ヨーガでは舌の裏のスジを少しづつ切って、舌を伸ばしてゆく『苦行』がある。そして頭蓋骨の穴の先にある空洞に舌先を入れてふさげるようになると、、と書いてあるのだが、どこにある穴なのか医学的にはわかりません(笑)。そこから滴り落ちるソーマをなめられるようになると、SHIを克服でき、霊力を得て、天女を脇に引き寄せられるとハタ・ヨーガの本に書いてある。

釈尊はひととおり、そうした苦行をやってみて、苦行は無用と捨てたわけです。

私もハタ・ヨーガ・プラディーピカーにあるような『インケーから水を吸い上げられるようになる修行』とかはやらない(爆)。『一度シャセーしたものを女性の体内から吸い上げて、、』などとも書いてありますが、私はそういうことも無視。まったく意味がない。やりたい人は一生やってみて、そうした技を身に付けたらよい。勝手にやってください。

そうすると、そうした要素を取り去り、医学的なスタンスを取り入れとやってゆくと、美容体操的になってしまう。あるいはボディビルのデモンストレーションで、ポーズの連続で、人を驚かせるようなタイプに陥りやすい。

コンビニにある雑誌などで、海外のモデルさんですでにカッコ良い人を連れてきて、それをするとカッコよくなるかのごとくに書いているものがある。『買う人は突発性ハリキリ症の人たち』。ヨーガもアメリカではそういう傾向が強まっているように見える。Youtuberにもずいぶんそういうタイプが多い。

私は取り入れるべきものは取り入れ、ゆる〜〜〜くやっている。首の違和感もヨーガのおかげで1割ぐらいまで減っている。効果はたしかにあるのです。ただし、やりすぎる必要はない。

『ラージャ・ヨーガを知らず、ひたすらハタ・ヨーガを修行する人が多い。彼らは努力のかいのないことをひたすら繰り返しているにすぎない』
      ハタ・ヨーガ・プラディーピカー 

昔とったきねづか?7

イメージ 1

今朝も朝4時に窓を開け放って、坐った。実に気持ちが良い。毎朝30分。これは禅の坐り方でも、ヨーガの坐り方でもよいと思う。ストレスが落ち、前日からの持越しの不安や怒り、すべてスッキリする。

この間、ブッダガヤへ行ってきたアメリカ人の友人とメールでやりとりしていて、自分はマインド・フルネスとかティック・ナット・ハンの『愛の瞑想』なるものにはくみしない、と言った。

『では、あなたにとっての瞑想とは何なのか?』と言われた。

私の答えは、一言で言えば『infinite awareness』、無限なるものを感じることだ、と言った。ここまでで、マインド・フルネスとも愛の瞑想とも違うことは相手に伝わる。

美しい明け方の空を見る。それをあるがままに観ずることは意外に難しい。『今日も暑くなりそうだ』とか『洗濯物をしようか?』とか『雲の色がどうだ』とか、多くの場合、言葉が浮かんでくる。そこから『考え』大脳皮質でいじくった『意識』が浮かんでくる。そこを空にしないと、その底にある無意識の海からの声は聞こえてこない。

直観、インスピレーションのたぐいは、その深層なる部分からしか生まれてこない。智慧も深層部分から湧いてくる。

つまり、意識を動かさないでいると、生まれてからこのかた見聞きしたこと、体験がすべて入っている深層部分からの声が聞こえるわけで、その声が常に正しい声となるように、深層部分をよい状態にして置かないといけない。

『言葉』と『考えること』が『時間をつくりだしている』。意識が働かないところでは時間はないと言ってよい。存在だけがある。般若心経の世界でも、『無い、無い、無い、無い』とやって行って、最後に無限なるものにぶちあたる。そして、そこを抜けたあとの境地は華厳経にみごとに書かれている。

『頭脳は言葉によって囚われてしまう』のだ。以上を英語で言ってみたらどうなるか?オリンピックで海外からの人が来たら、日本人たるもの英語でそのくらいのことは説明できてあたりまえだと思う。英文科の入学試験はそういう英作文と日本文化の一般教養でよいと私は考える。


意識が動くから時間が生まれる、体験、経験の時系列的な『たばねること』によって『自我』が生じるというのは最新の科学で認められている。つまりこの点で、仏教とヨーガの方が数千年先んじていた。そういう経験として束ねられた自我というのは、ほんとうの存在ではないということなのだ。


ここまでのinfinite awareness の考え方はヨーガも禅もよく似ている。現代のアシュタンガ・ヨーガは1990年代に出来たものだと前に書きましたが、その前のモデルになったものはアイアンガー師のヨーガ。ここも前に書いた。そのアイアンガー師の先生のクリシュナマチャラヤ師は、ヨーガの目的は意識を止めてみて、宇宙的な無限の時空の中にいる自分という存在を感じることだ、そのためには15分、30分、そうした情況がキープ出来ると良いのだが、数秒、数十秒でも、充分、その境地は腑に落ちるだろう、と言っていた。


そのクリシュナマチャラヤ師は生徒によって、まったく違うやりかたを教えていた。彼の妻には、じっくりと一つのポーズをゆっくりとやるやりかた。アイアンガー師には次から次へとポーズを変え、アクロバット的にジャンプしたりして、脚を抜いたりさせていた。これは、マイソールのマハラジャのジャガモンパレスの王族たちが、クシャトリアらしく勇ましい武術的な感じでやりたがったからだった、とアイアンガー師は語っていた。

クリシュナマチャラヤ師は、1930年代に、インドにあるさまざまなヨーガの流派の、混乱と矛盾を一度みんなで話し合って、会議を開いてみないか?と、当時の名だたるヨーガの行者たちに手紙を出したことが知られている。しかし、手紙の返事はなく、この計画は立ち消えになった。

さて、それが英国へ渡り、アメリカへ渡り、今度はアメリカのフィルターを抜けて日本へ来て、なにやら美容体操のようになって、呼吸法の意味も、『無限の時空の中にいる自己存在』を感じる部分もどこかへすっ飛んでしまって、なにやら珈琲が、麦を焦がしたものを混ぜたアメリカン・コーヒー(WW2の前後、アメリカのコーヒーには麦焦がしが混ぜてあった)になったような、何とも不思議な気がする。

昔とったきねづか?6

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4

イメージ 4

つい数日前ですが、私が友人のために描いたポーズの名前を見て、『ヴイラパドラー3』では?というメールが、一緒に送ったヨーガの先生から来ました。別の名前で言うと英雄のポーズ3とか戦士のポーズ3とか。

これはじつに興味深い話題でして、そのポーズの名称で、どういう先生の系譜かがわかる。意外に思われるかもしれませんが、私の若い頃やっていた時代、『英雄のポーズ』という名称は存在しませんでした。それは『鶴のポーズ』エカパダ・アサナと呼ばれていた。エカパダのほうは、英雄のポーズのように平行に前へ伸ばさず、合掌して伸ばす。英雄のポーズというのはBKS アイアンガー師の流れをくむ方での名称です。だから、古い沖先生の1950年代の本でも、佐保田先生の本でも英雄のポーズという名称は出てこない。

アイアンガー師はたいへん偉大なヨガ行者ですが、彼はインド独立から数年しかたっていない頃、英国へ50年代に渡り、そこからアメリカへ渡った人です。彼を後押しして、有名にした後援者に、ヴァイオリニストのユーディー・メニューインがいる。メニューインは異分野の音楽との交流を盛んにやったので、のちにはシタールのラヴイ・シャンカールなどとも友人で共演したり、インドに強い関心を寄せていた。メニューイン自身もアイアンガー師との交流の中で1950年代からヨーガをやっていました。

アイアンガー師の師匠はクリシュナマチャラヤ。ジャガモン・パレスで、マハラジャ・マイソールにヨーガを教えていました。その師匠はポーズの名前を覚えていなくて、『あれをやれ』とか『こういうのをやってみろ』とか言っていたと言います。だからアーサナの名前はたいした問題ではない(笑)。

その流れを考えると、アイアンガー師はものすごくて、それを知らなかった日本のヨーガはすごくないのか・というと、そんなことはない。

アイアンガー師は『私には3人のお手本・目標とするべき人が当時いた。それは、スリ・オウロビンドゥ、ラマナ・マハラシ、マハトマ・ガンディーの3人だった。』と語っています。沖正弘先生はちょうどアイアンガー師が英国へ入った頃に、入れ違いで、ユネスコの働きかけでインドへ渡っています。さらに沖先生はマハトマ・ガンディーのそばでしばらく滞在して生活していた。佐保田先生はもともとがインド思想の専門ですから、ラージャ・ヨーガのど真ん中の本流にいた。その意味で、日本へはかなり正統なものが1950年代から入ってきていたと考えて良いと思います。

じつは、スリ・オウロビンドゥと私は英国にいた時のかかわりの深い場所(オウロビンドゥはケンブリッジにいた、ロンドンではケンジントン)、インドで私のいたところとも、不気味なくらい数十メートル、数百メートルの単位で同じところにいた。生没年や日付にも不思議な数の符号があって、奇妙な縁を感じます。

興味深いことはアイアンガー師はスポーツ的、美容的なヨーガの流行を真っ向から否定していたことで、『坐法による瞑想と、呼吸法(Pranayama)は必ずやらないといけない義務的なものだ、compulsoryなのだ』と声を荒げて、現代の風潮に反対していた。そのことから、『英雄のポーズ』とか『戦士のポーズ』とか言いながら、坐法、呼吸、瞑想のことが書いていない書籍を見ると,亡きアイアンガー師は何と言ったことであろうか?と思う。

ヨーガ的に考えると、難しいバランスのポーズは、大脳よりも小脳と間脳を活発化する(興味深いことは、アイアンガー師は『ポスチャー』と云う単語と『ポーズ』という単語を多用していました。アーサナという単語はもっぱら『坐法』という意味に用いていた。それも、残された録音を聴くと『アサナ』と伸ばさずに発音していた)。さらに、通常、我々は何気なく呼吸をしていると、吸い込む時間より,吐き出す時間の方が短い。これもヨーガでは裏返す。

そのこころはいかに?ということなのです。

さらにアイアンガー師は、マイソールのマハラジャは、王族はみんなヨーガをやるべきだと考えていたのですが、王族は基本クシャトリアの戦士なので、勇ましいのがよい、と、みんなして、一つのポーズから次のポーズまで、ジャンプしたり、ひねってポーズの転換をしたりやりはじめたといいます。つまり、いま、日本で、一部で脚をひょいっと抜いたりするのをありがたがるのは、本来のヨーガではない。アイアンガー師はそうしたヨーガを後に否定する。『65歳にもなった人が、そんなヨーガをやったらどういうことになる?考えてみろ』と言っていた。『そんなことは、健康でそれが出来る若いもののひけらかしに過ぎない。健康だ!と?そういう連中は健康には7つの段階があることをわかっているのか?』とも。

私が常にヨーガと付かず離れずだったことの理由のひとつに、『自転車に乗って、身体が歪んでいたら真直ぐ走りづらい』ということがある。なので、身体の歪みをとることと、自転車に乗ること、ヨーガ的な食事や自然に対する接し方には、深く共通するところが多いと、長年考えて来た。その意味からみても、激しい、他人との競争などの、レーサー的なスタンスは、私の求めるところではなかった。


プロレース界のドーピングなどは、『ヨーガのおきてである正直なこと』に反する。勝利や栄誉、チャンピオンになって大金持ちになる野望も『ヨーガのアパリグラハ、貪欲にむさぼらないこと』に反する。パタンジェリは、水晶のようなこころをもって、周囲のものの色や形を澄み切ったこころで写し取ること、を教えた。緑深い森の中を、湖や海のほとりを、水音の清々しい川のわきを、山頂の澄んだ空気の中を、静かに走る自転車の生活はヨーガ的な生き方と深く一致する。


そして、自然を壊さず、傷めず、すべての動植物をいたわる。そして、空を行く雲、明け方の太陽、夜天にかかる銀色の月、それらに無限の神秘を感じ、そこにイーシュヴァラ(大自在神)の存在の気配を感じる。

そういう生活は悪くない。

それが無く、ただ痩せたい、美人になりたい、長生きしたい、だけではずいぶん中身の痩せたヨーガであると私には思える。

朝の4時から6時までは、場合によってはもやもかかり、独特の空気感がある。古来、この時間に剣術の達人たちは練習し、禅の人もヨーガの人も、この時間帯に坐る。インドでは、この時間帯をブラフマンの神秘的な時、ブラフマムフルタと呼んだ。

猛暑が続く中だから、たまには4時、5時に窓を開け放って、朝の空気を吸って、静かに深呼吸してみることからはじめることをお薦めする。

週末なので、Youtubeで以下のようなインド的なものに親しんでみてください。

Anushka Shankar-Lasya

アイアンガー師を支えたメニューヒンの親友、ラヴイ・シャンカールの娘さんです。

また、ヨーガの祖、パタンジェリに捧げる賛歌

Patanjali Mantra

写真は私がいたインドの村。ヨーガでは倒立がよくありますが、あれは、こうした大樹のツタを巧く利用して、さかさまにぶら下がったのが起源という説もあります。

全94ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事