オタクほいほい

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直観の分かれ目

いままでの人生で、まわりを見渡して、『しょぼくなった人たち』はみなさん『考えて、考えて、熟考する人たちだった』という気がする。

『どうしようかな』と口に出すような人で、一流の趣味人になった人のことを聞いたことが無い。これは、自分の『限られた体験・経験と知識で、答えを出そうと無駄なことをしている場合がほとんど』。成長がないのです。

たとえば、私のところへ『古い英国のブレーキが欲しい』と言ってきた人がいるとする。私は使っていないGBのヒドミニウムと、バーライトと、モニターを見せます。その見た人は『どうしようかな』と迷う。

『GBは新田さんの魔物シリーズに出ていましたよね?』
『はい。あれはクーラーでしたね。これより後のモデルです。彼はクーリャーと書いていたけど。』
『このブレーキのGBとステムのGBとは同じ会社ですか?』
『同じ会社です。有名な選手だったゲィリー・バージェスが頭文字をとって作った会社です。彼はグレート・ブリテンの略だと思っていましたが、選手の頭文字です。』
『今はないんですよね?』
『自転車部品はやめましたが、地下鉄のアルミの踏み板であるとか、エスカレーターやエレベーターの部品などを作っていますよ。コンピューターのアルミのラックなんかも作っていましたね。』
『これにします。』
とGBを買ってゆく。

ある人は、古い英国のティーカップが欲しいとする。3つのティーカップがあったとします。ひとつはバラと小鳥の絵が描かれたエィンズレィ、もうひとつはハンドルの上が平らになったソーサーが2枚ある小ぶりな兼用茶碗ぐらいの大きさのカップ、重量は軽い、ストークトン・トレントと書いてある。模様は細い金色の筋描き。3つ目は取っ手がない。ちいさい煎茶茶碗のようで、寝ぼけた感じの淡い色の絵付け。
『これって、りブンシャの本に出ていませんでしたか?』
『ああ、似たのが出ていましたね。エィンズレィの典型的なパターンです。』
『これにします。』

と、こういう具合なのですが、2人とも、自分の持っている限られた知識を総動員して『熟考』しているわけです。ここで問題なのは、最初の人はバーライトとモニターのことはほぼ何も知らない。2人目の人はエィンズレィ以外のほかの2つのことは何も知らない。

結論から言うと、GBヒドミニウムはよく折れるので英国では有名でした。ただ、当時の車両カタログにはあれが付いている姿ででているので、多くの人が『展示用』によく買う。バーライトはよく利きます。モニターのブレーキもよく利くが、ブレーキシューを探すのに手こずる。

私が英国で同じ状況になったら、モニターとバーライトを買いますね(爆)。モニターの方が『出来がいい』もの。そのデキが見てわからない人は、機械に対する眼力がない。モニターは構造が面白い。なみの自転車屋の発想で出てくる形状をしていません。私なら『なんだこれは!欲しいっ!』と思いますね。

と、ここまで書いて、それを読んでも、それはあくまでも『現物も持ったことも使ったこともない人が、R&Fの言うことを知識で入れただけ』で、なんの裏付けにも、わかったことにもならない。やはり知っても正しい判断は難しいでしょう。

カップに関しては、エィンズレィは1980年代、英国のいたるところの市で1年に100個以上、同じものを見ました。『ああ、これは誰かが型を手に入れて、リプロ作っているな』と思った。庭に転がして、紫外線と雨風に1年もさらせば、コンディションの良いもののように見える。ストークトン・トレントはダニエル・ハンドルのケーキ皿の付いた『トリオ』です。カップが小さいのは『紅茶が高かった時代のあかし』。3つ目の煎茶茶碗のようなものは、1700年代のティーボウル。これも偽物が多いですが、寝ぼけたような色のものは逆に古い。リプロは色がきれいで焼きも硬く、表面のグレィズもよくテカってます。窯がうまく作れず、地中に穴を掘ってレモン型の窯を作って焼いていたので、出来は悪いが、英国ではかなり高い。

熟考しても、すればするほどループに陥り、まともな判断は出来なくなる。

そういう人は、手放す時も『見切り千両』ができない。『自分が高価な一品に投影されている、のりうつっている、自分にはこの物がないと存在証明できない』と物に縛られている場合が多い。

自由に『遊行』できる人は、どんどん、眼が肥え、見分が広がってゆくが、縛られた人は、たいがいの場合、自分の『世代』のものの見方に縛られている。

たとえば、モーターサイクル人口はどんどん減っているわけで、今後、マニアックなものは、今の70〜50歳代の人たちが降りる頃になったら、次の世代は買わないでしょう。同じことは自転車のフランス部品に関しても言える。60〜70年代にオーダー車にあこがれてやっていた団塊の世代が、いま、一斉に処分に入り、マニアックなものは値崩れしている。逆に後期オヤジ、初期老齢で使い勝手の良い、小さいフロントのスプロケットなどは値段が上がっている。

『どうしようかな?』,,,迷う人はだいたい読み違いますね(笑)。

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ジロもツールもいつのまにか終わりました。テレビも新聞もニュースで取り上げられることはなかった。

まあ、そうでしょう。某自転車雑誌の編集主幹にツール初日に電話をしたら、

『ああ、そうか!始まるんだぁ〜。すっかり忘れていました。じゃあ、見ます』と言っていた(爆)。これを盛り下がっていると言わずに何というのか?

勝ったのはコロンビアの人。10年ほど前、冠羽の社長と食事をしていた時、『南米では中級グレードまでの変速器のコンポーネンツがものすごく売れている』と言っていた。そうした、草の根が育ってきたのでしょう。英国で、ジョン・メイジャーが首相時代、自転車施設・文化の拡充の後押しをして、フルームなどが出てきたのと同じ図式だ。

私は『今の自転車はすぐフロントが流れて大転倒する』というのが気になっていて、この時期は、『ツール、転倒』とか『Tour de France Crash』とググるのを日々の日課にしている。

ジロでは落車して大腿骨と腕を骨折したフルームの代理のエース、エガン・ベルナルも落車して鎖骨骨折、第四ステージで集団落車、カラパスも下りで落車。

ツールの13ステージでベルギーのタイムトライアル・チャンピオン、ヴァン・アールトがフェンスへ激突して落車、そのまま病院へ搬送された。ドイツのエマニュエル・ブフマンも落車。16ステージでフルサングも落車して救急車で搬送されて棄権。ゲラン・トマスも落車。

うちのブログへよく見に来ておられるMOOKを何冊も出しているマニアの方も、ここ半年ぐらいで2回、転倒事故を起こしている。私は不思議な感じがする。

1960年代70年代、趣味の自転車で転倒するというのは稀な話だった。当時は輸入車でフルオーダーだと、クラウンのスタンダードとかカスタムとほとんど同じ価格しましたから、今の貨幣価値で考えれば300万円ぐらいの印象。一度転倒して、フォークを曲げたり、芯が狂ったら二足三文。

オーダーメイドのツーリング車でも軽自動車ぐらいするのがあった。

まずマニア・熟達者は転倒などしなかった。某大学の自転車部では、ロードレーサーを転倒させると、先輩全員から竹刀で滅多打ちにされると、泣きながら言われたことがある。1969年ぐらいの話。『根性物語嫌だな』と思った。

そうして検索をかけていたら、石垣島のレースでやはり転倒事故でNAKUなられた方がいたらしい。

『これから自転車趣味を始めたい』という方に、私はどうしても『じゃあ、最新のロードレーサーでも乗ってみたら』とは言えない。サイクリング協会の会長はいまだにロードレーサーの事故で車椅子。なんとかペダルの映画の俳優さんも車椅子でリハビリ中。最近は津久井湖の先で中学生がレーサーでやはりNAKUなっている。

ようするに、凹まないくらいハイプレッシャーなタイヤで、細く、接地面積が少なく、しかもホイールはスポーク数を減らし、ディープリムで弾性変形しない。しかもフレームも高剛性で弾性変形が激烈に少なく、一度地面からわずかでも跳ね上げられたら、接地を回復しない。レイノルズ531のスチールフレームで八ヶ岳から茅野までよく下っていたが、チェンで荒れた舗装の上で、フロントハブは2cmぐらい振動していたものだ。それならば、絶対にフロントが流れるなどということはない。それにくわえて、前面投影面積を減らすために強い前傾で、何かひとたび起きると、でんぐり返して落車して、首と背骨をやられる。そして、半身不随、全身不随。レーサーの帳尻の合わせ方がおかしくないか?

今月は雑誌の編集主幹のひとりが落車で骨折。

そんなに速く走らなくても自転車には爽快感がある。『無事是れ名人』という一言をかみしめたい。

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輪行28号用の輪行バッグが、『もっと小さくてもいける』と思って、一番小さいタイプを買ってみました。こんな感じですが、もっと小さくてもいいかな?という印象。

さらに、ちょっと時間が出来たら、すきまで試作したいと思っている別ヴァージョンもある。そちらはもっと小さいので、これの7割ぐらいでいいんじゃないかな?と思う。

ちょっと試してみた後、この袋でフレームを塗師に持って行った。この輪行袋入れやすく、担ぎやすい。

いさぎよくシングルで、ハンドルがすぐとれるというのは、じつに輪行で有効です。1分ちょっとで袋に入り、このサイズというのは、大きな美点だろう。

ナポレオン街道

ジェレミー・クラークソンがいなくなってから、トップ・ギアがつまらなくなったので、このところもっぱらハリーズ・ギャラージを観ている。

さっきまで、彼が蘭ボル義ーニの君太―シで、ルート・ナポレオンへオックスフォードから出かけるというのを観ていた。

この君太ーシ、一般にはガンディーニがデザインしたということになっているが、ほんとうはガレッツィオがデザインしている。私が彼に会った時、『プレス・レリースした時の設計図面をよくみてみろ、エンジンルームのところに、それとわからないように俺のサインを入れてある』と言っていた。同じことはライヴァル・メーカーの204もそうで、あれもじつはプロヴァローニという若い青年がデザインしたと聞いた。プロヴァローニも若く安月給で、クルマが持てず、自転車通勤をしていたという話だ。ガレッツイオもようやく中古のアルファを買ったのだが、長年、金がなくガソリンを満タンに出来なかったという。

その君太ーシ、ジェレミーが『まるで皿洗い機を運転しているように視界が悪く、やかましい』と酷評していたが(笑)。ハリーはそれを飛ばして、ナポレオン街道まで行った。

彼は数年前、彼の笛ラーリで、リヴイエラに係留した彼のクルーザーに折り畳み自転車のブロンプトンを2台積んで持って行き、替わりにクルーザーから行き来する小型モーターボートの船外機のエンジンを外して、フロントの荷物スペースに積んで英国まで持ち帰るという離れ業をやってみせた(爆)。

しかも脇には奥さんが乗っていて、ヴィデオを撮り(裸足の足がみえる)、帰りがけにナポレオン街道を疾走して、船外機を入れた隙間のスペースに、途中のシャトーで買ったシャンパンを積んで帰るという念の入れよう(笑)。今回はほぼ同じルートを君太―シで走り、ヌーシャテルのコンクール・デレガンザへ向かう。

パート2ではアオスタを走っている。う〜〜〜ん。道具として使い切るところが、すばらしく英国的だと思う。決して、『転売のために、キズを付けず、出来る限り使わず、磨きまくる』ということをしない。

笛ラーリの時も、ぐりぐり、モーターボートの船外機を荷物スペースに押し込んでいる(笑)。

私はこのナポレオン街道、一回、いまから30年ほど前に、私のフランス人秘書だった女性のルノーで走ったことがある。カワサキの大型バイクに乗っていた彼女、スピードに対する鍛えられ方が違うので、たいそう飛ばし、しかも、右側通行で飛ばすので、えらく不安だった記憶がある。ハリーのヴイデオをみて、その時の記憶がよみがえってきた。

Lamborfhini Countach Euro-trip Part 1, inc tips on driving Route Napoleon N85

Youtubeで出ます。週末の気晴らしによいと思う。

ホイールはかさばる

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ホイールを組むのもたいへんなら、保管もたいへん。さらに、ここに並べたホイールをみてもらとわかりますが、

すべて、リムの内径とハブのフランジのスポーク穴のサークルが違う。つまり、スポークはすべて長さが違う。それは『円周率を3で暫定的に計算する人には、一生計算していても正確なスポークの長さは出せない』。

これはじつはたいへんなことなのです。

その前に、30年、40年、50年前のデッドストックだったりするわけですから、外を磨いて、中を洗浄して、グリスアップしてから組む。

だいたい、前後のハブを、グリスアップして、チェンラインを出し、丁寧に磨くとなると、2時間以上かかる。こうしたことは、なかなか理解されません。

『ハンドビルトということは、規格のものを機械で組むとはまったく違う』のです。

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